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しおりを挟む「林田さんのアパートまで迎えにいきますよ」
「いえ、大丈夫です……」
と、言われたので駅前で待ち合わせをすることになった。シャツの上にミルクティー色のカーディガンを着て、細身の黒いパンツを穿く。
デートの終わりに林田さんを自分の部屋に勇気を出して呼ぼうと考えていた。はたして使うことになるのかわからない衛生用品などを確認してから、玄関へ行き革靴を履いて部屋を出る。
今日で最後になるかもしれない。恐怖心で重くなってしまう足をどうにか駅へと向かわせ、駅前が近くなると携帯で林田さんに電話をかけた。
「あ、林田さん! もう駅前にきていますか? どの辺にいます?」
『はい、階段辺りです』
携帯を耳に当てながら駅の構内へと上がる階段へ向かう。階段脇で手を振ってくる人影が目に映った。電話を切り、駆け寄る。
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「いえ、来たばっかりです」
林田さんは淡いピンクの丈の長いワンピースを着てコサージュのついたニット帽を被り、白いポシェットを肩から下げていた。いつもより顔の血色もよく、可愛い。
「私服、素敵ですね」
素直に感想を述べる。
「え! そ、そうですか?」
「はい、可愛いです」
「……ありがとうございます。伊藤くんも素敵です」
林田さんがそばかすの散る顔を赤くする。その様子に自分の頬が緩むのを感じた。
「では、行きましょうか」
階段を上り、駅の中へ入り田舎のほうへと向かう下りの電車に乗る。
空いた車内の隅の席に林田さんと並んで座った。
「平日のお休みはいいですね。混雑していなくて」
暇を潰そうと話しかける。
「ええ……」
林田さんはなんだかぼんやりしていた。俯いて、視線を真下ではなくややこちら側にずらしている。
「どうしました?」
「あ、い、いえ! 今日晴れててよかったですね! 公園、楽しみです」
どこに向けられているのかわからなかった林田さんの視線が僕の顔へ向く。そのうち目的地を告げるアナウンスが流れ、電車は停まる。
電車を降りて閑散とした駅前に出て、公園へ向かうためのバスに乗った。さほど遠くなく、すぐに到着する。降りて、やや歩くと公園の入口であるツタの巻きついた鉄製のアーチが見えてきた。
入園し、並木道を林田さんと肩を並べて抜ける。柵に囲まれたポニーたちが目に入った。
「可愛い!」
林田さんがはしゃいで駆け寄る。僕はその様子に微笑ましくなりつつ続いて柵に近寄り、ポニーよりも横目で林田さんを見ていた。
それから公園を巡る。パンジー畑に来て、昼食に売店でカツサンドを買う。紫と黄色と薄紅色のパンジーの前のベンチに腰かけた。
「……やっぱり、林田さんと一緒にいると落ち着きます」
カツサンドを食べながら改めて伝える。
「あ、私も……です」
ある願いも伝えたいと感じ、緊張を覚え地面を睨んでしまう。
「あの、林田さん」
「は、はい」
「下の名前で呼んでもいいですか?」
「あ、えっ」
横目で視線を向けると林田さんは頷いてくれていた。
「まゆみさん」
「はいっ」
「あの、よければ僕のことも名前で……」
「……ゆ、夕司くん」
……顔が熱い。
昼食を終え、公園巡りを再開する。池で鯉に餌をあげたり、つまずいてしまったまゆみさんを助けたり、動物と戯れているまゆみさんを写真に撮ったり――そうしていたら空がオレンジ色になってしまった。
「そろそろ、出ましょうか」
ベンチで休んでいるまゆみさんに買ってきた缶コーヒーを差し出す。
「そうですね。カフェーに向かいましょう」
まゆみさんがよく利用するカフェーで夕食にすることになっていた。そこでまゆみさんを僕の部屋に呼んで、告白して……拒まれたら終わりだ。
