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幕間 Piece《悠斗side》
01
しおりを挟むなにかが不足しているような感覚。
それはとても大切だった気がする……。
夢の中で断片が砂嵐を被ったように、ザッーザッーと幕をかけ見たいところが見えない。気分が悪いと思いながら瞼を震わせ瞳を開けると、見たことのない天井だった。ゆっくり身体を起こすと、ここがどこなのか検討がつかない。
「ここは……。うッ──ク……ッ、……頭……痛ッ」
ズキッと頭を揺さぶられたような鋭い痛みが直撃した。グラリと身体を傾かせ、痛みに耐えながら落ち着くと、腕に違和感を感じ視線を向ける。そこには自分の腕に抱きつき、ベッド横に座りながら小さく蹲っている男の子が居た。
「……ん? 寝ているの? ふふっ、可愛い。俺の腕は抱きまくら? ……でも、真っ赤だ……」
頬に掛かる髪を払い、泣き腫らした目元にそっと触れる。沢山泣いたのだろう。その寝顔に痛々しさを感じながら、この子はどうしてここに居るのだろうと、心配と疑問でいっぱいになった。
部屋の設備を見る限りここは病院で、そういえば階段から落ちたのだと自分の状況を、すぐに理解し苦笑いしてしまう。
もしかして……ずっと付き添ってくれていたのかな?
俺の気配を感じ取ったのか、その子は眠そうにしながらムクリと起き上がり、キョトンとした顔で固まってしまった。
「起こしちゃったね。大丈夫? 悲しいことでもあったの?」
ニコッと笑い話し掛ければ、くしゃりと顔を歪ませ、大粒の涙を声も出さずにポタポタと零して泣き出してしまう。自分が泣かせてしまったようで妙な罪悪感を覚えるが、静かに泣く姿はなんともいえないほど綺麗で、不謹慎だがずっと見ていたいと思ってしまった。
サイドテーブルに置かれたテッシュを手に取ると涙を拭い、どうしたらいいのだろうかと慌ててしまう。物音で気付いたのか、母さんが心配そうに声を掛けてきた。
話によると、みんな心配して駆け付けてくれたようだ。また迷惑を掛けてしまった。雅臣辺りに嫌味でも言われるだろうか。
それよりも気掛かりがある。目の前に居るこの子だ。母さんに聞こうにも、慌てて病室を出て行ってしまった。
子供のようにずっと泣いてる……。
なぜこんなにも泣いているのだろうか。
なんだか嬉しい……それにとても可愛い……。
きっと笑顔はもっと可愛い気がする。
「そんなに泣かれると困っちゃうな。目が腫れちゃうよ? 折角可愛いのに……」
頭を撫でながら、笑顔も見てみたいと下心満載で宥める。
「僕、なにかしちゃったかな?」
そう言うと、驚愕の顔付きで俺を見つめてくる。その表情は、戸惑いも混じっているように感じられる。けれど涙はピタリと止まり、ひとまず安心する。
もしかすると病室を間違えたのかもしれないと確認するが、母さんも特に気にした様子ではなかったと、自分の発言に苦笑いしてしまう。
大きな瞳が俺から離れない。先ほどから目を丸め放心している。やっとこ口を開いたと思えば、ボソリとなにかを呟いていた。冗談……と聞こえたような気がする。
「ん? 冗談って?」
もしかすると以前会ったことでもあるのだろうか。思い浮かべてみるが、全く記憶になかった。印象的な子だ。一度会えば忘れるはずがない。
頭を酷使したせいか、ズキズキと頭痛がしだす。もう少し気が利いたことを言いたいが、言葉が上手く出てこない。俺も本調子ではないが、青ざめた顔をしている姿に胸が苦しくなってしまう。
重苦しい空気を断ち切るように、担当医を連れた母さんが戻り、なにも聞けず有耶無耶になってしまった。
診察をされている間も、その子は静かに部屋の隅に佇んでいた。虚ろな目をし、時折どこか辛そうな面持ちをしている。
駆け寄って支えたい……。ベッドから降りようとすると、担当医の言葉に現実に戻される。
「目立った問題はなさそうだね。念のため何日か入院して、細かい検査をもう一度するからね」
「あっ……はい、分かりました」
診察が終わり担当医が母さんと病室を出て行くと、その子も部屋から姿を消していた。
「なにも……聞けなかったな。名前ぐらい聞いておけば良かった……」
制服は俺と同じ高校のもので、ネクタイの色も俺と同じ一年生。退院したら学校で会うこともできる。ずっと付き添ってくれていたのだ。母さんにあとで詳しい事情を聞けば消息は掴める。
瞼に焼きつけられた泣き顔を浮かべ、また会いたいな……と、ベッドに沈み瞳を閉じた。
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