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夢魔、所望する
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今日は二人で礼拝堂の掃除をしている。空は高く晴れ渡り、風も穏やかだ。珍しく礼拝者がいない、午後だった。
窓を拭いているサマエルに、掃き掃除をしているエイシェが緊張した面持ちで話しかける。
「あの、サマエル様、つかぬことをお聞きしますが……」
「はい、何でしょう?」
サマエルは、またエイシェが何かおかしなことを考えているんだろうなと思っているようで、笑いを堪えて返事をする。
エイシェは、そんな彼の様子には気が付かない。
「私、現実世界で致しているわけなのですが、これって普通の夢魔の食事になるのでしょうか?」
「それは、私に聞くことではないような気もしますが。私は悪魔ではないですし」
「そ、そうですよね……。失礼しました……。今度、妹に聞いてみます」
エイシェは、しゅんと肩を落とす。その様子がとても可愛らしく思えるのか、くすくすとサマエルが笑う。
「何で、笑うんですか! 毎晩、サマエル様のを直接いただいていますが、やっぱり夢魔だし、夢に入って食事しないとダメなのかなって!」
「最近、お腹は減ってないですよね? それに肌艶もいいし、少しふっくらしてきています」
「確かにそうですね」
(……少し胸も大きくなった気がする。全部、サマエル様のおかげ。お味も三つ星レストランだし)
自分の胸をブラウスの上から揉む。
これは彼の栄養からできているんだとしみじみ思う。
「夢魔が、夢で摂食行為をするのは、人間の男性に気付かれないためですから、精液をどんな形であれ身体に吸収すれば問題ないと思いますよ」
「そういう、ものなんですかね。ちょっと他の人の夢に入って試してみようかな……」
「はあ? 試すとは? 他の男から精液を貰うということでしょうか?」
え、何だか機嫌が急に悪く……。こわ……。
慌てて、手に持っていた箒を横に置き、彼に近づく。
「どうして怒っているのですか? サマエル様だけからいただいてたら、ダメかもって思っただけなんですけど」
サマエルは無言のまま、エイシェの胸元を勢いよく開く。ブラウスのボタンがブチブチと弾け、上半身下着姿になる。
「ひぃっ! いきなり何を⁉︎」
エイシェの胸の谷間に手を置くと、サマエルは何かを呟く。手のひらから、キラキラとした白い光が放たれる。
……何これ?
胸元を覗き込むと、絡まる蔦と白鳥の紋様が銀色に輝いている。
「浮気者の恋人を持つと、気苦労が絶えません。天使の誓約紋を付与しました。今後、私以外からの食事はできないようにしておきましたから、あしからず」
「ええーっ! 浮気じゃないですよ! 私、サマエル様のことを心配しているのですよ!」
「心配……とは?」
サマエルが怪訝な顔をする。
「一人の男性から精液をもらいすぎると……最悪、突然死んでしまうこともあるじゃないですか」
「なるほど。私も、見くびられたものですね」
「でも、でも! 私……大切なサマエル様に、そんな風になってもらいたくないんです」
「え?」
「……お慕いしています……から。できれば、ずっと一緒にいたいなあ……なんて」
エイシェは恥ずかしくなり、彼をぎゅっと抱きしめる。顔が熱い。食事を提供してくれる相手へ、こんな気持ちを抱くのは初めてなのだ。
「エイシェ、こんな場所ではダメですよ。離れて下さい。それに私は天使族ですから、人間とは違います。問題ないですよ」
サマエルは本気で照れているようで、赤面して恥ずかしそうにしている。
さっきは怖い顔をして、礼拝堂でブラウスをいきなり破り、半裸にさせた張本人なのに。急にデレるとは……。
意外と素直な好意に弱いのかな。可愛い。大好き。
最近は、すっかり当初のチェリーっぽさもなくなって、残念な気もしていた。
以前の可愛く初々しい様子は演技だったのかなと思っていたが、全部がそうだったわけでもないのかもしれない。
耳まで赤くなって照れるサマエルに、性懲りも無く胸キュンするエイシェなのだった。
その夜は、いつもより啼かされることになるとは、露知らず……。
◇おまけ◇
