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三章
08. 閑話・諜報機関雑談②
「でさ、結局どーなの?」
「何が?……あ、渉様?なると思う。もしかしたら誰かひとり間に挟むかもしれないけど、50を待たずして総帥になるでしょ。同世代の中だとあの方以外考えられなくない?」
「だよなー」
「なに、反対派?」
「ううん、絶賛賛成派」
「へぇ、あんたが人間に思い入れあるなんて珍しい。天変地異かな?」
牧が手を差し出すと、その上に赤と白の包みが乗せられる。
封を切って口に入れると、まとわりつく甘さに思わず眉を顰めた。
飲み込む前に、デカフェの助けを借りる。
「これ言ったっけ?俺さ、ここ入って半年くらいの時に渉様に助けてもらったんだよな」
「何それ、知らない」
「その頃俺ら、まだ仲良くなかったしな」
「経緯は?」
「昔の仲間が暗号資産盗もうとして失敗したんだけど、その時に俺がよく使ってた足跡をわざと残して逃げやがって、俺が冤罪になりかけて。入社して半年だし、こんな奴庇って若干でも痛手負うくらいなら企業としては見捨てるだろうなって諦めてたら、ある日商社のCEO室に呼ばれてさ。入ったら衛様と渉様がいて、言われたんだよな。『牧さんは無罪だと分かってるし、冤罪で捕まるなんてことはないので安心してください。仕返しするなら存分に手を貸します』って」
「へぇ、渉様が?結構好戦的だね」
「俺もビックリした。そんなこと言われるって思ってなかったから。でも、俺が何の弁明もしてないのに真っ向から信じてもらえたのが嬉しすぎて、速攻でやり返してネットの海に沈めた」
「それで?」
「会社の有利になりそうな情報はひとつ残らず浚って献上した。それが元でIT部門の大口のM&Aが成功した」
「ナイス!」
昔話なのに、そこに小さな花が咲く。
沢と牧は思わず手を合わせて、小気味良い音を鳴らした。
そこに、訪問者が現れる。
「おぉ~なんか楽しそうだな?若者よ」
「嶋さん!お久しぶりっす!」
「わー嶋さんだー!私、実は今年初めて会うー!明けましておめでとうございます!」
「今年初めてはさすがに違くね?」
「まじまじ。この前、嶋さんが日本に長期滞在してた時は、私が春休みでいなかったんだよね」
「お~そうだった。ハワイだっけか?行ってたの」
「うん、全然違う。エジプトです、嶋さん。記憶力、雑すぎません?」
悪ぃ違ったか、と言いながら笑うダークなスーツの男性は、嶋という40代後半のおじさんだ。
ノーネクタイに皺の入ったスーツ、ひょろりと角ばった輪郭、少しボサボサの髪、という出で立ちが、そのまま『職業不詳』のステッカーへと変身する。
一見すると、お天道様と仲良くない部類かと思われても仕方ない。
話すと至って普通のおじさんなのだが。
「てか、嶋さんはどうして日本に?」
「3月からずっと海外で、さすがに一回帰ってこいって嫁から抗議入ったから一時帰国。娘の誕生日もあるから、土産たんまり買って参上したってわけ。今年デカい案件なければ、年明けまでとりあえずこのまま日本」
「あ、誕生日で思い出した。もうすぐ渉様の誕生日じゃん」
「うん、9月27日」
「鳴成准教授が、渉様の誕生日プレゼントに何贈るか悩んでるんだって」
「いや、お前、そういう情報どっから仕入れてくるんだよ?スパイダーの俺でも知らないのに」
「これは個人的な情報筋から手に入れたやつ」
「鳴成准教授ってあれだよな?渉様の恋人になった方だよな?」
「そうです。嶋さん、日本にいなかったのによくご存じで」
「渉様が珍しく激昂して政治家の娘をウルグアイに送ったろ?それの現地調整、俺がやったんだよ」
「あーあの猶予わずか60時間の地獄の現地調整」
「そ。マレーシアから飛んで、そのまま三徹」
TOGの諜報機関としてまことしやかに知られているのはスパイダーとスネークだが、それはあくまでもネットワークを通じての情報収集を担当する者たちの総称である。
集められた真偽不明の情報を実際に足を使って調査したり、人伝の口頭でしか伝承されない情報を収集したりする、スコーピオンと呼ばれるチームが機関内には存在する。
