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138 秋祭り3日目
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とうとう、劇を披露する日がやってきた。
鏡の中には、緊張した面持ちの自分が映っている。
エマは、手のひらに漢字で「人・人・人」の文字を書いて、飲み込む。
この“人”っていう字は、この世界にないけど、効果はあるだろうか。
万が一、この世界にこの文字があって、文字に別の意味があったりしたら……。
なんてことをとつとつと考えながら、衣装を整えていく。
髪を一つに纏めて。
精霊の衣装は、精霊らしく、白いヒラヒラとしたローブだ。
まあ、精霊なんて誰も見たことがないのだけれど。
振り返ると、チュチュがリナリに手伝ってもらって髪を整えていた。
チュチュの乙女役も、やはり白を基調としている。それに、金の飾りを付けた柔らかなワンピース。
髪を結いあげれば、乙女の出来上がりだ。
他のメンバーも衣装を身につける。
いざ、出陣。
町へ出ると、エマはチュチュと手を繋いだ。
後のメンバーは後ろからついてくる。
町は相変わらずのお祭り騒ぎ。すごい人混みだ。
精神を、落ち着かせる。
私は、精霊だ。
この、右手を繋いでいる少女に恋をしてしまった精霊だ。
「行こうか」
精霊のつもりで声をかけると、チュチュも、
「ええ、行きましょう」
と、乙女として応じた。
広場へ行くまで、町の中を精霊と乙女のつもりで歩いた。
作中にはないけれど、惹かれあった精霊と人間の、町のお祭りデートだ。
チュチュが、喜びを隠しきれない様子でふわふわと歩く。
こういう時、精霊はどうするだろう。
沢山の人間の中で、ただ一人の人に惹かれてしまった精霊は。
私だったら、どうされたいだろう。
チュチュをさりげなくリードして、さりげなく人混みから守る。
ふと、チュチュが横にある店を、目で追った。
ドーナツ……。
エマがチュチュの視線の先を追ったことに気付いて、チュチュが顔を赤らめながら言う。
「美味しそうですね」
「…………!?」
その顔、何?
どうやってるの。
演技をしているってだけで、そんな乙女ちっくな顔ができるの!?
すごい……。
思いながら、出来る限りの優しい笑みを浮かべる。
「後で……。帰りに食べましょう。二人で」
「そうね」
くしゃっとした笑顔。
……本当に恋をしているような、見たこともない笑顔。
ちょっと照れちゃうじゃない。
本気でちょっと照れながら、通りすがりにいた花売りの少女から、花を一輪買った。
チュチュの髪に、挿してやる。
その瞬間、エマが、一瞬固まった。
つい、昨日の花冠を思い出してしまう。
これは、好きな人に、やって欲しいこと?
まるっきりヴァルがやってくれたことじゃない……。
何、再現しちゃってんの!?
ヴァルだって後ろにいるのに!!
御本人の目の前で……!
それとも……これは、好きな人にやってあげたいこと?
一般的に?
もしかしたらヴァルだって……。
「………………」
ない。
ないない。
あれはただ、私が欲しそうに見てたから。
いつでも面倒見のいいヴァルが買ってくれただけで。
そういう色っぽい意味はまったくない。
花冠だけでそんな風に思っちゃうのは迷惑だし。
ヴァルにとって私が特別……、ってわけではないだろう。
だってきっとあれがチュチュだってリナリだって、花冠は買ってあげてた。
ない。
けど。
でも。
パーティーの日の夜に……。
今まですっかり忘れかけていたことを思い出し、ぶわっと身体中が波打った。
違う。
違う違う。
無駄な妄想は身体に毒だ。
だって、私は、見てるだけで、充分、だし。
広場に着くと、全員で劇の流れを確認した。
舞台袖で、一人になり、深呼吸をする。
この熱を、冷まさなくては。
エマが、息を吐くと同時に、広場がしんと静まり返った。
顔を上げると、舞台の上には、チュチュがいた。
「それは昔、とある王国に、一人の乙女が居りました」
チュチュが、最初の口上を述べる。
もうすぐ私の出番だ。
うまく動けるだろうか。
うまく……、喋れるだろうか。
「行けるか?」
ふっと横を見ると、そこにはヴァルがいた。
顔を見るだけで、大丈夫だと、そう思えた。
「うん!」
ヴァルが、ニッと笑う。
