職業、死神

たける

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2.尖塔に落ちた雷

1.

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俺達死神が、どうやって死期の近い人間を選んでいるのか。その方法は単純なもので、各家に古めかしい映写機がある。そこに、死期の近づいた人間の容姿や名前、年齢と、いつ死ぬかが流れてくる。その映像を見て、俺達はどの人間を担当するか決めるのだが、その映像がどこの誰から送られてくるかは知らない。知らない事ばかりだが、知りたいとも思わないし、生まれた時から、そうなのだと分かっているから問題もない。それは人間で言うところの、本能と言うやつだろう。

所々に街灯はあるが、赤茶けた石造りの煉瓦で出来た歩道は見えにくく、ガタガタしていて歩き難い。それでも、この町に住む人間達は、慣れた足取りで歩いている。
道の両側には背の高い家々が軒を連ね、頭上には月が顔を覗かせ始めていた。
そんな家々が急に途切れると、目の前に巨大な大聖堂が姿を現した。全体的に黒っぽく、堅牢で、荘厳な造りだ。入り口には大きな扉が3ヶ所あり、見る者を圧倒させる彫刻が扉上や柱に施されている。
森の木々のように天へ向かってそびえる尖塔は、古来騎士が手にしていた武器に見えなくもない。それをもしイメージしているなら、その先は、天を貫こうとしているのだろうか。

やがて月が空に顔を覗かせると、まるで死神への挨拶をするかのように鈍色の雲が流れてきて、大粒の雨を降らせ始めた。俺はそんな町からの洗礼を受けながらも、町外れを目指して歩き続けた。
ジェームズ・カルレオの家は、まだもう少し先だ。

足元が煉瓦から土に変わる。雨は更に勢いを増し、雷をも仲間に加えたらしい。鈍色の雲が煌めくと、遠くで雷鳴が轟いた。

死神に、固定した姿はない。見る者によって、そのイメージが様々──ここにいる筈のない人を見かけたりするのが、いい例だろう──変わるからだ。こうしてすれ違った何人かには、俺はどう見えているのだろう。

両手に広がる牧草の向こうに、窓から漏れる灯りが見え始めた。近づくと、全ての家が2階建てで、それぞれに、馬や牛などの家畜を入れた小屋がある。全部で10軒の、村と言った表現が正しいような場所だ。

濡れた土や草の匂いを嗅いでると、雷鳴が近くで轟いた。雷が空を引き裂くように光った瞬間、村は昼間のように明るくなり、10軒の中心に、井戸があるのが分かった。他に、子供の為の遊具もある。

とにかく、ジェームズ・カルレオの家を探さなければならないだろう。映像を見たところ、ジェームズ・カルレオに家族はいなかった。1人で住んでいるらしく、また、屋根は赤色だった。
ざっと見たところ、赤色の屋根は3軒あり、見つけるのは時間の問題だ。だが、今夜は接触しない方がいいかも知れない。
今の俺は濡れ鼠のようにみすぼらしく、とてもじゃないが、死期が近い事を受け入れてもらえそうにない。まぁ、いつもそう易々とは受け入れられないが。

身なりは大切だ。動物はそうでもないが、人間は見た目で与える印象が重要視されている。つまり、視覚からの情報収集がメインなのだ。思考や感情は、視覚からの情報を元に生まれる。

また雷鳴が轟き、ついに雷は地上にその矛先を向け始めた。牧草地にあった1本の木に落ちたらしい。焦げた匂いが鼻腔をくすぐる。

漸く、ジェームズ・カルレオ捜しを再開した俺は、手近にあった赤色屋根の窓を覗いた。5人の家族がテーブルを囲み、神に祈りを捧げている。

この家じゃない。

次いで覗いたのは、少し奥まった場所にある窓だ。さっきの家とは違い、室内は薄明かりにぼやけて見える。目を凝らしてよく見てみると、人間の若者が1人、暖炉の前に座っていた。
炎で顔の輪郭が浮かび上がり、室内の薄暗さも手伝って、異様な雰囲気を醸し出している。
横顔で判別するのは難しいが、恐らく彼がジェームズ・カルレオだろう。そう思った時、また落雷が起こった。振り返ると、今度は更に近く、2つ先にある小屋から火の手が上がった。
再び室内を覗くと、若者が俺を見ていた。
淡いブルーの瞳に、顔の右側が焼けただれている。

間違いない。ジェームズ・カルレオだ。

そう確信した時、また雷鳴が轟いた。既に雷雲はこの村からいなくなっているらしく、落雷の光は大聖堂の尖塔に伸びていた。

どうやら見知らぬ神と言う存在も、彼をジェームズ・カルレオと認めたらしい。




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