そのチームで最たるベテランがこの嶋というおじさんであり、自ら一目散に日本全国及び世界各国を飛び回るので、リーダー格でありながら一向に連絡が取れないと部下から文句を言われているのもこのおじさんである。
日本生まれ日本育ちでありながら言語分野においては天才の中の天才。
英語、中国語、スペイン語、アラビア語、フランス語を難なく使えるので、世界のほぼ半数と通訳なしで会話できる稀有な特性持ちだ。
「あー、俺それ秦さんから聞きました。嶋さんとクアラルンプールで束の間のバカンス楽しんでたら、モンテビデオで屍になりそうだったって。ビザとかの申請関係ですか?」
「ぃんや。渉様の根回しなのか、一族のどなたかのコネクションなのか俺にも辿れなかったんだが、行政関係は驚くほどスムーズだったな。こっちの大使館でもあっちの移民局でも、時間外で異例の手続きしてもらえたし。ま、でも、それでも一日半は使ったか」
「じゃあ、何が一体……?二徹するとこ他にあります……?」
テーブルの上に興した包み紙の山を一旦捨て、新たにパイナップルケーキのパッケージを開け始めた沢が嶋へと尋ねる。
「ベネズエラにいたスコーピオンも集合して一緒に諸々揃えたんだが、家探しと居住周りを整えるのに時間が掛かってな。利便性の良い立地の調査に住居契約、政治家の娘さんだって聞いてたから家具はそれなりのもんを用意したんだが、何せベネズエラの奴も俺たちもおじさんだったから、いまいち趣味がな……」
「あーーーー!もしかして、ピンクの花柄のカーテンとかにしちゃいました?」
「まずかったか?安牌だと思ったんだが」
「昭和のおじさん達ー!現代の安牌にアプデしてお願いー!!!」
「大丈夫っしょ。嫌だったら燃やして、新しいのに付け替えてるって」
「牧、ひどいぞ。俺らが汗かきながら必死で探した花柄のカーテンを燃やすだなんて」
「いや、あの他責ヒステリーおばさんなら絶対そうしますって」
おかわりのデカフェを作りながら、牧が嶋に尋ねる。
「嶋さんも何か飲みますか?」
「お~さんきゅ。でも、そういうのは自分でやるから大丈夫だぞ。パワハラには気ぃつけないとな」
そういうハラスメント関係はちゃんとアプデできてんのかーい!と胸中でツッコミながら、牧がソファへと戻ってくる。
「娘さんをヒステリーおばさんって呼ぶってことは、お前、あれ調べた組か」
「そうです。と言うより、手の空いてる空いてないに関わらず、渉様と鳴成准教授を推してる奴ら総動員で地の底まで掘ったので、ほぼ全員が関与してます」
断言した牧の隣で、沢がもげる勢いで首を縦に振る。
「沢、もしやお前も?」
「下部マントルくらいまで掘削しました。てか、たぶん私が一番怒り狂ってた自覚ありです。担当案件そっちのけで全身全霊を注いだんで」
「渉様、人気だな」
「鳴成准教授もめちゃ人気です。前に衛様から鳴成准教授についての調査依頼が来た時に、スパイダー女子が総じて悶えてて。私もこっそり画像見せてもらって、まんまと『月鳴』信者になりました」
「つきなる……?」
「嶋さん、そこはスルーした方が身のためっす。知らなくて良い隠語は記憶の彼方で」
「分かった。娘の成長を見届けるためにはまだ命が惜しぃから、知らんジャンルに首突っ込むのはやめておくわ」
「それでなくても娘さんもうすぐお誕生日ですもんね。えーっと、9歳?」
「沢の記憶力は相変わらずピカイチだな」
「あれ、そう言えばさっき俺ら誕生日の話してて……何だっけ……あ、そうだ。鳴成准教授が渉様の誕生日プレゼントで悩んでるって話だ」
「9月27日だから、あと3週間もないだろ。大丈夫か?それ」
備え付けの冷蔵庫から水のペットボトルを取り出した嶋が、喉を鳴らしてほぼ最後まで飲み切る。
吸引力の変わらないただひとつの……と無意識に呟く沢の口を、牧が手の平で覆う。
睨む瞳に、黙れと言うように睨み返す瞳。
「お前ら、相変わらずノリが高校生みたいだな」
「年は全然違うんですけどね」
「社会に出たら年齢なんて関係なくね?」
「お黙り、小僧。でも、鳴成准教授の気持ちも分かるなぁ。渉様、何でも持ってるし、今さら欲しいものなんてなさそうだしね」
「欲しいものなんて、鳴成准教授以外ないとか言いそう」
「それは間違いなく言いそう」
