鳴成准教授は新しいアシスタントを採用しました。実は甘やかし尽くし攻めの御曹司でした。

卯藤ローレン

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三章

06. 沖縄旅行編:水族館とペアの守り神①

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 昼前にヴィラを出発した鳴成と月落が疾走するレーシングイエローに乗って向かったのは、森の中に建つ瓦屋根の古民家。
 沖縄に出発する直前で偶然予約の取れた席で、自然をダイナミックに感じながらの食事が出来た。
 あぐーを使った沖縄そばやジューシー、生姜焼き丼をさっくりと堪能して、再び車を走らせ北上する。

 やって来たのは、ジンベエザメの巨大なモニュメントが目立つ沖縄随一の観光スポット。
 海を見ながらエスカレーターを下りて事前購入していたWEBチケットで入館する。
 入口があるのは3階、サンゴ礁と熱帯魚の階だ。

 大小さまざまな水槽。
 昼の太陽が上からばら撒いた光が、水面に不連続な模様を作り出すのをゆっくり見ながら歩く。
 途中でウミガメに遭遇した鳴成は、嬉しそうに写真を撮っている。

「あの魚、きみの叔母上にお借りしている車と同じ色ですね」

 光のカーテンの中を泳ぐ、黄色いフエダイの群れに近づきながら鳴成が言う。
 その前を黒や赤の魚も、胸びれをピラピラと動かしながら通り過ぎていく。

「この青い水槽の中で一番目立って見えるのがこの魚ということは、青い沖縄の空の下で一番目立っている車も僕たちのということになりますね……」

 基本的に、モノトーンやシックな色合いを好む月落だ。
 あの車の派手さ加減には一向に慣れることなくこの旅行を終えるだろう。
 似合っているけどなと思う鳴成だが、あえて言わずにおく。

 話をしながら進むと、小さな水槽が数多く並ぶエリアに出た。
 タコクラゲやアオリイカの写真を撮る鳴成の好みは、少し偏っているようだと月落はどことなく思う。

「何だか、SF小説に登場する近未来のマンションみたいですね」
「整然と並んでる水槽の感じが、少しサイバーパンクっぽさもあってかっこいいですね」
「私の勝手な想像だと、きみのご実家にはあれくらい大きな水槽がありそうなんですが……」

 鳴成の視線の先にあるのは、月落の背丈2倍はありそうな大きな円柱の水槽。
 一族に関する桁違いな話を色々と見たり聞いたり、実際に体験したりした鳴成がそういった夢を膨らませるのも無理はない。
 月落は苦笑いした。

「観賞用の水槽ではないんですが、祖父が昔、実家の庭に活魚水槽を置いたことはあるみたいです」
「活魚水槽、ですか?……生け簀のような?」
「そうです。ご存じの通り、食への探求心が他所の皆様よりは若干強めな家なので、鮮度抜群の魚料理を楽しみたい、と親族で大盛り上がりしたことがあったようで。水槽用のクーラーやエアレーションなどの設備を設置して魚を放流、意気揚々と生け造りを食べようと網で掬ったとき、それを見た幼い頃の僕の兄が大泣きしたらしく」

 泣いた……?と小さく呟きながら、鳴成は上を向いて考える仕草をする。

「もしかして、お魚さんが可哀想、だと?」
「はい、まさしく。魚を入れてから3日間ずっと水槽に貼りついてお喋りをしていたから嫌な予感はしていたらしいんです。親戚は一同沈黙、孫の涙に胸を抉られた祖父はすぐに生簀を解体したと聞いています」
「優しいおじい様ですね」
「孫に嫌われるより怖いことなんてこの世にない、が口癖の人だったので凄く優しかったです。問答無用で孫を甘やかし倒す祖父の暴走を全力で止める親世代、それを見ながら僕たち孫は育ったので、親の苦労を陰ながら察する子供時代でした」
「家族の中に振り切れた個性がいると、周りはどことなく冷静になりますよね」

 鳴成がどこか遠い目をしながら呟く。

「……お母様?」
「ええ、お察しの通りです」

 鳴成の母である利沙も、娘の有紗の元に産まれた双子を超絶溺愛している。
 離乳食から服からおむつにおもちゃまで、日々大量に届くそれらの生活必需品に有難くもげんなりした妹から電話が掛かってくることも度々だ。

