ark

たける

文字の大きさ
上 下
29 / 30
7.

しおりを挟む
集会場が俄かに騒がしくなる頃、ファイは母フラムと宇宙アカデミー前に広がるブルーオーシャンに来ていた。その名の通り美しい青が眼前に広がり、浜辺を歩く2人の足元まで押し寄せてくる。
黙ったままずっと歩き、岩場を抜けて岬までやって来ると、フラムは空を見上げながら足を止めた。その少し後ろでファイも足を止めると、濃いグレーをしたアカデミーの制服が、僅かに風に靡いた。母は黒い服を着ている。

「リチャードは、宇宙の次に海が好きだったの」

視線を海面に戻したフラムは、そう呟いた。
父の冷却した遺体を目の当たりにしても、やはり母はリタルド人として毅然とした態度だった。逆に回りの講師達や機関士仲間が狼狽え、泣き崩れるのが不思議だと言わんばかりに首を捻っていた。それは火葬しても、灰を入れた壺を抱いていても変わらない。

「私も海は好きです」

地球人が海を母だと表現するのに対し、他の惑星では宇宙を母だと表現するところもある。だがリタルドにはそう言った表現はない。だからファイにも、そう言う感覚はなかった。だが、未知の場所、と言う点では、宇宙と共通している。
それきり再び黙ったフラムは、壷をそっと撫でてから蓋を開いた。

「父が海が好きだったから、灰を海に撒くのですか?」

そう尋ねると、フラムは首を振った。

「リチャードとの結婚は、皆に反対されたの。だけど彼はそんな反対を押し切り、私と結婚した」

勿論フラムの両親も反対した。双方の両親の反対は酷いもので、2人は絶縁を言い渡されていた。
だからフラムは、死んでも入る墓はない。それはリチャードも同じだ。
それを息子に説明すると、ファイはそうですか、と呟いただけだった。
入る墓が無いから悲しい訳ではない。
両親と絶縁したから悲しい訳でもない。

「私が死んだら、リチャードと同じ場所に灰を撒いてちょうだいね」

らしくない、とは思ったが、フラムはそうして欲しいと望んだ。多分それは、地球に長く住んでいるから、自身にも心境の変化が僅かでもあるのだと分析した。

「分かりました」

そうファイが答えると、フラムは灰を海に撒いた。灰はあっという間に波に飲み込まれ、見えなくなる。

「さぁ、戻りましょう。貴方も仕事があるでしょう」

振り返った母は、僅かに涙ぐんでいた。




しおりを挟む

処理中です...