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【34:春野日向は楽しむ】
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その後もこの日は、料理のちょっとしたコツのレクチャーを交えながら、調味料の計量と盛り付けのトレーニングを、ただひたすら繰り返した。
俺が何かを教えると、日向はエプロンのポケットから手のひらサイズのメモ帳を取り出して、熱心にメモを取る。
そのメモ帳には前回教えた包丁使いのこともきちんと書いてある。
そして何度も読み返したのであろう、紙の端はめくり上がっていた。
俺は日向のことを飲み込みが早いと思っていたが、それはこういう努力があってのことなんだと気づいた。
この日は料理教室が終わる19時まで2時間。休憩を挟みながらだけど、日向はひと言も文句や愚痴を言わずに取り組んでいた。
こういう集中力と熱心さには、ただただ感心するばかりだ。彼女のひたむきさには、本当に尊敬するしかない。
「お疲れさん。こんな短調なトレーニングなんて、面白くなかったろ?」
「ううん、大丈夫。祐也君と一緒だと楽しいよ」
「えっ……?」
「あ、いや……計量はどんどん早くできるようになるし、色んな知識を教えてもらったし、盛り付けはお洒落な作品作るみたいだし……だから楽しい」
「あ、ああ……そういうことな」
なんだか一瞬、俺と一緒にいることが楽しいなんてふうに勘違いして聞こえて、ちょっとドキッとしてしまった。
これぞ自意識過剰というやつだ。ヤバいヤバい。勘違い男にならないように気をつけないといけない。
でもまあ確かに、日向はそんなふうに心から楽しんでいたように見える。
こういうなんにでも楽しんで前向きに取り組めるところが、あれもこれもスーパーにこなすことができる彼女の秘訣なのかもしれない。
「今日一日で結構こなれた手つきになったから、調理実習ではかなり料理上手に見えると思うよ」
「そっか。良かった。さすが祐也君の教え方が上手いからだね!」
日向はニコリと笑って、俺を褒めてくれた。だけど──
「いやいや。単純作業にも関わらず、日向が熱心に取り組んだからだよ。こんなふうに計量と盛り付けばかり繰り返しやらせる料理教室なんて、普通はないからなぁ」
いくら調理実習で料理上手に見せるためとは言え、そんな料理教室なんて面白くなくて、俺だって通いたいなんて思わない。
だけど日向はそれを熱心にやり遂げたから、かなり手馴れた感じで作業をできるようになった。
しかし──
一番肝心なことはできていない……とも言える。
それは料理そのものを作ることだ。
実習当日のメニューがわかればピンポイントで練習することができるのだけれど……
まあ調理実習なんだから、そんなに難しいメニューが選ばれるわけでもないだろう。だからレシピどおりに忠実に作ることができれば、料理そのものはなんとかなるだろうとは思うが……
「調理実習のメニューは……わからないんだよなぁ」
「うん。先生は教えてくれなかった」
「だよな……来週の土曜日までに、メニューがわからないか、ちょっと色々調べてみるよ」
「なにか当てがあるの?」
「いや、そうでもないけど……まあダメ元で」
「あ、うん。じゃあ私も、友達とかに聞いてみる」
「そうだな」
本日の練習を終え、そう約束を交わして日向は帰っていった。
◆◇◆◇◆
調理実習のメニューが何なのかを調べるために、翌週学校で雅彦に聞いてみた。
調理実習があることは、元々雅彦の彼女の亜麻ちゃん情報だったのだ。
亜麻ちゃんのお姉さんが同じ高校の一学年上ということなので、もしかしたら何か情報が得られるかもしれない。
そう考えて、ダメ元で雅彦に聞いてみた。
雅彦には「なんで調理実習のメニューなんか気にするんだ?」と怪訝な顔をされたけれど、「俺の好きなハンバーグだったらいいなぁ」なんて適当な理由をつけたら、雅彦は「アマンに言って、お姉さんに聞いてもらうよ」と快諾してくれた。
