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新しい仲間を乗せ、改めてパトロールに出たアルテミス号は、何事もなく2週間目を迎えていた。
司令席に座り──自動操縦モードになっている和やかなムードだ──ジョシュは軽い眠気を覚え始めていた。
「艦長、居眠りですか?」
「ん……?あー、いや、起きてる」
副艦長のファイに肩を揺すられ、危うく向こう側に行ってしまうところだった意識を戻す。
「寝たら瞼に山葵塗るぞ」
科学士官席に座る新しい仲間は、そう言って端正な顔を緩めて笑った。
彼はノッドと言い、2週間前にアルテミス号へ配属されたファイの恋人だ。スラリとした長身に、端正な顔立ち。そして少し垂れた目から覗く瞳は茶色で、短い髪は漆黒色をしている。
だが彼は地球人ではない。そして人間でもない。ノッドはサイボーグだ。しかし、外見だけでは全く判別がつかず、乗組員の中では知らない者も多い。
「やだよ、山葵なんて」
「だったら、しっかり起きてる事だな」
そう悪戯っ子のようにジョシュを指差し笑うノッドの横へ、ファイが相変わらずの無表情さで立つと、ノッドは恋人を見上げた。
「レーダーに反応は?」
「ないよ、ないない」
愛しげに目を細め、ファイの腰を抱き寄せたノッドが、甘えるように頬を擦り寄せる。
「イチャイチャするなよー……!」
艦隊規則に、艦内恋愛禁止の文字はない。だが、仕事中にイチャイチャするのは止めて欲しい。ある種目の毒だ。ジョシュはため息を漏らしてモニターを見遣った。すると、通信士官のマナ・ホップスが振り返った。彼女も美人だ。だが、ジョシュがかつて恋い焦がれていた女性とはタイプが違う。彼女を知的美人とするなら、マナは活発美人だろう。
「艦長、通信が……」
そう報告するものの、ホップスの表情は半信半疑、と言ったように僅かに困惑している。
「通信?どこから?」
ジョシュが尋ねると、ホップスはタッチパネルをあちこち叩いた。そして再び振り返ると、サカリア惑星からだと告げた。
「サカリア?だってサカリアって、ここから随分と離れてるだろ?通信なんて入る筈ないじゃん」
一瞬胸が高鳴る。
「そうですが、声が聞こえるんです」
むきになって言い返すホップスは、通信士としては恵まれた耳を持っている。彼女はどんな小さな声も聞き逃さず──言語学にも詳しい──あらゆる惑星の言葉を翻訳してくれる。
「んー……じゃあ、聞かせて」
幻聴ではないだろうが、確認だけはしておこう、とジョシュは思った。
ブリッジは静かになり、ホップスがボタンを押すと、微かにジョシュの耳にも何かが聞こえてきた。だが、あまりにも小さすぎて、それが声かどうか分からない。
「本当だ……何か聞こえる……」
ほら、と言いたげなホップスだったが、必死になってそれに耳を傾けている。
「あ……聞こえる……相手は女性かしら?」
ホップスはそう言うとコンソールに向き直り、インカムを耳に押し当てた。
「こちらアルテミス号。貴方の通信を受信してます」
『アル…ス号……こち……サカリ…惑星……救……願い……』
ジョシュの耳に全てが聞こえてくる訳ではなかったが、ホップスはそれを理解したようだ。
「艦長、通訳します。アルテミス号、こちらはサカリア惑星です。直ちに救援をお願いします、との事です」
「救援?どうしたんだろ?とにかく、もう少しサカリアに近付いてみよう。ノッド、ワープ準備を」
そう科学士官に命令すると、彼は名残惜しそうにファイから腕を解き、メイン・システムに向き直った。
「ワープ準備開始。各部署、報告を」
コンソールを素早く叩き、コードを入力すると、スピーカーから準備が調ったと言う報告があちこちから入った。
「カール、エンジン全開!」
ジョシュがそう伝えると、機関士のカールは元気な返事をした。
「全部署、準備完了」
ノッドが報告し、ジョシュはワープ命令を降した。
一瞬だけアルテミス号が揺れたが、すぐにモニターは光に包まれた。
「サカリアまで到着5秒前!3、2、1……!」
