15 / 17
10.次へ
1.
しおりを挟む
焼けて灰になった肉体が、土にばらまかれた。
辺りは緑の生い茂る小さな公園で、それはいつしか、植物の栄養になるだろう。
俺は再び、不確かな存在に戻っていた。
通りを行き交う人々は、俺が昨夜火刑に処された男には見えていない。
すぐにでも向こうに戻っても良かったのだが、最後にパニーニに会ってからでも遅くはないだろう、と思ったのだ。
結局奇跡は起こらなかったが、そもそもそれは、どう言う時に起こるのかを、聞いてみたい気もしている。
灰をばらまいた男達は、勿論パニーニの部下で、命令されたとは言え、互いに嫌そうな顔をしていた。俺はそんな男達を横目に見ながら、ジムを思った。
実に気弱な人間だった。
今までにも、そんな人間を何人も担当した事がある。だがジムは、そう言った人間とは、どこか違うような印象があった。
きっとそれも、担当した人間の死後も初めて、こうやって居残っているから思うのだろう。いつもならさっさと帰り、次の仕事が与えられるのをただ待つだけだ。
いつもと違う行動をしているからこそ、そんな印象を覚えるだけの事にすぎない。
公園を通りすぎ、パニーニのいる大聖堂を目指す俺は、その存在を他の死神に伝えた時、どうなるのだろうかと考えていた。
パニーニの所在を尋ねると、部下の男は司教館にいると教えてくれた。俺は言われた通り司教館に向かい、不確かな存在として初めて、パニーニと顔を合わせた。
「まだ残っておったのか」
「まぁな。最後にお前に、会ってみようと思ったんだ。それに聞いてみたい事もあるし」
「何故、会う必要があるのだ。君には、私の存在を知らせると言う役割があるであろう。それに聞きたい事と言うのは何だ」
そう尋ねられた俺は、起こらなかった奇跡の理由より、起こった奇跡の事を聞いた。
「他にも、迎えにきてもらった奴はいるのか」
窓際に立つパニーニの側へ立ちながら、俺はそう尋ねた。
もしそうなら、その主と言う奴は忙しい。毎日、数えきれない人間が死んでいる。その都度、迎えに来なければならないのだから。そうか、主も俺達死神と同じ様に、何人もいて、手分けしているのかも知れない。
「残念ながら、私はパニーニ司教以外に、迎えに来られるのを見た事がないのだ。主は、敬虔な者や、清き御霊を持った者しか、お迎えになられぬ」
「それなら、あの時ジムが、迎えに来られるか分からなかったじゃないか」
そう言ってやると、パニーニは微笑した。出会ってから、初めて見る表情だ。
「君は、ジェームズ・カルレオが清き人間ではないと、そう思っていたのかね」
「罪は犯してる。両親を火事で死なせたんだ」
今パニーニには、俺がどんな風に見えているのだろう。そんな疑問が湧き、俺はパニーニの目を見つめた。
「俺は、お前にどんな風に見えている」
その質問を受けたパニーニは、黙って俺を見つめ返した。その姿が、徐々に薄らぎ始める。
「私は長い間、人間と共に暮らしてきた。君には理解出来るか分からぬが、そんな人間の目で見た君は、実にハンサムだ」
薄らいだ体が、俺と同じ様な不確かな存在に変わった。
何故、そうしたかは分からないが、パニーニは固定を解除したらしい。
「理解出来ない」
「そうだな……魅力的、と言えば分かるだろうか……いや、それも駄目だな。興味を惹き付ける、と言った方がいいかも知れぬ」
そう言ったパニーニの姿は、俺には何等変わったようには見えない。恐らく、パニーニと言う名前が、もうこの姿を俺に与えているのかも知れない。
俺にとって、パニーニ、と言う名前で連想するのは、それしかない。
物は、名前がついた時点でその姿が固定される。それと同じなのだ。
「何故不確かな存在に戻ったんだ。裁かれる準備の為か」
