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【62:春野日向は心配する】
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日向が帰りの電車で寝てしまったことを恐縮しながら謝るので、俺は全然大丈夫だと答えた。
しかしなぜか、日向はまだもじもじした態度をしている。寝てしまって申し訳ないと、まだ気にしているのだろうか。
「だから気にしなくていいって」
「あ、いや……そうじゃなくて……私の寝顔、変じゃなかった? よだれ垂らしたり、ポカンと口を開けたりしてなかった?」
「えっ……?」
なんだ。日向はそんなことを気にしてたのか。
……そうだよな。これだけの美少女なんだから。おかしな姿をしていないか、いつも周りのみんなの目が気になるんだな、きっと。
「いや、全然大丈夫だったぞ」
「そっか……良かった」
日向はホッと安心したように、ようやく柔らかな笑顔を浮かべた。自分が変な寝顔をしていなかったか、よっぽど心配だったみたいだ。
「じゃあ、そろそろ行くか。あんまり遅くなると、日向のお母さんが心配するだろ」
「そ……そうだね。今日はホントにありがとう祐也君。楽しかった!」
「こちらこそありがとう。俺も楽しかった」
「うん。じゃあまた……」
「お、おう」
お互いに手を振ってホームで別れて、それぞれが乗る電車の乗り場に向かった。
自宅に帰る電車に乗って、俺はさっきの日向の言葉を思い返していた。
さっき日向は『じゃあまた……』と言った後、口だけをパクパクと動かしたけれども、言葉は出なかった。
きっと『じゃあまた明日学校で』と言いたかったに違いない。けれども『じゃあまた行こうね』というセリフだったような気もする。
また行こうねって、いったいどこへ……?
──あ、いや。それはきっと俺の勘違いに決まってる。だから深く考えても意味はない。
そう思い直した時に、電車は俺の家の最寄り駅に着いた。
家に着いて夕食を食べた後、俺はすぐに自分の部屋に篭った。母が俺の顔を見た瞬間から食事中もずっと、根掘り葉掘り聞こうとするのがウザかったからだ。
『どうだった?』──から始まって、『失敗しなかった?』『ファッションへの日向ちゃんの反応はどうだった?』『仲良くなれた?』『どこに行ったの?』と。
それはもう次から次へと、よくそれだけ口が回るなというくらい、矢継ぎ早に色々と質問が飛び出す。
まあ服装は母のおかげだし、日向の反応はすこぶる良かったことはきちんと伝えておいた。
けれどもその他のことは、『ああ』とか『まあ』とか、適当に答えた。
夕食後もリビングにいたら質問攻勢が終わりそうになかったので、早々に自室に引き上げたという訳だ。
自分の部屋に戻ってしばらくは、読みかけの漫画なんかを読んで過ごしていたけれど、ちょっとひと息つく度に今日の出来事が頭に浮かぶ。
コーヒー博物館での日向の笑顔。
中華街を珍しそうに観て歩く日向の笑顔。
餃子を食べる美味しそうな日向の笑顔。
異人館街を楽しそうに見回す日向の笑顔。
トリックアートを楽しむ日向の笑顔。
──そして電車の中で穏やかに眠る日向の寝顔。
それはもう、日向の顔のバーゲンセールかというくらい、次から次へと日向の顔がヘビーローテーションされる。
その度に頬が緩むのが自分でもわかる。
これはヤバい。俺の頭はおかしくなってしまったのかもしれない。
確かに今日は一日中とても楽しかったのだけれども、これほど今日のシーンがいくつも何度も頭に浮かぶのは異常だ。
これは──ホントにヤバい。
◆◇◆◇◆
