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茜
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「茜ねぇ、大きくなったら、歌手になりたいの」
点滴の準備をしている看護婦に、茜は二コリとほほ笑むとそういった。
「ねぇ、お姉さんはどんな歌が好き?」
看護婦は、一瞬動きを止め茜の顔を見るとちょっと困ったようなほほ笑みを浮かべた。
「おしゃべりはそれぐらいにして、ハイ」
そんな看護婦を助けるように、病室に若い男が入ってきた。
担当医の、武山だ。
「茜、これ苦いからきらい」
「我侭言わないで、飲んでください」
しぶしぶと茜は苦い粉薬を飲み込む。
武山が偉いぞというようにやさしい目を向ける。
骨折で入院してから数ヶ月。治るのには時間がかかると言われていたが、もう松葉杖なしで歩けるほど回復してる。
普通なら通院でもいいはずなのに、茜はいまだ退院できずにいた。
茜はそれにすくなからず不安を覚えだしていた。
(武山先生はやさしいから好きだけど、おうちに帰りたい)
「先生…、茜なにか悪い病気なの?」言葉にしかけてやめる。
別に痛いところや苦しいところがあるわけじゃない、でもちょっと動いただけで息が切れる。体が重い。それに……
「なんだかまだ寝たりないみたい、もう少し寝るね」
茜は言葉を飲み込むと毛布を頭まで被りそういった。
「おやすみなさい」
毛布の中で扉の閉まる音を聞きながら、独り考え込む。
(先生はやさしいからきっと本当のことは言わない。でもどこか悪いんだ、だから家に帰れないんだ、それに……)
茜はそんなことを思っているとハッと目が覚めた、いつのまにか本当に寝てしまったらしい。時計をみるとお昼の時間をだいぶ過ぎている。
「起こしてくれればいいのに」
昼食を持ってきてもらおうと体を起こしナースコールに手を伸ばす。
しかしベッドの横のテーブルをみた茜は小さく悲鳴をあげた。
そこには、空になった食器が残っていたのだ。
誰かが、茜のご飯を食べてしまったのだ。
でもここは個室だ。関係者以外が入ってくるはずがない。でも裏を返せば一度入ってしまえば、誰にも見つからず茜のご飯を食べることもできる。
でも、病院側がそれに気づかないものだろうか。
それもこれは今回が初めてではない。
少し前までは茜が寝ていても食事を運んできた時に看護婦が起こしてくれたのに、なぜか最近起こしてくれないことがよくあるのだ、そしてそういうときにかぎってご飯は誰かに食べられてしまう。
茜は当惑したように周囲を見渡した。
ではなぜそのことを茜は親や看護婦に言わないかというと、茜には一つ気になることがあったからだ。
茜はそっと自分のおなかを抑えると、ぎゅっと目をつむる。
そしてしばらく何かを考えるとポツリとうめくようにつぶやいた。
「やっぱし、すいてない」
すいてないどころか、満腹感さえ感じる。
茜は、自分の肩を抱くような格好でブルリと身震いした。
考えたくない、もう一つの答え。
(もしかして夢遊病?多重人格?)
二つとも、自分の気がつかないうちにないかをしている病気だ。
(誰かじゃなくて、茜が食べたの?)
