【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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4章

17歳 -火の陰月2-

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世界は大きく動き出しました。

とはいえ新しい行動様式や様々な変化に戸惑ったり拒否感を持つ人も大勢いて、問題も同時多発的に起こっています。その筆頭が浄水の霊石不足なのですが、まぁ原因は解っています。浄水の霊石だけ大社おおやしろじゃなくて神社かむやしろで霊力の補充をしていますから。ただミズホ国の大社に行くのは三太郎さんや家族からの反対もありますし、何よりアチラには精霊にも人にも伝手がありません。唯一の伝手ともいえる菖蒲あやめ様の守護精霊は絶対に菖蒲様の傍を離れないので、ミズホ国へ出張してもらう事もできません。なのでミズホ国の大社の次に信仰心を集めやすい天都あまつの水の神社を選び、後は菖蒲様にこまめに神社に行ってもらって守護精霊のやる気スイッチを入れてもらうぐらいしか私には手がないのです。

なので茴香ういきょう殿下が昔から夢見ていたような国民全員が一気に健康的な生活を送るという事にはならず、古い歌にあるような「三歩進んで二歩下がる」ような状態です。

(未来の学者さんたちは、この時代のことをどう記すのかな……)

明らかに歴史の転換点となったであろう今この時、後世では良い変化と評されるのか、それとも負の遺産と呼ばれるような悪い変化とされるのか、今の時点では何もわかりません。……そもそも未来があるかどうかもわかりません。この1ヶ月90日が勝負です。




「すっかり人がいなくなっちゃった……」

「万が一にも残留者が出ないように、徹底的に調べて送り出したからね」

無人となったアスカ村をゆっくりと眺めながら歩くのは、私と茴香ういきょう殿下です。村人や殿下の屋敷や研究所に勤めている職員や技術者は、全員別の村や町へ避難しました。それというのもどうやらこの村の周辺で土の神と対峙する事になりそうだと、三太郎さんと龍さんが予測したからです。てっきり土の精霊力の強く、人間がおいそれと入れないような秘境の地に土の神は居るものだと思っていたので驚きです。

「貸馬屋の馬、全頭避難出来て良かったぁ」

この地から始まった貸馬屋。その近くまで来たというのに辺りはシーンと静まりかえっていて、馬のいななきも蹄の音も聞こえません。

「馬は財産でもあるし、何より台車を引くのにも便利だからね」

「そういえばアレには流石に驚いちゃった。さすが技術大国!」

台車というのはトロッコの事なのですが、アレがこの村に既にあるんですよ。もともと茴香殿下に通信機開発の打診をした時、何かお礼がしたいと思って三太郎さんに頼み込み、

「我ら精霊に頼らず、自らの力で再現できる技術ならば持ち帰って良い。
 もちろん例外はあるが……それぐらいは自分で判断できよう」

という許可を金さんからもぎ取ってはいたのです。ですがこんなに早く敷設してしまえるなんて想定外でした。これが国家の力かぁ……なんて思ってしまいます。どうやら衛士えじ検非違使けびいしといった前世でいう自衛官や警察官は土木作業もお手の物のようで、ベテラン作業員と潤沢な予算国庫を使ってアッという間に主要都市間を繋ぐ道の脇にレールを敷いてしまいました。

「いや、これに関しては櫻嬢……というか
 神の御使いの力添えがあったればこそだろう」

「それにアレを見たり聞いたりして、危機感を抱かない人は居ないでしょうしね」

不意に後ろから声がかけられ、振り返れば忍冬すいかずらさんが居ました。忍冬さんが言う「アレ」が指す言葉に、少しだけ遠い目をして現実逃避をしたくなります。というのも三太郎さん+龍さん主導で私が一芝居打ったことを指しているからです。




ヒノモト国で緋桐殿下と別れた後、私はアマツ大陸中を東奔西走する日々を過ごす事になりました。旅行なら嬉しいのですが、全て龍さんの高速飛行で移動しているので景色を楽しむ余裕なんて欠片もありません。そもそも問題解決の為や、急を要する要件を伝える為の移動なので仕方がない事ではあります。