翌日朝の教室は、月曜日特有の気だるさが蔓延していた。しかしそれでも日向は相変わらず元気で、笑顔を絶やさず周りを取り囲む友達と談笑をしている。
日向は休み時間もいつものままで、昼休みに弁当を食べている今もいつもどおりの笑顔。
だが俺の方は、いつもどおり素知らぬ振りをしてはいるのだけれど、つい日向の姿をチラッと見てしまうことが何度かあった。
視界の端に日向が入った時に、K市での日向の姿を思い出してしまって、ついつい視線を向けてしまうのだ。
いや──日向はいつもどおりと言ったけれど、俺が日向に目を向けた時に日向と目が合うことが何度かあった気がする。
単なる俺の気のせいかもしれないが、もしかしたら日向もK市の一日のせいで、つい俺に視線を向けたのかもしれない。
いずれにしても──周りには気づかれてはいないと思うけど、気をつけないといけない。
そんなことを思いながら、いつものように雅彦と弁当を食べていたら、雅彦が小声で話しかけてきた。
「なあ祐也」
「ん、なに?」
「お前まだ春野さんに興味を持ってるのか?」
「ぶふぉっ」
思わず吹き出したけれど、たまたま口の中には何も入ってなくて被害はゼロで助かった。不幸中の幸いというやつだ。
「な、なんだよ急に。前から言ってるとおり、元々春野に興味なんか持ってないから」
「ふぅーん……まあいいや。それよりさ、アマンがさ……」
雅彦は訝しげな顔をしたけど、特にそれ以上突っ込んでくることはなく、いつものように亜麻ちゃんののろけ話をし始めた。
しかし……誰にも気づかれていないと思ったのに、雅彦に簡単に悟られているなんて。
──ホントに、より一層気をつけよう。
そう心に決めた。
◆◇◆◇◆
それから金曜日まで細心の注意をしていたこともあって、ボーッと日向を見てしまうこともなく、雅彦に再び突っ込まれることなく一週間を終えることができた。
そしてまた料理教室の講師バイトをする土曜日がやってきた。
夕方になるのを待って、いつものように5時少し前に料理教室に入ると、俺の顔を見た母が声をかけてきた。
「あっ、祐也。今日は日向ちゃん、お休みするんだって」
「へっ……? あ、そ、そうなのか」
母の思いもよらない言葉に、一瞬目の前が暗くなるように感じた。
しかしなぜか、日向はまだもじもじした態度をしている。寝てしまって申し訳ないと、まだ気にしているのだろうか。
「だから気にしなくていいって」
「あ、いや……そうじゃなくて……私の寝顔、変じゃなかった? よだれ垂らしたり、ポカンと口を開けたりしてなかった?」
「えっ……?」
なんだ。日向はそんなことを気にしてたのか。
……そうだよな。これだけの美少女なんだから。おかしな姿をしていないか、いつも周りのみんなの目が気になるんだな、きっと。
「いや、全然大丈夫だったぞ」
「そっか……良かった」
日向はホッと安心したように、ようやく柔らかな笑顔を浮かべた。自分が変な寝顔をしていなかったか、よっぽど心配だったみたいだ。
「じゃあ、そろそろ行くか。あんまり遅くなると、日向のお母さんが心配するだろ」
「そ……そうだね。今日はホントにありがとう祐也君。楽しかった!」
「こちらこそありがとう。俺も楽しかった」
「うん。じゃあまた……」
「お、おう」
お互いに手を振ってホームで別れて、それぞれが乗る電車の乗り場に向かった。
自宅に帰る電車に乗って、俺はさっきの日向の言葉を思い返していた。
さっき日向は『じゃあまた……』と言った後、口だけをパクパクと動かしたけれども、言葉は出なかった。
きっと『じゃあまた明日学校で』と言いたかったに違いない。けれども『じゃあまた行こうね』というセリフだったような気もする。
また行こうねって、いったいどこへ……?
