世の中ままならないから

送り狼

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カリネ村のアリュー

我が家

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退院してすぐ、俺はトチカの両親に会って挨拶とお礼を言った。

村長は人好きのする笑顔の、恰幅はいいが素朴な感じの初老の男だった。

結婚適齢期が低いというコトから、三十歳前後を想像していたが、思い切りバズシていたようだ。

「娘同様に育てているんだから、遠慮なぞいらん」

そう言って大口を開けて笑っていたが、視線が合った瞬間、言いようもない悪寒が背筋を流れて行った。

目が笑っていないどころか、絡み付くような悪意が俺の身体を這い回る。

これはアレだ。視姦ってヤツだ。

俺自身、過去に女性を見て妄想したコトはあるし、恥ずかしい想像をしたコトもある。

しかし、そこにリビドーはあっても悪意はなかったと断言出来る。

村長のこの目は違う。

確実に自分の欲を当てに来ている。

これは男である俺が女性の身体に入ったため、経験と嫌悪感が敏感になっているのか?

あるいは、アリューはすでに・・・?

イヤな想像に吐き気がしてきた。

俺の表情はひきつった笑顔が凍り付き、蒼白くなっているコトだろう。

「ほらほら、アリューは退院したばかりで疲れているのだから、早く家に帰してあげないと」

俺の様子を注意深く見詰めていたトチカの母親が、笑顔で手を叩く。

一見すると和やかなホームドラマっぽい一幕だが、アリューの心配をするフリをしながら、アリューと家族を引き離すという荒業に出た。

多分、村長の内心を知っているのだろう。

もしくはアリューと村長の関係か。いずれにせよ助かった。

あのまま村長に視線で犯され続けていたら、間違いなく吐いていただろう。

男の視線がここまで凶悪だとは思わなかった。

今までエッチな視線を向けた女性の人たち、ゴメンなさい。

「私、アリューを送ってくる!」

トチカが母親の身体をかい潜るように表に出て来た。

母親は少し躊躇いつつも諦めたのか、

「早く帰って来なさいよ」

と釘を刺して家の中に村長を押し入れるように入っていった。

母親にとって、アリューという少女は家に入れたくない存在だってコトが分かった。

アリューにとって、トチカ以外に味方はいなかった。

はからずもこのような事実を突き付けられ、俺は正直凹んだ。

アリューという少女は、自分の境遇をトチカに悟らされないように、敢えて陽気に振る舞っていたのだろう。

トチカに手を引かれるようにやってきたアリューの家は、村長の家の裏手にあった。

裏といっても、通りに面した、良く手入れされた庭があるこじんまりとした家だった。

母親が好きだったのだろう。母親の死後、見よう見真似で手を入れていたと予想出来た。

「何か思い出した?」

ちょっと黙り込んだ俺に、トチカが気遣わしげに聞いてくる。

そんな簡単に記憶が戻るはずがないし、戻られても困る。

波瀾万丈な少女の記憶を追体験して平気なほど、俺の内面は強くはないんだよ。

内心が表情を曇らせていたのか、トチカは俺を優しく抱き締めた。

当然慌てるが、トチカは背中をポンポンと叩いて身体を離した。







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