夕暮れの人気のない公園に、佇むキャラメル色の髪のボブスタイルの少女。
同じ髪色のロングヘアのスレンダーな女が、買い物袋を持って駆け寄る。
何やら親しげに話をしている。
「ちょっと! メリディ、紹介された人、天使様だったじゃない」
「そうだったんだぁ。熟成するまで味見しないように、見守っていただけだから、気付かなかったわ」
メリディは、すっかり肌艶が良くなった姉のことを嬉しそうに見ている。
あの時、本当にもう少しで姉を失ってしまうところだった。消滅するのを見るくらいだったら、天使からの摂食でも何でも全然かまわない。
夢魔の範疇を超えるような行動をしなければ、天使も悪魔も何も言ってこない。全ては神様が創り上げたこの世界の理だ。
「でも大切にされているみたいだから、安心した。ちょっと天使臭いけど……」
「天使臭い言うな! だってサマエル様は自分以外から食事しないように、誓約紋を私にいれたんだよー! 束縛系彼氏だよ!」
ひどくないっ⁉︎ と言いながらも、頬を赤らめて天使の話ばかりをしている。要領が悪くて、やらかすことも多いが、純粋で優しいエイシェが、メリディは大好きだった。
「一人から確実に食事をもらえるなら、別にいいじゃない。そうだ、アルメリナお姉様と後で合流するけど、会っていく?」
エイシェは、チラリと公園の時計を見て時間を確認する。
「あまり遅い時間まで外出しているとサマエル様が不機嫌になるから、今日は帰る。じゃあ、また来るねー」
元気に去っていくエイシェへ向かって、「はいはい。またね、お姉様ぁ」と、ひらひらと手を振る。
夢魔は、人の精液を食事としているため、恋愛とは無関係で身体を重ねることがほとんどだ。
一人の人間の精液だけを摂取し続ければ、その人間があっけなく死んでしまうこともある。
そこには一線を引いて、生きているとは言え、幸せそうな姉を見ているとうらやましいなと思う自分もいる。
メリディは、ぐーっと伸びをする。
「さて、今晩はどこのイケオジを賞味しょうかなぁー」
エイシェの幸せを願いながら、メリディは、夕闇迫る街へ今晩の食事を求めて歩き出した。
窓を拭いているサマエルに、掃き掃除をしているエイシェが緊張した面持ちで話しかける。
「あの、サマエル様、つかぬことをお聞きしますが……」
「はい、何でしょう?」
サマエルは、またエイシェが何かおかしなことを考えているんだろうなと思っているようで、笑いを堪えて返事をする。
エイシェは、そんな彼の様子には気が付かない。
「私、現実世界で致しているわけなのですが、これって普通の夢魔の食事になるのでしょうか?」
「それは、私に聞くことではないような気もしますが。私は悪魔ではないですし」
「そ、そうですよね……。失礼しました……。今度、妹に聞いてみます」
エイシェは、しゅんと肩を落とす。その様子がとても可愛らしく思えるのか、くすくすとサマエルが笑う。
「何で、笑うんですか! 毎晩、サマエル様のを直接いただいていますが、やっぱり夢魔だし、夢に入って食事しないとダメなのかなって!」
「最近、お腹は減ってないですよね? それに肌艶もいいし、少しふっくらしてきています」
「確かにそうですね」
(……少し胸も大きくなった気がする。全部、サマエル様のおかげ。お味も三つ星レストランだし)
自分の胸をブラウスの上から揉む。
これは彼の栄養からできているんだとしみじみ思う。
「夢魔が、夢で摂食行為をするのは、人間の男性に気付かれないためですから、精液をどんな形であれ身体に吸収すれば問題ないと思いますよ」
「そういう、ものなんですかね。ちょっと他の人の夢に入って試してみようかな……」
「はあ? 試すとは? 他の男から精液を貰うということでしょうか?」
え、何だか機嫌が急に悪く……。こわ……。
慌てて、手に持っていた箒を横に置き、彼に近づく。
「どうして怒っているのですか? サマエル様だけからいただいてたら、ダメかもって思っただけなんですけど」
サマエルは無言のまま、エイシェの胸元を勢いよく開く。ブラウスのボタンがブチブチと弾け、上半身下着姿になる。
「ひぃっ! いきなり何を⁉︎」
エイシェの胸の谷間に手を置くと、サマエルは何かを呟く。手のひらから、キラキラとした白い光が放たれる。
……何これ?
