鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

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三章

04. 沖縄旅行編:『The Avalon』①

 16時すぎ。
 左に海を見ていた道から一本細い道へと入った先に、ガジュマルの大木が見えてくる。
 無数に別れた幹のひとつに、『The Avalon』と書かれた真鍮のプレートが下がっている。
 奥に進んで行くと現れるのは、溢れる緑と一体化するように造られた石畳の車寄せ。

 右肩から下に伸びる直線ラインに赤のウミガメ柄が施された五分丈の白いシャツ、黒いスラックスという出で立ちの従業員数名に誘導されながら、オープンカーは停車した。

「ようこそいらっしゃいました」

 月落がトランクから取り出した荷物を受け取る者、車のキーを預かる者、そして敷地へと案内する者。
 全員に見送られながら鳴成と月落は、布積みされた白い石垣の真ん中を通る。
 大きな水盤の上に掛かる琉球石灰岩の橋を渡り、階段を数段上がった先にあるのは、赤瓦の屋根を白亜の丸い柱のみが支えるオープンスペースな空間。

 高い天井から吊るされた魚群の如き巨大なシャンデリア、オーガニックリネンのソファセット、複雑に組まれた流木のオブジェ。
 月落と鳴成が白いソファへと腰を下ろすと、すかさず髪をきっちりと一纏めにした女性が近づいてきた。

「渉様、鳴成様、ようこそお越しくださいました」
「お世話になります」
「只今よりチェックインを始めさせていただきます。失礼いたします」

 その女性は並んで座る二人の斜め前のソファへ座ると、タブレットを操作し始めた。

「長旅でお疲れではいらっしゃいませんか?」
「はい、それほど。旅行気分も手伝ってか、楽しい気持ちの方が大きくて疲れはあまり感じていません。先生はどうですか?」
「私も大丈夫です。運転はすべてきみに任せてしまったので、座って食べるだけの役得でした」
「沖縄のものはお召し上がりになりました?」
「食事もおやつも沖縄に染まりました」
「お楽しみいただけて良かったです」

 女性スタッフが差し出すタブレットに表示されている画面に、月落が個人情報を記入していく。
 料金は宿泊が決まった時点で、既に月落によって支払われている。
 むしろ、従叔母には身内だから必要ないと一蹴されかけたが、恋人と過ごすのにタダでというのは男冥利が泣くと無理やり押し切って支払ったというのが正しい。

 電話口で両者折れない状況のなか、それを月落の後方で聴いていた父と叔父が「渉はこうなると梃子でも首を縦に振らないから、実咲が諦めた方がいいぞ」と味方してくれたおかげで勝ち取った栄誉だ。
 ならば、と宿泊代は貰うがその他のレジャー代は一切不要という代替案が出され、月落は渋々それを飲んだ。

「それでは、当ヴィラと周辺施設のご説明をさせていただきます」

 手渡されたマップを、特に鳴成は食い入るように眺める。
 本を愛する彼は文字を読むこと自体が好きなようで、よく説明書や案内板を真剣に読んでいる。

「ヴィラ内のお部屋は完全独立型となっております。開放感溢れる構造のため、安全性を確保するという目的で二重ロックを採用しております。玄関の扉を開けるためにはカードキーとデジタルロックの両方が必要となりますので、ご注意ください。こちらがデジタルロックの暗証番号登録のガイドでございます」

 受け取ったマニュアルをそのまま鳴成へとスライドすると、涼やかなヘーゼルの眼が上から文字を辿り始める。

「また、外出の際は扉脇にございますボタンを押していただきますと、ヴィラの周囲に赤外線センサーが作動しますので、ご安心してお出掛けいただけます」

 厳重すぎるセキュリティに鳴成と月落の両者は顔を見合わせて驚く。
 今年いっぱい予約で埋まっている人気の宿泊施設は、こういう理由でも評判を集めているのだろう。
 費用対効果は抜群だ。

