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諦観
しおりを挟む「我が伯爵家の命運が決まるかもしれない戦なんだぞ! 何とかならないのか!」
ロムスタ伯爵に代わり総大将を務める事になったロムスタ伯爵の長男リオンが、のろのろと前進する本軍の中で参謀役の騎士にがなりたてる。
中央軍に突き立った細い光の柱は、今も大きくなり続けていて、ロムスタ軍は大混乱に陥っている。
たとえ東部地域の人間が主とはいえ、数千の人間が一度に死ぬのだ。
ロムスタ伯爵家としての損失は想像も出来ないし、何より光の柱の恐怖で継戦がままならない。
「右翼も完全に統制を失っています。本軍が潰走してないだけでも奇跡。モールド伯爵軍の側にいる騎兵隊が何とかしてくれるのを願う他ないかと」
参謀役の騎士がリオンを宥めた。
モールド伯爵軍から一番距離の離れていた本軍だけは辛うじて統制を失っていないが、監視役の騎士が怒鳴りなが脅して、なんとか歩兵を押し留めている状態だ。
これでは東部地域の歩兵たちにとって、敵はモールド伯爵軍かロムスタ伯爵軍かどちらかわかった物ではない。
もしもモールド伯爵軍が次の虹色の魔法陣を構築したら、騎士の脅しも効かなくなり、間違いなく本軍も潰走する羽目になるだろう。
「統制の効かない歩兵よりも、統制も効き、機動力のある少数精鋭でモールド伯爵の首を取る他以外にないかもしれません」
「それをやったのがバリー騎士団長じゃないか。二番煎じは成功するのか? あの豆粒のような軍を、精鋭である騎馬隊が押しつぶせて居ないのだぞ」
騎士の提言にリオンは反発する。
起死回生の一手はバリー騎士団長によって打たれていた。
しかし、豆粒のようなモールド伯爵軍の密集陣形を貫く事は出来ず、虹色の魔法陣の発動は防げなかったのだ。
「くっ」
リオンは招聘した宮廷魔導師のいる小高い丘の頂上をチラリと見た。
開戦以降、献身的にモールド伯爵軍を脅かしていた驚異的な火線は、いつの間にか沈黙している。
既に勝敗が決してしまったとしたら、戦場に留まる理由などない。
モールド伯爵軍の追撃に巻き込まれるかもしれないからだ。
あの宮廷魔導師は、恐らく二度目の虹色の魔法陣の発動を見て撤退したのだろう。
「…万策尽きたようだが、騎馬突撃を成功させたバリー騎士団長の安否だけでも確認しなくてはならない。父も言っていたがバリー騎士団長はロムスタ伯爵家の屋台骨だ。騎馬隊は無事に撤退出来るだろうか?」
何とか大勢が決しつつある事を受け入れたリオン。
「モールド伯爵軍の追撃如何によります。敵軍は少数なので未だ大軍である我々に追撃はしてこないかもしれません。しかし、騎兵隊を殿につけないのなら、新たな部隊を騎兵隊と入れ替える必要があります」
「…どうする。考えろレオン」
参謀役の騎士の答えから、自身に問いかけるレオン。
モールド伯爵軍の接近戦が先の戦い通りなら、余程の精鋭部隊でなければ殿は務まらなかった。
そして、殿部隊はあの光の柱に正面から立ち向かう事になるだろう。
敗戦でただでさえ痛手を受けるロムスタ伯爵家に手駒の戦力を失う余裕はない。
「出来れば殿は、捨て駒として東部地域の兵を使いたいが…」
偽らざる本音がレオンの喉から溢れた。
潰走中の中央部隊の過半を包む大きさになった光の柱から、あの忌々しい鐘の音が鳴り響き、冷たい突風が吹いてくる。
レオンの背中から身体の芯までゾゾゾと生涯感じた事のないような怖気が走る。
本軍のあちらこちらから、戦える訳がないだろうとの東部地域の貴族による抗議の怒号が飛ぶ。
「これではもう、秩序だった撤退は無理だな…」
レオンが呟くと、参謀役の騎士の喉からゴクリという音が聞こえた。
「騎兵隊、撤退を始めました! 思いの外被害が大きいようです」
騎馬に乗った物見の兵が報告をあげた。
「なんだ…、騎兵隊が仲違いをしている? いや、あの貧相な鎧はモールド伯爵軍だ! 馬に乗ったモールド伯爵軍の一部が騎兵隊を追撃しています!」
「モールド伯爵軍に騎兵は居なかったハズだ。騎兵隊から馬を奪ったか。モールド伯爵軍の騎兵の数は確認できるか?」
「極少数ですが…、騎兵隊を物ともしていません!」
「モールド伯爵は光の柱の結果を待つまでもなく、一気に蹴りをつけるつもりなのか」
少数による強引な騎兵隊への追撃は、この戦いで完全にロムスタ伯爵との諍いに蹴りをつけるという、モールド伯爵の自信と覚悟を感じさせる物だった。
本軍の喧騒の中、モールド伯爵軍の追撃が確定し、静まりかえるリオンの周辺。
「今すぐ精鋭を抽出せよ。私自ら精鋭の先頭に立ち、騎兵隊の救出に向かう。モールド伯爵の追撃を撃退し、しかる後に撤退。追撃する敵が少数なら、何とかなるハズだ」
ロムスタ伯爵家でもある総大将代理が先頭に立てば、まだ士気は維持出来るハズだ。
騎兵隊を救出する短い時間で良いのだから。
次世代のロムスタ伯爵家のトップに立つ優男は決断し、エメラルドグリーンの髪を弄ると乱暴にかき上げた。
決断を聞き、周りに並ぶロムスタ伯爵騎士達の顔が一斉に強張った。
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