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第一章
贄
しおりを挟むアルシャバーシャ様の語った過去の話に、俺は社交辞令として『お辛かったですね』と言うべきか悩んだ。だが、跪き何も言わずただ娘から目を離さなかった。
「弟は快活な子だった…愛想も良くてな。下町の人間にも大層好かれておったのよ」
その人たらしの才を異国の地に於いても発揮された様で、簡単に言えば弟君は目立ち過ぎたのだろう。俺の目に映るアルシャバーシャ様は、相変わらずその恐ろしい程の美しい顔に似合わない猛獣の様な目をしていて、俺はそれに身震いした。
「容姿で魔術道具師かどうかは一目瞭然だ。だが弟に魔術道具を扱わせた所で使える訳もない。最悪は無いと思っていた…側に有能な者も付けた…それに魔力貯蔵の存在などあの国が知る筈も無いと思っていたからな」
しかし弟君はレークイスの軍関係者に見つかったと言う。気をつけるべき事、情報、立ち居振る舞いを嫌と言う程叩き込み送り出したが、若さ故か、異国に興奮したからか…己が才を過信し過ぎた為か…内偵も出来ずに捕まり、喉、目、耳を潰されて魔術道具師の為の道具となった。
「魔力貯蔵がどの様に魔力を蓄えるか知っておるか?そしてそれをどの様に使うのか…」
長椅子で脚を組み、囲い込む様に背もたれに腕を置いたまま、娘を見つめ俺に問う。だが…
言葉が出ない。
言いたく無い。
あの娘が今後そんな扱いをされるのか…
そんな想像はしたく無い。
「心拍数を上げさせると、呼吸の回数が増え空気中の魔力をたくわ得て行く。そしてその身を守る為に通常よりも早く魔力が増幅される…その血を啜るか、肉体を交えたならば魔力は無くとも魔術を具現化させる属性を持つ魔術道具師に力を与える…弟は致死手前まで血液や体液を抜き取られては無理矢理他の者の血液を与えられ…穢され…3ヶ月も魔力を奪われ続けた」
弟君を殺してでも止めなかった後悔か、父君に確定もしていない臆測で危機感を煽った結果を嘆いているのか分からない。だが、弟の贄によって各国はレークイスを敵国と定められたと言った。
後悔が先に立つ事はない。
いつだって選択の残骸から生まれ出る物だからだ。しかし、目の前に座る高位の存在が、弟を失い、多くの人々の命を奪った原因を作った、という過去してきた己の選択の結果を忘れ「これからはそんな扱いはさせない」などと言うその姿に、何故か妙な優越感を覚えた。そして何処からともなく現れた反吐が出そうな程ムカつく感情が「お前には無理だ、親にもなった事など無いくせに」と言っている。
この御仁に同情なんてしない…そうやって己が身に降り掛かる不幸を俺達の様な兵士に、弱い者に今までなすりつけて来たんだろう。下の者を身代わりにして安穏とした日々を今まで送って来たのだろう…たまにはその身を、心を抉られ、先も見えぬ程の悲しみに打ちひしがれる様な感情を味わえば良い。
「2度とあの子の様な者を出さぬと決めた…それに…」
「…それに…何でございましょう?」
「魔力貯蔵にはもっと別の使い道がある」
これ以上追い詰めないでくれ。
逃げたい、娘を抱いて俺は走れるだろうか。
何処に逃げる…俺に…戻る場所など無い。
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