自問自答していると、病室の扉が開いた。
「お母さん!」
茜は入ってきた女性をみてそう叫んだ。
「茜、やっぱどこかおかしいの?」
いまにも泣きそうな声で問いかける。
「茜ご飯食べてないのに、ご飯食べているみたいなの」
言ってしまったらもう家には帰れなくなるかもしれない。
でももう自分だけでは抱えきれなくなったとばかりに茜が叫ぶように訴える。
「それに最近気が付くと時間が過ぎてたり、やってもいないのにリハビリは終わったとか言われるし」
堰を切ったようにいままで思っていたが言えなかった言葉が口をつく。
「あと、あと」
恐怖でひきつったように茜は言った。
「たまに自分が自分じゃない夢を見るの!それに知らない人がたくさん話しかけてくる」
自分でも何をいっているのかわからない。
母親は落ち着かせるように、そっと茜の頭を自分の胸に引き寄せた。
「大丈夫、回復に向かっているわ、本当よ。だからなにも怖がらないで」
その言葉を聞いて少しだけホッとする。
母親から頭を離すと、病室をぐるりと見回す。
「お父さんは?」
「今日はお留守ばん。でもね」
母がまだ何か言葉を続けようとした時、扉が開いた。
「先生」
うれしくて、勝手に顔がほころぶ。しかし、次の瞬間、その表情が固まった。
先生の後ろから、ピョコリと小さな男の子が顔を覗かせたのだ。
その子は茜を見ると、ニコニコしながら病室に当たり前のように入ってきた。
「お母さん」
助けを求めるように母親を見たが、彼女はまるで男の子が見えていないのか、何も言わない。
そうしている間にも、男の子はどんどん近づいてきて、とうとう茜の目の前までたどり着いた。
「お母さん!この子!」
まるで今にも抱きつこうとするかのように腕を伸ばした男の子を、払いのけようと茜は腕を振った。
しかし、その腕を見て今度こそ茜は悲鳴を上げた。
自分の腕が、まるで干からびたミイラのようにしわくちゃになっていたのだ。
(嫌!)
茜の意識はそこでプツリと途絶えた。
「先生、母は?」
「大丈夫ですよ」
そういって、武山はベッドに腰掛けて孫と遊ぶ老婆をチラリと見る。
「だいぶ回復していますね。最近は、幼児がえりしている時間も減ってきてますし。お食事もよくとられてます」
「ママ、茜おばあちゃんまた寝ちゃったよ」
武山の話を聞いていた女性が「じゃあ、今日はもう帰りましょうね」と男の子に言った。
「やはりお孫さんと遊ぶことがどんな薬よりいいみたいですね」
武山もそういうと、そっと病室を後にした。
点滴の準備をしている看護婦に、茜は二コリとほほ笑むとそういった。
「ねぇ、お姉さんはどんな歌が好き?」
看護婦は、一瞬動きを止め茜の顔を見るとちょっと困ったようなほほ笑みを浮かべた。
「おしゃべりはそれぐらいにして、ハイ」
そんな看護婦を助けるように、病室に若い男が入ってきた。
担当医の、武山だ。
「茜、これ苦いからきらい」
「我侭言わないで、飲んでください」
しぶしぶと茜は苦い粉薬を飲み込む。
武山が偉いぞというようにやさしい目を向ける。
骨折で入院してから数ヶ月。治るのには時間がかかると言われていたが、もう松葉杖なしで歩けるほど回復してる。
普通なら通院でもいいはずなのに、茜はいまだ退院できずにいた。
茜はそれにすくなからず不安を覚えだしていた。
(武山先生はやさしいから好きだけど、おうちに帰りたい)
「先生…、茜なにか悪い病気なの?」言葉にしかけてやめる。
別に痛いところや苦しいところがあるわけじゃない、でもちょっと動いただけで息が切れる。体が重い。それに……
「なんだかまだ寝たりないみたい、もう少し寝るね」
茜は言葉を飲み込むと毛布を頭まで被りそういった。
「おやすみなさい」
毛布の中で扉の閉まる音を聞きながら、独り考え込む。
(先生はやさしいからきっと本当のことは言わない。でもどこか悪いんだ、だから家に帰れないんだ、それに……)
茜はそんなことを思っているとハッと目が覚めた、いつのまにか本当に寝てしまったらしい。時計をみるとお昼の時間をだいぶ過ぎている。
「起こしてくれればいいのに」
昼食を持ってきてもらおうと体を起こしナースコールに手を伸ばす。
しかしベッドの横のテーブルをみた茜は小さく悲鳴をあげた。
そこには、空になった食器が残っていたのだ。
誰かが、茜のご飯を食べてしまったのだ。
でもここは個室だ。関係者以外が入ってくるはずがない。でも裏を返せば一度入ってしまえば、誰にも見つからず茜のご飯を食べることもできる。
でも、病院側がそれに気づかないものだろうか。
それもこれは今回が初めてではない。
少し前までは茜が寝ていても食事を運んできた時に看護婦が起こしてくれたのに、なぜか最近起こしてくれないことがよくあるのだ、そしてそういうときにかぎってご飯は誰かに食べられてしまう。
茜は当惑したように周囲を見渡した。
ではなぜそのことを茜は親や看護婦に言わないかというと、茜には一つ気になることがあったからだ。
茜はそっと自分のおなかを抑えると、ぎゅっと目をつむる。
そしてしばらく何かを考えるとポツリとうめくようにつぶやいた。
「やっぱし、すいてない」
すいてないどころか、満腹感さえ感じる。
茜は、自分の肩を抱くような格好でブルリと身震いした。
考えたくない、もう一つの答え。
(もしかして夢遊病?多重人格?)
