薔薇の弔い

たける

文字の大きさ
4 / 16
第1章

1─2

しおりを挟む
翌朝歩いて出勤する途中、ローレンは欠伸を噛み殺した。昨夜は事件の事を考えていて、あまり眠る事が出来なかった上、事件解決の糸口すらも思いつかないまま、朝を迎えてしまった。やはり、証拠が必要不可欠だ。そんな事を考えていると、ふと空腹を感じた。そう言えば、朝食がまだだった。
署の近くにあるファストフード店で何か買ってから、それから向かおう。そう思いながら、まだ7時過ぎの歩道を歩く。
サイフから現金だけ無くなっていたが、これは明らかに計画された犯罪だ。それを物取りの犯行だと見せ掛ける為に現金を抜き取った。携帯も、交遊関係を隠蔽する為に持ち帰ったのかも知れない。そんな事を考えながら店内──早朝なのに賑わっている──に入り、ハンバーガーとポテト、そしてコークのセットを購入して店を出る。
ファストフード店の向かいが警察署で──威厳あるコンクリートで出来た、まるで要塞のような13階建てだ──ローレンはその11階にある殺人課に配置されている。
ふと、ファストフード店の横に花屋があるのに気が付いた。いつからあったか覚えがないまま、花屋に近付く。看板には、バラ専門店・ローズと書かれていた。
バラ、か。そう思いながら店先を覗くと、1人の女性店員が屈み、作業をしていた。
小さな背中に、金色の髪がなか程で揺れている。顔は見えないが、多分若いだろう。
小さいと言えば、相棒のジェシカも背が低い。そう言うと、貴方がデカイのよ──ローレンは190で、ジェシカは158センチだ──と、いつだったか言われたのを思い出す。
そんな相棒に、花などプレゼントした事がないな、とも思った。特別な感情はないが、日頃の感謝を表した事もない。プレゼントしてみようかと思いながら、その店員に近付いた。すると店員は、近付いた事に気付かず立ち上がり、背中をローレンの腕にぶつけ、慌てて振り返った。

「す……すみません……!」

可愛らしい顔立ちだ。眉は細く目はくりっとしていて、小さな鼻に薄いピンク色の口紅。声は高めで少し鼻にかかり、甘えるような印象を受ける。
ローレンはその店員を観察していた事に気付き、言葉を発するタイミングが遅れた。

「ん、あぁ、いや、いいんだ」

店員は頭を下げると、1歩を踏み出した。

「あ、あのさ」

慌ててローレンが声をかけると、店員は素早く振り返った。

「はい」
「同僚に、花束をプレゼントしたいんだけど、何か作って貰えるかな?」

店員を見下ろす。多分身長は、160センチぐらいだろう。ローレンとは30センチも違う。

「かしこまりました。どのような感じに致しましょう?」

奥へ入りながら、店員がそう尋ねてきた。特にこれ、と決めていた訳ではないのだが、バラしかない店内をローレンは見回した。
成る程な、看板通りバラしかない。そう思った。花の知識に乏しいローレンは、バラはバラ、としか認識しておらず、だから店内に何十種類とあるバラを見て──こんなに種類があったのかと──関心した。

「そうだね。いつもお世話になってる女性なんだけど。僕はバラの種類がよく分からないから、何か選んでよ。色は赤いやつがいいかな」

そう言いながら、店員に視線を戻す。

「そうですね。じゃあ、これなんていかがですか?レディローズって言うんですけど……」

店員は、ガラスケースの中から赤いバラを取り出すと、それを見せてくれた。確かによく見れば、街でよく見るバラとは違うようだ。

「レディローズは、この広がるスカートの裾のような、優雅な花形が特徴で濃い朱色なんですけど」

店員が何か言っている。だがローレンの頭は、また昨夜の事件の事を考えていた。


──もし現場にあった花びらがバラだったとして、それが何か特殊な物だったら、それは重要な証拠だ。そしたら、この花屋に聞き込みに来なければならない。花びらは茶色だったし、多分珍しいものだ。それなら犯人は、きっとここで購入したに違いない……