こういう時に持つべきは親友だな。
たった一人の親しい友人の顔を見ながら、そんなふうに思った。
ダメ元だと考えていたが、翌日雅彦が早速有力情報を手に入れてくれて驚いた。
調理実習のメニューは煮込みハンバーグの可能性が極めて高いと言う。
「よくわかったなぁ雅彦」
「ああ。去年の実習が同じメニューで、その時に家庭科の先生が『これが私の得意メニューだから、毎年一回目の実習はこれなのよねぇ』なんてことを言ってたらしい」
「なるほど、そうなんだ。ありがとう雅彦。調理実習で俺の好物を食べられるから嬉しいよ」
「おう、俺もハンバーグが大好物だから楽しみだ。実はアマンのやつ、前からメニューをお姉さんから聞いてたらしい」
「へぇ、そうなんだ」
「事前に練習して、料理上手に見られたいんだって」
──うっ……どこかで聞いたような話だ。
「へ……へえ……亜麻ちゃん、熱心だな」
「女子は結構そういう、料理上手に見られたいって子が多いらしいぞ。大変だな、女子は。俺たち男子なんて、美味いものが食いたいなーなんて、能天気に考えてるだけだもんな」
「あ、ああ。そうだな」
「祐也なんてお母さんが料理講師のくせに、料理ができないんだからな」
「ああ、俺は食う方専門だ」
「俺と一緒だ! あはは」
「そうだな、あはは」
俺が料理をすることは、学校では誰にも言っていない。雅彦にも、だ。
なんとなく雅彦を騙しているような気がして、胸がチクリと痛んだ。
だけど別にコイツに何か不利益がある訳でもないから、今まで通り黙っておくことにする。
「祐也はお母さんに料理を教えてもらったらいいのに。料理男子なんて、きっとモテるぞー」
──いや、別にモテないと思う。
それにモテるために料理をするなんて、そんなことは考えたこともない。
何はともあれ、極めて可能性の高い実習メニュー情報が入ったのはありがたい。
これで次の土曜日には、日向に具体的なメニューの作り方を教えることができる。
そう思って、俺は少し胸を撫で下ろした。
俺が何かを教えると、日向はエプロンのポケットから手のひらサイズのメモ帳を取り出して、熱心にメモを取る。
そのメモ帳には前回教えた包丁使いのこともきちんと書いてある。
そして何度も読み返したのであろう、紙の端はめくり上がっていた。
俺は日向のことを飲み込みが早いと思っていたが、それはこういう努力があってのことなんだと気づいた。
この日は料理教室が終わる19時まで2時間。休憩を挟みながらだけど、日向はひと言も文句や愚痴を言わずに取り組んでいた。
こういう集中力と熱心さには、ただただ感心するばかりだ。彼女のひたむきさには、本当に尊敬するしかない。
「お疲れさん。こんな短調なトレーニングなんて、面白くなかったろ?」
「ううん、大丈夫。祐也君と一緒だと楽しいよ」
「えっ……?」
「あ、いや……計量はどんどん早くできるようになるし、色んな知識を教えてもらったし、盛り付けはお洒落な作品作るみたいだし……だから楽しい」
「あ、ああ……そういうことな」
なんだか一瞬、俺と一緒にいることが楽しいなんてふうに勘違いして聞こえて、ちょっとドキッとしてしまった。
これぞ自意識過剰というやつだ。ヤバいヤバい。勘違い男にならないように気をつけないといけない。
でもまあ確かに、日向はそんなふうに心から楽しんでいたように見える。
こういうなんにでも楽しんで前向きに取り組めるところが、あれもこれもスーパーにこなすことができる彼女の秘訣なのかもしれない。
「今日一日で結構こなれた手つきになったから、調理実習ではかなり料理上手に見えると思うよ」
「そっか。良かった。さすが祐也君の教え方が上手いからだね!」
日向はニコリと笑って、俺を褒めてくれた。だけど──
