道化の情

たける

文字の大きさ
16 / 18
第4章

4─3

しおりを挟む
尋問室は、少し冷たい印象のあるタイル壁とマジックミラー。そしてテーブルと椅子があるだけだ。そのミラーの向こうには──聴取と言うより尋問を待つような面相をしているだろう──テイラーがいる。
そんなマジックミラーを正面に2人を座らせると、ローレンはマイケルの件の調書と似顔絵を目の前に置いた。

「それで、進展と言うのは?マイケルが殺されたと分かったんですか?」

黙っているデニスに代わり、ハングマンが口を開く。ローレンはそんな好々爺を見つめると、首を振って否定した。

「僕もマイケルの件について調書を読みました。担当した解剖医にも話を聞きましたが、彼は自殺です。貴方達が疑うのも無理はありませんが、ナターシャ・メロウは直接彼の死に関わっていません」

そうローレンが話すと、デニスの肩が震えた。ハングマンは僅かに目を見開いたが、反論する事はなかった。

「マイケルは遺書等を残していませんでしたが、ハングマンさん、彼が自殺した理由をご存じでしょう?」

ローレンの言葉に、ジェシカもハングマンを見遣る。

「私は……以前も別の刑事さんに話したが、マイケルが虐めにあっていると知っていた……まさか彼が自殺を考えていたなんて、そこまで考えなかった……」

灰色の瞳が滲む。

「俺には話してくれなかった……!」

デニスがテーブルを叩いた。ハングマンは慌てて彼を見遣ると、その拳を握った。

「マイケルは、君に心配をかけたくないと言っていたんだ。それに、彼から私に相談してきた訳じゃない。たまたま私が気付いたんだ」

それについてデニスは、何も言わなかった。気付いてやれなかった自分を責めているのかも知れない。

「彼が何を思っていたかは推測するしかありませんが、貴方達に内緒で街に出たマイケルは、ビリーと言う青年に、メロウを紹介してもらったそうです」

2人が何をしたかは分からないが、マイケルはメロウと別れてほどなく命を絶った。彼の死亡推定時刻には、メロウは仲間達とバーで飲んでいた。それは聞き込みからも裏が取れている。

「マイケルはメロウからヘロインを買い、それで自殺したんです。彼女はヘロインを売っただけだった。それを自殺幇助と取るかどうか、と聞かれたら、僕はそうじゃないと思います」

そう言いローレンは、2人の前にある似顔絵を指で示した。

「これはデニス、君だね?」

デニスは黙っている。それを認めたと取ったローレンは、先を続けた。

「弟を死に追いやった彼女を君は捜し出し、兄だと言う事を伏せてメロウに近付いたんだ。そうじゃないかな?あの夜、君はメロウを呼び出したんだ。マイケルが死んだ場所に」

推理を続けるローレンを、ジェシカは黙って見守っている。

「知らない。俺はそんな女なんか知らない……!」

まだ否定し続けるデニスへ、ローレンは新たな書類を取り出した。

「これは、彼女の部屋から採取された指紋なんだけど、君の物と一致したよ。それでも彼女を知らないと言うのかい?」

証拠を突き付けると、漸くデニスは自身がミカルと言う女性に変装して、彼女のアパートへ出入りしていた事を認めた。

「ミカルは確かに俺だよ。ナターシャを殺してやろうと思って近付いたんだ」

ハングマンはそれに対し、驚く様子を見せない。

「貴方もご存じだった……そうですね?ハングマンさん」
「あ……あぁ。デニスが、マイケルに薬を売った奴を見つけたと、聞いていたんだ。そして、油断させる為に、親密な仲を作っていたのも聞いてた」