ローレンが黙ったまま考え込んでいると、店員は違うバラを手に取り、再度見せてきた。
どうやら、気に入らない、と受け取られてしまったらしい。

「それでお願いするよ」

そう言うと、店員は笑顔を見せた。八重歯が愛らしい口元だ。

「それは、何て言うの?」

種類も聞かずに決めてしまったが、ローレンの中のバラ、と言うイメージにピッタリだと思う。

「これは、アーザムレッドって言うんです。完璧なバラの形に、深い赤のビロードが綺麗でしょう?」

そう言って笑った店員の胸元に、名札がぶら下がっている。そこには、ブルーローズ・リジャスティンスと書かれていた。


──酷く長い名前だな……


「バラだ」

彼女の名前も──長いが──バラだ。ローレンが呟くと、作業をしていた店員が顔を上げる。

「え……?」
「ほら君。君の名前もバラだ」

名札を指差しそう言うと、彼女は照れたように俯いた。僅かに頬が紅潮している。

「母が……バラが好きなので、私が生まれた時にバラの名前をつけてくれたそうです」

そう言って再び顔を上げたブルーローズは、とても嬉しそうに微笑んでいた。優しげで、はかなげでもある。
日頃、頭の回転が早く、強気な女性としか仕事をしないローレンにとって、これは新鮮だった。出会いがない訳ではないが、検死解剖医や鑑識課、捜査官。どれも一筋縄ではいかない女性達ばかりだ。

「とても似合ってる。ブルーローズ」

そう名前を呼ぶと、彼女は少しだけ悲しそうに眉根を寄せた。

「本当は、ブルーヘブンって、つけたかったらしいんです。それが、母が1番好きな青いバラだから」

俯き、自身の名札を見つめる姿は淋しげで、ローレンは戸惑った。

「じゃあ、君のお母さんはどうしてブルーヘブンってつけなかったの?」
「父が、名前を間違えて役所に提出してしまったらしいんです」

駄目ですよね、とブルーローズは呟いた。自嘲するように、微笑んでいる。

「でも、とても綺麗な名前だ。ブルーローズなんて、凄く神秘的な響きがするよ」

お世辞ではなく、それは本心だった。こんな女性と恋に落ちれたらいいのに、と考えていると、ブルーローズは可笑しそうに笑った。

「ありがとう。でも、長いでしょ?私の名前。だからみんな、ブルーって呼ぶわ」

そう言って花束をセロハンで丁寧に包むと、今度はそれをまた明るい薄緑のラッピングペーパーで包む。そして何かを探すように俯いた。

「あ……れ?」
「どうしたの?」

そうローレンが尋ねると、ブルーローズがはにかむ。

「踏み台」

そう呟くと、ブルーローズは小さなため息をつき、振り返って棚を見上げた。そして精一杯背伸びをし、何かを取ろうと手をぐいっと伸ばした。

「何か取るんだったら、僕が取ろうか?」

そうローレンが申し出ると、ブルーローズは困ったように振り返った。

「ごめんなさい。あの、上から3段目のピンク色のリボンを」
「OK」

ローレンはそう言ってブルーローズに近付くと、手を伸ばしてピンク色のリボンを取った。

「ありがとうございます。私、背が低いから、踏み台がないと困るの」

そう言ってローレンからリボンを受け取ると、ブルーローズは器用に花束を結ぶ。


──ジョン・ホリスンを殺害した犯人も、恐らく背が低かった。


そう思い返し、ローレンは改めてブルーローズを見遣った。
ローレンが推測した犯人像は、背が低い女性だ。あの花びらが特殊なバラだったとしたら、犯人像に近いのは、バラの知識を豊富に持っているブルーローズだろう。

「はい、できました」

ローレンの思考を中断するかのように、ブルーローズが花束を差し出してきた。

「ありがとう。きっと彼女も喜ぶよ」




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...