「そんなら、その鳴成准教授本人は自分の首にリボンでも巻いて、『自分がプレゼント』って渉様に突進でもすりゃいぃんじゃねぇか?」
「うーわ、古っっっ。はぁー!ふっる!さっむ!えっぐ!」
「きっっっつ。嶋さん、冗談きついですって。それはさすがにドン引き案件っすね」
「あ?えーこれジェネレーションギャップ?はぁ……俺は今日またひとつ、おじさんの階段を上りました……」
窓の外を眺めながら黄昏れる嶋の頬を、ブラインドの隙間から薄オレンジが照らす。
それを無表情で見つめる若者二名。
「3週間弱でどうにか出来るかな?」
「准教授は准教授で結構コネ持ってそうだし、大丈夫っしょ?実家も太めだし」
「そうだね。まぁ、進捗確認して困ってそうだったら舟でも出してみるわ」
「俺もいるから、必要だったら連絡くれ。大学内に潜り込んでるスコーピオンにやらせれば、偶然でも必然でも如何様にも作り出せるぞ」
「感謝。ありがとうございまーす」
「なんのこれしき。俺は渉様には返しても返し切れない恩がるからな」
立ち上がった嶋は、空のペットボトルをゴミ箱へと投げ入れた。
綺麗な弧を描いて吸い込まれたそれは、個から総へと変貌する。
「え、私その話知らないです。聴きたい」
「俺も俺も、気になる」
餌を待つ雛鳥のように、嶋の方へと顔を突き出しながら話の続きを強請る。
それを突き放すように、おじさんは薄く笑った。
「俺はな、渉様に拾われたんだよ。17年前、人生に辟易してどん底に転がってた俺がこうやって普通の顔して生きてられるのは、一重にあの方のおかげだ」
じゃあな、とひらひら手を振って去った背中の残像を、沢と牧はしばらくぼんやりと眺めていた。
「諜報機関なんかで働いてるから、うちらに闇の過去があるのは当然って思ってたけど、まさか嶋さんにもあるとは」
「俺、前に嶋さんの経歴調べたことあるけど、特に何も出てこなかった気がしたんだけどなー。普通に普通のおじさんだったんだけど」
「あんた、何してんの」
「ここに入りたてで暇してた時の話な。てことは、嶋さんのはほぼ全部が改編されてるな」
「……うちらがやってたことなんて子供の手遊び、みたいな事実が出てきたら困るから、知らなくて良いことは知らないでおこう」
「だな。今に満足してれば、とりあえずそれでいいや」
「何が?……あ、渉様?なると思う。もしかしたら誰かひとり間に挟むかもしれないけど、50を待たずして総帥になるでしょ。同世代の中だとあの方以外考えられなくない?」
「だよなー」
「なに、反対派?」
「ううん、絶賛賛成派」
「へぇ、あんたが人間に思い入れあるなんて珍しい。天変地異かな?」
牧が手を差し出すと、その上に赤と白の包みが乗せられる。
封を切って口に入れると、まとわりつく甘さに思わず眉を顰めた。
飲み込む前に、デカフェの助けを借りる。
「これ言ったっけ?俺さ、ここ入って半年くらいの時に渉様に助けてもらったんだよな」
「何それ、知らない」
「その頃俺ら、まだ仲良くなかったしな」
「経緯は?」
「昔の仲間が暗号資産盗もうとして失敗したんだけど、その時に俺がよく使ってた足跡をわざと残して逃げやがって、俺が冤罪になりかけて。入社して半年だし、こんな奴庇って若干でも痛手負うくらいなら企業としては見捨てるだろうなって諦めてたら、ある日商社のCEO室に呼ばれてさ。入ったら衛様と渉様がいて、言われたんだよな。『牧さんは無罪だと分かってるし、冤罪で捕まるなんてことはないので安心してください。仕返しするなら存分に手を貸します』って」
「へぇ、渉様が?結構好戦的だね」
「俺もビックリした。そんなこと言われるって思ってなかったから。でも、俺が何の弁明もしてないのに真っ向から信じてもらえたのが嬉しすぎて、速攻でやり返してネットの海に沈めた」
「それで?」
「会社の有利になりそうな情報はひとつ残らず浚って献上した。それが元でIT部門の大口のM&Aが成功した」
「ナイス!」
昔話なのに、そこに小さな花が咲く。
沢と牧は思わず手を合わせて、小気味良い音を鳴らした。
そこに、訪問者が現れる。
「おぉ~なんか楽しそうだな?若者よ」
「嶋さん!お久しぶりっす!」
「わー嶋さんだー!私、実は今年初めて会うー!明けましておめでとうございます!」
「今年初めてはさすがに違くね?」
