鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

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三章

04. 沖縄旅行編:『The Avalon』②

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「弓子さんとはまた違ったスタイルのご親戚ですね」
「うちは人数が多いせいか身内もバラエティに富んでるので、キャラクターの宝庫だと外部からは言われてるらしいです。性格診断の全タイプが揃うんじゃないか、と言われたこともあります」
「実際、揃うんですか?」
「揃いませんでした。前に一度、親族新年会の時に一斉に性格診断をやってみたことがあるんです。ドキドキしながら結果を見たら、ほとんどが『起業家』と出て、皆で膝を折りました」
「もしかして皆様、ご職業を忘れていらっしゃった?」
「はい。そういえば経営者だった、と我に返って納得する声がそこかしこで聞こえてきて、騒がしかったです」
「きみの性格診断は何ですか?」
「主人公、でした」
「……ぴったりですね」
「そうですか?先生のは?」
「擁護者でした」
「擁護者……擁護者と主人公の相性は……」

 鳴成の性格診断を聞いて、すぐに月落はスマホを取り出した。
 光の速さで相性を調べる。

「……わ、先生、僕たちの相性は総じて良好です」

 肩を寄せて画面を見せながら、嬉しそうにそう発する。

 人はそれぞれ存在自体が唯一無二であり、性格もそうだ。
 世界の人口80億人をたったの16の型に押し込めて判断するのは、無理があるのではないか。
 そう現実的なことを考えてしまう鳴成は、性格診断も相性診断もあまり信じていない。

 けれど、年下の可愛い恋人が嬉しそうに尻尾を振りながら見せてくる診断結果は、一も二もなく信じてみようという気になる自分が可笑しい。

「それは良かったです。けれど、きみと私の相性が抜群なのは、結果を見ずとも私たち自身が証明していると思うんですが」
「え、どうしよう嬉しすぎる。夢?夢なのか、これ?」

 口元を手の平で押さえながら月落が独り言を零していると、髪を一纏めにした女性従業員がカードキーを持って戻ってきた。

「渉様、鳴成様、お待たせいたしました。お部屋のご準備が整いましたので、ご案内させていただきます」

 立ち上がり、女性の後を付いて行く。
 レセプションの建物を出て、生い茂る緑とハイビスカスが彩るなか、琉球石灰岩が敷かれた道を歩く。
 途中で枝分かれして道が複数になる時もあるけれど、月落たちはひたすら真っ直ぐ進む。

「このヴィラは完全独立型と先ほど申しましたが、各お部屋は一直線の横並びではなく、この広い敷地内に点在しております。そこがよくあるヴィラタイプのホテルとは違う点でございます。全10棟常に満室ですが、ここで他のお客様とお会いになることは滅多にありませんので、どうぞご自由にお過ごしください」

 従業員が足を止める。
 そこには、背の高いヤシの木を背に羽ばたく天使の彫像が一対。
 その横には白亜の長い壁が続き、ダークな色合いの錬鉄製の玄関扉が存在感を放っている。

「それでは、私はここで失礼いたします」

 来た道を戻る白いシャツを見送って、鳴成と月落は眼前の扉を開けた。
 一目散に飛び込んできたのは、プライベートプールにしては規格外の大きなプールだった。

「……すごいですね」
「僕も初めて来ましたけど、南国リゾート感満載ですね。先生、あれ、ガゼボですね」

 長方形の形をした青いプールをコの字で囲うようにして客室が造られているようだ。
 赤と白のコントラストが美しい巨大な瓦屋根の上には、小さなシーサーが乗っている。
 プールを正面に見て向かって左側には、レースのカーテン付きのダークブラウンのガゼボ。
 その中には同色のテーブルセットが置かれている。

「全体的に窓はありますけど、壁がほとんどないみたいですね?」

 レセプションと同様に、建物の屋根を支えているのは白亜の大きな柱。
 その間を全開口の折りたたみ窓が繋いでいる。
 現在、その窓は全て開け放たれているおかげで、真正面に見えているプールの直線上にある寝室には、未だ強烈な光を放つ太陽光を反射するものが全くない。