1つずつ、推理が確かな物へと変わって行く。それに自信過剰になる訳でもなく、ローレンは続けた。

「と言う事は、貴方はデニスが、メロウを殺害しようとしている計画を、知っていたんですね?」

そう言うと、ハングマンは小さく唸りながら頷いた。

「ハングマンさん、貴方のDNAを採取させて頂きたいのですが、よろしいですね?」

ローレンはちらとジェシカを見遣った。すると彼女が、手早く綿棒を取り出す。

「何を調べるつもりで?」

明らかにハングマンは動揺している。それを見つめながら、ジェシカは腰を浮かせた。

「貴方は先週、何者かに殺害されたナターシャ・メロウ殺しの被疑者なの。悪いけど、口を開けてちょうだい」
「何だって?わ……私は殺してない……!」

椅子を後ろに引いて抵抗を見せるハングマンを、デニスは戸惑いながら見ている。

「それなら、犯人じゃないと証明する為にも、協力して」

ジェシカは鋭い視線をハングマンに向けた。すると彼は観念したように椅子を戻し、口を開けた。

「鑑識に回してくるわ」

ハングマンの咥内から唾液を採取したジェシカは、そう言って尋問室を出て行った。

「違うよね……?レナードさん。あいつを殺してないよね?」

さすがのデニスも疑っているようだった。ハングマンは──その問いに対し頷くと──デニスを抱きしめた。

「大丈夫だ、大丈夫だからな」

そう繰り返すハングマンは、デニスに、と言うより、自身に言い聞かせているようだった。

「さっきも言いましたが、ナターシャ・メロウは先週、何者かに殺害されました」

そう言いながら似顔絵を引き寄せ、代わりに解剖前の遺体の写真を2人の前に差し出した。目を背けるデニスを抱きしめたまま、ハングマンは唇を噛み締め写真を睨む。

「死因は見ての通りです」

写真に写るメロウの首には、痛々しい青痣ができ、腕は腫れている。

「犯人は、推定180センチ前後の男だと僕達は考えてます」

そう言ってローレンは、ハングマンを見つめた。

「そんな男、街にはたくさんいるじゃないか」
「えぇ、確かに、たくさんいます。ですが、180センチ前後で、ドーランをつけていた男、となると、限られてくるでしょう」

そうローレンが言うと、扉が叩かれ、鑑識の男が書類を持って顔を覗かせた。

「DNAの結果です」
「ありがとう」

書類を受け取り席に戻ると、ローレンは結果に目を通した。やはりメロウを殺害したのはデニスではない。

「凶器の1つとして使用されたスカーフから、DNAが採取されました。それとデニスのDNAを比較しましたが、別人でした」

そう報告すると、ローレンはハングマンに視線を戻した。

「貴方は昔、サーカスでピエロをしていたそうですね。ピエロのメイクには、ドーランを使用する」

デニスはハングマンを見つめ続けているが、次第にその目は悲しみに満ちていった。

「レナードさん……はっきり言ってやってよ!ナターシャを殺してないって……!」

再び扉が開き、今度は書類──超特急で調べさせたのだろう──を手にしたジェシカが入って来た。その顔は険しく、また、哀れみを含んでいるように見える。

「鑑識の結果よ」

ローレンの隣に座ったジェシカは、そう言って書類をテーブルに置いた。

「さっき貴方から採取した唾液から、DNAを取って犯人が残した物と比較したわ」

ジェシカはハングマンを見つめた。ローレンも書類に目を通して、そして頷いた。

「ハングマンさん。DNAが一致しました。ナターシャ・メロウを殺害したのは、貴方だ」

そうローレンが言うと、デニスの瞳から涙が零れた。

「どうして……?どうしてレナードさんが!」
「デニス、すまない。君には手を汚して欲しくなかったんだ」

ハングマンも目に涙を浮かべている。

「話してくれますね?」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

梵珠山に、神は眠らない ―八峰 遥の豪運―

事業開発室長
ミステリー
神の気まぐれか、何かの意思か―― 八峰 遥が遭遇する不可思議な出来事と強運の連続。 彼女を呼ぶ声は一体? 現実とオカルトが交錯する、 全10話完結の短編ミステリー。 シリーズ第2弾【十二湖は、今日も蒼い ―八峰 遥の天運―】 公開中

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...