未来樹 -Mirage-

詠月初香

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1章

0歳 -水の陽月6-

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頭の中でグルグルと様々な情報を同時に並行処理していきます。何だかあのバスからの落下時と同じような感じだけど、あの時よりはずっと冷静に処理しています。

と思っていたんだけど……。

「あなた……何者です?」

ヒヤリとした冷たい空気が水玉さんから私へと遠慮なくぶつけられました。
同じく金の玉……さんも、その纏う空気が冷たい。唯一、火の玉さんだけが先ほどと変わらず、私の傍で燃えていましたが……。

「何者……って言われても困ります……。
 今は生まれたての赤ん坊で、名前すらなくて、
 この先どうしようかと途方に暮れているってことぐらいしか……。」

「では、なぜこの世界の事に詳しいのだ?
 国名だけでなく宮家の事まで知っているとは解せぬ……」

やらかした?!
そりゃそうだよね、宮家の名前だけならば兎も角「どうなってます?」じゃ宮家に何かある事が確定だもん。自分では冷静なつもりだったけれど、全然冷静じゃなかったんだなぁ……。

以前、学校の休み時間に友人と試験勉強のモチベの維持の為に試験が終わったら読みたい本ややりたいゲームについて良く語り合ってたんだけど、その時友人と

「でさ、ここで転生した主人公がまたやらかすのよ。」
「またかっ! なんで皆やらかすのかなぁ?」

なんて話してたけど、あの時の自分の後頭部にチョップ入れたい。
自分がいざその立場になってみたら、やらかすよ、やらかしちゃうよって思ってしまう。だって冷静に判断しているつもりで全然冷静になれてなかったんだもん。
まぁバス落下からのこの流れで冷静になれる訳ないよねぇ。

で、どう説明したものかと悩んでいる間にも、三つの玉からバシバシと警戒心が叩きつけられている感じです。小説で読みました!……なんて言っても信じてもらえないだろうし、そもそも自分ですら半信半疑だし。

「ぇと……説明がしづらいんですが、
 私の世界に伝わる“御伽噺”に似たような世界の話があって……。
 風の精霊が居ないところとか、アマツの国名とかが一緒なので……うーん、
 本当に自分でも半信半疑ではあるんですけど、類似点がいくつもあるので……」

我ながら歯切れが悪いとは思います。でもここで守護無しにされちゃっても困ってしまうのです。何せこのアマツで守護無しとなったら“普通に暮らす”事が出来なくなっちゃいます。

そんな私の言葉を聞きながらも、三つの玉はふよふよと私の周りを漂っています。
ただ視線……はないね、意識がこちらに全力で向けられているのが解ります。

「嘘を言っている……感じはありませんね」

水玉さんがぽよんといった感じで少し跳ねました。それに続いてキラリと輝きながら金の玉さんも……落ち着いたら絶対に別名称を考える!

「まぁ……嘘ではないのであろう。他にも何かありそうではあるが」

と、水玉さんに一応といった感じで同意します。対し火の玉さんは豪快なのか細かい事は気にしない性質なのか

「俺様達の事が異世界にまで伝わっているとわねぇ」

と若干ご満悦風です。三者三様の反応だけど、とりあえず疑惑に満ちた雰囲気が消えてホッと息を吐きました。そうしてから自分自身に「落ち着け、落ち着けぇー」と暗示をかけます。状況が状況だけにどうしてもパニックになりがちだけど……。

「嘘は言ってないですよ。
 ただ自分の中で現状が未だに消化しきれていないというか……
 状況が飲み込み切れていないんです。ごめんなさい」

私はそう言って頭を下げたのでした。




それから幾つかの現状や世界のあれこれを確認した後、深呼吸三回ついでに屈伸数回をしてから改めて切り出しました。

「あの、お願いがあるんですが……」

名前! 若干一名毎回呼びづらい方が居るので、その問題を片づけたいのです。

「願い?」

「はい、みなさんに名前って付けるのまずいですか?」

よくあるじゃないですか、名前つけたら契約完了的なのって。
いや、既にそれっぽいのやらかしてはいるんですが、何事も確認は大事です。

「俺達に名前? 異世界のやつって変な事考えるんだなぁ」

火の玉さんが少し呆れ気味な声で言います。駄目ですか?と改めて聞くと三精霊とも「問題ない」と快くお返事頂きました。

「私達は“神の欠片”という揺るぎない本質があります。人の子が呼びやすい名を
 便宜上付けた程度では、本質が揺らぐことはありません」

という事らしく、とりあえず一安心。それぞれ希望の名前はあるのか聞いてみたけれど、今まで名前を持つなんて想像した事すらないそうで。

何というか精霊さんたちは、火は火、水は水と同属精霊同士は同一である事が当たり前という認識らしくて個を別けて認識する必要性を感じないのだそうです。
ただ、長い……本当に長い年月の間に、精霊の中でも一部の個体は認識が変わりつつあるものも出始めていて、この三精霊もどちらかといえば個を別けて認識し始めている一派?らしいです。

まぁ希望がないならば私がつけましょう!と張り切ったものの、なかなか三人に良い名前が浮かびません。後になって考えれば三人を関連付けて考えなければ良かったのに、なぜかこの時は三人を同じような名前にする事に拘ってしまって……。

