【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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2章

7歳 -火の陰月2-

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居間の大きな囲炉裏テーブルを家族全員で囲み、それぞれ好みの飲み物を入れた保冷マグを手に今日の報告会をします。我が家の日課の一つですね。

私の対面にいる母上とつるばみ

「そろそろ青瓜と赤茄子は終わりね。
 次に植える野菜は大根おほね鈴菜すずなだったかしら?」

「そうですね。後は玉菜たまな菊菜きくなという所でしょうか。
 他にも日持ちのする丸葱まるねぎも色々と使うので欲しいとろこです」
 
と、次に植える野菜の相談をしています。植える時期をずらす事で長く収穫していた胡瓜とよく似た青瓜や、トマトと似ているけれど私の記憶しているトマトよりはえぐみが強い赤茄子もそろそろ終わりのようです。

更には私から見て右のほうでは叔父上と山吹が、左のほうでは金さんと浦さんが、母上たちと同じように今日の報告や連絡、今後の相談をしています。


そんな会話メインの大人組とは違い、私のすぐ横に座る兄上は保冷マグの中身を一気に飲み干すと、

「ふぅ……ようやく人心地ついた。
 汗をかいた後のスポドリは本当に美味しいなぁ。
 さて! じゃぁ今日は何をして遊ぶ?」

ぐっと伸びをしてから大きく息を吐いた兄上は、そう私に尋ねながらニコリと笑いました。昔の兄上は林檎ジュースの方が好きだったのに、最近では塩入り柚子シロップジュースを好むようになりました。ちなみに兄上が使ったスポドリとい単語は、りん酢リンスと同じく私がやらかした結果です……。

そんな兄上のその眼差しは、遊ぶというよりは遊んであげるといった気遣いが見て取れます。実際、兄上ぐらいの年齢の男の子にしてみれば、7歳の女の子と遊ぶのは楽しくないでしょうしね。とは言うものの、ここにいる子供は私と兄上の二人だけなので、否応なく遊び相手はお互いになってしまうのです。

「うーん。今日は一緒に水遊びはどう?
 浦さんたちが作ってくれた水滑り台ウォータースライダーもそろそろ遊び納めだし」

湖のほとりに作られた水滑り台は、冬の氷滑り台と並んで兄上の大好きな遊びの一つです。正直なところ私はあの手の遊びは苦手なのですが、兄上が楽しそうな姿を見るのは好きですし、季節的に水遊びはそろそろ終わりなので名残惜しさもあって水遊びを提案してみました。

毎日、座学や鍛錬がある兄上と私ですが、1旬間10日間に1日お休みがあります。その日は終日遊べるのですが、今日のような日課の後だと16時ぐらいからしか遊べないので、水遊びをするには気温水温共に少々低いのです。更に

「それに土の陽月に入ったら、私は外遊びはできなくなるから」

と付け加えます。私は今年7歳になったのですが、7歳の女児が行う行事に異性装をして神社かむやしろにお参りする七五三があります。私はそれに参加するために、初めて山を下りる事になっているのです。

ただ、少々やらかしてしまいまして……。

この話を火の陽月の終わり頃に聞かされたのですが、初めてのお出かけにテンションが上がりすぎて……、ようは興奮しすぎて熱を出してしまったんです。その所為で母上たちには、とても心配をかけてしまいました。

それに私の七五三は訳あってヤマト国の首都の神社かむやしろで行う事になったのですが、その旅程にも問題があり……。叔父上が一人で大和に向かうなら10日程で到達可能のですが、私が一緒なので休憩を多めにとる事を想定して倍の20日もの長い旅程を組んだのです。旅程が長くなれば長くなるほど色々と必要な物が増えて荷物が嵩んでしまうのですが、私が体調を崩さずに大和まで向かう事が最優先だと言われてしまいました。

その一環で土の陽月に入ったら座学は今まで通りですが、その他の体力を使う事は全て休止とするスケジュールが組まれてしまいました。とにかく体調を整えて体力を温存しろという事です。そこまでしなくてもとは思ったのですが、この世界での旅は初めてなのでどれぐらい体力を使うものなのか想像すらできません。流石に前世では山育ちだったと言っても、20日間もの野宿は未経験ですしね。なので大人しく指示に従う事にしました。


そんな私達のやり取りを聞いていた母上たちが

「そうねぇ。櫻が七五三から戻ってくる頃にはその保冷マグではなくて
 桃様の御力をお借りした保温マグを使うようになっているでしょうね。
 だから体調を崩さないように今から慎重にね?」

「少々嵩張ってしまいますが、
 お嬢様の荷物に保温性の高い着物もいれておきましょう」

と、この暑い最中に寒さ対策の話しを始めます。野宿の経験はこの世界で意識がはっきりとした初日にしかありませんが、岩屋での生活はそれに近いモノがありました。あの頃は確かに土の極日も過ぎれば明け方は冷え込んできて、指先やつま先が冷たくなっていた事を思い出します。なので

「はい、わかりました、母上。それから橡もありがとう」

と二人の優しい気づかいに笑顔で感謝するのでした。




とは言うものの、七五三に向かう前にやっておかねばならない事があるのです。無理をするつもりはありませんが、準備を怠る訳にもいきません。

「桃さんが帰ってくるのって、何日ごろだった??」

就寝時間になって自分の部屋に戻った私は、一緒についてきてくれた金さんと浦さんに問いかけます。三太郎さんは自分の部屋を持ってはいるのですが、基本的に私と一緒に居るのでなかなか使う機会がありません。なので三太郎さんの自室は、今では自分の趣味の物を飾ったり溜めておく部屋になっています。

