未来樹 -Mirage-

詠月初香

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3章

16歳 -火の陽月1-

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「海は広いなぁ……」

大型船の甲板で海風を受けつつ、そんな当たり前の事を呟きました。遠く水平線まで続く大海原を見ていると、幼稚園や小学校で歌った定番の歌詞が脳内に流れ続けます。個人的な印象ではありますが、海の歌も風の歌と同じぐらい多い印象です。あれって日本限定の傾向なのか他の国でもそうなのか、今となっては調べる事もできません。

「櫻、そろそろお昼にしましょう」

「はーい、直ぐに行きます。
 そうだ母上、今日はお天気も良くて風も穏やかですし、
 晩御飯は甲板で食べませんか?」

甲板に上がってきた母上に返事をし、すぐに後を追おうとしてからふと足を止めました。火の陽月も終盤なので日中の日差しはかなり強いのですが、それも夕方には落ち着きますし、それでもきついようなら日除けを付ければどうとでもなります。

「あら、それは良いわね。
 今夜は久しぶりに山でやっていたようにばーべきゅーをしましょうか」

「ばーべきゅーかっ!
 ……いや、でも、肉が足りなくならないか?」

バーベキューと聞いていきなりテンションが上がった桃さんでしたが、前回の船旅では肉どころか食事すら出来なかった事を思い出したようで、大丈夫か?と少し心配そうに問いかけてきます。

「桃さん、バーベキューには海鮮バーベキューってのもあるんだよ」

「……俺様は絶対に肉の方が良い……」

魚介類は海さんが居れば【豊漁】技能のおかげで比較的簡単に補給ができます。それに万が一、技能の効きが悪くて叔父上をはじめとした男性陣が不漁でも、いざとなれば浦さんや海さんにお願いすればどうにかなる訳で……。そういう存在がいるというのは心強いものです。

ただ桃さんにとってはバーベキューと書いて肉の祭典と読みたくなる程、焼き立てのお肉を美味しくたくさん食べる為の食事法のようで、その肉が無いと聞いて一気に意気消沈してしまいました。お肉たっぷりのバーベキューも良いけど、海鮮バーベキューも美味しいと思うんだけどなぁ……。




島を出てから数日。
出発前はあれだけ長い船旅は嫌だなぁと憂鬱に思っていたのにもかかわらず、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とばかりに船旅を心から満喫しています。勿論、脱出船で不便だった様々な点を反省して、これでもかと快適に過ごせるように改造したりアレコレを詰め込んだりした大型船だからこそではありますが。

何だったら連日山登りをして果物や木の実の採取をしなくて済む分、体力が温存できて体調が良いぐらいです。また甲板には大きな畑が作られているので畑作業自体はあるのですが、今まで造船作業で手一杯だった浦さんや金さんが手伝ってくれるので島にいた頃より楽です。それに心配だった揺れも全く感じない……とはいきませんが、自分が動いていたら感じない程度には軽微なので船酔いの心配もありません。

大きく分けて上下二段になっている甲板の上段には露天風呂があり、毎晩星空を楽しみながらお風呂に入れます。手持ちの霊石を全部使って作られたこの船では、常に綺麗な水を潤沢に使えますし冷凍冷蔵庫には沢山の食品が詰め込まれていて温かいご飯や冷たいデザートも食べられます。それに発生する汚水やゴミといった排出物も全て霊石で綺麗にしてから、物によっては海へ、物によっては燃焼後に灰にして固めて保管と、数か月は船の上で暮らせるような設備になっています。

そんな船上生活を可能にしてくれているのが三太郎さんと二幸彦さんなのですが、同時にヤマト国から定期的に持ち込まれている禍玉まがたまの存在も欠かせません。蒔蘿じら殿下がトップを務めている兵座つわものざで回収している禍玉ですが、その大半は蒔蘿殿下と茴香ういきょう殿下の研究に使われています。何とか人間の手で浄化して霊石にすることができれば、殿下たちの目標である国民の命を守る為の技術の開発や発展の大きな助けになりますから。

そんな禍玉のうち幾つか……特に穢れが酷いものを金さんが定期的に引き取ってきては三太郎さんたちが浄化してくれて、うちで使う霊石としています。穢れが酷いものは殿下たちの手元に置いておくのも危険ですし、早急に浄める必要があるので殿下たちとしても異論は無く。また穢れの酷い禍玉はサイズが大きい傾向があって、私にとっても願ったり叶ったりでした。

