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ルックスコンプレックスを乗りこえろ!
ルックスコンプレックス② カジモド(「ノートルダムの鐘」より)
一番分かりやすくビジュアルにコンプレックスを持つディズニーキャラクターはやはり彼を置いて他にないでしょう。
映画『ノートルダムの鐘』の主人公、カジモド。
彼はノートルダム大聖堂に程近い船着き場から闇夜に紛れてパリに侵入してきたジプシーの末裔です。
そもそも虐げられている存在であるジプシー。
同じ人間でありながら公然と差別を受け、辛い立場にあります。
そして彼には最大のコンプレックス、『容姿』の問題を抱えています。
腫れぼったい目、ガタガタの歯、シミだらけでシワだらけの顔、ボサボサの髪型。
また、彼は醜い容姿だけではなく、背骨が異様に湾曲する「くる病性円背」という一種の障がいを抱えています。
乳児の段階で親を最高裁判事・フロローに殺害され、天涯孤独となるカジモド。
事実を知らされぬまま、親を殺した張本人であるフロローに育てられ、彼は青年へと成長していきます。
彼の願いは「陽射しの中で愛される友達に囲まれ、当たり前の生活を送りたい」というもの。
しかし残念ながらそれを邪魔するのが自身のルックス。
同時に彼は考えます。
「誰が自分みたいな醜い男を愛してくれるだろう。受け入れてくれるだろうか?」
ちょっとかわいそうな気もしながら言いますが、彼は愛された経験の無さから、ただ一方通行に「愛されたい」という願望に苛まれています。
「愛」は双方向であるべきですが、「愛」を知らない彼はその事に気づきません。
彼のベクトルは常に内側に向いています。
「何で俺はこんなに不幸なんだろう?」
そんな考えが常に彼の中には渦巻いています。
そんな奴を愛す奴なんているか?
とも思ってしまいます。
そんなコンプレックスの塊である彼が勇気を振り絞って繰り出したお祭り。
トップシー・ターヴィー(逆さま祭)。
賑やかで明るい雰囲気に彼は一瞬だけ、日差しの中に躍り出ます。
しかし、ある意味で育ての親であるフロローの言う通り、世間は冷たく、トマトを投げつけられるなど手痛い仕打ちを受けます。
ある程度まで落としきるのがディズニー流。
彼は深く傷つき、「コンプレックスの解消」に暗雲が立ち込めます。
そんな絶体絶命な精神的ピンチを救うのがジプシーの美女、エスメラルダ。
そして、イケメン護衛隊長のフィーバス。
ここではじめて彼に「友達」ができます。
フィーバスの台詞の中で、一番好きな言葉。
「彼女(エスメラルダ)は幸せだな。君みたいな友達がいて。」
何でもない台詞ですが、この台詞が、精神的にカジモドを救います。
孤独から彼を救うこの台詞から物語はエンディングへの一悶着へ大きく舵が切られます。
卑屈で内向的、自分のコンプレックスがこびりついて孤独なカジモドですが、このあと、自分の欲求ではなく「人のために」行動するということを始めます。
「エスメラルダを救いたい」
「ジプシーたちを助けたい」
そんな新たな欲求が彼を変えます。
そでやっとカジモドの中に双方向の愛が生まれ、最終的に彼はコンプレックスを乗り越え、パリの人々に受け入れられ、文字通り「陽射しの中へ」歩きだし、めでたしめでたしとなります。
「ノートルダムの鐘」が他のディズニー映画と一線を画す点が二つあります。
ひとつ目は、ヒーロー(主人公)とヒロイン(プリンセス)が最終的に結ばれないというところ。
他のディズニー映画の主人公たちは、ほぼ100%、ヒーローとヒロインは最終的に結ばれます。
最近のディズニー映画(例えば「モアナと伝説の海」「ラーヤと龍の王国」「ミラベルと魔法だらけの家」など)はそうでもないですが…。
この時代のディズニー映画としてはかなり異色です。
そして、エスメラルダが相手に選ぶのは最終的にフィーバス。
「結局イケメンかよ!」
と突っ込みたくなりますが、現実はそんなもんです。
世知辛い世の中を風刺しているようではありますが、ハッピーエンドの中に「ちょっとだけ現実」が挟み込まれているのが、個人的にはすごく好きです。
そしてふたつ目は、ハッピーエンドの形が「恋の成就」ではない点です。
カジモドはエスメラルダに対して淡い恋心を抱きながら、それを直接的に伝えることはしません。
最後の最後、カジモドはフィーバスとエスメラルダの手を大きな手で包み込むと優しく繋ぎ、二人の元から離れます。
はじめて出来た友達の恋を優先して自分はそっと身を引くのです。
これも他のディズニー映画には見られないエンディングです。
「美女と野獣」や「塔の上のラプンツェル」、「アラジン」のように、プリンセスと結ばれてめでたしめでたし、ではなく。
みんなハッピーになりながらもカジモドの恋は成就しません。
でも、それがこの物語の良さだと思うんです。
これは「La La Land」など、ディズニー以外の他の映画にも繋がる新しい「成就の形」だと思います。
主人公のカジモドはビジュアルにコンプレックスがあるにも関わらず、最後までそこは変わりません。
「現実は厳しい」とも取れるこのエンディング。
「美女と野獣」のビーストや「リトルマーメイド」のアリエルのように最終的に求める姿になるディズニーキャラクターもいますが、カジモドはそうなりません。
見た目は醜いまま。
それでも内面の変化がカジモドを文字通り陽射しの中へ誘います。
民衆の中で一番最初に彼に手を差しのべるのが幼い少女なのも、純粋な心を持つ子どもを全面に出すディズニーの粋な計らいです。