「先生、あっちのリビングっぽいところも壁はほとんどないですね」
「……そうみたいですね」
「行ってみましょう?」

 プールサイドのウッドデッキを歩いて敷地の右側へと歩いて行くと、細い柱が狭い間隔で並んでいる空間に琉球石灰岩の一枚板。
 その奥にはスリッパが置かれている。

「とてもスタイリッシュな玄関ですね」
「スリッパがなかったら絶対に素通りする自信しかないです」
「私もです。猛烈な暴風雨が降ったら濡れそうな造りですけど、大丈夫なんでしょうか」
「僕もそれはすごく気になります。南国気分で、濡れても逆にテンションが上がる魔法にでも掛かるんでしょうか」

 喋りながら緑のスニーカーと白いサンダルを脱ぐ。
 その先には、ウォーターヒヤシンスのソファセットとテーブル、そしてマホガニーのダイニングテーブルセットがL字の空間に配置されている。
 ここも折りたたみ窓が外との境界線の役割を果たしているようだ。
 今は全開なので、ほぼアウトドアリビングのような雰囲気を醸し出している。

「で、ここがベッドルームですね」

 壁がなくシームレスで続くのは、広いベッドルームだ。
 プールと同じターコイズブルーのベッドスローが掛けられたハリウッドツインの真っ白なベッドに、枕元には濃淡違いの青いクッションが沢山置かれている。
 天井には、回るシーリングファン。

「凄い、まさしく楽園ですね……」

 ベッドの端に並んで座った鳴成が、思わずと言った様子でそう零した。

「林檎の生る楽園の島、Avalonですね」

 青の濃い空、豊かな緑、眩しい白の壁、揺れる鮮やかな花、その全てを映す水鏡のプール。

 それが、そのあまりにも理想郷として完璧な風景が、広角ワイドで広がる。
 その非日常感に、呼吸をするのも忘れそうになる。
 刺激的ではないのに、むしろ穏やか極まりないのに、心臓に確かに突き刺さる美しさは、切なささえも同時に訴えかけるようだ。

 そうしようとせずとも自然と記憶に刻まれて、永遠に色褪せない一枚。

 吸い込まれる。
 魅入られる。
 惹きこまれる。

「あ、先生、青い鳥です。あれだけ目立つ色合いってことはきっと雄で……先生?」

 応答もなく身動きもしない鳴成の顔を、月落は下から覗き込むようにする。
 ヘーゼルの瞳はそれに気づかず、ただまばたきを繰り返すのみ。

 じっとその横顔を見つめていた月落は、その静寂を保つのではなく、あえて破る選択をした。
 景色に心を奪われた鳴成の身体を、すっぽりと大きな体温が包む。
 びくん、と小さく跳ねる肩。

「……申し訳ない、つい夢中になってました。どうしました?」
「んー……何となく、無意識で?」
「理由は特にない?」
「大型犬の本能です」
「あはは、本能ならば仕方ないですね」

 鳴成は、するりと大きな背中に指を這わす。
 服の上からでもきちんと隆起が分かる、鍛え上げられた筋肉。
 それを撫でていると、嬉しそうにすりすりとすり寄られて、思わず笑い声が漏れる。

「あまりに美しくて、放心してしまいますね」
「僕にとっては先生の方が何億倍も綺麗なので、普通に綺麗だなくらいの感慨ですね」
「億、ですか?」
「億です。ちなみに、これでもセーブしてます。思いのまま全部さらけ出すと、きっと先生は走って逃げてしまう気がするので」

 思わず身体を離して、月落を怪訝な顔つきで見つめる鳴成。
 けれど、真正面で対峙する男の眼差しは、真摯の一言に尽きる色味で。
 溺愛されていると自覚はしているけれど、それ以上に彼の中にある想いは深いのだと知る。

