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第一章
決断の時
しおりを挟む何がきっかけと言う訳では無い。
大した会話をした訳でも無いし、
絆される要因があった訳でも無い。
しかし、俺の体は俺の意に反してあの娘を守る為に動いていた。
「おやめを!」
アルシャバーシャ様はイシャバームの宰相閣下だ。どうかしたら国王よりも力を持っているとも聞く。尊顔を拝すだけで首を落とされておかしく無い。
「…へぇ。ヴァジャ(ハイエナ)にも情があるのかい」
俺とてそう思う。
だが、何かを娘に打ったこの方を、俺の眠っていた…死んだ筈の本能が敵だと叫ぶ。
「わ、私の弟子にございます!」
「で?」
「商品であればお売りしましょう。しかし、この者は違います」
「だから?」
「…御無体なことは御容赦願いたいのです」
「商品でないのなら、話は早い」
「‼︎」
どちらに考えているかによる。
男だと思っているなら小姓や稚児として。
女ならば妻達の玩具か、側女か…どちらにしてもこの娘にとって良いことでは無いが。
「この子を私の小姓にしたい」
言うべきか。
女だと言えば諦めるのか。
「こ、困ります」
「言い値を雇用手付金として払おう」
次第にぐったりとし始めた娘。
殺す事はないだろうが、強引に奪って行くのだろう事は想像出来る。たじろぐ俺に、アルシャバーシャ様は笑って言った。
「この子の価値を分かっていたか」
価値?この娘に価値があると言うのか。良くて聖銀貨2、30枚のこの娘にか?確かに、この銀髪ならば魔術道具の扱いに
長けている可能性はある。しかし、本来なら3日もあれば越えられる砂漠に1週間と4日も掛かった事を考えれば、肉体の脆さからして虚弱。肉体に欠陥があるのは言うまでもない。だがそれを言えば俺がこの娘を側に置いている理由を問われるだろう。仕方ない…ここは価値がある事を理由にした方が良さそうだ。
「魔道具師としての可能性がある者は主人を定めます…その者は私を選んだのです!アルシャバーシャ様」
魔術道具。
それを緩衝無くまともに扱えるのは王侯貴族のみだろう。だが、稀にこの娘の様に縁戚に貴族や元貴族が居て、その才を持つ者がいる。彼等の多くは魔術道具師として生計を立てている。
魔術道具として有名なのが扉。四大国会議などで使われる空間を越える扉で、各国の王宮にあるらしい。その他に水や火、雷なんかを扱えるアーティファクトがあり、災害援助に使われる。平民がこれらを手にする事は殆どないが、店を構えている商人はランプや通話機などの簡易魔術道具を持っている。当然彼等も魔術道具を扱う事は出来ないが、俺達の様に魔力を扱えない者でも使用が出来るように
するのも魔道具師の仕事だ。そんな彼等はどこかに、誰かに帰属、主従関係を結ばねばならない。何故なら戦火の種火となり得るからだ。戦に彼等を駆り出す事は禁止条約に抵触する。数も少ない上に、その力は兵器を動かす程ではないのが殆どで、もしも戦争に駆り出されれば生きては帰って来れない。
「この子を私に帰属させなさい」
「…出来…ません」
分かっていた。
俺はこの娘が悲惨な末路を辿るだろうなんて理由を付けて側に置こう、そう望んでいた事。忘れていた筈の妻と子供をよく思い出しては罪悪感に苛まれ、眠る娘の頭を撫でた。死んだ子供の代わりにしたかったのかもしれない。子供を買わないのは、それが自分の子供の様に思えたからだ。
「娘は…まだ…8歳です…法的に私は…」
10歳以下ならいくらアルシャバーシャ様と言えども手は出せない。顔色が良くなったとは言え、見た目は8歳程度…何とでも誤魔化せるはずだ。
「娘?このシャーク(猫)は雌であったか」
そんな歪な笑みで嗤うな、その娘の肌を撫でないでくれ!
「ならば10歳であると証文をここで発行しよう」
権力を前に俺の足掻きは無意味で、権力はそれを持つ物の為にあって、その力を増強させる為の物だと思い知らされる。
「ひ、人買いとて…情はあるのです!」
情けない。
情けない。
情けない。
「ははははははっ!情だと?ヴァジャに情!」
無力だ。
俺は無力だ。
無力で無価値な人間だ!
だからこそ、2度と同じ轍は踏まない!
決断しなくては。
「この娘は私を父だと…父だと認めてくれた」
昨晩腕に抱きつかれた時に分かった。
孤独はもう嫌だ。
独りが蝕んで行く。
己の醜さ、穢らわしで俺は塗り潰されていて、2度と昔には戻れず、明るい未来すら訪れぬのだと…娘の体温がこの不快の輪郭を露わにさせたんだ。
「この娘に魔術道具師才は無い。あるのは魔力貯蔵の才だ」
最悪だった。
既に暗闇の深淵に居ると、これ以下に堕ちようも無いと思っていた。しかし、更に深みがあった様だ。魔術道具師であっても最悪なのに、よりによって魔力貯蔵だとは。
「女であろうが男であろうが構わぬ。此奴が産み出すのは世界が喉から欲する宝石だ」
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