それに加えどうにか完成させた通信機高性能バージョンの為に通信相手の血液と守護精霊の霊力が籠もった霊石が必要で、それらを集める為にほぼ不眠不休で動かざるを得ず。いや移動中はできるだけ仮眠を取るようにしているので、仮眠不休というほうが正確かもしれません。

霊石だけなら三太郎さんに「貰ってきてください」とお願いして私は待機でも良いのですが、血液は絶対に駄目なんだとか。神や精霊が人や動物に「血を提供しろ」というのは「生贄を捧げよ」と同義らしく、神代の昔からのタブーなんだそうです。随分と極端だなぁと思ってしまいますが、そういうルールになったのにも何かしらの理由があるのだと思いますし、あえてルールを破る必要性も感じないので素直に自分で動きます。

現時点で集まったのは自分の分と兄上と橡と山吹。それから霊力が切れたらそれまでで再補充はしないという約束のもと、火の緋桐さんと土の茴香殿下と蒔蘿じら殿下です。水の菖蒲様はどうしようか悩んだのですが、万が一を考えて止めました。菖蒲様が悪用するとは思いませんが、他の人達と違って自衛が難しいでしょうし、不届き者に強奪でもされたら目も当てられません。何より菖蒲様の血液を採取しようものなら、あの守護精霊が黙ってないどころか任せた役目をボイコットしそうですし……。

後は母上や叔父上といったマガツ大陸在住組ですが、流石に船で往復していたら時間がかかりすぎるので、龍さんの高速飛行で最後に向かう予定です。問題は作る人の数分の霊石が必要な事で、私の血液を使った霊石だけをでも10個近く必要になります。血液の必要量が1滴ずつで本当に良かった……。


そんな訳で茴香殿下に頼みに行った時に、色々と私の知らないところで問題が山積みだという事を知らされました。私が解決に勤しんでいた問題は精霊や精霊力の問題で、私……というよりは三太郎さんにしか解決できない部分です。対し殿下のところに集まっている問題は、国家間のパワーバランスに関する問題でした。ヤマト国とヒノモト国間ですら、腹の探り合いやマウントの取り合いで話が進まないんだそうです。

ヤマト国からすれば妖討伐の為とはいえヒノモト国の武人を国内に受け入れる事を不安に思い、逆にヒノモト国からすれば兵座つわものざという兵力の管理という自分たちの得意分野をヤマト国から教わることにプライドが傷つけられたようです。同時にヤマト国は技術を売りにしているので浄化の霊石を少しでも高く売りつけようとし、ヒノモト国はヒノモト国で……と交渉人同士のマウント合戦で収集がつかない状態だったんだとか。それを知った蒔蘿じら殿下や梯梧でいご殿下が一喝してくれてどうにか収まった……と思ったら、今度は天都からクレームが入ったそうで……。

「ヤマト国もヒノモト国もこの件に関しては今直ぐ主導権を明け渡し、
 今後は天都主導のもとで動くように命ずる」

っていう内容の勅命が届いたらしく……。

それを聞いた時、私は思わず

「ばっk」

まで言ってから慌てて口を抑えました。危うく「ばっかじゃないの?!」と言ってしまうところでした。ところがその場にいた茴香殿下や忍冬さんも同じ気持ちだったようで、大きなため息が聞こえてきます。

「何かしら手を打たねばならぬな」

金さんの一言に全員が頷きます。朝廷からすれば至極当然の要求なのかもしれませんが、私からすれば馬鹿馬鹿しいの一言に尽きます。今は世界の崩壊を防ぐための方策に全力を尽くしているので、それ以外のところに割く知恵も力もありません。

この時間だって別のことに使いたいぐらいなのにと思いつつも、少しでも躓く要素を減らすために色々と話し合います。ですがどれもこれも時間がかかったり、効果が不安な案ばかりでなかなか決まりません。例えば天都から指揮官を派遣してもらうという案もでましたが、天都がそれで納得するとも思えませんし、こちらの動きを阻害されても困ります。また茴香・蒔蘿殿下やその随身の忍冬さんや片喰かたばみさんは私の素性を知っていますし、三太郎さんたちのことも知っているので話が早いのですが、天都の指揮官相手とは対面したくありません。絶対にボロが出るので……。