──あ、いや。それはきっと俺の勘違いに決まってる。だから深く考えても意味はない。
そう思い直した時に、電車は俺の家の最寄り駅に着いた。
家に着いて夕食を食べた後、俺はすぐに自分の部屋に篭った。母が俺の顔を見た瞬間から食事中もずっと、根掘り葉掘り聞こうとするのがウザかったからだ。
『どうだった?』──から始まって、『失敗しなかった?』『ファッションへの日向ちゃんの反応はどうだった?』『仲良くなれた?』『どこに行ったの?』と。
それはもう次から次へと、よくそれだけ口が回るなというくらい、矢継ぎ早に色々と質問が飛び出す。
まあ服装は母のおかげだし、日向の反応はすこぶる良かったことはきちんと伝えておいた。
けれどもその他のことは、『ああ』とか『まあ』とか、適当に答えた。
夕食後もリビングにいたら質問攻勢が終わりそうになかったので、早々に自室に引き上げたという訳だ。
自分の部屋に戻ってしばらくは、読みかけの漫画なんかを読んで過ごしていたけれど、ちょっとひと息つく度に今日の出来事が頭に浮かぶ。
コーヒー博物館での日向の笑顔。
中華街を珍しそうに観て歩く日向の笑顔。
餃子を食べる美味しそうな日向の笑顔。
異人館街を楽しそうに見回す日向の笑顔。
トリックアートを楽しむ日向の笑顔。
──そして電車の中で穏やかに眠る日向の寝顔。
それはもう、日向の顔のバーゲンセールかというくらい、次から次へと日向の顔がヘビーローテーションされる。
その度に頬が緩むのが自分でもわかる。
これはヤバい。俺の頭はおかしくなってしまったのかもしれない。
確かに今日は一日中とても楽しかったのだけれども、これほど今日のシーンがいくつも何度も頭に浮かぶのは異常だ。
これは──ホントにヤバい。
◆◇◆◇◆
翌日朝の教室は、月曜日特有の気だるさが蔓延していた。しかしそれでも日向は相変わらず元気で、笑顔を絶やさず周りを取り囲む友達と談笑をしている。
日向は休み時間もいつものままで、昼休みに弁当を食べている今もいつもどおりの笑顔。
だが俺の方は、いつもどおり素知らぬ振りをしてはいるのだけれど、つい日向の姿をチラッと見てしまうことが何度かあった。
視界の端に日向が入った時に、K市での日向の姿を思い出してしまって、ついつい視線を向けてしまうのだ。
いや──日向はいつもどおりと言ったけれど、俺が日向に目を向けた時に日向と目が合うことが何度かあった気がする。
単なる俺の気のせいかもしれないが、もしかしたら日向もK市の一日のせいで、つい俺に視線を向けたのかもしれない。
いずれにしても──周りには気づかれてはいないと思うけど、気をつけないといけない。
そんなことを思いながら、いつものように雅彦と弁当を食べていたら、雅彦が小声で話しかけてきた。
「なあ祐也」
「ん、なに?」
「お前まだ春野さんに興味を持ってるのか?」
「ぶふぉっ」
思わず吹き出したけれど、たまたま口の中には何も入ってなくて被害はゼロで助かった。不幸中の幸いというやつだ。
「な、なんだよ急に。前から言ってるとおり、元々春野に興味なんか持ってないから」
「ふぅーん……まあいいや。それよりさ、アマンがさ……」
雅彦は訝しげな顔をしたけど、特にそれ以上突っ込んでくることはなく、いつものように亜麻ちゃんののろけ話をし始めた。
しかし……誰にも気づかれていないと思ったのに、雅彦に簡単に悟られているなんて。
──ホントに、より一層気をつけよう。
そう心に決めた。
◆◇◆◇◆
それから金曜日まで細心の注意をしていたこともあって、ボーッと日向を見てしまうこともなく、雅彦に再び突っ込まれることなく一週間を終えることができた。
そしてまた料理教室の講師バイトをする土曜日がやってきた。
夕方になるのを待って、いつものように5時少し前に料理教室に入ると、俺の顔を見た母が声をかけてきた。
「あっ、祐也。今日は日向ちゃん、お休みするんだって」
「へっ……? あ、そ、そうなのか」
母の思いもよらない言葉に、一瞬目の前が暗くなるように感じた。
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