少女と二千年の悪魔

大天使ミコエル

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第二章

私のためのスープ

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 すっくと立ち上がる。
 エルリックは、眠っている。
 ふりかえると、広い部屋が目に入る。
 大きな暖炉、茶色の長椅子。そして、窓際にはテーブルと2脚の椅子。飾りも多く華やかだ。
 客室らしく、暖炉の上にも置物が綺麗に並べられている。
 テーブルには相変わらず、スープが置いてあった。昨日の夜に用意されたものだろう。すっかり冷めてしまっている。
 一歩、二歩。
 テーブルの側に立ち、スープを見下ろした。
 いい匂い。
 コーンスープだろうか。
 椅子を引き、静かに腰かけた。
 今までよりも、スープが近くに見えた。
 思い返す。悪魔の顔、悪魔の後ろ姿。
 右側に置いてある丸いスプーンを取る。手が、震えている。
 震えながら、そっと、スープをすくいあげた。
 口へ運ぶ。少しだけ舐めるように、少しだけスープを口に入れた。
 ごくん。
「あ…………」
 涙が溢れる。
「なん……で……」
 涙をぽろぽろとこぼしながら、一口。
「なんで……涙が……」
 また一口。
「ひっ……うっ……」
 もう隠せないほどの涙をなんとかこらえようと、左の袖で瞼をおさえた。もう一口。
 その時、テーブルに大きな影が映った。
 頭の上から、声がした。相変わらずの聞き取りづらい声だ。
 でも、よく通る声。そして、少し落ち込んだ、声。
「……美味しくなかった?」
 予想外の言葉。それが普通の会話みたいで、少し面食らった。
「ちっ……ちがうの」
 スープに落とされる影を感じながら、スープの表面を見た。
 また、翼で包まれるような影。
「あなたは……、人間を食べるの?」
 少しの沈黙。
「……人間の、魂を食べる」
「…………じゃあ……、私のことを食べたいの?」
 また、少しの沈黙。
「……君が思っている意味で、食べたいと思ったことはないよ」
 …………?
「どうして……、私を食べるなんて……」
「僕は、知っているから。……ひとりぼっちは寂しいんだ」
「…………」
 ああ、そうか。
 死んでしまえば、辛いことからも逃げられる。それを手伝おうと申し出るのはさすがに唐突過ぎたけれど。
 ……でも、あなたがここに居るのに。
 そう言いたかったけれど、言うことはなかった。
「美味しかったの」
 上を見上げると、悪魔が上から少女を覗き込んでいた。視線が合う。
 少女は、その姿を見てほっとした。
 涙を流していた瞳を、両方の袖でごしごしと拭く。
 また一口、スープを飲んだ。
 丁寧に作られたスープ。
「美味しいよ……」
 そう口にすると、頭の上で、翼が一度羽ばたいた。
 少しずつ、時間をかけてスープを飲んだ。
 少女はまた涙を浮かべて、こっそりとその涙を拭いた。誰にも見られないように。
 自分でも見なかったことにするように。
 こっそりと、その涙を拭いた。
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