胸元を覗き込むと、絡まる蔦と白鳥の紋様が銀色に輝いている。
「浮気者の恋人を持つと、気苦労が絶えません。天使の誓約紋を付与しました。今後、私以外からの食事はできないようにしておきましたから、あしからず」
「ええーっ! 浮気じゃないですよ! 私、サマエル様のことを心配しているのですよ!」
「心配……とは?」
サマエルが怪訝な顔をする。
「一人の男性から精液をもらいすぎると……最悪、突然死んでしまうこともあるじゃないですか」
「なるほど。私も、見くびられたものですね」
「でも、でも! 私……大切なサマエル様に、そんな風になってもらいたくないんです」
「え?」
「……お慕いしています……から。できれば、ずっと一緒にいたいなあ……なんて」
エイシェは恥ずかしくなり、彼をぎゅっと抱きしめる。顔が熱い。食事を提供してくれる相手へ、こんな気持ちを抱くのは初めてなのだ。
「エイシェ、こんな場所ではダメですよ。離れて下さい。それに私は天使族ですから、人間とは違います。問題ないですよ」
サマエルは本気で照れているようで、赤面して恥ずかしそうにしている。
さっきは怖い顔をして、礼拝堂でブラウスをいきなり破り、半裸にさせた張本人なのに。急にデレるとは……。
意外と素直な好意に弱いのかな。可愛い。大好き。
最近は、すっかり当初のチェリーっぽさもなくなって、残念な気もしていた。
以前の可愛く初々しい様子は演技だったのかなと思っていたが、全部がそうだったわけでもないのかもしれない。
耳まで赤くなって照れるサマエルに、性懲りも無く胸キュンするエイシェなのだった。
その夜は、いつもより啼かされることになるとは、露知らず……。
◇おまけ◇
夕暮れの人気のない公園に、佇むキャラメル色の髪のボブスタイルの少女。
同じ髪色のロングヘアのスレンダーな女が、買い物袋を持って駆け寄る。
何やら親しげに話をしている。
「ちょっと! メリディ、紹介された人、天使様だったじゃない」
「そうだったんだぁ。熟成するまで味見しないように、見守っていただけだから、気付かなかったわ」
メリディは、すっかり肌艶が良くなった姉のことを嬉しそうに見ている。
あの時、本当にもう少しで姉を失ってしまうところだった。消滅するのを見るくらいだったら、天使からの摂食でも何でも全然かまわない。
夢魔の範疇を超えるような行動をしなければ、天使も悪魔も何も言ってこない。全ては神様が創り上げたこの世界の理だ。
「でも大切にされているみたいだから、安心した。ちょっと天使臭いけど……」
「天使臭い言うな! だってサマエル様は自分以外から食事しないように、誓約紋を私にいれたんだよー! 束縛系彼氏だよ!」
ひどくないっ⁉︎ と言いながらも、頬を赤らめて天使の話ばかりをしている。要領が悪くて、やらかすことも多いが、純粋で優しいエイシェが、メリディは大好きだった。
「一人から確実に食事をもらえるなら、別にいいじゃない。そうだ、アルメリナお姉様と後で合流するけど、会っていく?」
エイシェは、チラリと公園の時計を見て時間を確認する。
「あまり遅い時間まで外出しているとサマエル様が不機嫌になるから、今日は帰る。じゃあ、また来るねー」
元気に去っていくエイシェへ向かって、「はいはい。またね、お姉様ぁ」と、ひらひらと手を振る。
夢魔は、人の精液を食事としているため、恋愛とは無関係で身体を重ねることがほとんどだ。
一人の人間の精液だけを摂取し続ければ、その人間があっけなく死んでしまうこともある。
そこには一線を引いて、生きているとは言え、幸せそうな姉を見ているとうらやましいなと思う自分もいる。
メリディは、ぐーっと伸びをする。
「さて、今晩はどこのイケオジを賞味しょうかなぁー」
エイシェの幸せを願いながら、メリディは、夕闇迫る街へ今晩の食事を求めて歩き出した。
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