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2章 文化祭編
16. マサキくん、ノートですよ
しおりを挟む「なに、おまえら。俺、入る隙間なくね?」
里見もといサトルは悲しみに満ちた瞳で、訴えかけてきた。
「隙間?」
遥は素知らぬ顔で、意味がわからないとうそぶく。
西日も傾く帰り道、将輝の手押しの自転車を挟んで並んでいた。
遥は断りもなく、前カゴに自分のカバンをどさりと置いた。将輝は当たり前のように受け入れていた。
それでも、二人に会話はなかった。
その空気にサトルは耐えられないようだった。
「どこに向かってるんだ、これ」
「駅前の100均」
「文化祭の用意か?」
「文化祭の用意っていうか、それを考えるノートを買いに」
遥が一通り説明してくれていた。
犬塚先輩が遥のノートをメモ代わりにマジックで書いてしまい、流石に返すわけにはいかない。
先輩は約束通り100円玉をくれた。これで二人で買いに行け、と。
話したいこともあるだろ、と。
しかし、校門でサトルと合流してしまい、なぜか彼はそのまま、くっついてきている。
三人は混んでいる商店街を避けて、駅に向かって下り坂を揃って歩んでいた。
「サトルくんはなんで、手伝おうと思ったの?」
場を繋ぐためなのか、興味本位か、遥は疑問を投げかけた。
――遥さんへの下心だよ。
口に出来ず、ヤキモキしながら、将輝は無言で自転車を押す。
「遥ちゃんへの興味かな」
意外と直球だった。そういうスタイルなのだろうか。
「ちゃんはキモイからやめて、呼び捨てでいいよ」
「遥への興味かな」
「繰り返さなくていい、バカなの?」
辛辣だった。
「うお、けっこうキツイな」
さすがのサトルも驚いていた。
しかし、笑顔でヘラヘラとして、傷ついた様子はない。
「サトルくんはモテるでしょ、イケメンだし」
「まあまあかな」
髪をかき分け、当たり前のように答える。
――すごい。モテるて聞かれてまあまあとかいう人、初めて見た。
謎の感動を覚えた。
なぜか不思議とテンションが上がってくる。
「自己評価高いね」
「黙ってれば、もっと点数高いって良く言われる」
「わかる」
――あれ、共感してる。うそでしょ。でも、ぼくもわかる。
顔面偏差値の話題に、ただただ聞いているのがやっとだった。
「そういうこと、自分で言えるの強みだよね。自信もあるんだよね、イケメンくん」
「俺、なんか悪いことした? なんか当たり強くない?」
「ゴメンゴメン、わたし、イケメン嫌いなので、つい」
砕けた口調で、本人を目の前にして、嫌いと言い放つ。
苦笑いを浮かべ、視線を逸らす。
まるでアレルギー反応のようだった。
「それに、サトルくん、将棋興味ないでしょ」
将輝にはわかる。
この問いかけが、本命だ。
心の中で、何度もうなずく。
「まあな」
あっさりと認めてしまい、逆に将輝は脱力する。
「ほら、やっぱり」
なぜか、遥の微笑みは将輝に向けられた。
やっぱり、とつい将輝も釣られてしまうところだった。
「遥、俺はまだ将棋は駒の動きくらいしかわからないけど、伸び代に溢れた最高の素材だぜ。成長を見届けてくれよ」
「興味ないくせに」
遥は口を尖らせて、悪態をつく。
「あのー、遥さん。手伝ってもらうので、あまり悪く言わなくても」
控えめに、将輝はサトルは助け船を出す。
サトルは意外そうに目をぱちくりしながら、次の瞬間には肩を組んでいた。
「そうだぜ、椎名もこう言ってることだし」
「しーちゃんは黙ってて」
遥が睨みを効かせてくる。
鋭い眼差しが突き刺さる。
将棋の時とは異なる緊張が走る。
ゾクッとした。
ビックリしたのはサトルもらしい。
将輝の顔を覗きこんでくる。
「いつもこうなのか」
「しーちゃんは、はじめて……」
「そっちの話じゃねえけど、それはそれでマジかよ……」
みんなの前で、披露した将輝の呼び名。
しーちゃんの方がかわいい、だなんて、そんな言葉が遥から出てくること自体が信じられなかった。
その場でなんのリアクションも出来ず、ただ固まってしまった。
どうやらみんなもそうだったらしい。
固まりから溶けるのが早かった部長が「いや、椎名にしよう」と静かにムリヤリ決めた。誰もが頷いていた。
一人を除いて。
遥だけのしーちゃんと呼び。
――とっても、恥ずかしいんですけど。
でも、満たされていくような、謎の優越感が心に沁みていく。
「ところで、モデルのカゲハルて知ってる?」
唐突に、サトルは遥に話を振った。
知らない名前だった。
しかし、その名を聞いた途端、遥の表情が固まった。
歩みも止まった。丸みのあるローファーがたじろいでいた。
将輝は慌ててブレーキを握って、つんのめる。
「誰から聞いた?」
牽制するような低い声。
明らかに不機嫌。
将輝も経験のない声色だった。
「同じ中学だったって、風の噂でね」
平気な顔でサトルは続ける。
「噂? 別に友達でもないから、よく知らないし」
露骨に知らない振りをしていた。
あ……この話はもしかして……。
自転車のハンドルを握る手に汗がじっとりと湧いた。
