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天ヶ崎舞羽と登校
しおりを挟む学校へ行く。とにかく、天ヶ崎舞羽が僕の部屋に侵入するようになってからは登校すらもハプニングの尽きないイベントと化してしまった。
「あ、蝶々」
「遅刻するぞ」
「あ、猫。待ってー」
「遅刻するぞ」
「あぅ、ベンチ。喉乾いた……」
「遅刻するぞーーー!」
こんな具合で事あるごとにフラフラと道草を食うので僕は常に気が抜けないのである。
これは僕の持論であるが、気骨ある男は女性に寛容でなければならないと思っている。どんなワガママにも応え、時には厳しい事を言おうとも常に女性を立ててこそ男だと思うのである。
が、
「ふぅ、疲れた。抱っこ。もしくはお姫様抱っこ」
「できるか! 家を出てから何メートル進んだ!?」
「……1キロくらいは進んだかな」
「その100分の1だ! 寄り道ばっかりしてぜんぜん進まないじゃないか!」
舞羽とまともに付き合っていては、いかに気骨ある男であろうとぽきっと折れてしまうのではないかと思うのである。
「あ、家が見える。ただいまー」
「帰るな帰るな! これから学校へ行くんだ!」
こんな調子で歩いていてはとうてい刻限には間に合わない。
仕方なく僕らは手を繋いで歩く。
舞羽の梅の花のように小さな手のひらを僕の手で包み込む。そうすると今までの奔放ぶりが嘘のように大人しくなるのだ。
「……………」
「どうした?」
俯いているから表情は分からないがわずかに頬が赤くなっている。僕が覗きこもうとするとふいと顔をそらすので、どんな表情をしているかは永遠に分からないままだ。
そうして、手をつなぐと途端に舞羽は饒舌になる。
僕としては歩いてくれるならそれでよかった。
「ゆうの手、大きいね。それに暖かい」
「そりゃどうも。舞羽の手は冷たいな」
「うん。末端冷え性。夏はこれで乗り切るの」
「ずいぶんエコだな。クーラーいらずとは恐れ入った」
僕達はすいすいと歩いていく。寄り道ばかりの道程が嘘のようであったかのように舞羽はすたすた行くし、僕は当然それに合わせる。
ときどき思うのだ。舞羽は最初からすべて計算づくで動いていて、僕をコントロールしているのではないかと。
そうでなければ手を繋いだだけで大人しくなる説明がつかないと思うのだ。
「ゆう、ゆう。どしたの? 考え事?」
「いんや。……歩くの速いか?」
「んーん、ちょうどいい」
「ならいい」
まあ、僕の考えすぎなのかもしれない。
舞羽が裏で何かを画策して、それを気取られずに隠し通せるのだろうか?
僕には、とても舞羽が器用な人間には見えないのだ。
「あ、あわわ、はわわわわ! ゆう、私帰るね!」
とつぜん舞羽がきびすを返した。方向を誤ったのか、僕のみぞおちに頭突きをかまして、それでもなお走り去らんとする。
「痛い! 急にぶつかってくるなよ」
「カバン忘れたの! 取りに帰らなきゃ!」
「カバン? それならここにあるだろ」
「……へ?」
僕は左手に提げた二つのカバンを見せる。白いタコのキーホルダーがついているのが舞羽ので、何もついていないのが僕のカバンである。
「お前、家を出た時に僕に押し付けたのを忘れたのか?」
「……あっ」
最近では僕の方から預かるようにしているのだが、舞羽は必ずと言っていいほど寄り道をし、そのたびにカバンをどこかへ置き去る習性がある。だから登下校の際は僕が預かっているのである。
ひどい時は車道にほっぽり出されていたこともあり、毎回僕まで捜索に駆り出されるのだから、予防策を張るのは当然のことだろう。
「そうだった。ごめんなさい!」
舞羽はようやく思い出したのか、僕の手からひったくるようにしてカバンを取り返すと、そのまま背を向けて、石塀に頭をコツコツと打ち付け始めたではないか。
「私のバカ、私のバカ、私のバカ、私のバカ………」
その光景はとても奇妙だった。およそ反省という言葉を知らないような舞羽が己の行動を恥じているのである。
僕には悪い夢のように思われた。
「やめろやめろ。お前はそのままでいい。寄り道する癖さえ気をつけてくれればそれでいいんだ」
「……本当?」
「本当だ」
まるで拾って来た子犬のような顔をしていた。
自らを恥じる舞羽など見たくはない。自由奔放であればこその天ヶ崎舞羽である。
「……でも、やだ。自分で持つ」
「そうか」
なんだか寂しく感じられた。
………僕までダメ人間になっているのだろうか?
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