その禍玉の受け渡しや手紙のやりとりは金さんに頼んでいたのですが、母上たちや両殿下から滅茶苦茶止められてしまいました。精霊様を伝書鳥のように使うのはありえないって事でしたが、私としても絶対に譲れない事情があり……。その事を金さんに説明して納得してもらったうえで、ついでに殿下の元へ寄ってくれる事になったのです。

その譲れない事情というのが山の家の確認と監視でした。
爆破と山崩れによって壊滅した山の家ですが、そのまま放置しておくのも不安でした。あの時の襲撃者は山崩れに巻き込まれて亡くなってしまったと三太郎さんが教えてくれましたが、戻ってこなかった襲撃者を調べに新たな追手があの場所に来るかもしれません。その時に私達の遺体が無い事に気付かれてしまえば、こうして生き延びている事を知られ、再び襲撃されていしまう可能性があります。なので金さんには定期的に山に行ってもらって、人間が立ち入った形跡がないかチェックしてもらっていました。

今の所、あの場所に新たに誰かが立ち入った形跡はないそうなので、丸5年経った今年になってようやく安心しても良いかなと思い始めています。そのついでといっては何ですが、土蜘蛛の糸も取ってきてもらたりもしました。何せ島には全く土蜘蛛が居ないので、糸の補充が出来なかったのです。そして何より真っ先に、黒松と王風のお墓を作ってもらいました。ただ解りやすいお墓を作る訳にはいかなかったので、いつも二頭でお散歩していた森の中にひっそりと作ってもらいました。黒松と王風には申し訳ないとは思うのですが、墓石すら置く事ができないので好物だった果物を一緒に埋めてもらいました。

いつか、全てが落ち着いたら手を合わせに行きたいなぁ……。
兄上と一緒に。





上下二段に別れている下の甲板はかなり広大で、上段の何倍もあります。そのとんでもなく広い甲板の大半は畑なのですが、その片隅では叔父上たちが日々鍛錬をしたり、ちょっとしたくつろぎスペースとしても使用されています。

そこが今、久しぶりのバーベキュー会場となっていました。

この船は浦さんの技能を籠めた霊石によって動いているので、舵取りというものが必要ありません。舵を握る代わりに、霊石に手を乗せて「○○の方向へ水よ流れろ」と念じればその方向へと水が流れ、その水と一緒に船も流れていきます。しかもその流れる水は意図して「アレにぶつかれ!」と念じない限り、障害物を排除するように流れます。なので舵取りというものが必要ないのです。そんな訳で、家族全員が揃って食事をとる事ができますし、夜になれば全員が一緒に就寝する事ができるのです。

ただ夕闇に沈む海の上で明りを灯したり火を使えば、かなり遠くからでも目立って仕方がありません。アマツ大陸の人たちは輸送船も漁も沿海ばかりで大きく沖に出る事が無いとはいえ、船が見つかるような危険は少しでも抑えたい。そこで使うのが、浦さんが島生活を送っている間に覚えた技能の【濃霧】です。夜間はこの技能を籠めた霊石で濃霧を発生させて船の周りに常時展開しておけば、遠くから明りを見られる心配はありません。ただ夜間だけとはいえ濃霧のど真ん中に居るのは私達にとって暮らし辛いので、船の周囲をグルッとドーナツ状に濃霧を発生させてもらっています。

そんな訳で夜の海は濃霧に包まれていて遠くの景色は全く見えないのですが、空を見れば綺麗な星が見えるバーベキュー会場で久しぶりの宴会です。

山で使っていたバーベキューコンロを更に二回りぐらい大きくした、超巨大なバーベキューコンロの網の上で焼かれているのは大量の新鮮な魚介類で、母上が叔父上や山吹に頼んで採取してきてもらったものです。船を止めて命綱無しで海に潜る叔父上たちにハラハラし通しでしたが、上がってくるたびに巨大な何かを持って上がってくるので、そのハラハラは何時しかワクワクへと変りました。特に前世の伊勢海老が小エビに見えるほどに巨大な海老が大量に採れ、その場で母上やつるばみと一緒に冷凍保存用に加工しなくてはならない程でした。ちなみにその大海老は厳つい甲冑を着込んでいるように見えるので、大将軍海老という名前だそうです。

桃さんが希望する肉類はありませんが、その巨大な海老を頬張っている桃さんはそれはそれで満足しているようです。





「櫻、少し話があるのだが……」

叔父上がそう切り出したのは食事を終えて、皆でお茶を飲んでいる時でした。山で茶葉として利用していた葛の葉は島でも入手可能だったので、今では前世の緑茶以上にすっかり慣れ親しんだ味となっています。

