死神とミュージシャン

たける

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5日目

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自宅前で停まったタクシーから降り、家の中へ入る。玄関には絵が──どこかの教会を描いているものだが、私は場所も作者も知らない──飾られていて、彼の趣味なのかと横目に伺う。

「散らかってるけど、遠慮しないで」
「あぁ」

そう短く答え、リビングに入った。確かに散らかって──雑誌や服が散乱し、足の踏み場に困るほどだ──いる。早瀬タクミは、それらを片付ける素振りもなく、慎重に足を運ぶとソファに座った。私は所在なく、リビングの扉の前で立っていた。

「片付けないのか」
「ん?やっぱり汚い?まー……明日片付けるよ。それよりさー、さっきはありがとうな」
「何の事だ」

思い当たる節がなくて、そう尋ねた。すると彼は力なく笑み、曲を収録した事だと教えてくれた。

「あれは君の最期に叶えたかった事だろう。礼は必要ない」
「いやいや、言わせてくれよ。俺は凄く嬉しかったんだからさー」
「そうか」
「最期に……あんないいものを残せて、歌手冥利に尽きるってもんだよ」

そう言うものだろうか。以前担当した事のある人間は、幸福は平等に与えられるものだと言っていたが。

「悪いけど、ちょっと休ませてもらうよ。君も空いたスペース使ってくれて構わないから」

体をソファに横たえながら、早瀬タクミは言った。私は懐から読みかけの文庫本を取り出すと、立ったまま続きを読み始めた。
ふとすると、早瀬タクミは寝息を立てている。私は気にせず、また読書に没頭した。




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