「こういうのはどうじゃろう??」

ずっと考え込んでいた龍さんが出した案。それが「神がお怒り作戦」でした。

龍さんの力で天都全域に響き渡る声で叱りつけて、ついでに脅しがてら龍さんが雷を帝の住む内裏の庭木に落とすというのです。それに乗っかったのが桃さんでした。

「だったら俺様の発光の霊石を雲の中に入れて
 空に巨大な顔っぽいものを映し出すのはどうだ??」

「それは良い案ですね。
 天都の上空に一時的に雲を作り出すぐらいならば出来ますよ」

「それならば夜が良いな。異常事態であることが分かりやすい。
 よし、我は地鳴りを起こすとしよう」

桃さんの後に浦さんや金さんも乗っかり、殿下たちや私が唖然としている間にも案がまとめられていきます。

最終的に決まった案は、

 1、天都上空に雲を作り出して維持(浦)
 2、そこに大量の発光の霊石を浮かし、発光強度を調整(桃&龍)
 3、顔に見えるようなったところで私の出番。叱咤を拡声(龍)
 4、地鳴り(金)、落雷(龍)、庭の池が干上がる(浦)のコンボ炸裂

といった感じになりました。殿下たちの力になりたいけれど、前面に出るのは避けたい私にとってはあまり上策ではありませんが、この策以上の効果が期待できる策も思いつきませんし時間もありません。女は度胸!とばかりに腹をくくります。

ただあくまでも反省を促したいだけなので、池の水は朝廷が反省したと浦さんが判断したらすぐに戻しますし、地鳴りも落雷も大きな被害にならないように気をつけてねと何度も念を押しておきます。ちなみに風の精霊は存在が知られていないので、落雷は火の精霊の怒りだと思われているそうです。高確率で火事を引き起こすので、そう思うのも仕方がありません。


(あぁぁぁ、今思い出しても赤面しそう)

あの時はこんな感じの流れでした。
火の陰月も半ばを過ぎた頃、雲が月を隠して地上を暗闇に閉ざしたかと思ったら次は真昼の如き明るさで周囲を照らし、人々は慌てふためいて空を見上げました。そこには男性なのか女性なのか解らない巨大な顔が……。それを見て腰を抜かす人や気を失う人や泣き出す子供が続出し、そこらじゅうが阿鼻叫喚化して罪悪感で押しつぶされそうになります。

ですが今更止める訳にもいきません。

私は安全な場所で身を隠したまま、浦さんのGOサインを待ちます。浦さんは内裏へと向かっていて帝や東宮が空を見上げた事を確認し次第、こちらに合図を送ってくれる手はずになっています。

そして時は来ました。

「神の意を汲めぬ愚か者が!!」

龍さんによって内裏を中心に天都中へと私の声が響くのと同時に、11歳のときに舞を披露した大きな庭に生えている松の木に雷が落ちます。龍さん、タイミングがバッチリです。

その後は「神は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と何処かで聞いたような事を言って、神は朝廷を上と定めた覚えはない。だから主導する必要も無いと言い切ります。まぁ……この有名な文言は続きが重要で、「そうは言うが実際には身分や貧富から生まれる差ってあるよね。その差を少しでも減らす為には勉強が大事だよ」って言っている訳です。つまり階級社会を前提とした話なんですよね、世知辛いなぁ。

そうやって私が話している間、大地からはゴゴゴゴゴゴと重低音の地響きが鳴り続け、どういう仕組みなのかその音が空からも聞こえてきます。空と大地の両方から不気味な音が鳴り響くさまはこれ以上無いほどに神の怒りを表したようで、天都の人々は平伏して必死に神に許しを請い続けます。彼らは何も悪くないので罪悪感に押しつぶされそうになりますが、発言に何度か朝廷と入れておくことで対象は貴方たちじゃなくてアイツらだよと言外で伝えます。