操舵士のデルマがカウントを終えると、スクリーンから光は消え去り、サカリアの緑豊かな惑星が現れた。
「艦長、通信です。モニターを切り替えます」
素早くホップスが対応し、モニターに通信相手の姿が映し出された。彼女が言っていた通り、相手は女性だったが、戦争でもしているのか、武装している。
「こちらアルテミス号艦長のジョシュ・デビットだ。そちらの状況を報告してくれ」
そう名乗ると、女性は一瞬だけ後ろを振り返り、すぐに画面へと向き直った。
『私はサドゥール様にお仕えするララと申します。王女に代わり、貴方の前に姿を現している事をお許し下さい』
王女、と言う普段聞き慣れない言葉に息を飲みながら頷くと、ララは早口に説明を始めた。
『サカリアは現在、男達が何等かの原因で凶暴化し、争いをやむなく行っているところです。女達はそれに対し抵抗していますが、陣地は次々と奪われ、今はサカリア城のみです。ここもいつ占拠されるか分かりません。デビット艦長、助けて下さい!』
──男対女で争うサカリア人達。そしてその原因は不明……
ジョシュは腕組みをし、どう対処すべきか悩んだ。勿論救出には向かうつもりだが、男達だけが凶暴化しているのが気になった。
まずはその原因を探る事が先決だろうか。そう考えていると、ララの慌てた声がした。
『王女、大丈夫ですか?交渉なら私が……』
『いえ、いいの』
別の声が聞こえた。その声に聞き覚えのあったジョシュは、腕を解いてモニターを見つめた。すると、故意に引き裂いたドレスを身につけ、その上から不
似合いな鎧をつけた女性が姿を現した。甲冑をつけているので顔は分からないが、品のある雰囲気がする。
「貴方が、王女……様?」
『はい、ジョシュ・デビット艦長』
そう言って甲冑を外した王女は、ジョシュの知った女性だった。
『お久しぶりです、ジョシュ・デビット。覚えておいでですか?』
言葉遣いこそ丁寧だが、そう言って微笑する王女はかつて同期だった候補生だ。
「レイ……アナシア……?」
美しい赤毛と、緑色の知的な瞳。
──忘れる筈ない。
彼女はかつて、ジョシュが恋い焦がれた女性だった。
司令席に座り──自動操縦モードになっている和やかなムードだ──ジョシュは軽い眠気を覚え始めていた。
「艦長、居眠りですか?」
「ん……?あー、いや、起きてる」
副艦長のファイに肩を揺すられ、危うく向こう側に行ってしまうところだった意識を戻す。
「寝たら瞼に山葵塗るぞ」
科学士官席に座る新しい仲間は、そう言って端正な顔を緩めて笑った。
彼はノッドと言い、2週間前にアルテミス号へ配属されたファイの恋人だ。スラリとした長身に、端正な顔立ち。そして少し垂れた目から覗く瞳は茶色で、短い髪は漆黒色をしている。
だが彼は地球人ではない。そして人間でもない。ノッドはサイボーグだ。しかし、外見だけでは全く判別がつかず、乗組員の中では知らない者も多い。
「やだよ、山葵なんて」
「だったら、しっかり起きてる事だな」
そう悪戯っ子のようにジョシュを指差し笑うノッドの横へ、ファイが相変わらずの無表情さで立つと、ノッドは恋人を見上げた。
「レーダーに反応は?」
「ないよ、ないない」
愛しげに目を細め、ファイの腰を抱き寄せたノッドが、甘えるように頬を擦り寄せる。
「イチャイチャするなよー……!」
艦隊規則に、艦内恋愛禁止の文字はない。だが、仕事中にイチャイチャするのは止めて欲しい。ある種目の毒だ。ジョシュはため息を漏らしてモニターを見遣った。すると、通信士官のマナ・ホップスが振り返った。彼女も美人だ。だが、ジョシュがかつて恋い焦がれていた女性とはタイプが違う。彼女を知的美人とするなら、マナは活発美人だろう。
「艦長、通信が……」
そう報告するものの、ホップスの表情は半信半疑、と言ったように僅かに困惑している。
「通信?どこから?」
ジョシュが尋ねると、ホップスはタッチパネルをあちこち叩いた。そして再び振り返ると、サカリア惑星からだと告げた。
「サカリア?だってサカリアって、ここから随分と離れてるだろ?通信なんて入る筈ないじゃん」
一瞬胸が高鳴る。
「そうですが、声が聞こえるんです」
