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貧民街の主
しおりを挟む王都富裕層の住む貴族街と、それ以外の住む市民街が明確に分かれている。
具体的には、大きな塀と行き来を阻む門が、貴族街と市民街の二つを遮っているのだ。
そして、市民街でも主要な道路から外れると、そこは貧民街とでも言うべき、行政の治安の行き届いてない区域が存在している。
本日、私と執事のロッゾと侍女のユリシーズ、騎士見習いのトールの4人は、その貧民街を歩いていた。
私は上から汚物を投げられないように、白い日傘をさして、暇なのでくるくる回している。
私たちの場違いな雰囲気に、不思議と貧民街の住人は声をかけてはこなかった。
「もし? ここら辺を牛耳る方がどこに居るか、ご存知ありませんか?」
私が汚ならしい格好をした青年に声をかけると、ロッゾは青年に銀貨を2枚握らせた。
青年は黙って指を貧民の奥の方へと指す。
「ありがとう」
私が青年ににこりと微笑みかけると、青年は真っ赤な顔をして走り去ってしまった。
貴族に話かけられる体験はなかったのかしら?
同じ事を繰り返すと、やがて貧民街の奥にある、継ぎはぎの大きな家についた。
「貴族様がなんの用だ?」
玄関に据え付けられた呼び鈴を鳴らすと、柄の悪い使用人が出て来て私たちに問いかけた。
「マリア・ド・モールドと申します。私、今度王都に引っ越して来まして。この屋敷の持ち主に挨拶をと思いましたの」
「屋敷の持ち主…? ひょっとしてボスの名前も知らねぇのか?」
「よろしければ教えていただけないかしら」
「…ちょっと待ってろ」
少しすると、使用人は私たちを屋敷の中へと通した。
立て付けが悪いようで、扉は開閉のたびに大きな軋みをあげている。
一階部分では柄の悪い男たちが、カードで暇を潰している。
酒の匂いが漂っているので、昼から酒盛りをしているようだ。
やがて二階から、奇抜な帽子を被ったひげ面の男が、体格の大きな筋肉質の部下6人と、露出の大きな細身の女性を伴って降りてきた。
「俺がここの主だ。モールド伯爵家のお嬢さんってのはあんたかい?」
「ごきげんよう。名も知らぬ貧民街の主さん? 本日はお願いがあって、ここに来ましたの」
どうして貴族の令嬢がここに来たのかと解せぬ顔でひげ面の男は答えた。
「…アロンソだ。ツレの名前はアルドンサ」
「よろしくね? マリアちゃん」
露出の大きな女性は、目の笑っていない笑顔で挨拶してくる。
「アロンソさんと、アルドンサさん。よろしくお願いします。私の名はマリア・ド・モールド。こっちは執事のロッゾ、侍女のユリシーズ、見習い騎士のトールですわ」
私は貧民街のボスのアロンソさんに、にこりと微笑んだ。
「物怖じしねぇ嬢ちゃんだな。それで用事ってのはなんだ?」
アロンソさんは威嚇するように目を細める。
今回、ここに来たのは信頼出来る情報源を得るためだ。
大抵の貧民街は、後ろめたい仕事に手を染めているものだ。
私の読んだこちらの世界の恋愛物語集では、後ろめたい話の担い手や怪しい情報屋は貧民街の住人の出と書いてある作品が、いくつも出てくる。
屋敷を建てているアロンソさんは、私の求める人物に、如何にも該当する人だった。
「私、闇ギルドへの繋ぎを取れる人物とコネが欲しいのです。それともここが闇ギルドだったりします?」
私がそういうと、トールが天を仰ぎ、ユリシーズは笑みを深めた。
ロッゾは無表情のままだ。
ONMITUの完成には、この世界の裏の情報屋のノウハウが必要だった。
闇ギルドが協力してくれれば、ONMITUは完成するし、信頼出来る情報だって買えるかもしれない。
貴族が金で買うのだ。
よほどの事がなければ、それは信頼のおける情報だろう。
「それで? ここが闇ギルドだとしたらどうする? 闇ギルドと取引するその意味を、嬢ちゃんは理解してるのかね」
アロンソさんの後ろの部下たちが殺気立つ。
露出の大きな細身の女性…アルドンサさんからも殺気を感じる。
ふうん。裏の世界では、こんな女性も戦うのかしら?
