学園のアイドルは料理下手。目立たぬ俺は料理講師~いつの間にやら彼女を虜にしていた件~

波瀾 紡

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【56:春野日向はワクワクする】

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 焙煎体験教室では、まず初めにインストラクターの人から、豆を選ぶように言われた。五種類の産地から、自分の好みの豆を選ぶ。

 今日のラインナップはケニア、ガテマラ、エチオピア、ブラジル、そしてマンデリンの五種類だ。

「あれ? コーヒー豆って白っぽいのね?」
「ああ、そうだよ。焙煎する前は生豆きまめって言って、白いんだ。それを焙煎すると、いかにもコーヒーって感じの茶色になる」
「ほぉー、へぇー おもしろーい!」

 日向は満面の笑顔で、本当に楽しそうな顔をしている。こんなに楽しそうな日向を見ていると、こちらまで凄く楽しい気分になる。やっぱりコーヒー博物館に来て良かった。

「さて、どの豆にしようか?」

 俺は酸味が強いのが少し苦手なので、今回は酸味が少ないブラジル豆を選んだ。
 日向は「えっと……」と言ったきり、悩んで動きが止まってしまっている。どれを選んだらいいのか、よくわからないのだろう。

「苦味が少ないのはガテマラだけど、この前飲んだし……これなんかどう。苦味が少なくて、フルーティだよ。ちょっと酸味は強めだけど。香りは凄く良いって評判なんだ」

 俺がエチオピア豆を指差すと、日向はニコリと笑って「うん。私は酸味は大丈夫だから、祐也君が言うのにする」とコクリと頷いた。

 自分が提案したものを素直に受け入れてもらえるというのは嬉しいものだ。それが日向のように何でも優秀な人が相手だと、尚更そう感じる。

 焙煎体験のインストラクターさんからそれぞれの豆を受け取り、調理台に設置されたガスコンロの所に向かった。

 各グループごとに1台ずつ使うように言われて、俺と日向は同じコンロで焙煎をすることになった。

 日向が「祐也君が先にやって」と言うので、俺は蓋付きの小さなフライパンみたいなものに豆を入れて、コンロで炙り始める。

 横にはインストラクターさんが置いた焙煎済みの見本の豆がある。浅煎り、中煎り、深煎りの三種類の豆だ。
 それと同じような色になるまで炙るように指示された。

「へぇーっ! コーヒー豆って、こうやって焙煎するのねぇ」
「これは体験だし、少量の豆を焙煎するだけだけど、普通はもっと大きな焙煎マシーンを使うんだよ」
「焙煎マシーン?」
「うん。後で博物館を見物すれば、焙煎マシーンも見られるよ」
「へぇ、そうなんだ。楽しみ~」

 そんな会話をしながら、ずっと片手にフライパンを持ったまま、ただひたすらコーヒー豆を炒り続ける。

 コーヒー豆を炙っている間はそこから動けないし、他に何もできない。そんな俺を、横に立つ日向は楽しそうにニコニコとしながら眺めている。

 そんなキラキラとした真っ直ぐな視線でずっと見つめられたら、恥ずかしくてたまらない。だから意味もなく、見ればわかることを喋ってしまう。

「あ、こうやって炙るんだよ」
「うん。見てたらわかるよ」

 日向は笑顔のまま、不思議そうに小首を傾げる。

 ──俺としたことが。何を言ったらいいのか落ちつかなくて、間抜けな発言をしてしまった。ああ、顔が熱い。

 そのうち豆が香ばしい香りを発し始めた。

「茶色くなってきたし、もうそろそろいいんじゃない?」
「いや、まだだと思う。俺は深煎りが好きだし、まだまだ煎らないとだめだ」
「あ、そうなんだね」

 確か前に来た時には、もう大丈夫かと思ってからもかなり長い時間、炙り続けていたような記憶がある。
 俺はあの時以来コーヒー豆を焙煎するなんてことはしていないから、実はあんまり自信はないのだけれども、たぶんまだまだ大丈夫だろう。

 そう考えてしばらく豆を炙り続けていたら──

「ゆ、祐也君! け、煙が出てるよ!」
「え? おわっ!? ホントだ!?」

 ちょっとよそ見をして、日向の方を見ながら雑談をしていたら、なんと豆から煙が立ち昇っていた。

「や、やばい!!」

 慌ててフライパンを火の上から離して、フライパンの中の豆を覗き込む。

「それくらいなら大丈夫ですよ。焦げたりしてませんから安心して。深煎りがお好きなら、まだもう少し炙っても大丈夫」
「えっ? あ、ああ。そうなんですか?」

 各グループを見て回っていたインストラクターが横から声を掛けてくれたからホッとひと安心して、また豆を炙り始めた。
 ヤバいと思って緊張した体中の力が、一気に抜ける気がする。
 横から日向がくすくすと笑う声が聞こえた。

 ──しまった。
 料理講師の俺が、料理ではないにしても食べ物関係でこんな失敗をするなんて。日向にはきっと呆れられただろうし、料理講師としての信頼感も急降下したかもしれない。

 そう思って日向の顔を見ると、呆れ顔ではなくて、楽しそうにニコニコしている。

「カッコ悪いところを見られたな……」
「祐也君もそんな失敗をするんだね」
「あ、いや……実はコーヒー豆の焙煎は中学の時にここに来て以来だし……俺って料理関係でも、割と失敗するよ」
「へぇ、そうなんだ。意外」
「たまたま今まで日向の前では失敗してないだけさ。今まで日向は俺のことを凄いって言ってくれてたけど、俺なんて全然完璧でもなんでもない。あはは」
「ううん、そんなことない。祐也君はやっぱり凄いよ。今までたくさん祐也君の凄いところを見てきたし」

 日向はニコリと笑いながら、相変わらずそう言ってくれる。だけどそれは、きっと俺をフォローしてくれているだけに違いない。

「でもそうやって祐也君が、失敗したことでもカッコつけないで、素の自分を見せてくれるのは嬉しいな。ありがとう」
「えっ?」

 あれ? カッコ悪いところを見せてしまったのに……なぜか礼を言われた。

「でも……祐也君がそんなにあたふたするところを初めて見た」
「あ、やっぱりカッコ悪いって思われてたんだ……」
「ううん、違うよ。祐也君……可愛いって思った」
「へっ? か……可愛い……?」
「うん。すっごく可愛い。たまには祐也君のそんな姿を見るのもいいなぁ。ふふふ」

 ──は? 可愛い……マジか?

「あ、いや……あ、ありがとう。あはは」
「いえいえ、どういたしまして」

 俺はなんと言えばいいのかよくわからなくて笑って誤魔化したけれど、日向は相変わらず楽しそうに目を細めている。まあ何にせよ、日向が楽しそうにしてくれているから良しとするか。

 おたおたする姿を日向に見せてしまったけれども、なんだか凄く楽しい雰囲気だ。

 それからしばらくして俺の分の焙煎が終わり、続いて日向が焙煎をする番になった。
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