むきになって言い返すホップスは、通信士としては恵まれた耳を持っている。彼女はどんな小さな声も聞き逃さず──言語学にも詳しい──あらゆる惑星の言葉を翻訳してくれる。
「んー……じゃあ、聞かせて」
幻聴ではないだろうが、確認だけはしておこう、とジョシュは思った。
ブリッジは静かになり、ホップスがボタンを押すと、微かにジョシュの耳にも何かが聞こえてきた。だが、あまりにも小さすぎて、それが声かどうか分からない。
「本当だ……何か聞こえる……」
ほら、と言いたげなホップスだったが、必死になってそれに耳を傾けている。
「あ……聞こえる……相手は女性かしら?」
ホップスはそう言うとコンソールに向き直り、インカムを耳に押し当てた。
「こちらアルテミス号。貴方の通信を受信してます」
『アル…ス号……こち……サカリ…惑星……救……願い……』
ジョシュの耳に全てが聞こえてくる訳ではなかったが、ホップスはそれを理解したようだ。
「艦長、通訳します。アルテミス号、こちらはサカリア惑星です。直ちに救援をお願いします、との事です」
「救援?どうしたんだろ?とにかく、もう少しサカリアに近付いてみよう。ノッド、ワープ準備を」
そう科学士官に命令すると、彼は名残惜しそうにファイから腕を解き、メイン・システムに向き直った。
「ワープ準備開始。各部署、報告を」
コンソールを素早く叩き、コードを入力すると、スピーカーから準備が調ったと言う報告があちこちから入った。
「カール、エンジン全開!」
ジョシュがそう伝えると、機関士のカールは元気な返事をした。
「全部署、準備完了」
ノッドが報告し、ジョシュはワープ命令を降した。
一瞬だけアルテミス号が揺れたが、すぐにモニターは光に包まれた。
「サカリアまで到着5秒前!3、2、1……!」
操舵士のデルマがカウントを終えると、スクリーンから光は消え去り、サカリアの緑豊かな惑星が現れた。
「艦長、通信です。モニターを切り替えます」
素早くホップスが対応し、モニターに通信相手の姿が映し出された。彼女が言っていた通り、相手は女性だったが、戦争でもしているのか、武装している。
「こちらアルテミス号艦長のジョシュ・デビットだ。そちらの状況を報告してくれ」
そう名乗ると、女性は一瞬だけ後ろを振り返り、すぐに画面へと向き直った。
『私はサドゥール様にお仕えするララと申します。王女に代わり、貴方の前に姿を現している事をお許し下さい』
王女、と言う普段聞き慣れない言葉に息を飲みながら頷くと、ララは早口に説明を始めた。
『サカリアは現在、男達が何等かの原因で凶暴化し、争いをやむなく行っているところです。女達はそれに対し抵抗していますが、陣地は次々と奪われ、今はサカリア城のみです。ここもいつ占拠されるか分かりません。デビット艦長、助けて下さい!』
──男対女で争うサカリア人達。そしてその原因は不明……
ジョシュは腕組みをし、どう対処すべきか悩んだ。勿論救出には向かうつもりだが、男達だけが凶暴化しているのが気になった。
まずはその原因を探る事が先決だろうか。そう考えていると、ララの慌てた声がした。
『王女、大丈夫ですか?交渉なら私が……』
『いえ、いいの』
別の声が聞こえた。その声に聞き覚えのあったジョシュは、腕を解いてモニターを見つめた。すると、故意に引き裂いたドレスを身につけ、その上から不
似合いな鎧をつけた女性が姿を現した。甲冑をつけているので顔は分からないが、品のある雰囲気がする。
「貴方が、王女……様?」
『はい、ジョシュ・デビット艦長』
そう言って甲冑を外した王女は、ジョシュの知った女性だった。
『お久しぶりです、ジョシュ・デビット。覚えておいでですか?』
言葉遣いこそ丁寧だが、そう言って微笑する王女はかつて同期だった候補生だ。
「レイ……アナシア……?」
美しい赤毛と、緑色の知的な瞳。
──忘れる筈ない。
彼女はかつて、ジョシュが恋い焦がれた女性だった。
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