 『お兄ちゃん、積み木のセット一旦預かってくれない?なぜかお母さんが積み木にドハマりして、あれこれ買ってきてくれるのは良いんだけど、双子がケンカにならないようにって全部2セット用意してくれるから、家がいま積み木ランドなのよ』と言われた日には、不憫で思わず笑ってしまった。
 現在、鳴成の自宅の書斎では、クリオネの可愛らしい積み木とアーチ状のカラフルな積み木がオブジェと化している。

「身内の愛情というのは、中々制御が難しいようです。うちの母は若干行き過ぎている感が否めませんが」
「当事者になると客観性が失われるという、良い見本を見ている気がします。あんなにも祖父を止めていた父も、実際に孫が産まれたらやっぱり甘やかし放題なので」
「お孫さんは幸せですね」
「はい。お爺ちゃん大好き街道まっしぐらです」

 話をしながら、『黒潮の海』とパネルの出ている下を通り仄かに暗い廊下を歩く。
 次第に近づいてくる、壁や柱に反射した青の光。
 ぐるりと回って右手側に現れたのは、この水族館を代表する巨大な水槽だ。

「ジンベエザメ、初めて見ました」
「僕もです。おっきいですね」
「ええ、水槽が大きいからか、全体と比較するとそこまで圧倒的な感じはしませんが、ジンベエザメ単体で見ると明らかに大きいですね」

 通路の後ろにある椅子に座ってしばらくぼおっと眺める。
 その悠々と泳ぐ巨体や、マンタやエイの特徴的なシルエット、小魚の作り出す渦巻き。
 渋滞することなく、どの魚もゆったりと泳ぐ様はヒーリング効果抜群だ。

「あ、先生」
「何でしょう」
「僕、ジンベエザメに似てません?ほら、黒いですし、おっきいですし。ジンベエザメ、どうですか?」

 何をいきなり言い出すんだ、という顔で鳴成は年下の男を訝しげに見つめる。

「大型犬じゃなくてジンベエザメ、どうですか?」

 そう言われて、昨日のハンバーガー屋での会話を思い出した。
 大型犬に似ていると言った鳴成の言葉が、どうやら言われた本人的には不本意だったらしい。
 同じ男として気持ちは分かる。
 せっかく例えられるならば、より強くより大きな動物、そして出来る限り生態系ピラミッドの頂点に近い存在でありたい。

 その気持ちは分かるけれど。

「うーん、私の中では大型犬かな。ジャーマンシェパード、凛々しくて素敵ですよ?」
「シェパード……かっこいいですか?」
「ええ、かっこいいです」
「……守られたくなっちゃいますか?」
「あはは、なっちゃいますね」
「好きですか?」
「……大好きです」

 最後だけ、月落にのみ聞こえるように囁いた。
 眉をぴくりと動かした黒の青年は、満足気に破顔する。
 その後ろには透明な尻尾が空を切りまくっているのが見えて、鳴成はやはり大型犬で間違いないと秘かに確信した。

「先生、あっちのサメのところに行ってから、階段を下りて水槽を下から見てみますか?」
「ええ、そうします」

 席を立ち、左側の部屋へと向かう。

 サメが何匹も泳ぐのを眺めたり、展示してある標本の歯の鋭さに驚く。
 やはりどことなく人を恐怖に陥れるフォルムをしているように見えるのは、有名映画の多大なる影響だろうかと話し合いながら来た道を戻って階段を下りた。

 臨む、巨大水槽。

 身体の大きさを自覚している二人は邪魔にならないよう端に陣取って、約70種の魚のパレードに見入る。
 目線の高さで泳ぐジンベエザメは、大型船のようで迫力満点だ。

 しばらく、鳴成は動かなくなった。
 先日、動物園で子サーバルの前で動かなくなった時のことが脳裏に蘇った月落は、『レジャー部門で新しく水族館を運営してもらえないか、実咲叔母さんに頼んでみようか』等と考えていた。

「いや、もういっそのこと俺が私物で持とうかな?ビル建ててその中全部を水槽にしたら……」
「どうしました?」
「いいえ、何でもありません」

 巨大水槽を十分に堪能した男たちは、アクアルームを通って深海生物の部屋へと入る。
 深海ならではの独特なフォルムの生物を、一際暗い展示室で観察するように眺めた。
 ちなみに鳴成は、ノコギリザメの子を被写体に熱心にシャッターを切っていて、月落はやっぱり好みが偏っていると確信した。