「そうではない。恐らく、君ではない誰かも、私の存在に気付いていて、先に他の者へ知らせたらしい」
それは、ありえる話しだ。俺以外の死神が、この町の誰かを担当していてもおかしくはない。
「だろうな。お前は、罰を受ける」
「罰……私は悔いてはおらん。短い間ではあったが、人間として生きられたのだからな」
再び、パニーニの体が薄らぎ始めた。
今、俺の目の前で、ルールを破った死神が、裁かれようとしている。
こんな事は、これから先、見られないかも知れない。
俺は食い入るようにパニーニを見つめ続けた。
薄らいだ体が、灰のように変わり、風もないのにサラサラと崩れて行く。
「確実に死んだら、どこへ行くんだ」
「それは、死んでみないと分からぬ事だ。だが、死は決して悪いものではない。永遠に生き続ける事よりも、死ねる方が喜ばしいとは思わんかね……」
そう俺に問いかけたところで、パニーニの体は完全に崩れた。
足元には、黒い灰の小さな山が出来ている。俺は屈んで灰をすくうと、窓を開け放って町に撒いた。そうする事が正しいかどうかは分からないが、きっとパニーニは、そうして欲しかったのではないかと思う。
司教館を出ると、何も知らないパニーニの部下が、朝食を乗せたトレーを運んで行くのとすれ違った。
もうパニーニはいないぞ、と教えてやっても良かったが、それは俺の仕事ではないし、どうでもいい事だ。
だが、どうしても1つだけ、確かめたい事がある。
カルレオ一家は、無事再会出来たかどうかだ。俺は、妻のエリーが最後に言っていた言葉を思い返した。
「私達は、あの小屋の前で、いつまでもジェームズが来るのを待っているわ」
恐らくカルレオ夫婦は、ジムの元を去った後、あの小屋に──誤ってジムが両親ともども燃やしてしまった──向かったに違いない。そしてジムも、琴切れた後、そこを目指しただろう。
俺は、その小屋へ向かった。
辺りは緑の生い茂る小さな公園で、それはいつしか、植物の栄養になるだろう。
俺は再び、不確かな存在に戻っていた。
通りを行き交う人々は、俺が昨夜火刑に処された男には見えていない。
すぐにでも向こうに戻っても良かったのだが、最後にパニーニに会ってからでも遅くはないだろう、と思ったのだ。
結局奇跡は起こらなかったが、そもそもそれは、どう言う時に起こるのかを、聞いてみたい気もしている。
灰をばらまいた男達は、勿論パニーニの部下で、命令されたとは言え、互いに嫌そうな顔をしていた。俺はそんな男達を横目に見ながら、ジムを思った。
実に気弱な人間だった。
今までにも、そんな人間を何人も担当した事がある。だがジムは、そう言った人間とは、どこか違うような印象があった。
きっとそれも、担当した人間の死後も初めて、こうやって居残っているから思うのだろう。いつもならさっさと帰り、次の仕事が与えられるのをただ待つだけだ。
いつもと違う行動をしているからこそ、そんな印象を覚えるだけの事にすぎない。
公園を通りすぎ、パニーニのいる大聖堂を目指す俺は、その存在を他の死神に伝えた時、どうなるのだろうかと考えていた。
パニーニの所在を尋ねると、部下の男は司教館にいると教えてくれた。俺は言われた通り司教館に向かい、不確かな存在として初めて、パニーニと顔を合わせた。
「まだ残っておったのか」
「まぁな。最後にお前に、会ってみようと思ったんだ。それに聞いてみたい事もあるし」
「何故、会う必要があるのだ。君には、私の存在を知らせると言う役割があるであろう。それに聞きたい事と言うのは何だ」
そう尋ねられた俺は、起こらなかった奇跡の理由より、起こった奇跡の事を聞いた。
「他にも、迎えにきてもらった奴はいるのか」
窓際に立つパニーニの側へ立ちながら、俺はそう尋ねた。