「朝と夕のお食事はお部屋でごゆっくりお召し上がりいただけます。本日のご夕食は何時がよろしいでしょうか」
「先生、お腹の空き具合はどうですか?」
「うーん、まぁまぁです。もう少し時間が必要な気がします」
「じゃあ……18時くらいにしますか?」
「ええ、お願いします」
「かしこまりました。明日のご朝食については後ほどお伺いいたします。こちらがご宿泊いただく間のお食事のメニューでございます。食物アレルギーは無しとのことですが、お嫌いな食材やジャンルがあれば内容を変更可能でございます」
「ありません」
「私もありません」
「かしこまりました。遊園地やプールまでは少し距離がありますので、送迎のサービスや電動バイクを貸し出ししております。お気軽にお申し付けください。今回、月落様は特別室にご滞在でいらっしゃいますので、チェックアウトのお時間はございません。ごゆっくりお過ごしください。居心地をお気に召されましたら、延泊も大歓迎でございます」

 付け加えられた最後の一文は茶目っ気があり、思わず笑ってしまう。

「あはは、ありがとうございます。そうしたいのは山々なんですが、今回は2泊だけで」
「残念です。また次回、是非お待ちしております。当敷地内にはスパ、ジム、サウナ、岩盤浴、ヘアメイクサロンをご用意しております。周辺施設ですが、ショッピングモールはここから歩いて5分、遊園地とプールは10分、ビーチは15分の場所にございます。モール内のスーパーは24時間営業ですので、いつでもご活用ください。以上でございますが、説明の不足している部分はありますでしょうか?」

 月落と鳴成が同時に首を振っていると、レセプションの入口が俄かに賑やかになった。

「渉ちゃん!」

 ヴィラの制服に身を包む数名が30度に腰を折って敬礼で出迎えているのは、ワンレンミディアムの赤茶の髪を颯爽と揺らしながらずんずんと歩いてくる女性だ。
 琉球すみれ柄の薄紫のワンピースを着ているその人物は、昼間に空港であった柔和な顔立ちの男性を後ろに引き連れている。

 月落が鳴成に、「レジャー部門トップの従叔母です。呼び方の癖が強めですが、お気になさらず」と小声で教えてくれる。

「実咲叔母さん、元気にしてた?」
「元気も元気よ。私が元気すぎてあっちゃこっちゃ行くから、三田山が休日がないって絶叫してるわ」
「実咲様、人聞きの悪いことを仰らないでください。実咲様の前ではそんな暴言ひとっつも吐いていない三田山ではないですか」
「そうね。私の前では、ね。色々と風が教えてくれるから、私が不在の場所でも油断大敵よ。精進しなさい」

 ハンカチで汗を拭く三田山と、腰に手を当ててそれを見上げる実咲。
 弓子と日下部の名コンビを思い出していた鳴成に、月落が声を掛ける。

「先生、従叔母の実咲です」
「初めまして、鳴成秋史と申します。今回は素敵な旅行のご提案をありがとうございました」

 頭を下げる鳴成に、実咲がさっと右手を差し出す。
 その華奢な手の平を握ると、思わぬ力の強さで握り返される。

「月落実咲と申します。鳴成准教授、お会いしたかったわ。幸運にも貴方に会えた親戚から色々とお話は聞いていて、羨ましくて羨ましくて夜しか眠れなかったの」
「結構眠れてますね、実咲様」
「お黙りなさい、三田山。さ、二人とも、どうぞ座って」

 ぴしゃりと言い放つ実咲であるが、そのサバサバとした雰囲気も手伝って怖いという印象は抱かせない。
 秘書との相性の良さも滲み出ていて、鳴成はくすりと笑みを零した。
 座った実咲の後ろに三田山が控える。

「それで、渉ちゃん。この3日間の予定は?」
「今日はナイトプールに行く予定。明日は午後から水族館行って、シーサー作って、夕陽の沈む海辺を歩こうと思ってる。夜はのんびり」
「詰め込み過ぎなくて良さそうね。明後日のフライトは?」
「15時。早めに出て、国際通り見たり、行列必須のご飯屋さんに並んでみるつもり」
「予約できなかったの?」
「予約不可だった」
「してあげるけど?」