内面を磨くことで、同じように清らかな内面を持つ人に導かれていきます。
「あなたは一人ではない。」
全体的にダークな物語なので、あまり取り立たされることはありませんが、隠れた名作だと個人的には思います。
映画『ノートルダムの鐘』の主人公、カジモド。
彼はノートルダム大聖堂に程近い船着き場から闇夜に紛れてパリに侵入してきたジプシーの末裔です。
そもそも虐げられている存在であるジプシー。
同じ人間でありながら公然と差別を受け、辛い立場にあります。
そして彼には最大のコンプレックス、『容姿』の問題を抱えています。
腫れぼったい目、ガタガタの歯、シミだらけでシワだらけの顔、ボサボサの髪型。
また、彼は醜い容姿だけではなく、背骨が異様に湾曲する「くる病性円背」という一種の障がいを抱えています。
乳児の段階で親を最高裁判事・フロローに殺害され、天涯孤独となるカジモド。
事実を知らされぬまま、親を殺した張本人であるフロローに育てられ、彼は青年へと成長していきます。
彼の願いは「陽射しの中で愛される友達に囲まれ、当たり前の生活を送りたい」というもの。
しかし残念ながらそれを邪魔するのが自身のルックス。
同時に彼は考えます。
「誰が自分みたいな醜い男を愛してくれるだろう。受け入れてくれるだろうか?」
ちょっとかわいそうな気もしながら言いますが、彼は愛された経験の無さから、ただ一方通行に「愛されたい」という願望に苛まれています。
「愛」は双方向であるべきですが、「愛」を知らない彼はその事に気づきません。
彼のベクトルは常に内側に向いています。
「何で俺はこんなに不幸なんだろう?」
そんな考えが常に彼の中には渦巻いています。
そんな奴を愛す奴なんているか?
とも思ってしまいます。
そんなコンプレックスの塊である彼が勇気を振り絞って繰り出したお祭り。
トップシー・ターヴィー(逆さま祭)。
賑やかで明るい雰囲気に彼は一瞬だけ、日差しの中に躍り出ます。
しかし、ある意味で育ての親であるフロローの言う通り、世間は冷たく、トマトを投げつけられるなど手痛い仕打ちを受けます。
ある程度まで落としきるのがディズニー流。
彼は深く傷つき、「コンプレックスの解消」に暗雲が立ち込めます。
そんな絶体絶命な精神的ピンチを救うのがジプシーの美女、エスメラルダ。
そして、イケメン護衛隊長のフィーバス。
ここではじめて彼に「友達」ができます。
フィーバスの台詞の中で、一番好きな言葉。
「彼女(エスメラルダ)は幸せだな。君みたいな友達がいて。」
何でもない台詞ですが、この台詞が、精神的にカジモドを救います。
孤独から彼を救うこの台詞から物語はエンディングへの一悶着へ大きく舵が切られます。
卑屈で内向的、自分のコンプレックスがこびりついて孤独なカジモドですが、このあと、自分の欲求ではなく「人のために」行動するということを始めます。
「エスメラルダを救いたい」
「ジプシーたちを助けたい」
そんな新たな欲求が彼を変えます。
そでやっとカジモドの中に双方向の愛が生まれ、最終的に彼はコンプレックスを乗り越え、パリの人々に受け入れられ、文字通り「陽射しの中へ」歩きだし、めでたしめでたしとなります。
「ノートルダムの鐘」が他のディズニー映画と一線を画す点が二つあります。
ひとつ目は、ヒーロー(主人公)とヒロイン(プリンセス)が最終的に結ばれないというところ。
他のディズニー映画の主人公たちは、ほぼ100%、ヒーローとヒロインは最終的に結ばれます。
最近のディズニー映画(例えば「モアナと伝説の海」「ラーヤと龍の王国」「ミラベルと魔法だらけの家」など)はそうでもないですが…。
この時代のディズニー映画としてはかなり異色です。
そして、エスメラルダが相手に選ぶのは最終的にフィーバス。
「結局イケメンかよ!」
と突っ込みたくなりますが、現実はそんなもんです。
世知辛い世の中を風刺しているようではありますが、ハッピーエンドの中に「ちょっとだけ現実」が挟み込まれているのが、個人的にはすごく好きです。
そしてふたつ目は、ハッピーエンドの形が「恋の成就」ではない点です。
カジモドはエスメラルダに対して淡い恋心を抱きながら、それを直接的に伝えることはしません。
最後の最後、カジモドはフィーバスとエスメラルダの手を大きな手で包み込むと優しく繋ぎ、二人の元から離れます。
はじめて出来た友達の恋を優先して自分はそっと身を引くのです。
これも他のディズニー映画には見られないエンディングです。
「美女と野獣」や「塔の上のラプンツェル」、「アラジン」のように、プリンセスと結ばれてめでたしめでたし、ではなく。
みんなハッピーになりながらもカジモドの恋は成就しません。
でも、それがこの物語の良さだと思うんです。
これは「La La Land」など、ディズニー以外の他の映画にも繋がる新しい「成就の形」だと思います。
主人公のカジモドはビジュアルにコンプレックスがあるにも関わらず、最後までそこは変わりません。
「現実は厳しい」とも取れるこのエンディング。
「美女と野獣」のビーストや「リトルマーメイド」のアリエルのように最終的に求める姿になるディズニーキャラクターもいますが、カジモドはそうなりません。
見た目は醜いまま。
それでも内面の変化がカジモドを文字通り陽射しの中へ誘います。
民衆の中で一番最初に彼に手を差しのべるのが幼い少女なのも、純粋な心を持つ子どもを全面に出すディズニーの粋な計らいです。
内面を磨くことで、同じように清らかな内面を持つ人に導かれていきます。
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