「いやいや。単純作業にも関わらず、日向が熱心に取り組んだからだよ。こんなふうに計量と盛り付けばかり繰り返しやらせる料理教室なんて、普通はないからなぁ」
いくら調理実習で料理上手に見せるためとは言え、そんな料理教室なんて面白くなくて、俺だって通いたいなんて思わない。
だけど日向はそれを熱心にやり遂げたから、かなり手馴れた感じで作業をできるようになった。
しかし──
一番肝心なことはできていない……とも言える。
それは料理そのものを作ることだ。
実習当日のメニューがわかればピンポイントで練習することができるのだけれど……
まあ調理実習なんだから、そんなに難しいメニューが選ばれるわけでもないだろう。だからレシピどおりに忠実に作ることができれば、料理そのものはなんとかなるだろうとは思うが……
「調理実習のメニューは……わからないんだよなぁ」
「うん。先生は教えてくれなかった」
「だよな……来週の土曜日までに、メニューがわからないか、ちょっと色々調べてみるよ」
「なにか当てがあるの?」
「いや、そうでもないけど……まあダメ元で」
「あ、うん。じゃあ私も、友達とかに聞いてみる」
「そうだな」
本日の練習を終え、そう約束を交わして日向は帰っていった。
◆◇◆◇◆
調理実習のメニューが何なのかを調べるために、翌週学校で雅彦に聞いてみた。
調理実習があることは、元々雅彦の彼女の亜麻ちゃん情報だったのだ。
亜麻ちゃんのお姉さんが同じ高校の一学年上ということなので、もしかしたら何か情報が得られるかもしれない。
そう考えて、ダメ元で雅彦に聞いてみた。
雅彦には「なんで調理実習のメニューなんか気にするんだ?」と怪訝な顔をされたけれど、「俺の好きなハンバーグだったらいいなぁ」なんて適当な理由をつけたら、雅彦は「アマンに言って、お姉さんに聞いてもらうよ」と快諾してくれた。
こういう時に持つべきは親友だな。
たった一人の親しい友人の顔を見ながら、そんなふうに思った。
ダメ元だと考えていたが、翌日雅彦が早速有力情報を手に入れてくれて驚いた。
調理実習のメニューは煮込みハンバーグの可能性が極めて高いと言う。
「よくわかったなぁ雅彦」
「ああ。去年の実習が同じメニューで、その時に家庭科の先生が『これが私の得意メニューだから、毎年一回目の実習はこれなのよねぇ』なんてことを言ってたらしい」
「なるほど、そうなんだ。ありがとう雅彦。調理実習で俺の好物を食べられるから嬉しいよ」
「おう、俺もハンバーグが大好物だから楽しみだ。実はアマンのやつ、前からメニューをお姉さんから聞いてたらしい」
「へぇ、そうなんだ」
「事前に練習して、料理上手に見られたいんだって」
──うっ……どこかで聞いたような話だ。
「へ……へえ……亜麻ちゃん、熱心だな」
「女子は結構そういう、料理上手に見られたいって子が多いらしいぞ。大変だな、女子は。俺たち男子なんて、美味いものが食いたいなーなんて、能天気に考えてるだけだもんな」
「あ、ああ。そうだな」
「祐也なんてお母さんが料理講師のくせに、料理ができないんだからな」
「ああ、俺は食う方専門だ」
「俺と一緒だ! あはは」
「そうだな、あはは」
俺が料理をすることは、学校では誰にも言っていない。雅彦にも、だ。
なんとなく雅彦を騙しているような気がして、胸がチクリと痛んだ。
だけど別にコイツに何か不利益がある訳でもないから、今まで通り黙っておくことにする。
「祐也はお母さんに料理を教えてもらったらいいのに。料理男子なんて、きっとモテるぞー」
──いや、別にモテないと思う。
それにモテるために料理をするなんて、そんなことは考えたこともない。
何はともあれ、極めて可能性の高い実習メニュー情報が入ったのはありがたい。
これで次の土曜日には、日向に具体的なメニューの作り方を教えることができる。
そう思って、俺は少し胸を撫で下ろした。
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