 水族館の出口を出て左に進み、生憎と時間が合わずで途中からになったイルカショーを鑑賞した。
 ウミガメ館では鳴成の写真フォルダが火を噴き、マナティ館ではその魅力的なフォルムに癒されまくった二人だった。
 水族館へと続く道を戻り、お土産を買いに行く。

「渉くん、仲間が大量に打ち上げられてます」

 ショップに入って開口一番、からかいを含みながら鳴成がそう言う。
 視線の先には、ジンベエザメのぬいぐるみ。

「本当ですね、大変だ。ごっそり救助したら、僕もジンベエザメのれっきとした仲間入りが出来るでしょうか」
「来世で頑張りましょう?」
「来世?」
「来世」
「……じゃあ、そうします。人間的には大きいかもしれませんが、来世は3メートルくらいの身長で生まれてくれば、ミニジンベエザメとしては市民権を獲得できるかもしれないので」
「あ、人間として生まれてくるつもりなんですね?」
「はい、一応。また先生と出会いたいので」
「私も同種で生まれたら良いのでは……?」
「あ、確かに」

 雑談がメインなのか、お土産探しがメインなのかほぼ判別不可になりながら店内を見て回る。
 Tシャツやキーホルダー、お菓子、キッチン用品、書籍のコーナーを後にした頃には、いつの間にか手に持ったカゴはいっぱいになっていた。
 海の生き物が描かれたランチプレート、絵本、絆創膏、マスキングテープ、ぬいぐるみ、大量のスタイ。
 伯父さんと叔父さんの気持ち大爆発で、親戚の子供たちにあげる品物が大半のチョイスだ。
 キャラクター天国に来るとこうなるのは、ある意味不可避な現象だと自分たちを納得させる。

「先生、自分用のはそれだけですか?」

 一見しただけでは水族館の品物だとは分からないネイビーのスポーツタオルをカゴに入れながら尋ねる月落に、本数冊を持っていた鳴成は、「じゃあこれも」と、ボールペンを手に取った。

「それにしますか?こっちに普通っぽい装いのボールペンもありますよ?」

 鳴成が選んだのは、ニシキアナゴのキャラクターが上部に付いた黄色いボールペンだった。
 水族館仕様になっているとは分からない、ただのボールペンの顔をしたものもあるのだが、鳴成はニシキアナゴと再度目を合わせると掲げて言った。

「こっちにします。採点する時に使えば、可愛さで作業も捗る気がしますし」
「あ、大学で使うつもりですか?」
「ええ、そのつもりです」

 整然とした美人が着る整然としたオーダーメイドスーツの胸ポケットから、颯爽とこのボールペンがお出ましになるところを想像してしまい、月落は込み上げる笑いを堪えることが出来なかった。
 口元に手を当てて俯きながら、腹筋が攣りそうになるまで一頻り笑う。
 それを眺めていた鳴成は、月落とボールペンの間で視線を往復させた。
 きょとんとしながら問う。

「おじさんが持つにはやっぱり変ですか?」
「いいえ、全く。ギャップ萌えで僕が勝手に悶えていただけなので、先生には少しも非はありません」
「きみも一緒に使いましょう?そうしたら私が使う違和感も、若干軽減される気がするので」
「そうします、是非。絶対に一緒に使います」

 食い気味で暑苦しい返事をした月落は、青のジンベエザメを選んだ。

「先生、お菓子は買いますか?」
「昨日行ったアメリカンビレッジでチョコレートを買ったので、どうしようかなと思っています。研究室で摘まむ用に小さめのを買おうかな」
「小さめだと、ソルトクッキーはどうですか?」
「素敵なサイズです、それにします。今度久しぶりに鱧屋先生たちと食事をするので、同じものをお土産に買って行こうと思います。あとは許斐さんにも渡そうかな」

 小さめとはいえ、箱を5つ入れたカゴは容量オーバーだ。
 これにて買い物は終了。
 各自会計をして、満足感を抱いて水族館を後にする。

「次はシーサーですね?」
「はい、先生と僕の、世界にひとつだけのオリジナルを作りに行きましょう」
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