更にはついでとばかりに、懸念事項をもう一つ減らしておきます。

「人が代替わりをするように、神も代替わりをされます。
 ですが土の神は数百年前に代替わりに失敗なされました。
 ちょうど人がミドリの災いと呼ぶ大飢饉が発生した時です」

今の土の神への信仰心を減らし、次の金さんへ信仰心が集まるようにちょっとした情報操作をしておきます。これは三太郎さん+龍さんと相談したうえで決めたことで、少しでもこの先を有利に導く為には必要なことでした。

ただ土の神への信仰心を、いきなりゼロにしてしまうのは得策ではありません。なにせ現土の神を祀る土の大社には、霊石に力を籠めるという大事な役目があります。ベストなのは集まる信仰心はそのままに対象を現土の神から金さんへと移行させる事で、そのために大芝居を打つことにしたのです。

代替わり直後に新しい土の神は災いを防ぐ為に力を使い果たし、急遽前土の神が神の座に再び戻ったが、尽きかけていた神の力が戻る訳もなく……。何とか次の土の神の誕生を待ったが、その次の神予定は碧宮家の姫を守るために力を使い果たした……と

こんな感じの大嘘をでっち上げたのです。なので次に土の神となる精霊だけでは世界は維持できない、人の助力が必要だと伝える事で祈るように促します。あとはその代替わりの試験がアスカ村周辺で行われ、人にとっては危険なので逃げるように指示も出しておきます。

この話を三太郎さんから持ちかけられた時、母上たちの事を入れる必要はあるのか不思議に思って尋ねたら、

「今回の代替わりは本当に異例の事態で、神任せではこの世は維持できぬ。
 人も相応の努力と覚悟が必要なのだと伝えたい」

と金さんに言われました。確かに今しかないのかもしれません。新しい技術により新しい文化が世間に広がり、新しい価値観が生まれてきています。その新しい価値観の中に、神に祈るだけじゃなくて人が自分の足で歩んでいくことが必要だという事も加えたいと三太郎さんは思ったようです。



精霊がそれ願わない限り精霊を目視出来る人はいませんが、感じ取ることが出来る人はいます。そして精霊は神の欠片と思われていて、神とほぼ同一の存在だと考えられています。だからなのか神(精霊)は人の身近でありながら、絶対不可侵だと人々は考えているようです。

なので精霊が「しろ」と言えば何も考えずにしますし、「するな」と言えば例えどんな事情があったとしても中止します。つまりこの世界、神様が身近にいるせいで自分で考えなくなってしまったんでしょうね。「神様がそう仰るのなら、そうすべきなのだ」と深く考えません。三太郎さんや二幸彦さんと親交のある母上たちですらそうで、最近は少しだけ母上たちも変わってきたように思いますが、そうなるのに15年以上の年月がかかっています。

土の神がそうなるように人間を作り上げたのかどうかはわかりませんが、今もアマツ大陸中の人々は盲目的に神や精霊を信じています。

そしてこの性質が、どうやら精霊にまで及んでいるようなのです。

精霊には大きく

1、精霊に個は不要。変化も不要。神が作り上げたこの世界は完全である。

2、精霊に個があっても良いのでは?
  人が成長するように、世界も変化してよいのでは?

という2つの派閥があります。金さんと浦さんは長い長い年月を生きてきて、2番目の派閥の考えに行き着きました。ちなみに2の方が少数派です。ただ三太郎さんが神の座を引き継ぐと決めてからは、一気に2番が主流となりました。それだけ三太郎さんの力が圧倒的だというのもありますが、世界が崩壊しそうだという事を全ての精霊が感じ取ったからでもあります。




結局「神の怒り作戦」は松の木を3本ほど真っ二つに割いて焼き、庭園の池の水を枯らして終わりました。

その数日後、朝廷専用の公儀馬早飛脚がヤマト国とヒノモト国へ、「先日の勅命は取り消す。また朝廷は何時でも協力する準備は出来ている」といった内容の手紙を持ってきたそうです。これでこの件に関しては一安心です。

