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【53:春野日向は待ちわびる】
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日向がコーヒー博物館に行ってみたいと言い出して、なんと俺と二人で再来週の日曜日にK市のコーヒー博物館まで出かけることになった。
「ああ、楽しみだなぁ」
「それにしても、日向がそんなにコーヒーに興味を持つなんて、思ってもみなかったよ」
「え……? あ、うん。そ、そっかな? あはは……ま、前から言ってたでしょ。美味しいものは大得意だって」
「ああ、そうだな」
「さっき祐也君が淹れてくれたコーヒーが、ホントに美味しかったからね……」
「ああそうか。そう言ってくれたら俺も嬉しい」
日向はよほどコーヒー博物館が楽しみなのか、帰る時にも「再来週かぁ……楽しみ」なんて呟いていた。
次の週の料理教室の時には「来週だね」と言うし、その翌週の料理教室の時には「いよいよ明日だね」なんて言って、まるでカウントダウンをしているようだった。
俺の方はと言えば、日向と二人で出かけることは正直に言って……嬉しい。きっと楽しいだろうなという気がする。
しかし日向とデートの真似ごとみたいなことをしても、ホントにいいのだろうかとも思う。
万が一誰かに見られたらエラいことになるという恐怖心が半分と、半分は日向のようなアイドル級の女の子と俺なんかが一緒に出かけてもいいのかという場違い感。
──いや、待てよ。俺と日向は友達だ。日向だってもちろん女友達とお出かけすることはある。つまり日向はそういう感覚なのだろう。
俺だけが、まるでデートみたいだなんて思って、どうしようかとあたふたしているだけなのだ。
そこに気づいて、俺はようやく日向と二人でコーヒー博物館に行くことの決心がついた。
まあ約束した以上、やっぱり断るという選択肢は元々ないのだけれども、これでようやく、当日は楽しもうと素直に思うことができた。
──そしていよいよ、その当日がやってきた。
◆◇◆◇◆
日向と一緒にコーヒー博物館に行く当日。出かける準備をしていると、母は「そんないい加減な格好ででかけるのはやめて」と言ってきた。
──とは言っても女の子と遠出をするのだから、俺は俺なりに比較的新しめのチェックシャツを選び、ジーンズはよれよれの物しかないので仕方なくそれを履いていた。
これしかないのだから仕方がない。
そう言うと母は、父の服を出してきて、これを着ろと言う。
確かに父はファッションが好きで、普段から若々しくてお洒落な服装をしている。背格好も似たようなものだから、父の服は着れなくはない。
そう思って、一応は素直に母が見立ててくれた父の服を着てみた。
裾がキュッと絞られた濃いベージュのチノパンを履いてみると、サイズはぴったりだった。
デザインがいいのか、脚のシルエットが綺麗で、いつもよりも脚が長く見えることに驚く。
シャツは白っぽくてシワ加工がされたボタンダウンシャツに、上着はポケットやボタンがお洒落なデザインで、黒っぽいデザインブルゾン。
「ちょっとワイルドに見せようか」
母はそんなことを言って白シャツの襟元のボタンを外させると、少し襟元を開いて形を整えてくれた。
これらを合わせると、なんだかファッション雑誌に出てくるスタイルみたいで、鏡を覗いてみたら、まるで自分じゃないようだ。
そのスタイルで出ようとしたら、ガッシと腕を掴まれて「髪型!」と怒られた。
「今日は料理講師じゃないから、爽やかプラスお洒落でいこうか」
母は楽しそうにそんなことを言って、俺を洗面所に引っ張っていく。そして父のワックスを手にして、俺の髪型を整え始めた。
「こうして髪の毛の流れを作ってね……トップはふわりと浮かしておこうか」
みるみるうちにボサボサ頭がお洒落に変貌していく。
「はい、イケメンの一丁あがり!」
母は腕を組んで、満足そうな顔でうなずいている。
──いや、イケメンって……