胸のあいたドレスは、切れ目の大きなスリットがあり、動き易そうではあるが、ヒールは素早く動けなさそうだ。
濃い目の化粧は綺麗な金髪に良く似合っていて、如何にもな大人の女性で、アルドンサさんを見れば、戦いとは無縁に思う人が多いだろう。
一見して多少は鍛えているのが解るけれど、私からは鍛え方が足りないように感じる。
圧倒的に鍛え方が足らない。
「ここがどこかの貴族と深く繋がっているなら、他に信頼の出来る情報屋を紹介してくださるかしら? 何しろ私、出てきたばかりで、王都コネがないんですもの。相応の謝礼はいたしますわ」
未熟な鍛え方をしているアロンソさんの部下の殺気など知るものか。
物の数ではないのだから。
そう思いながら、私は問う。
闇ギルドとの取引が貴族にとって後ろめたい物だろうと、どうせ取引先は貴族や大商人の富裕層だろう。
ならば、貴族が闇ギルドに訪ねて何が悪いのだろうか?
「…お前ら、待て。…モールド伯爵令嬢は本気のようだ。」
用心深く私たちを見るアロンソさんは、額に汗を流しながら部下を止めた。
どうやらアロンソさんは、こちらとの力量の差を理解する出来る程度には強いらしい。
「一番強いのは…、誰だ? そこ侍女ちゃんも、ただもんじゃねえな」
「お頭…ッ! 貴族だろうと、ひ弱な爺さんと子供だけだぜ? 貧民街の奥に来たらどうなるか、思い知らせるべきだ!」
殺気立ったままのスキンヘッドの部下が、アロンソさんに食いかかる。
「…黙れ。ここは俺に任せたままでいろ」
アロンソさんは、部下に冷たく言い放つ。
「でもよ…ッ」
部下が尚食い下がる、次の瞬間だった。
アロンソさんは、冷たい表情のまま唐突に振り替えると、勢いに任せて右拳を部下の頬に当てて、殴り倒した。
大きな音を立てて、床に倒れ込む部下。
カードで暇を潰していた酔いどれの男たちがこちらを見てくる。
何人かは立ち上がった。
「騒がしくしちまってすまねぇな」
ぶらんぶらんと右拳を揺らしながら、アロンソさんはにこりと笑った。
「いえ、慣れた光景ですもの」
私は涼しい笑顔で返す。
手合わせでは、この手の奇襲に対応する練習もする。
暴力のあり得ない場で唐突に殴りかかられたとして、それは、私の中の常識では、対応できない側が悪いのだ。
常在戦場。それが肉体言語の在り方だった。
「…ここは闇ギルドじゃねぇ。だが、いくらか裏にツテはある。嬢ちゃんの欲しいのは情報屋のツテか? それとも仕事の依頼か?」
「教えて欲しいのは仕事のやり方なのですけれど…、そうですわね。欲しいのは、情報屋さんとの繋ぎですわね」
「仕事のやり方…? モールド伯は王都でなにをする気だ?」
「あら? 情報は、誰にだって必要な物ですもの。今のモールド伯爵家はそのツテもノウハウもありませんの。最低限の情報源は自前でも用意する。当然の事では?」
「ハッ。モールド伯に情報源がない? まぁ、良い。せっかくここまで来たんだ。信頼出来る情報屋は教えてやるよ」
アロンソさんは、モールド伯爵家の事情を何か知っているみたいだった。
だが、私たちに情報源が無いのは事実だ。
「ありがとう存じます?」
「ただし、コイツと手合わせして勝ったらな」
「イテテ…。お頭…、いきなり殴りかからないでくれよ」
スキンヘッドのアロンソさんの部下が立ち上がってきた。
スキンヘッドの彼と、こちらの誰かが戦うみたいだ。
誰が戦っても、如何にもこちらの過剰戦力だと思うのだけれど。
「誰が相手しても良いぜ? 爺さんか? 侍女ちゃんか?」
連れてきている人員で帯剣しているのはトールだけだ。
ロッゾとユリシーズに、二人は戦えるんだろう?とアロンソさんはかまをかける。
「お嬢様。私はいつでも構いません」
涼しい顔で、青髪オールバックの壮年の執事は答える。
「私相手だと一人じゃ足らないんじゃないかしら?」
荒事に嬉しそうにする、長身でハーフアップの黒髪黒目のうちの侍女。
「お嬢様…。もうやめましょうよお」
そして、自信の無さそうな、背の低いおかっぱ緑髪の驚異の見習い騎士。
わざわざ家の執事や侍女が戦えると宣伝する必要はないから、戦う人は決まっているのよね。
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