「まじまじ。この前、嶋さんが日本に長期滞在してた時は、私が春休みでいなかったんだよね」
「お~そうだった。ハワイだっけか?行ってたの」
「うん、全然違う。エジプトです、嶋さん。記憶力、雑すぎません?」
悪ぃ違ったか、と言いながら笑うダークなスーツの男性は、嶋という40代後半のおじさんだ。
ノーネクタイに皺の入ったスーツ、ひょろりと角ばった輪郭、少しボサボサの髪、という出で立ちが、そのまま『職業不詳』のステッカーへと変身する。
一見すると、お天道様と仲良くない部類かと思われても仕方ない。
話すと至って普通のおじさんなのだが。
「てか、嶋さんはどうして日本に?」
「3月からずっと海外で、さすがに一回帰ってこいって嫁から抗議入ったから一時帰国。娘の誕生日もあるから、土産たんまり買って参上したってわけ。今年デカい案件なければ、年明けまでとりあえずこのまま日本」
「あ、誕生日で思い出した。もうすぐ渉様の誕生日じゃん」
「うん、9月27日」
「鳴成准教授が、渉様の誕生日プレゼントに何贈るか悩んでるんだって」
「いや、お前、そういう情報どっから仕入れてくるんだよ?スパイダーの俺でも知らないのに」
「これは個人的な情報筋から手に入れたやつ」
「鳴成准教授ってあれだよな?渉様の恋人になった方だよな?」
「そうです。嶋さん、日本にいなかったのによくご存じで」
「渉様が珍しく激昂して政治家の娘をウルグアイに送ったろ?それの現地調整、俺がやったんだよ」
「あーあの猶予わずか60時間の地獄の現地調整」
「そ。マレーシアから飛んで、そのまま三徹」
TOGの諜報機関としてまことしやかに知られているのはスパイダーとスネークだが、それはあくまでもネットワークを通じての情報収集を担当する者たちの総称である。
集められた真偽不明の情報を実際に足を使って調査したり、人伝の口頭でしか伝承されない情報を収集したりする、スコーピオンと呼ばれるチームが機関内には存在する。
そのチームで最たるベテランがこの嶋というおじさんであり、自ら一目散に日本全国及び世界各国を飛び回るので、リーダー格でありながら一向に連絡が取れないと部下から文句を言われているのもこのおじさんである。
日本生まれ日本育ちでありながら言語分野においては天才の中の天才。
英語、中国語、スペイン語、アラビア語、フランス語を難なく使えるので、世界のほぼ半数と通訳なしで会話できる稀有な特性持ちだ。
「あー、俺それ秦さんから聞きました。嶋さんとクアラルンプールで束の間のバカンス楽しんでたら、モンテビデオで屍になりそうだったって。ビザとかの申請関係ですか?」
「ぃんや。渉様の根回しなのか、一族のどなたかのコネクションなのか俺にも辿れなかったんだが、行政関係は驚くほどスムーズだったな。こっちの大使館でもあっちの移民局でも、時間外で異例の手続きしてもらえたし。ま、でも、それでも一日半は使ったか」
「じゃあ、何が一体……?二徹するとこ他にあります……?」
テーブルの上に興した包み紙の山を一旦捨て、新たにパイナップルケーキのパッケージを開け始めた沢が嶋へと尋ねる。
「ベネズエラにいたスコーピオンも集合して一緒に諸々揃えたんだが、家探しと居住周りを整えるのに時間が掛かってな。利便性の良い立地の調査に住居契約、政治家の娘さんだって聞いてたから家具はそれなりのもんを用意したんだが、何せベネズエラの奴も俺たちもおじさんだったから、いまいち趣味がな……」
「あーーーー!もしかして、ピンクの花柄のカーテンとかにしちゃいました?」
「まずかったか?安牌だと思ったんだが」
「昭和のおじさん達ー!現代の安牌にアプデしてお願いー!!!」
「大丈夫っしょ。嫌だったら燃やして、新しいのに付け替えてるって」
「牧、ひどいぞ。俺らが汗かきながら必死で探した花柄のカーテンを燃やすだなんて」
「いや、あの他責ヒステリーおばさんなら絶対そうしますって」
おかわりのデカフェを作りながら、牧が嶋に尋ねる。
「嶋さんも何か飲みますか?」
「お~さんきゅ。でも、そういうのは自分でやるから大丈夫だぞ。パワハラには気ぃつけないとな」
そういうハラスメント関係はちゃんとアプデできてんのかーい!と胸中でツッコミながら、牧がソファへと戻ってくる。