元がそうでもないからイケメンなんてレベルにはならないけど、確かに服装や髪型で自分でも驚くくらい変わるもんだ。
まあ、雰囲気イケメンくらいにはなったのかと思う。
「あんたもさぁ、料理に携わる人間なんだから、素材の良さを最大限に活かす努力くらいしなさいよ」
「なに、上手く言ったでしょ的なドヤ顔をしてるんだよ。上手くもないから」
そうは言ったものの、アイドル級に可愛い日向と一緒に行動する以上、あまりみすぼらしい格好も日向に対して失礼だと思い直した。
そういう意味では雰囲気だけでも良くしてくれた母に、感謝しないといけない。
「ありがとな。じゃあ行ってくるよ」
「あら、祐也が素直にお礼を言うなんて珍しい! これは日向ちゃん効果ね!」
「違うって!」
──くそっ。いちいち図星だ。
ちょっと恥ずかしくて、俺は母の顔を見ずに玄関を出た。そして電車に乗るために、最寄り駅へと向かった。
俺は日向と、我が町で一番大きなターミナル駅のホームで朝8時半に待ち合わせをしている。
二人とも最寄り駅は違う駅で、それぞれ違う電車に乗って、ターミナル駅で快速急行列車に乗り換えてK市まで行く。コーヒー博物館には10時には着く予定だ。
俺たちは、その乗り換え駅のホームで待ち合わせる約束をした。
俺は最寄り駅から各駅停車に乗って、二駅目のターミナル駅で下車した。ホームに降り立ち、日向がもう来ているかどうか周りを見渡す。
俺も頑張って服装や髪型を整えてきたけど、日向は俺を見てなんと言うだろうかと思うと少しドキドキする。
日曜日の朝早くで人出は少なく、ホームに立つ日向の横顔がすぐに目に入った。
──いや。例え人が多かったとしても、すぐに見つけられたと思うくらい、遠くからでも日向の姿は輝いている。
日向もいつもより気合いが入っているのか、肩までの栗色の髪は普段よりもふわっとした感じにまとめている。
胸の所にフリルの付いた可愛い襟付き白シャツに、茶系色を基調としたチェックのフレアミニスカート。
靴は少し厚底の物で、足元にも気を遣っているのがわかる。
まさに──
テレビで見るアイドルが、そのまま街中に飛び出してきたみたいな可憐さ。
俺は……日向のそんな姿に目を奪われた。
「ああ、楽しみだなぁ」
「それにしても、日向がそんなにコーヒーに興味を持つなんて、思ってもみなかったよ」
「え……? あ、うん。そ、そっかな? あはは……ま、前から言ってたでしょ。美味しいものは大得意だって」
「ああ、そうだな」
「さっき祐也君が淹れてくれたコーヒーが、ホントに美味しかったからね……」
「ああそうか。そう言ってくれたら俺も嬉しい」
日向はよほどコーヒー博物館が楽しみなのか、帰る時にも「再来週かぁ……楽しみ」なんて呟いていた。
次の週の料理教室の時には「来週だね」と言うし、その翌週の料理教室の時には「いよいよ明日だね」なんて言って、まるでカウントダウンをしているようだった。
俺の方はと言えば、日向と二人で出かけることは正直に言って……嬉しい。きっと楽しいだろうなという気がする。
しかし日向とデートの真似ごとみたいなことをしても、ホントにいいのだろうかとも思う。
万が一誰かに見られたらエラいことになるという恐怖心が半分と、半分は日向のようなアイドル級の女の子と俺なんかが一緒に出かけてもいいのかという場違い感。
──いや、待てよ。俺と日向は友達だ。日向だってもちろん女友達とお出かけすることはある。つまり日向はそういう感覚なのだろう。
俺だけが、まるでデートみたいだなんて思って、どうしようかとあたふたしているだけなのだ。
そこに気づいて、俺はようやく日向と二人でコーヒー博物館に行くことの決心がついた。
まあ約束した以上、やっぱり断るという選択肢は元々ないのだけれども、これでようやく、当日は楽しもうと素直に思うことができた。
──そしていよいよ、その当日がやってきた。
◆◇◆◇◆
日向と一緒にコーヒー博物館に行く当日。出かける準備をしていると、母は「そんないい加減な格好ででかけるのはやめて」と言ってきた。