「はい?」

改めて話があると言われて、背筋を正して叔父上の方を向きました。叔父上の横には母上も居ます。

「本当ならば十三詣りを終えた頃に聞くべきだったのだが、
 当時は色々とあったせいで櫻に聞くことが出来なかったんだ、すまないな」

「槐にも13歳を過ぎた時に聞いたのだけど、
 櫻、貴女はこの先どうしたいのか、聞いても良いかしら??」

2人の神妙な顔に何を言われるのだろうと不安になってしまいましたが、どうやら兄上にも聞いた自分の将来についてのようで、母上たちには解らないようにホッと安堵の息を吐いてしまいました。てっきり「お前は本当の子供じゃないんだ」とでも言われるのかと思ってしまって、心臓がバクバクといっています。

「どうしたいか? ……ですか?」

「えぇ。貴女がこの先、何処で誰と生きていきたいか……。
 もちろん、今すぐにという話しではないわ。
 ただ貴女も16歳になり、何時でも結婚して子供を作れる年齢になった……。
 でもここに居る限り、伴侶となりえる相手は鬱金と山吹しかいないもの。
 貴女の伴侶を町に行って見つけてこなくてはと思うのだけれど、
 私が町に行く事はできないし、何より出来るだけ貴女の意志を尊重したいの」

「………………」

「槐にも言える事だが、今すぐにという話しではない。
 ただお前たちの伴侶を見つける為には、町に出る事は考えておかなくては……」

華族であろうと平民であろうと、この世界の婚姻は個人の感情よりも家の意向が重視されます。なので年頃となった私や兄上の伴侶を見つけなくてはと、母上や叔父上は悩んでいたようです。同時に異例ではありますが、その際には出来る限り私達の意思を尊重したいと思ってくれているようです。

「前にも言いましたが、僕はまだ考えられません。
 しっかりと独り立ちが出来てから考えます」

私の横で話しを聞いていた兄上は、自分の名前が出た事で改めて意思表示をしました。

「私も……まだ考えられません。
 そもそも母上たちの元を離れるって事が想定外すぎて……」

この世界にきてからというもの、ずっと母上たちと「一緒に」「快適に」過ごす事ばかりを考えてきました。確かに転生した直後は山吹とのいざこざがあったので母上たちから離れる事も考えましたが、この10数年はそんな事をチラリと考えた事すらありませんでした。

「櫻、子供は何時か親元を離れるものだ」

叔父上は優しく、でもキッパリとそう言います。それは私も解っています。
母上や叔父上もそうでしたが、ある時いきなり親を奪われた経験が私にもありますから。そういった突発的なものでなくても、普通に考えて親の方が先に死んでしまうのです。

「だからこそ外に出て友を作り、自分にとって最適な伴侶を探しなさい。
 そして相手にとって最適の伴侶となれるように努力しなさい」

叔父上は自分にとって茴香・蒔蘿両殿下の存在がどれ程助けとなったか、そしてどれ程彼らを大切に思っているかを説明しています。ただ叔父上自身が結婚していない為、友人はともかく伴侶に関しては「できれば」や「望むのなら」というスタンスのようです。ただ私に対しては出来るだけ結婚して子供を持ってほしいと思っているようで、どういった男性が良いか、一度考えてみては?と言われてしまいました。

「ヒノモト国に上陸するのは私と山吹だけの予定だが、
 危険が無いと判断したらお前たちも呼び寄せるから、そのつもりでいなさい」

「子供をしっかり独り立ちさせてこそ、親の勤めを果たしたといえるの。
 だからあなた達もこれから先の事をしっかりと考えなさいね」

母上がそう言って話し合いを切り上げましたが、私にはその言葉が別れの言葉のように聞こえて、胸が苦しくなってしまうのでした。





「結婚……かぁ……」

この世界の女性は華族も平民もだいたい20歳前後で結婚します。そしてほとんどの人が10代半ばで婚約を結ぶそうなので、まさに今の私の年齢です。

ただ前世の記憶がある私は、結婚どころか婚約すら全く考えていませんでした。というか前世でも初恋すら未経験なのに、どういう男性が好みかなんて聞かれても考えられません。


………それに…………


どれだけ大切な人を作ったって、どれほど好きな人だって……
両親のように私を置いて死んでしまうのに……
私のように相手を置いて死んでしまうのに……

そんな人を作ることに何の意味があるの?
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