乙女ゲーのモブデブ令嬢に転生したので平和に過ごしたい

日比谷夏那

私は日比谷夏那、18歳。優しい両親と姉に恵まれ、平々凡々に過ごしてきた。見た目も普通、頭の良さも普通、運動神経も普通、何か才能があったわけでもない。
何か他の人と違うことがあったとすれば、朝昼晩フルーツ中心の生活しか送っていなかったことであろうか。私は肉や魚やお菓子等の色んな食べ物の中でフルーツが大大大好きだった。
でも他の人と違うことと言えば本当にそれくらいで本当に普通の女の子だった。

そんなある日、友達が流行っていた乙女ゲームを強引に薦めてきた。特に乙女ゲームに興味がなかった私は最初断ったのだが、友人は全然取り合ってくれず、友人関係に変に波風立てるのもあれだと思って仕方なくプレイすることにした。
まず王道であろう第1王子のルートをクリアして、これで終わりでいいかと思い友人に連絡したのだが、「あのルートのここが良い」「このルートはどう思う？」だの色々言われてしまい、全ルートクリアするしかなく1週間ほどかかってしまい、さらに最後のルートをクリアした日は気付いたら朝方になってしまっていた。
眠い目をこすりつつ欠伸あくびを噛み殺し、私はふらふらと覚束無い足取りで学校へ向かっていた。聞き慣れた着信音が鳴り、着信画面を見るとあの乙女ゲームを薦めてきた友人だった。

「もしもし？この時間に電話なんて珍しいじゃん」
『あ、夏那？いやぁ、私が薦めた乙女ゲームクリアしたっていうからさ、気になっちゃって!!で？で？どうだった？』

やはり友人の熱が凄いが、私にとっては特に熱くなるものではなかったのだが…だがそんなこと言えるはずもなく適当に誤魔化す。

「え、あー…うん。良かったよ。」
『もーそうじゃなくてさぁ、誰が好みだった？』
「えー…あの5人の中で？んーとねえ」

私がクリアした5人の攻略対象のストーリーを思い起こしていると友人が慌てたように切り出してくる。

『え?!ちょ、ちょっと!!』
「ん？なに？」
『まさか夏那…5人しかクリアしてないの?!』
「え？他にいるの？」

私は5人しか知らない。パッケージにも5人しか描かれていなかった。そして、ちょうど歩行者用の信号機が赤になり立ち止まり、電話にさらに耳を傾ける。 

たが、その時電話に耳を傾けるべきではなかった。

『それはねー』

キキーｯｯｯ

ブレーキ音にハッとなり、辺りを見回すとこちらへ突っ込んでくる大型トラックが目に入った。周りの人々の大半は私より先に気づいたのか悲鳴をあげながらこの場から離れてゆく。私のように今更気づいた人やイヤホンをしているのか全く気づいていない人も目に付いた。
やけに風景がスローモーションに見えたが、意志とは逆に全く動かない体。そして、迫る大型トラック。うっすらとだが、友人が電話越しにこちらに呼びかけているのが聴こえる。私は最後、いや最期の瞬間、目を瞑ってしまった。

そして、日比谷夏那が日比谷夏那として目を覚ますことは永遠になかった。