「逃げませんよ?」
「沖縄でも海外でもどこかの海辺に土地を買って、僕たちだけのプライベートヴィラを建てようかと本気で算段したって言ってもですか?」
「ずいぶんと壮大ですね」
「先生が望むなら、この地球上で手に入らないものなんてひとつもありません」
「きみがそう言うならきっとそうなんでしょうが、スケールが大きすぎて怖いので、一旦走って逃げてもいいですか?」
「……ほら、だから言ったのに」

 頬を膨らませてむくれる大型犬。
 その大きな身体に満ち溢れる飼い主への愛をすげなく躱されて、びゅんびゅん振っていた尻尾がぺたりと地面につくよう。
 可哀想だけれど可愛くて、鳴成は月落の襟足を慰めるように撫でる。

「冗談です。逃げませんから、ね?」

 至近距離で見つめ合う。
 どちらからともなく近づいて唇と唇が重なり合う瞬間、いじけていた黒の瞳がキラリと挑発的な風合いに変わった。

「逃げてもいいです。逃げてもきっと、先生は逃げきれませんから。僕が、全力で追いかけるので」

 そう宣言した月落は、顔をスライドさせて鳴成の耳元辺りをがしがしと噛んだ。
 じゃれつくように無邪気に、けれど腰をがっちりとホールドされた鳴成はされるがまま。
 出来るのは、上半身を僅かに仰け反らせるのみ。

「あはは、ちょ、やめ…、渉く…、くすぐったい、です……」
「つれない飼い主に最大限の抗議です」
「あはは、分かった……十分、分かりました」
「俺の愛がどれだけ重いか分かりました?」
「ええ、余すことなく」

 年下の恋人の愛は深い、そして重い。
 そして、地球規模らしい。

 薄々気づいてはいたけれど、知らなくて良いことまで知ってしまった気がする。

「そろそろあっちの部屋にも行ってみますか?先生の楽しみにしているものがあると思います」
「ええ、是非」

 月落に背中を支えられて立ち上がる。
 巨大なベッドとクローゼット、二人掛けのソファセットとシーリングファン以外は何もないシンプルな寝室の右側は、この建物唯一の壁で仕切られている。
 ダークブラウンの木製の引き戸を開けると、右側にはアラベスカートコルキアで造られた洗面台があり、左側にはガラス扉のシャワーブース。

 そして。

「温泉!」
「今日一大きな声ですね、先生」

 そのシャワーブースの繋がる先には、石造りの露天風呂があった。
 吐水口からは常に乳青色のお湯が流れ続け、水面を揺らし続ける。
 露天風呂の向こう側に広がるプールの青とも違う、不思議なミルキーブルーに鳴成の心は踊る。

「今から入る……のは無理そうですね」

 カラトラバの腕時計を確認した鳴成が残念そうに肩を落とす。
 時刻は、17時。
 ゆっくりと湯船に浸かっていると、18時に設定した夕食の時間を慌ただしく迎えることになりそうだ。

「夕飯の時間を遅らせてもらいましょうか?」
「いいえ、それはヴィラの皆さんにご迷惑が掛かるので遠慮します。ナイトプールから帰ってきたら、存分に楽しむことにします」
「分かりました。1時間でも2時間でも楽しんでください」
「皮膚がふやけてしおしおになったら、助けにきてくれますか?」
「はい。でも、出来ればしおしおになる前に呼んでください」
「うーん、そこはきみの危機察知能力に、全力で甘えることにしましょう」
「甘えていただけるのは大いに嬉しいんですが、先生が一言だけ発してくだされば済む話で——」
「お願いしますね、渉くん」

 身長差で無意識に上目遣いになった鳴成に名前を呼ばれた月落は、胸の底から湧き出る喜びと愛しさが混ざり合った感情に揺さぶられながら、何とか返事をした。

「……承知しました」


 その後、バスルームのガラス窓が自動開閉式なこと、そして天井部分も半分ほど開くおかげで夜空を鑑賞しながら露天風呂に入れることを知った鳴成の瞳が、輝きに輝きを増したのは言うまでもない。
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