二つとも、自分の気がつかないうちにないかをしている病気だ。
(誰かじゃなくて、茜が食べたの?)
自問自答していると、病室の扉が開いた。
「お母さん!」
茜は入ってきた女性をみてそう叫んだ。
「茜、やっぱどこかおかしいの?」
いまにも泣きそうな声で問いかける。
「茜ご飯食べてないのに、ご飯食べているみたいなの」
言ってしまったらもう家には帰れなくなるかもしれない。
でももう自分だけでは抱えきれなくなったとばかりに茜が叫ぶように訴える。
「それに最近気が付くと時間が過ぎてたり、やってもいないのにリハビリは終わったとか言われるし」
堰を切ったようにいままで思っていたが言えなかった言葉が口をつく。
「あと、あと」
恐怖でひきつったように茜は言った。
「たまに自分が自分じゃない夢を見るの!それに知らない人がたくさん話しかけてくる」
自分でも何をいっているのかわからない。
母親は落ち着かせるように、そっと茜の頭を自分の胸に引き寄せた。
「大丈夫、回復に向かっているわ、本当よ。だからなにも怖がらないで」
その言葉を聞いて少しだけホッとする。
母親から頭を離すと、病室をぐるりと見回す。
「お父さんは?」
「今日はお留守ばん。でもね」
母がまだ何か言葉を続けようとした時、扉が開いた。
「先生」
うれしくて、勝手に顔がほころぶ。しかし、次の瞬間、その表情が固まった。
先生の後ろから、ピョコリと小さな男の子が顔を覗かせたのだ。
その子は茜を見ると、ニコニコしながら病室に当たり前のように入ってきた。
「お母さん」
助けを求めるように母親を見たが、彼女はまるで男の子が見えていないのか、何も言わない。
そうしている間にも、男の子はどんどん近づいてきて、とうとう茜の目の前までたどり着いた。
「お母さん!この子!」
まるで今にも抱きつこうとするかのように腕を伸ばした男の子を、払いのけようと茜は腕を振った。
しかし、その腕を見て今度こそ茜は悲鳴を上げた。
自分の腕が、まるで干からびたミイラのようにしわくちゃになっていたのだ。
(嫌!)
茜の意識はそこでプツリと途絶えた。
「先生、母は?」
「大丈夫ですよ」
そういって、武山はベッドに腰掛けて孫と遊ぶ老婆をチラリと見る。
「だいぶ回復していますね。最近は、幼児がえりしている時間も減ってきてますし。お食事もよくとられてます」
「ママ、茜おばあちゃんまた寝ちゃったよ」
武山の話を聞いていた女性が「じゃあ、今日はもう帰りましょうね」と男の子に言った。
「やはりお孫さんと遊ぶことがどんな薬よりいいみたいですね」
武山もそういうと、そっと病室を後にした。
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