もしそうなら、その主と言う奴は忙しい。毎日、数えきれない人間が死んでいる。その都度、迎えに来なければならないのだから。そうか、主も俺達死神と同じ様に、何人もいて、手分けしているのかも知れない。
「残念ながら、私はパニーニ司教以外に、迎えに来られるのを見た事がないのだ。主は、敬虔な者や、清き御霊を持った者しか、お迎えになられぬ」
「それなら、あの時ジムが、迎えに来られるか分からなかったじゃないか」
そう言ってやると、パニーニは微笑した。出会ってから、初めて見る表情だ。
「君は、ジェームズ・カルレオが清き人間ではないと、そう思っていたのかね」
「罪は犯してる。両親を火事で死なせたんだ」
今パニーニには、俺がどんな風に見えているのだろう。そんな疑問が湧き、俺はパニーニの目を見つめた。
「俺は、お前にどんな風に見えている」
その質問を受けたパニーニは、黙って俺を見つめ返した。その姿が、徐々に薄らぎ始める。
「私は長い間、人間と共に暮らしてきた。君には理解出来るか分からぬが、そんな人間の目で見た君は、実にハンサムだ」
薄らいだ体が、俺と同じ様な不確かな存在に変わった。
何故、そうしたかは分からないが、パニーニは固定を解除したらしい。
「理解出来ない」
「そうだな……魅力的、と言えば分かるだろうか……いや、それも駄目だな。興味を惹き付ける、と言った方がいいかも知れぬ」
そう言ったパニーニの姿は、俺には何等変わったようには見えない。恐らく、パニーニと言う名前が、もうこの姿を俺に与えているのかも知れない。
俺にとって、パニーニ、と言う名前で連想するのは、それしかない。
物は、名前がついた時点でその姿が固定される。それと同じなのだ。
「何故不確かな存在に戻ったんだ。裁かれる準備の為か」
「そうではない。恐らく、君ではない誰かも、私の存在に気付いていて、先に他の者へ知らせたらしい」
それは、ありえる話しだ。俺以外の死神が、この町の誰かを担当していてもおかしくはない。
「だろうな。お前は、罰を受ける」
「罰……私は悔いてはおらん。短い間ではあったが、人間として生きられたのだからな」
再び、パニーニの体が薄らぎ始めた。
今、俺の目の前で、ルールを破った死神が、裁かれようとしている。
こんな事は、これから先、見られないかも知れない。
俺は食い入るようにパニーニを見つめ続けた。
薄らいだ体が、灰のように変わり、風もないのにサラサラと崩れて行く。
「確実に死んだら、どこへ行くんだ」
「それは、死んでみないと分からぬ事だ。だが、死は決して悪いものではない。永遠に生き続ける事よりも、死ねる方が喜ばしいとは思わんかね……」
そう俺に問いかけたところで、パニーニの体は完全に崩れた。
足元には、黒い灰の小さな山が出来ている。俺は屈んで灰をすくうと、窓を開け放って町に撒いた。そうする事が正しいかどうかは分からないが、きっとパニーニは、そうして欲しかったのではないかと思う。
司教館を出ると、何も知らないパニーニの部下が、朝食を乗せたトレーを運んで行くのとすれ違った。
もうパニーニはいないぞ、と教えてやっても良かったが、それは俺の仕事ではないし、どうでもいい事だ。
だが、どうしても1つだけ、確かめたい事がある。
カルレオ一家は、無事再会出来たかどうかだ。俺は、妻のエリーが最後に言っていた言葉を思い返した。
「私達は、あの小屋の前で、いつまでもジェームズが来るのを待っているわ」
恐らくカルレオ夫婦は、ジムの元を去った後、あの小屋に──誤ってジムが両親ともども燃やしてしまった──向かったに違いない。そしてジムも、琴切れた後、そこを目指しただろう。
俺は、その小屋へ向かった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる