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三章
09. 初秋の百貨店外商催事と母への報告②
「先生、これが似合うと思います。先生のイメージにピッタリです。色も素材も、先生に使われるために作られたバッグです」
「大袈裟ですね?」
力強い目でそう告げる年下の恋人が激推しするのは、ベージュのクロシェ編みのショルダーバッグだ。
スーツケースとトラベルバッグ、お揃いのサングラスを選び終えた鳴成と月落の前には、阿久津から予め伝達されていたオーダーに添うバッグを用意した、各ブランドのスタッフが立ち並んでいる。
レザーやナイロン、キャンバス地、デニム……素材やデザインの即席展示会の如き光景の中で、購入予定の本人ではなくなぜか隣にいる人物が、一目散にお気に入りを見つけ出した。
そのバッグを持っていたスタッフが表に裏にと角度を変えながら、ファスナーを開けて中の容量を説明する。
「意外と入りそうですね、先生。とはいえ、僕たち基本的に持ち物が少ないので、容量はあまり重要じゃない気もしますけど」
「自宅の鍵をスマートロックにしてから必需品は財布とスマホ、ハンカチだけになったので、容量的にはどれも十分だと思います」
「鳴成様、どうぞ是非お試しください」
ハーバリウムの描かれたコットンTシャツにネイビーのスラックスを合わせた鳴成がバッグを肩から掛けると、すぐさまスマホを取り出した月落による撮影会が開始される。
連写に次ぐ連写だ。
「渉くん、そういうのは被写体の許可を取ってからにしていただけますか?」
窘めるような表情の鳴成が珍しくて貴重で、月落はもはやバッグなど丸無視で顔のドアップを撮る。
突如として始まった収穫祭りに跳ねる心の赴くまま、画面上の撮影ボタンを強く押し続ける。
「……怒りますよ?」
微笑みながらも柳眉を逆立てる雰囲気のその言葉に、月落はすっとスマホをポケットに仕舞った。
お恵みをありがとうございます、と言いかけそうになったが、実際に不興を買うのは敬遠したいので、唇をこれでもかと閉じた。
あとで鳴成の検閲タイムとならないことを祈るばかりだ。
「でも先生、本当に良く似合ってます」
「そうですか?じゃあ、これにします。ありがとうございます」
ブランドのスタッフへ礼を言いながらきちんとバッグを両手で返却する鳴成を、月落は温もりで満ちた目で眺める。
小さな仕草に紳士の振る舞いが垣間見えるのが、とても好きだ。
マナーの素晴らしい人と天秤の吊り合う男にならねばと、いつも思う。
「次はきみのですね……あ、もしかしてもう決まってます?」
「はい、実は。前に見るだけ見てたんですが、普段使いしないしなと思って保留にしてたんです。良い機会なので、今回持って行ってみようかなって」
袖を一折した半袖ストライプのコットンポプリンシャツにブラックデニムを穿いた月落が、ホワイトレザーのウェアラブルウォレットを左肩に掛ける。
「スポーティで、色も軽やかですね。開け閉めも楽そうです」
「似合ってますか?」
「ええ、とっても」
「これにします」
たぶん1分も見ていないけれど、鳴成に倣って丁寧な仕草でバッグを返した月落は満足そうに隣に座った。
沖縄旅行用の買い物は終了、ここからは秋冬用のワードローブ購入へと移る。
「結局、ご実家もスマートロックに移行したんでしたっけ?」
「いいえ、まだです。なので、実家に寄る時だけ鍵っ子です」
「あはは。その言い方、小学生以来です。懐かしい」
「……きっと違うと分かっていて訊きますが、もしかしてきみは小学生の時に鍵っ子だったんですか?」
「僕ではなく、クラスの友達ですね。公立の小学校に通ってたので、共働きの家庭も多かったんです」
コート、ブルゾン、タートルネック、シャツ、ニット、パンツ、靴が順次運び込まれる。
紅茶を飲みながら会話をする鳴成と月落の前には、もはや誰かのクローゼットを丸ごと拝借したと言っても過言ではない空間が構築されていく。
「公立小学校に通ってたのは驚きです。てっきり私立かな、と」
「そうですね、これを言うと大体二度聞きされます」
「他のご家族も公立なんですか?」
「兄と弟は私立、僕と妹は公立に行きました。親戚も進学先は結構色々です。私立入学を強制されたりはしないので、個人の希望に委ねられます」
「希望した理由があるんですか?」
「通い始めたスイミングが楽しすぎて、お受験よりも泳ぐことを選択したからです」
「あはは、斬新ですね。ですが、とても素直な気持ちで好感が持てます」
「とにかく水、水、水。プールの中で生活したいとまで言っていたようです。僕は一切記憶にないんですが」
「幼い頃にそれだけ夢中になれるものに出会えるのは、ある意味奇跡ですね」
「そういう存在は、先生にとっては読書ですよね。いつ頃出会ったんですか?」
「小学校3年生の時にショートショートを読んだのがきっかけです。文字だけで紡がれる真偽ない交ぜの世界の虜になってしまって、昼夜問わず読み耽りました。母が心配して一度制限時間制になったんですが、こっそりベッドの中で読んでいたのが見つかって、それで視力を悪くするくらいならきちんと明るいところで読みなさい、と諦められました」
「先生、すごく想像がつきます」
「でしょう?」
顔を見合わせて笑っていると、買い物を終えた弓子と利沙が合流する。
新たにテーブルと椅子が合体し、華と貴公子が対面で向かい合う形となる。
「沖縄用の買い物はできた?」
「うん、選び終わった。利沙さんと弓子伯母さんは思ったより早かったね」
「時計選びで迷うかと思ったんですが、ローズゴールドとパールのものが発狂レベルの可憐さで、一目で気に入ってしまったんです」
「あれ本当に可愛かったわね。利沙さんのお洋服にも私のお洋服にも合う色味で良かったわ」
「もしかしたら、史くんが着用しても違和感のないデザインかもしれないわ」
「冗談ですよね?……渉くん、いきなり立ち上がってどうしました?……もしかして見に行こうとしますね?必要ありませんので座って?」
利沙の言葉を聞いた途端すくっと立ち上がった月落を、鳴成が留まらせる。
勢いのまま買いに行ってしまいそうな年下の男の様子に、呆れ顔になる。
「母さん、確かさっき、ブレスレットのようにクローバーモチーフが何個か連なっているデザインを検討してるって言ってましたよね?」
「ええ、そうよ。実際、そのシリーズのものを購入したわ」
「私には似合いませんよ、きっと。女性用の華奢なデザインでしょうし」
「鳴成准教授。あのね、実は私も意外としっくり来るかも、とは思っているけれど?」
「ですわよね、お姉様!」
「これからの季節は、細身のニットの上からイエローゴールドのものをお召しになったら素敵よ、きっと。柔和な雰囲気とも調和が取れて」
「先生、先生……秋史さん」
先ほど起立したのを咎められたからか、月落は鳴成へと身を寄せてそっと名前を呼ぶ。
鳴成が視線を合わせると、キラキラとした瞳と真っ向から対峙することになってしまい、その威力の強さに後頭部に痺れが走ったような感覚になった。
「落ち着いてください。買いませんし、買ってもらいもしません。時計なら足りています」
勝手に盛り上がって唆す大人げない三名をぐるりと総覧して、鳴成は静かな声でそう告げた。
常識人の鉄壁ガードは簡単には壊せない。
「准教授、ダメなの?」
「史くん、だめかしら?」
「先生、駄目ですか?」
「ええ、駄目です。諦めてください」
すっぱりと断られ、ぐぬぬと言いながら三者三様で引き下がる。
「先生がそう言うなら仕方ない……でも、一瞬見に行くだけなら……買わないから見に行って想像するだけなら……」
「一旦断念なさい、渉。これから記念日は何回でも訪れるんだから、プレゼントするチャンスも沢山あるでしょう」
「……うん、そうだね、弓子伯母さん」
対面に座っているため、全く普通の音量で未来の計画をバラしながら慰める伯母と慰められる甥の姿に、鳴成はやれやれと首を振る。
そんな彼の前、白のサブレドレスに身を包んだ母が首を傾げながら呟いた。
「史くん、記念日って何のことかしら?渉さんが史くんのところに面接に来て1周年とか?それともお友達同士のお誕生日会か何か?」
その言葉に、他三名は自動停止する。
そして小さく集まり、緊急会議が行われた。
「……先生、もしかして僕たちのこと、利沙さんにお伝えしてないですか?」
「……そう言えば、してないです」
「……あ、でも僕も別に公言したわけじゃなかったな。勝手に知られてたから」
「うちは無理よ、渉。こういう事情は流れるともなしに流れてくるから。隠すのは無理、可哀想だけれど」
「そういう訳で、弓子伯母さんもうちの両親も知ってるので、てっきり利沙さんもご承知の上だと思ってました」
「うっかりしていました。これは完全にタイミングを見失ったも同然なので、いつ言うか悩ましいですね……むしろ、もう今言ってしまいましょうか?」
「え、先生、ここではさすがに――」
月落の制止は空を切る。
集団から抜けた鳴成は、目の前に座る母へときっちり視線を合わせてこう言った。
「母さん、言ってなかったけど、私は渉くんとお付き合いをしています」
「えええええぇぇぇぇぇぇぇ????!!!!」
2500人収容のボールルームに、その日一番の、というより今年一番の絶叫が轟き渡った。
その後、半分以上魂を手放しながら息子たちの買い物を見守り自宅に帰宅した利沙は、リビングで寛いでいた夫の昌彦に今日の出来事を息継ぎなしで報告していた。
「それでね、それで。史くんと渉さん、お付き合いしてるんですって。私、何も聞かされてなかったし、そんな気配にひとつも気づかなかったわ。もういい大人の息子の恋愛事情に干渉する気はないけれど、せめて一言何か言ってくれてもいいのに……」
「利沙、すまない。私もそっと教えてあげれば良かったね」
「あら。あなた、知ってらしたの?」
「あぁ。衛さんから、お付き合いが始まったと聞いていてね。利沙もてっきり弓子さんから聞いてるかと思ってたんだよ」
粕川親子の一件で知り合う存在となった衛と昌彦は、それからたびたび酒を酌み交わす仲となっていた。
どうせ親戚になるんだし、という衛の思惑と搦め手の上手さ故の自然なアプローチで親交を深め、息子たちが恋愛関係になったことも純粋に喜び合った。
「知らなかったのは私だけだったのね……寂しいわ……史くん、肝心なところは本当にぽんやりしてるんだから」
「あの子の性格だろうね。でも、幸せそうなら安心じゃないか。今日も二人で楽しそうだったんだろう?」
「えぇ、とっても幸せそうだったわ。渉さんが史くんのことを大事に大事にしてくれているのが分かって、やっとこの子にも心を隅々まで明け渡せる人が出来たんだって。本当に、親として子供の安寧がこれほど嬉しいなんて……有紗ちゃんの時とはまた違った感慨深さがあるわ」
時間が経っても全く化粧崩れせず艶を保っている利沙の白い頬を、透明な雫が流れる。
それを拭った昌彦は、ダークブラウンの淑やかな髪を抱き寄せて背中を撫でた。
「同性同士というのには些か驚いたけれどね。でも、あの時も、揺るがぬ存在の確かさで秋史を支えてくれた渉さんだから、私は何も心配していないよ」
「えぇ、そうね。悲惨な過去もつらい出来事も思い出せなくなるくらい、幸せな日々を作れるわ。渉さんと史くんなら」
「そうだね」
昌彦の腕の中から見る、センターテーブルの上に置かれた家族写真。
座っている利沙の後ろで微笑む息子の姿に、今日眺めていた朗らかに屈託なく笑う息子の姿が重なって、利沙はまた一筋涙を流した。
「大袈裟ですね?」
力強い目でそう告げる年下の恋人が激推しするのは、ベージュのクロシェ編みのショルダーバッグだ。
スーツケースとトラベルバッグ、お揃いのサングラスを選び終えた鳴成と月落の前には、阿久津から予め伝達されていたオーダーに添うバッグを用意した、各ブランドのスタッフが立ち並んでいる。
レザーやナイロン、キャンバス地、デニム……素材やデザインの即席展示会の如き光景の中で、購入予定の本人ではなくなぜか隣にいる人物が、一目散にお気に入りを見つけ出した。
そのバッグを持っていたスタッフが表に裏にと角度を変えながら、ファスナーを開けて中の容量を説明する。
「意外と入りそうですね、先生。とはいえ、僕たち基本的に持ち物が少ないので、容量はあまり重要じゃない気もしますけど」
「自宅の鍵をスマートロックにしてから必需品は財布とスマホ、ハンカチだけになったので、容量的にはどれも十分だと思います」
「鳴成様、どうぞ是非お試しください」
ハーバリウムの描かれたコットンTシャツにネイビーのスラックスを合わせた鳴成がバッグを肩から掛けると、すぐさまスマホを取り出した月落による撮影会が開始される。
連写に次ぐ連写だ。
「渉くん、そういうのは被写体の許可を取ってからにしていただけますか?」
窘めるような表情の鳴成が珍しくて貴重で、月落はもはやバッグなど丸無視で顔のドアップを撮る。
突如として始まった収穫祭りに跳ねる心の赴くまま、画面上の撮影ボタンを強く押し続ける。
「……怒りますよ?」
微笑みながらも柳眉を逆立てる雰囲気のその言葉に、月落はすっとスマホをポケットに仕舞った。
お恵みをありがとうございます、と言いかけそうになったが、実際に不興を買うのは敬遠したいので、唇をこれでもかと閉じた。
あとで鳴成の検閲タイムとならないことを祈るばかりだ。
「でも先生、本当に良く似合ってます」
「そうですか?じゃあ、これにします。ありがとうございます」
ブランドのスタッフへ礼を言いながらきちんとバッグを両手で返却する鳴成を、月落は温もりで満ちた目で眺める。
小さな仕草に紳士の振る舞いが垣間見えるのが、とても好きだ。
マナーの素晴らしい人と天秤の吊り合う男にならねばと、いつも思う。
「次はきみのですね……あ、もしかしてもう決まってます?」
「はい、実は。前に見るだけ見てたんですが、普段使いしないしなと思って保留にしてたんです。良い機会なので、今回持って行ってみようかなって」
袖を一折した半袖ストライプのコットンポプリンシャツにブラックデニムを穿いた月落が、ホワイトレザーのウェアラブルウォレットを左肩に掛ける。
「スポーティで、色も軽やかですね。開け閉めも楽そうです」
「似合ってますか?」
「ええ、とっても」
「これにします」
たぶん1分も見ていないけれど、鳴成に倣って丁寧な仕草でバッグを返した月落は満足そうに隣に座った。
沖縄旅行用の買い物は終了、ここからは秋冬用のワードローブ購入へと移る。
「結局、ご実家もスマートロックに移行したんでしたっけ?」
「いいえ、まだです。なので、実家に寄る時だけ鍵っ子です」
「あはは。その言い方、小学生以来です。懐かしい」
「……きっと違うと分かっていて訊きますが、もしかしてきみは小学生の時に鍵っ子だったんですか?」
「僕ではなく、クラスの友達ですね。公立の小学校に通ってたので、共働きの家庭も多かったんです」
コート、ブルゾン、タートルネック、シャツ、ニット、パンツ、靴が順次運び込まれる。
紅茶を飲みながら会話をする鳴成と月落の前には、もはや誰かのクローゼットを丸ごと拝借したと言っても過言ではない空間が構築されていく。
「公立小学校に通ってたのは驚きです。てっきり私立かな、と」
「そうですね、これを言うと大体二度聞きされます」
「他のご家族も公立なんですか?」
「兄と弟は私立、僕と妹は公立に行きました。親戚も進学先は結構色々です。私立入学を強制されたりはしないので、個人の希望に委ねられます」
「希望した理由があるんですか?」
「通い始めたスイミングが楽しすぎて、お受験よりも泳ぐことを選択したからです」
「あはは、斬新ですね。ですが、とても素直な気持ちで好感が持てます」
「とにかく水、水、水。プールの中で生活したいとまで言っていたようです。僕は一切記憶にないんですが」
「幼い頃にそれだけ夢中になれるものに出会えるのは、ある意味奇跡ですね」
「そういう存在は、先生にとっては読書ですよね。いつ頃出会ったんですか?」
「小学校3年生の時にショートショートを読んだのがきっかけです。文字だけで紡がれる真偽ない交ぜの世界の虜になってしまって、昼夜問わず読み耽りました。母が心配して一度制限時間制になったんですが、こっそりベッドの中で読んでいたのが見つかって、それで視力を悪くするくらいならきちんと明るいところで読みなさい、と諦められました」
「先生、すごく想像がつきます」
「でしょう?」
顔を見合わせて笑っていると、買い物を終えた弓子と利沙が合流する。
新たにテーブルと椅子が合体し、華と貴公子が対面で向かい合う形となる。
「沖縄用の買い物はできた?」
「うん、選び終わった。利沙さんと弓子伯母さんは思ったより早かったね」
「時計選びで迷うかと思ったんですが、ローズゴールドとパールのものが発狂レベルの可憐さで、一目で気に入ってしまったんです」
「あれ本当に可愛かったわね。利沙さんのお洋服にも私のお洋服にも合う色味で良かったわ」
「もしかしたら、史くんが着用しても違和感のないデザインかもしれないわ」
「冗談ですよね?……渉くん、いきなり立ち上がってどうしました?……もしかして見に行こうとしますね?必要ありませんので座って?」
利沙の言葉を聞いた途端すくっと立ち上がった月落を、鳴成が留まらせる。
勢いのまま買いに行ってしまいそうな年下の男の様子に、呆れ顔になる。
「母さん、確かさっき、ブレスレットのようにクローバーモチーフが何個か連なっているデザインを検討してるって言ってましたよね?」
「ええ、そうよ。実際、そのシリーズのものを購入したわ」
「私には似合いませんよ、きっと。女性用の華奢なデザインでしょうし」
「鳴成准教授。あのね、実は私も意外としっくり来るかも、とは思っているけれど?」
「ですわよね、お姉様!」
「これからの季節は、細身のニットの上からイエローゴールドのものをお召しになったら素敵よ、きっと。柔和な雰囲気とも調和が取れて」
「先生、先生……秋史さん」
先ほど起立したのを咎められたからか、月落は鳴成へと身を寄せてそっと名前を呼ぶ。
鳴成が視線を合わせると、キラキラとした瞳と真っ向から対峙することになってしまい、その威力の強さに後頭部に痺れが走ったような感覚になった。
「落ち着いてください。買いませんし、買ってもらいもしません。時計なら足りています」
勝手に盛り上がって唆す大人げない三名をぐるりと総覧して、鳴成は静かな声でそう告げた。
常識人の鉄壁ガードは簡単には壊せない。
「准教授、ダメなの?」
「史くん、だめかしら?」
「先生、駄目ですか?」
「ええ、駄目です。諦めてください」
すっぱりと断られ、ぐぬぬと言いながら三者三様で引き下がる。
「先生がそう言うなら仕方ない……でも、一瞬見に行くだけなら……買わないから見に行って想像するだけなら……」
「一旦断念なさい、渉。これから記念日は何回でも訪れるんだから、プレゼントするチャンスも沢山あるでしょう」
「……うん、そうだね、弓子伯母さん」
対面に座っているため、全く普通の音量で未来の計画をバラしながら慰める伯母と慰められる甥の姿に、鳴成はやれやれと首を振る。
そんな彼の前、白のサブレドレスに身を包んだ母が首を傾げながら呟いた。
「史くん、記念日って何のことかしら?渉さんが史くんのところに面接に来て1周年とか?それともお友達同士のお誕生日会か何か?」
その言葉に、他三名は自動停止する。
そして小さく集まり、緊急会議が行われた。
「……先生、もしかして僕たちのこと、利沙さんにお伝えしてないですか?」
「……そう言えば、してないです」
「……あ、でも僕も別に公言したわけじゃなかったな。勝手に知られてたから」
「うちは無理よ、渉。こういう事情は流れるともなしに流れてくるから。隠すのは無理、可哀想だけれど」
「そういう訳で、弓子伯母さんもうちの両親も知ってるので、てっきり利沙さんもご承知の上だと思ってました」
「うっかりしていました。これは完全にタイミングを見失ったも同然なので、いつ言うか悩ましいですね……むしろ、もう今言ってしまいましょうか?」
「え、先生、ここではさすがに――」
月落の制止は空を切る。
集団から抜けた鳴成は、目の前に座る母へときっちり視線を合わせてこう言った。
「母さん、言ってなかったけど、私は渉くんとお付き合いをしています」
「えええええぇぇぇぇぇぇぇ????!!!!」
2500人収容のボールルームに、その日一番の、というより今年一番の絶叫が轟き渡った。
その後、半分以上魂を手放しながら息子たちの買い物を見守り自宅に帰宅した利沙は、リビングで寛いでいた夫の昌彦に今日の出来事を息継ぎなしで報告していた。
「それでね、それで。史くんと渉さん、お付き合いしてるんですって。私、何も聞かされてなかったし、そんな気配にひとつも気づかなかったわ。もういい大人の息子の恋愛事情に干渉する気はないけれど、せめて一言何か言ってくれてもいいのに……」
「利沙、すまない。私もそっと教えてあげれば良かったね」
「あら。あなた、知ってらしたの?」
「あぁ。衛さんから、お付き合いが始まったと聞いていてね。利沙もてっきり弓子さんから聞いてるかと思ってたんだよ」
粕川親子の一件で知り合う存在となった衛と昌彦は、それからたびたび酒を酌み交わす仲となっていた。
どうせ親戚になるんだし、という衛の思惑と搦め手の上手さ故の自然なアプローチで親交を深め、息子たちが恋愛関係になったことも純粋に喜び合った。
「知らなかったのは私だけだったのね……寂しいわ……史くん、肝心なところは本当にぽんやりしてるんだから」
「あの子の性格だろうね。でも、幸せそうなら安心じゃないか。今日も二人で楽しそうだったんだろう?」
「えぇ、とっても幸せそうだったわ。渉さんが史くんのことを大事に大事にしてくれているのが分かって、やっとこの子にも心を隅々まで明け渡せる人が出来たんだって。本当に、親として子供の安寧がこれほど嬉しいなんて……有紗ちゃんの時とはまた違った感慨深さがあるわ」
時間が経っても全く化粧崩れせず艶を保っている利沙の白い頬を、透明な雫が流れる。
それを拭った昌彦は、ダークブラウンの淑やかな髪を抱き寄せて背中を撫でた。
「同性同士というのには些か驚いたけれどね。でも、あの時も、揺るがぬ存在の確かさで秋史を支えてくれた渉さんだから、私は何も心配していないよ」
「えぇ、そうね。悲惨な過去もつらい出来事も思い出せなくなるくらい、幸せな日々を作れるわ。渉さんと史くんなら」
「そうだね」
昌彦の腕の中から見る、センターテーブルの上に置かれた家族写真。
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