例えばお祖父ちゃんが大好きだった「近山の金さん」から凛々く気っ風の良い金さんを金の玉さんに……

お祖母ちゃんが大好きだった「暴れん坊上様」から涼しげな目元が格好良い新さんを水の玉さんに……。

でも火が思いつかないのです。火付盗賊改方の平蔵さんとも思ったのですが、あれは火を取り締まる方だし……。

うんうん言いながら悩んだ結果。

金の玉さんはそのまま金の文字が輝かしい金太郎の金さんに。
水の玉さんは水から海を連想して浦島太郎の浦さんに。
火の玉さんはやっぱり一番悩んだけれど桃太郎の桃さんに決定しました。

えぇ、元ネタは日本昔話で有名な方々ですね。
どうにも金の玉さんは「金」のイメージが強すぎて他が出てきませんでした……。




「じゃぁ金太郎の金さん、浦島太郎の浦さん、桃太郎の桃さんで!」

と三つの玉を順に見ながら名前を告げながら名前を付け終えた時、私はどうやら再び失敗してしまったようなのです。でもこれは不可抗力だと激しく主張したい!!

(あとはちゃんと視線を合わせたり、表情が見えたりしたら良いのになぁ)

なんて思ったら、三つの玉の輪郭がぼやぼやーと滲んだかと思うとパッ!と光が迸り、次の瞬間には目の前に三人の見知らぬ青年が立っていました。

「「「「……は?」」」」

四人全員で呆然としてしまいます。
真っ赤な髪をやんちゃ感溢れるソフトモヒカンにした褐色肌の細マッチョ青年は、居た場所から察するに桃さん。水色の腰下までの長いサラサラ髪が美しい細身の儚い系青年はおそらく浦さん。そして金色の髪を襟足だけ長くしたワイルド感たっぷりのウルフカットにした一番の長身&筋骨隆々の青年はたぶん金さん。

「な、ないわぁぁぁぁぁ」

一番真っ先に復活した私が思わずぼやきます。
いや見た目はすっごく格好良いんですよ三人とも。浦さん美青年だし、桃さんはイケメン、金さんだってハンサムです。みんな、髪に小さな宝石なのかな? 丸い石をいくつか装飾で付けていてキラキラしています。いや宝石もだけど全身が、存在そのものがキラキラです。

でもね、赤い髪とか青い髪ってアニメ・漫画やゲームで見る分には良いけれど、目の前にいると違和感が半端ないんですよ。見慣れないモノに対する抵抗ってすっごいんですよ。

それでなくても超が付くほどの田舎育ちの私は外国人を生で見た事がないのです。
えぇ、白人さんも黒人さんもアジア圏の人も外国人はテレビの中の人という認識なのに、いきなり目の前に綺麗ではあるけどカラフルな髪色が現れたら……。

でも、そう言った瞬間に三人の髪が黒髪へとパッと変わり、驚きのあまり目を見開いて固まってしまいます。私の精神世界だからなんでもありなんでしょうか……。

そして私の制服と同じように三人の服装も私の意識が作用しているみたいで、それぞれ昔ばなしの主人公の衣装になっています。えぇ、勿論真っ先に金さんを視界から外すどころか背を向けましたよ……。背後からの圧が怖い、ゴゴゴゴゴって音が聞こえてきそうな程の圧が怖すぎる、悪気はないんですってばぁぁ。

「お……おまえぇぇぇぇ!!!!」

桃さんが私のこめかみを拳骨でぐりぐりぐり!!とこれでもかと圧迫してきます。

「ぎゃーーーー、痛い痛い痛い!!」

余りの痛みに必死に抵抗して桃さんの手をぺちぺちと叩くものの、桃さんは力を抜いてくれません。涙が浮かび零れ落ちる頃合いになって、ようやく金さんと浦さんが桃さんを止めてくれました。

「姿を変えられてしまうとは……」

まだどこか呆然としたままの浦さんがポツリと漏らせば

「本当に異世界人は規格外なのだな……」

と金さんが続きます。三太郎さんの話によると、円や球というのは神の力を表すものらしく。そんなつもりが欠片もなかったとはいえ、私が弄ってしまったと……。

「あっ、でも、目が!」

改めて三人……いえ二人を見ると、確かに姿かたちは変わったし髪の色も黒く変わったのだけど、目の色と髪を飾っている宝石?の色は、それぞれをあらわす色をそのまま残しています。恐る恐る色が変わるか試してみましたが、変わらないですし……。推測ですが宝石や瞳や眼球に円や球が残っているから大丈夫なんじゃないかな。まぁ眼球全てに色が残っている訳ではなくて、瞳だけなあたりに若干の不安は残りますが。

という事を(不安部分は除いて)三太郎さんに話すと三人揃って深ぁぁーい溜息をつかれました。

「あなたと居ると私の寿命が縮む気がします……」
「まぁ……退屈はしねーよな」
「我は諦めも肝心という事をこの年になって学んだぞ」

散々な言われようですが、私の独断で姿を変えてしまったのは事実なので……

「誠に申し訳ありませんでした」

と頭を下げる以外、私の選択肢は残っていませんでした。
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