 月落は店名さえ告げていないのに、気負いなく断言できるその自信はどこから来るのか。
 けれど、この従叔母に不可能はないと重々承知している月落は驚かない。
 三田山もその後ろに控えるヴィラの従業員も、格好を崩すことはない。
 目を丸くしているのは、月落の横に座っている鳴成のみだ。

「実咲叔母さんのネットワークを以てすれば出来ないことはないって知ってるけど、今回は気持ちだけ頂いておくね。並ぶのも旅の醍醐味だし、先生と一緒だと長時間待つのも苦じゃないから」
「あら、渉ちゃんが惚気るなんて珍しい。珍しいというか、私の人生初体験ね。ね?三田山」
「はい。私にとっても初体験でございます」
「こういう新鮮さは命に良く効く特効薬だから、また寿命が延びちゃったわね」
「あと1000年くらいは生きられそうですね、実咲様」
「なら、あなたも1000年秘書やるのよ?」
「ご遠慮申し上げます。きっちりと定年で秘書を引退して、余生は田舎でゆっくりという計画を妻と立てている三田山でございます」

 腕を組んで専属秘書を見上げる実咲と、汗を拭きながら視線を彷徨わせる専属秘書。
 その構図を見ながら、鳴成がそっと月落に耳打ちする。

「とても好相性のお二人なので、てっきりご結婚されている仲なのかと勘違いしていました」
「分かります。今まで何度も勘違いされたそうなので。実咲叔母さんはいわゆる職場結婚で、従叔父はレジャー部門の専務を務めています。ちなみに、実咲叔母さんの一目惚れで、出会って次の日から猛アタックした結果、3か月のスピード婚でした」
「アグレッシブな方でいらっしゃる印象なので、行動の速さも頷けます」
「三田山さんの奥様は、幼馴染の方です。同じ属性というか、同じ波長のゆったりした方で、結婚式でお二人ともが大号泣したのは今でも鮮明に思い出せるくらいにあったかいワンシーンでした」
「ああ、何故か私の目にも浮かぶようです」

 内緒話で笑い合う鳴成と月落を、実咲はそっと窺い見る。

 生来の出来の良さやその目立つ容姿、セクシュアリティなどで、話題性抜群の親戚一同からも注目を浴びる従甥。
 冷静沈着は大いなる武器ではあるが、その度が過ぎて何事にも達観しすぎるきらいがあるのを心配していた。
 もっと感情のままに生きてほしいと願っていたが、目の前の可愛いその子が屈託なく恋人へ笑いかけるのを見て、実咲はようやくその願いが叶ったことを知る。

 出会いは星の数あっただろうが、30歳にしてようやく出会えた運命の人。
 空中に力強く拳を突き上げながら全世界に拡声器で大暴走する喜びを伝えたい衝動を、実咲は何とか抑える。

「実咲様、こちらを」

 そのジレンマを知ってか知らずか、三田山が緩やかな動作で差し出したのは、ハイビスカスの花のモチーフが連なったゴールドのブレスレットだった。

「いけない、忘れるところだった。渉ちゃん、これフリーパスね。これを見せればこのヴィラもプールも遊園地もどこでも自由に出入りできるから」
「ありがとう」
「ありがとうございます」

 レジャー代は一切不要の代替案が変身を遂げたのが、このブレスレットらしい。
 特別待遇すぎる魔法のアイテムだが、有難く頂いておく。

「実咲様、そろそろお時間です」
「あら、もうそんな時間?可愛い親戚とその彼氏にせっかく会えたんだから、あと10分くらいは良くない?」
「すでに10分押しでございます。向かわれませんと、先方のお酒が進み過ぎてしまう可能性があります」
「それは大変。酔うとあの方は笑い上戸になって話どころじゃなくなるから、急がなきゃ。渉ちゃん、鳴成准教授、ごめんなさい。先約があるから私たちはこれで。あなたたちが滞在中は私たちも沖縄にいるから、何かあったら連絡ちょうだい」
「うん、ありがとう」
「鳴成准教授、どうぞごゆっくり過ごしてくださいね」
「お心遣いをありがとうございます」

 そう言って、花柄のワンピースと黄色地のシーサー柄は去って行った。
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