──とは言っても女の子と遠出をするのだから、俺は俺なりに比較的新しめのチェックシャツを選び、ジーンズはよれよれの物しかないので仕方なくそれを履いていた。
これしかないのだから仕方がない。
そう言うと母は、父の服を出してきて、これを着ろと言う。
確かに父はファッションが好きで、普段から若々しくてお洒落な服装をしている。背格好も似たようなものだから、父の服は着れなくはない。
そう思って、一応は素直に母が見立ててくれた父の服を着てみた。
裾がキュッと絞られた濃いベージュのチノパンを履いてみると、サイズはぴったりだった。
デザインがいいのか、脚のシルエットが綺麗で、いつもよりも脚が長く見えることに驚く。
シャツは白っぽくてシワ加工がされたボタンダウンシャツに、上着はポケットやボタンがお洒落なデザインで、黒っぽいデザインブルゾン。
「ちょっとワイルドに見せようか」
母はそんなことを言って白シャツの襟元のボタンを外させると、少し襟元を開いて形を整えてくれた。
これらを合わせると、なんだかファッション雑誌に出てくるスタイルみたいで、鏡を覗いてみたら、まるで自分じゃないようだ。
そのスタイルで出ようとしたら、ガッシと腕を掴まれて「髪型!」と怒られた。
「今日は料理講師じゃないから、爽やかプラスお洒落でいこうか」
母は楽しそうにそんなことを言って、俺を洗面所に引っ張っていく。そして父のワックスを手にして、俺の髪型を整え始めた。
「こうして髪の毛の流れを作ってね……トップはふわりと浮かしておこうか」
みるみるうちにボサボサ頭がお洒落に変貌していく。
「はい、イケメンの一丁あがり!」
母は腕を組んで、満足そうな顔でうなずいている。
──いや、イケメンって……
元がそうでもないからイケメンなんてレベルにはならないけど、確かに服装や髪型で自分でも驚くくらい変わるもんだ。
まあ、雰囲気イケメンくらいにはなったのかと思う。
「あんたもさぁ、料理に携わる人間なんだから、素材の良さを最大限に活かす努力くらいしなさいよ」
「なに、上手く言ったでしょ的なドヤ顔をしてるんだよ。上手くもないから」
そうは言ったものの、アイドル級に可愛い日向と一緒に行動する以上、あまりみすぼらしい格好も日向に対して失礼だと思い直した。
そういう意味では雰囲気だけでも良くしてくれた母に、感謝しないといけない。
「ありがとな。じゃあ行ってくるよ」
「あら、祐也が素直にお礼を言うなんて珍しい! これは日向ちゃん効果ね!」
「違うって!」
──くそっ。いちいち図星だ。
ちょっと恥ずかしくて、俺は母の顔を見ずに玄関を出た。そして電車に乗るために、最寄り駅へと向かった。
俺は日向と、我が町で一番大きなターミナル駅のホームで朝8時半に待ち合わせをしている。
二人とも最寄り駅は違う駅で、それぞれ違う電車に乗って、ターミナル駅で快速急行列車に乗り換えてK市まで行く。コーヒー博物館には10時には着く予定だ。
俺たちは、その乗り換え駅のホームで待ち合わせる約束をした。
俺は最寄り駅から各駅停車に乗って、二駅目のターミナル駅で下車した。ホームに降り立ち、日向がもう来ているかどうか周りを見渡す。
俺も頑張って服装や髪型を整えてきたけど、日向は俺を見てなんと言うだろうかと思うと少しドキドキする。
日曜日の朝早くで人出は少なく、ホームに立つ日向の横顔がすぐに目に入った。
──いや。例え人が多かったとしても、すぐに見つけられたと思うくらい、遠くからでも日向の姿は輝いている。
日向もいつもより気合いが入っているのか、肩までの栗色の髪は普段よりもふわっとした感じにまとめている。
胸の所にフリルの付いた可愛い襟付き白シャツに、茶系色を基調としたチェックのフレアミニスカート。
靴は少し厚底の物で、足元にも気を遣っているのがわかる。
まさに──
テレビで見るアイドルが、そのまま街中に飛び出してきたみたいな可憐さ。
俺は……日向のそんな姿に目を奪われた。
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