「あなたの七五三がありますから、念の為に何時もより早めに……
 土の陽月に入った頃には戻ると聞いていますが、何か急用でもできましたか?」

「急用って訳じゃないの。
 ただ今が暑すぎるくらいだから、ついうっかりしていたけれど
 ここに戻ってくる頃には土の陰月も半ばだから、
 寒さ対策も必要だなって思って。後は色々と旅の準備や相談かな」

私一人で向かうのなら三太郎さんの力をフル活用して、高速七五三という手もあるのですが、叔父上と一緒だとそういう訳にもいきません。なので叔父上や山吹に旅の時に不便だと思った事を聞いて、それの対処法を三太郎さんと一緒に考えておきたいのです。

「そうだな……、普段ならば山から下ろす事を禁じている霊石を使った品も
 今回に限っては許しても良いのではないかと我は思うている。
 いざという時は我らが対処可能ゆえ」

横で聞いていた金さんが、少し考えてからそう言いました。その言葉に私の表情がパァ――っと明るくなるのが自分でも解ります。

「そうしてくれるとすごく助かるし、すっごく嬉しい!
 あと歯ブラシとかシュシュも持って行きたい!」

下山中の歯磨きには常に房楊枝を使っている叔父上たちには大変申し訳ないですが、私はあの房楊枝にはもう戻れません。それに髪を結うシュシュも無いと困ります。

「むぅ……」

私の要望を聞いた金さんは眉間に皺を寄せて、唸りながら悩み始めてしまいました。霊石を使った道具よりはよっぽど下山させやすいと思ったのですが、

「歯ブラシはギリギリ許容しても良いとは思うが、シュシュは駄目だ。
 常に他人の目に触れる場所に身につけるシュシュは問題がありすぎる」

と却下されてしまいました。残念ですが金さんの言う事も当然なので諦める事にします。その後も数日かけて色々と持って行きたい物の候補を上げては許可が出たり却下されたりしながら、少しずつ持って行く物のリストを作成していくのでした。




数日後、

「その結果がコレだよ……」

と眼前の荷物の山を前にボヤいてしまう私がいました。アレコレとピックアップした品を試しに用意( できるものは)したのですが、かなりの量になってしまったのです。今回の旅で持って行かなくてはならない荷物は私の分だけではありませんし、乾物を売ってお金に換えて必要物資を買って来るというミッションも同時進行なので、この荷物の量は無理があります。

そう、私の七五三と同時に行商もしてこなくてはならないのです。
数年前までは無の月に叔父上たちが行っていた出稼ぎですが、今では無の月に行く事はありません。理由は幾つかあるのですが、大きな理由としては第一に叔父上たちが約120日にも及ぶ長期間の出稼ぎが、とてもストレスになってしまった事が上げられます。どうもその時期の都市部は不衛生具合が通常の5割増しぐらいになるらしく、拠点での生活に慣れた叔父上たちにはとても厳しいのだとか。

なにせあの丈夫な叔父上たちが戻ってきた途端に寝込むぐらいですから……。
確か5年前に七五三に行った兄上も、寝込んでしまったように記憶しています。
だからこそ、母上たちは私が心配なんでしょうね。


そしてもう一つの理由が、叔父上と山吹が騎乗する馬にあります。あの馬は碧宮家襲撃事件の時にヤマト国の双子の王子から内密に譲り受けた馬なのですが、そろそろ老齢といえる歳になり、大雪が降り積もる無の月に重たい荷物を乗せて歩かせる事が厳しくなってきたのです。

この世界の馬は前世で見た事のある馬よりも更に大きく、私の身体が小さいという事もあるのでしょうが、印象としては世紀末の覇者や戦国の傾奇者が乗っていた黒王号や松風を彷彿とさせる巨体です。パワー重視のヤマト系とスピード重視なヒノモト系といった系統の違う2種の馬がアマツ大陸には居るのですが、共に気質は敵には勇猛果敢で主人には従順と軍馬向きの性質をしています。

ただ、心話で馬とちゃんと変換が出来たので馬に変わりはないのでしょうが、実は全く前世の馬と似ていないところもあります。それが死期が近づくと厩舎を抜け出して、自分の死地を求めて旅立ってしまう習性です。象の墓場ならぬ馬の墓場がヤマト国のどこかとヒノモト国のどこかにあると言われていますが、未だ誰も発見できていません。特にヤマト系の馬はその気質が強く、ある程度歳を取った馬は何時いなくなってもおかしくないと思われています。だからこそ双子の王子は叔父上たちに馬を譲れたのだと、母上が座学の時に言っていました。

まぁ、そんな訳で……。
元々譲り受けた時点で何時墓場に旅立ってもおかしくない年齢だった馬は、今では立派なおじいさん馬となりました。なので負担をかけ過ぎないように色々と工夫をするようになり、買い出しの荷物の量を減らす事は難しいですが、雪の無い時期に買い出しに行くようにしたのです。その結果、叔父上たちは数年前からは無の月も拠点に居るようになりました。

ちなみにその馬を叔父上たちはずっと「あおげ青毛」と「くりげ栗毛」と呼んでいて、私はそれが名前なんだとずっと思っていたのです。でもそれが単に毛色で区別して呼んでいただけという事が判明し、名前をちゃんと付けようよ!と主張したのも同じ頃です。

最初は「黒王」「松風」とそのまんまの名前を付けようとした私だったのですが、叔父上たちからストップがかかりました。黒王は天都の帝を指す言葉らしく、そんな名前をつけたら不敬罪で捕まってしまうと顔を青くして言うので、仕方なく青毛を「黒松」と呼び、栗毛を「王風きみかぜ」と呼ぶことにしました。


そんな黒松に乗って叔父上と旅をする……、7年ぶり2度目の二人旅です。
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