エマは、最初の一歩を踏み出した。
◇◇◇◇◇
感情を出したり出さなかったりするのは貴族の嗜みってやつなんですかね。
鏡の中には、緊張した面持ちの自分が映っている。
エマは、手のひらに漢字で「人・人・人」の文字を書いて、飲み込む。
この“人”っていう字は、この世界にないけど、効果はあるだろうか。
万が一、この世界にこの文字があって、文字に別の意味があったりしたら……。
なんてことをとつとつと考えながら、衣装を整えていく。
髪を一つに纏めて。
精霊の衣装は、精霊らしく、白いヒラヒラとしたローブだ。
まあ、精霊なんて誰も見たことがないのだけれど。
振り返ると、チュチュがリナリに手伝ってもらって髪を整えていた。
チュチュの乙女役も、やはり白を基調としている。それに、金の飾りを付けた柔らかなワンピース。
髪を結いあげれば、乙女の出来上がりだ。
他のメンバーも衣装を身につける。
いざ、出陣。
町へ出ると、エマはチュチュと手を繋いだ。
後のメンバーは後ろからついてくる。
町は相変わらずのお祭り騒ぎ。すごい人混みだ。
精神を、落ち着かせる。
私は、精霊だ。
この、右手を繋いでいる少女に恋をしてしまった精霊だ。
「行こうか」
精霊のつもりで声をかけると、チュチュも、
「ええ、行きましょう」
と、乙女として応じた。
広場へ行くまで、町の中を精霊と乙女のつもりで歩いた。
作中にはないけれど、惹かれあった精霊と人間の、町のお祭りデートだ。
チュチュが、喜びを隠しきれない様子でふわふわと歩く。
こういう時、精霊はどうするだろう。
沢山の人間の中で、ただ一人の人に惹かれてしまった精霊は。
私だったら、どうされたいだろう。
チュチュをさりげなくリードして、さりげなく人混みから守る。
ふと、チュチュが横にある店を、目で追った。
ドーナツ……。
エマがチュチュの視線の先を追ったことに気付いて、チュチュが顔を赤らめながら言う。
「美味しそうですね」
「…………!?」
その顔、何?
どうやってるの。
演技をしているってだけで、そんな乙女ちっくな顔ができるの!?
すごい……。
思いながら、出来る限りの優しい笑みを浮かべる。
「後で……。帰りに食べましょう。二人で」
「そうね」
くしゃっとした笑顔。
……本当に恋をしているような、見たこともない笑顔。
ちょっと照れちゃうじゃない。
本気でちょっと照れながら、通りすがりにいた花売りの少女から、花を一輪買った。
チュチュの髪に、挿してやる。
その瞬間、エマが、一瞬固まった。
つい、昨日の花冠を思い出してしまう。
これは、好きな人に、やって欲しいこと?
まるっきりヴァルがやってくれたことじゃない……。
何、再現しちゃってんの!?
ヴァルだって後ろにいるのに!!
御本人の目の前で……!
それとも……これは、好きな人にやってあげたいこと?
一般的に?
もしかしたらヴァルだって……。
「………………」
ない。
ないない。
あれはただ、私が欲しそうに見てたから。
いつでも面倒見のいいヴァルが買ってくれただけで。
そういう色っぽい意味はまったくない。
花冠だけでそんな風に思っちゃうのは迷惑だし。
ヴァルにとって私が特別……、ってわけではないだろう。
だってきっとあれがチュチュだってリナリだって、花冠は買ってあげてた。
ない。
けど。
でも。
パーティーの日の夜に……。
今まですっかり忘れかけていたことを思い出し、ぶわっと身体中が波打った。
違う。
違う違う。
無駄な妄想は身体に毒だ。
だって、私は、見てるだけで、充分、だし。
広場に着くと、全員で劇の流れを確認した。
舞台袖で、一人になり、深呼吸をする。
この熱を、冷まさなくては。
エマが、息を吐くと同時に、広場がしんと静まり返った。
顔を上げると、舞台の上には、チュチュがいた。
「それは昔、とある王国に、一人の乙女が居りました」
チュチュが、最初の口上を述べる。
もうすぐ私の出番だ。
うまく動けるだろうか。
うまく……、喋れるだろうか。
「行けるか?」
ふっと横を見ると、そこにはヴァルがいた。
顔を見るだけで、大丈夫だと、そう思えた。
「うん!」
ヴァルが、ニッと笑う。
エマは、最初の一歩を踏み出した。
◇◇◇◇◇
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