まぁ、この件に関してだけですが。

その後は殿下たちはアスカ村や近隣の住民を移住させるために慌ただしくなり、私は良い機会だからとマガツ大陸へ向かいました。母上の指を傷つけたくなくて涙など他の体液で代用はできないかと何度も試したのですが、結局血液にしか反応してくれなかった為に泣く泣く母上に出血をお願いしました。ただ母上は私の一大決心を他所に気軽に応じてくれて、

「お裁縫をやっていたら指を針で突くなんて、よくあることよ?」

と笑っています。ですが私はそんな母上を見たことがなく、どうやら私を気遣ってそう言ってくれているようです。

そしてその場で龍さんや金さんの手によって通信機は完成しました。イヤーカフ型の通信機は流石に埋め込む霊石が多くてロングタイプになり、それでも足りずに2つにわけることになりました。一つは家族用で、家族一人一人の霊石が5枚の花びらのように円形に並び中央に私の霊石があります。もう一つは友人たち用で、葵の紋のように3つの霊石並ぶ中央に私の霊石があります。どちらも中央に私の霊石があるのは、私が龍さんの霊石を使うことで他の霊石同士の過干渉を防ぐ為です。

通信機の作成を決めた当初、耳元+小声という使用方法を想定していた為にイヤーカフという形に拘ってしまいましたが、心話を使えるのなら耳につけなくても良かったかもしれないと後になって思いました。次があれば、その時には……。




そして今日。出来上がった通信機を茴香殿下に渡しに来たら、村人が順に様々なトロッコに乗って旅立っている場面に遭遇したのです。私が作った簡易版と同じモノもあれば、荷物を雨に濡らさないための完全な箱状のトロッコもあります。ほかにも上部が空いているトロッコには、馬や牛以外の小型の畜産動物と餌が入っていました。

遠ざかるトロッコを見ていると、後ろで忍冬さんが報告を始めます。

「殿下、最終確認も終了いたしました。
 また執務に関する書類や研究施設の機密に関する点検も終わりました」

「ご苦労。では私達も出発するとしよう。
 検非違使長と衛士長に出立の指示を出してくれ」

茴香殿下はそう指示を出してから、私へと振り返りました。その顔はこれでもかと心配気で、マガツ大陸にいる叔父上の表情に重なります。

「私達は行くが……本当に櫻嬢一人で大丈夫か?」

「心配しないで、私なら大丈夫。それに一人じゃないから」

そう、三太郎さんも龍さんも一緒です。それこそこの世界に来た時から、ずっとずっと一緒なんです。そしてその経験が「みんながいれば大抵のことは何とかなる」と教えてくれています。

「そうだな。だが、何かあったら直ぐに連絡してくれ。
 必ず駆けつけるとは言えないが、必ず何かしらの助けを出すから。
 そのためのコレだろ?」

茴香殿下はそう言うと、自分の耳殻についているイヤーカフをトントンと指さします。

「はい、ありがとうございます」

私は笑顔でそう答えると、二人は後ろを何度も振り返りながらも護衛の武官たちと共に去っていきました。その姿が見えなくなってから、

(茴香殿下、それから忍冬さん。
 叔父上の友人だからというだけでなく、一人の友人として好きでしたよ)

これが最後かもしれない。そんな気持ちが沸き上がって、柄にもないことを考えてしまいました。そして一人になって気づく、この静けさ……。耳が痛いほど静けさにブルッと身体が震えます。山ならばそこかしこから鳥の鳴き声が聞こえてもよさそうなのに、全く聞こえてきません。

「よっと、周囲に人影なし! 俺様登場!!」

「晩ごはんはどうしましょうか?
 茴香の屋敷を使って良いとの事なので、まずはそちらに向かいましょう」

「うむ。そうだな……、我は久しぶりに猪肉の味噌焼きが良いな」

「お、良いねぇ。それに酒が付けば最高じゃな」

次々と現れる三太郎さんと龍さんに、静けさは一気に消え去って何時もの空間が戻ってきました。ただ遠くの山に沈みゆく夕日は黒い雲を赤黒く染め、その不気味な色と雲の形は不安や不穏を象徴しているかのようで、私の心の不安が完全に消えることはないのでした。
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