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12.ぐぬぬ。最早我慢ならぬ!
しおりを挟むモールド伯爵領には、魔の森深部の魔物を屠る事の出来る新型の兵器がある。
いつの頃からだったか、東方地域の商人の間ではそんな噂が流れていた。
数十年に一度しか市場に出ない魔の森深部の魔物の素材は、どの部位も強力な効能を持つ。
皮の強度は金属の鎧に勝り、骨は魔法の武具として加工出来る。
血や内臓は希少な薬や、魔法、錬金術の触媒として使え、肉は多少だが若返りの効果を持っている。
その深部の魔物の素材が数十年に一度しか出回らないのは、魔物を狩りに魔の森の深部に行ってしまえば二度と誰も戻らないからだ。
そのため、挑戦する者こそ後を絶たないが、その素材を手に入れるには、はぐれた深部の魔物が、魔の森から出てくるのを待つしかないのだ。
それがこれまでの常識だった。
高額な魔の森深部の魔物素材が、部位は限られど、複数市場に出回るようになった。
魔の森に立ち入れるほど、騎士や冒険者が強くなったのだろうか?
そんな訳はない。
たとえ魔法のある世界であろうとも、人はそんなに簡単には強くなれはしない。
魔の森深部の魔物の強さは絶対だ。
モールド伯爵領は自前の騎士団ではどうにもならず、王国軍の助けを借りて、それでも大きな被害を出しながら、魔の森深部のはぐれ魔物をようやく一体倒すのだ。
しかし、仮に強くなったのが人ではなく、新しい兵器ならば?
人は、他人に言われた事を容易に信じずに、自分が信じたい事を信じる。
新型兵器、それは東方地域の商人たちの出した結論だった。
⭐ ⭐ ⭐ ⭐
「ぐぬぬ…。モールド伯爵領は新型兵器や深部の魔物の素材だけでは飽きたらず、交易路にまで手を出すのか!」
社交シーズン真っ只中の年明け、ロムスタ伯爵領の執務室では、当主であるロムスタ伯爵が憤っていた。
横に大きく太りエメラルドグリーンの疎らな髪をしているのがロムスタ伯爵その人である。
50代に近づき、ますます脂の乗った強引な政治手腕は、地方領主に中央貴族の頭に跨がる怪物と呼ばれている。
彼には近ごろ悩みがあった。
悩みとは、発展著しいモールド伯爵領である。
彼の地には、魔の森深部の魔物を狩る強力な新型兵器があり、魔物素材の利権がある。
依然として正体の解らぬ新型兵器は、ロムスタ伯爵が難癖つけて取り上げてやろうと思っている代物だ。
新型兵器が他の誰にも知られず、ロムスタ伯爵彼だけの物になれば、魔物素材の利権は、必然的にロムスタ伯爵の下へと転がり込んでくるだろう。
もっとも、モールド伯爵領含む東方地域から王都へ続く交易路は、ロムスタ伯爵領がとある手段で独占しているために、モールド伯爵領の新たな魔物素材の利権は半ば彼の物でもあった。
この事態が大きく動いたのは、去年の春先である。
ロムスタ伯爵領が交易路を独占していたとある手段とは、盗賊による王都へと続く街道や川筋の封鎖だった。
高額な魔物素材を王都へ運ぶのに、盗賊がいる街道を選べずに、商人たちは多額の交通料を課すロムスタ伯爵領を通るしかない。
しかし、ロムスタ伯爵にとって大事な盗賊団が、なんの連絡もなしに、尽く壊滅したとしたら、その後どうなるだろう?
商人たちは、ロムスタ伯爵領を通らずに王都へと魔物素材を運んでしまうのだ。
ロムスタ伯爵が何もしないまま手にしていたとはいえ、本来持っていたハズの魔物素材の利権を失う。
いや、魔物素材だけではない。
やがては高級な他の商品も領内を通らなくなるだろう。
盗賊には他国の元兵隊などの腕利きを大金を払ってスカウトしている。
それでも邪魔をする貴族は、武力で潰し、脅してきた。
東方地域で彼に敵対する貴族は、最早誰一人として居ないハズだったのだ。
なのに、盗賊たちは何処かへ消えてしまった。
ロムスタ伯爵は考えた。
東方地域で、自分に敵対するバカな地方貴族は居ない。
だが、仮に魔の森深部の魔物を倒せるような新型兵器があれば、地方貴族は自分にどう出るだろうか?
新型兵器が、仮に盗賊退治にも利用出来る物であれば?
果たしてロムスタ伯爵の調査した結果、盗賊退治で名を上げていたのは、モールド伯爵領長女マリアの率いる騎士たちだった。
ロムスタ伯爵は、今まで隠していたモールド伯爵領の新型兵器の噂を王宮に盛んに流し始めた。
とにかく、モールド伯爵領から新型兵器を取り上げなければならない。
一夏が過ぎ、更なる資金を投入し、ロムスタ伯爵は大盗賊団を編成し、街道の封鎖を再開した。
しかして、大盗賊団はその年の冬になるまでの間さえ持ちこたえられなかった。
今度はいったい誰が大盗賊団を潰したのか、正体は調査しても不明だったが、ロムスタ伯爵の中では既に犯人は決まっていた。
社交会のシーズン真っ只中にも関わらず、彼が王都ではなく、ロムスタ伯爵領の執務室で仕事しなければならない、その理由とは、モールド伯爵領への報復の準備だった。
王宮が新型兵器をモールド伯爵領から取り上げるのを待つつもりは、もうない。
いつまで経っても新型兵器の情報を持ち込めない情けない商人達を、当てにするつもりだってなかった。
最早ロムスタ伯爵は我慢ならなかった。
ロムスタ伯爵は、自分の持つ武力には実績と自信があった。
ロムスタ伯自らがモールド伯爵領に攻め込み、モールド伯爵家の新型兵器の性能を確かめ、取り上げてやるのだ。
そして、交易路の利権を取り戻し、何故か市場に未だに出回っていない、モールド伯爵領に大量にあるハズの、貴族が欲してやまない若返りの魔物の肉を手にいれるのだ。
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