まゆみさんは本当に理想の女性だ。僕とここまで気が合う人は初めてだ。この先、まゆみさんのような女性と出会うことはないだろう。だから、怖い。怖いけれど……乗り越えなければ救いはない。
××駅東口。煉瓦風の外観のカフェー。
僕とまゆみさんは窓際の席に向かい合って座った。
「楽しかったですね、今日は」
この楽しさが永遠に続けばいいのに……。まゆみさんが笑って頷く。
「ええ、とても」
まゆみさんはデミグラスソースのかかったオムライスを注文し、僕は煮込みハンバーグにフランスパンのついたセットを頼む。ややあって料理が運ばれてくると、僕たちは静かに食事をした。
あまり味を感じられない。それから食後の紅茶をちびりちびりと、ゆっくり飲んだ。引き延ばすように。――ああ、カップが空になってしまった。
テーブルを睨みつけ、精神的な理由から襲われる胸の苦しさを堪えながら口を開く。
「あの、まゆみさん」
「はい。……なんでしょう?」
「話があるんです。もしよければ……僕の家に来てくれませんか?」
少しの間があく。
「え? 話って……ここでは駄目なんですか?」
「はい……」
先程よりも長い、永遠に感じる間があいた。まゆみさんの顔が見れない。
「はい。……わかりました」
ようやく顔を上げ、まゆみさんの表情を確認する。引き締まった、真剣そうな顔をしていた。
「ありがとうございます」
……ホッとする。が、まだ第一関門を突破しただけだ。安堵するには早い。
カフェーから出て、駅前に戻りアパートのある西口へ行く。ぽつぽつと立っている街灯にぼんやりと照らされた夜道を黙って歩き、まゆみさんのアパートを通り過ぎて、僕の住んでいるアパートの前で立ち止まる。
壁にツルの這った貧乏アパートに少し恥ずかしくなりつつ、まゆみさんを中へ誘った。
「すみません。ソファーも何もなくて……カーペットの上に座ってください」
「あ、はい」
僕の言う通り、カーペットに正座したまゆみさんの向かいに座る。
「綺麗な部屋ですね」
「そうですか? どうも……」
隅々まで掃除はちゃんとしている。実家は汚いのもストレスだった。……じゃ、なくて話を切り出さなくては。
しかし俯いてしまう。……
僕はまゆみさんのことが好きだ。
「あ、あの」
「はい?」
「率直に言います。僕はっ……まゆみさんのことが友達としてではなく、好きです」
「へっ!?」
でも夢にまで出てしまったアレがあるんじゃダメなんだ――跳ねるよう顔を上げて、あとはもう勢いに任せた。
「ただ、言わなくてはいけないことがあります。今から僕はとても変なことを言います。大衆には理解が出来ないであろう、メチャクチャな話です――」
それから母の話、ヴァギナが憎い話、本や映画の架空の乙女は好きだという話、理想の女性になんて出会えなかったなかまゆみさんのような素晴らしい乙女に出会え感動した話、しかしまゆみさんにもヴァギナがあるのだと苦悩した話などをしたと思う。
「まゆみさん、好きです。だから……去勢してくれませんか?」
まゆみさんの頬に涙が伝う。やはり理解してもらえなかったか……と、絶望感を覚えた。
「あ、あのっ、夕司くん。私も――……」
次の瞬間、僕はようやく報われた!
確かにそうだ、ペニスだって汚れてるはず。互いに綺麗にならなければ、楽園へは行けない。
先に去勢されるというまゆみさんがタイツと下着を脱いで、布団に仰向けに寝る。僕はハサミと糸と針と、消毒液を用意した。
座って、やや開かれたまゆみさんの脚の間に視線を向ける。
「……ああ、なんて醜いんだ。美しい君がもったいない」
僕を呑み込もうとした憎い獣の口にハサミを当てた。
応援ありがとうございます!
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