「娘さんをヒステリーおばさんって呼ぶってことは、お前、あれ調べた組か」
「そうです。と言うより、手の空いてる空いてないに関わらず、渉様と鳴成准教授を推してる奴ら総動員で地の底まで掘ったので、ほぼ全員が関与してます」
断言した牧の隣で、沢がもげる勢いで首を縦に振る。
「沢、もしやお前も?」
「下部マントルくらいまで掘削しました。てか、たぶん私が一番怒り狂ってた自覚ありです。担当案件そっちのけで全身全霊を注いだんで」
「渉様、人気だな」
「鳴成准教授もめちゃ人気です。前に衛様から鳴成准教授についての調査依頼が来た時に、スパイダー女子が総じて悶えてて。私もこっそり画像見せてもらって、まんまと『月鳴』信者になりました」
「つきなる……?」
「嶋さん、そこはスルーした方が身のためっす。知らなくて良い隠語は記憶の彼方で」
「分かった。娘の成長を見届けるためにはまだ命が惜しぃから、知らんジャンルに首突っ込むのはやめておくわ」
「それでなくても娘さんもうすぐお誕生日ですもんね。えーっと、9歳?」
「沢の記憶力は相変わらずピカイチだな」
「あれ、そう言えばさっき俺ら誕生日の話してて……何だっけ……あ、そうだ。鳴成准教授が渉様の誕生日プレゼントで悩んでるって話だ」
「9月27日だから、あと3週間もないだろ。大丈夫か?それ」
備え付けの冷蔵庫から水のペットボトルを取り出した嶋が、喉を鳴らしてほぼ最後まで飲み切る。
吸引力の変わらないただひとつの……と無意識に呟く沢の口を、牧が手の平で覆う。
睨む瞳に、黙れと言うように睨み返す瞳。
「お前ら、相変わらずノリが高校生みたいだな」
「年は全然違うんですけどね」
「社会に出たら年齢なんて関係なくね?」
「お黙り、小僧。でも、鳴成准教授の気持ちも分かるなぁ。渉様、何でも持ってるし、今さら欲しいものなんてなさそうだしね」
「欲しいものなんて、鳴成准教授以外ないとか言いそう」
「それは間違いなく言いそう」
「そんなら、その鳴成准教授本人は自分の首にリボンでも巻いて、『自分がプレゼント』って渉様に突進でもすりゃいぃんじゃねぇか?」
「うーわ、古っっっ。はぁー!ふっる!さっむ!えっぐ!」
「きっっっつ。嶋さん、冗談きついですって。それはさすがにドン引き案件っすね」
「あ?えーこれジェネレーションギャップ?はぁ……俺は今日またひとつ、おじさんの階段を上りました……」
窓の外を眺めながら黄昏れる嶋の頬を、ブラインドの隙間から薄オレンジが照らす。
それを無表情で見つめる若者二名。
「3週間弱でどうにか出来るかな?」
「准教授は准教授で結構コネ持ってそうだし、大丈夫っしょ?実家も太めだし」
「そうだね。まぁ、進捗確認して困ってそうだったら舟でも出してみるわ」
「俺もいるから、必要だったら連絡くれ。大学内に潜り込んでるスコーピオンにやらせれば、偶然でも必然でも如何様にも作り出せるぞ」
「感謝。ありがとうございまーす」
「なんのこれしき。俺は渉様には返しても返し切れない恩がるからな」
立ち上がった嶋は、空のペットボトルをゴミ箱へと投げ入れた。
綺麗な弧を描いて吸い込まれたそれは、個から総へと変貌する。
「え、私その話知らないです。聴きたい」
「俺も俺も、気になる」
餌を待つ雛鳥のように、嶋の方へと顔を突き出しながら話の続きを強請る。
それを突き放すように、おじさんは薄く笑った。
「俺はな、渉様に拾われたんだよ。17年前、人生に辟易してどん底に転がってた俺がこうやって普通の顔して生きてられるのは、一重にあの方のおかげだ」
じゃあな、とひらひら手を振って去った背中の残像を、沢と牧はしばらくぼんやりと眺めていた。
「諜報機関なんかで働いてるから、うちらに闇の過去があるのは当然って思ってたけど、まさか嶋さんにもあるとは」
「俺、前に嶋さんの経歴調べたことあるけど、特に何も出てこなかった気がしたんだけどなー。普通に普通のおじさんだったんだけど」
「あんた、何してんの」
「ここに入りたてで暇してた時の話な。てことは、嶋さんのはほぼ全部が改編されてるな」
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