学年イチのイケメンを彼氏にした話――では。
謎の直感が、働く。
聞きたいけど、聞きたくないような――。
でも、サトルを睨みつける遥の表情を目に留め、慌てて間に入る。
「サトルくんは……クラスに有名人いたの?」
将輝が咄嗟に口を挟んだ。
ちょっと声のボリュームを上げて。
遥の曇り顔が痛ましくみえた。
――今は、その話題はダメだよ、サトルくん。
えもしれぬ正義感が胸に湧いていた。
喉が渇くようなハラハラが、気持ちを言葉に変えて、口にさせた。
「え、俺の学校? いねーよ、俺が一番有名」
予想外にも乗ってきた。
将輝は心の中でガッツポーズをとっていた。
「だよね、あはは」
将輝はわざとらしく、笑ってみせた。
意外とできるものだ。
きょとんとしていたのは遥だ。
だが、何かを思いついたように、歩きながら話しだす。
ようやく歩みが進みだした。
丸みのあるローファーの動きが将輝の歩調が重なっているかのようだった。
「しーちゃんの学校には有名な人、いたの?」
遥が目配せして話を振ってきたのだ。
話を合わせろとでも言わんばかりに。
「スポーツで有名な人がいた、なんとかユースに入ってるとか……あ、思い出した」
研修会、行った人がいる。
唐突に思い出して、なおかつ今の将棋部的にはタイムリーな話を猛烈なタイミングで思い出した。
「研修会?」
サトルはまったく話が見えないようだ。
表情からありありとわかる。
……将棋の強い学生が集まるとこ、スポーツでいうジュニアユースみたいな、実際の定義はともかく、簡単に伝えることに務めた。
「あそこはプロ意識したヤバい人の集まり。ちなみに名前わかる?」
遥も続く。
表情も声色もいつもの調子に近くなっていた。
将棋といえば、今度は遥が前のめりだ。
「たしか太田ユーキって名前だったはず……」
「え、知ってる」
大会とかで、何回か会ったくらいだけど、負けた記憶ある。へー、研修会行ったんだ。
興味深そうに何度もうなずいていた。
「おいおい、やっぱ俺の隙間なくね?」
話題についていけないサトルは両手をあげて、降参のアピールのようだ。
「ほら、駅つくよ、バイバイかな」
容赦なく遥は追い討ちをかける。
「はいはい、わかったよ」
あきらめたように、サトルは駅に向かう道に歩み出す。
「ま、ツンツンしてるの、俺は好きだけどな」
と、捨て台詞を残して去っていった。
「最悪だ」
遥は笑いながら、吐き捨てていた。
「同じクラスなんだけど、大丈夫?」
部活に手伝いにくるのなら、朝から夕方まで一緒にいるようなもの。
「わたし、イケメンに話しかけられると過剰に反応するから、ちょっとは悪いなと思ってるんだよ、これでも」
なんで、とは言えずに愛想笑いで合わせる。
「サトルくんもへこたれてないしね……」
「平気な顔して、また変な話振ってくるのが目に見える」
変な話……これもまた触れたいのを飲み込む。
「遥さんは平気なの?」
「今のところ、ね。心配してくれるのはうれしいけど、マサキくんも気をつけてね」
「ありがとう、ぼくは大丈夫。ほんと、お手伝いしてくれるの、なんか不思議だよ」
「まあ、そうだね。誰かの評価を期待してるんじゃないの?」
「またそうやって悪く言わなくても」
「ごめん。はは、しーちゃんに怒られた」
柔らかく微笑みながら反省を口にする。
一度はマサキくんに、戻って、今度はまたしーちゃんになった。
将輝は自転車を止めて、カバンを取り出す。
その中から、あのノートを探した。
「ごめん、先輩が勝手に使っちゃて」
「いいよ、わたしも……短気起こしてマサキくんの大事なノート持って帰っちゃったし」
「読んだ?」
うん、と頷く。
子どもみたいに可愛いらしく、首を縦に振って。
「頭の中見させてもらってる気分、交換日記してるみたいになった、小学生の頃を思い出した」
それは恥ずかしいような、ニヤける話だ。
「……部長との棋譜、大まかな方向性、書いといたから」
わたしも文化祭、協力する――。
遥からノートが手渡された。
そっと、両手を添えて。
「ありがとう」
自然にお礼が言えた。
両手で丁寧に受け取る。
わずかに指先が触れ合い、急にお互いで照れ臭くなってそっぽを向いた。
一瞬の間に、心臓の鼓動が高鳴る。
そうだ、と将輝はスマホを取り出す。
「将棋しよう」
突然の申し出に遥は一瞬たじろいだ。
それでも、はにかんで、うんと返事した。
犬塚先輩に勝ったことを伝えたかった。
それに、ただ、遥と将棋がしたくなった。
将棋が出来ないイケメンたちに一泡吹かせたい気分だった。
そして、下ってきた坂道を引き返す。
「ウソ、犬塚先輩に勝ったの?」
道すがら将輝は棋譜を思い出し、口にする。
遥は目を輝かせて何度もうなずいたり、笑ったりといつも以上にリアクションしていた。
登り坂をゆっくりと歩く。
そして、商店街の一角、いつものファーストフード店に着いても、アプリでとはいえ、何局も将棋を指して、結局ノートを買いに行くのは忘れてしまった。
先輩からもらった100円は、いくらか足して、遥のジュース代になった。
空のボトルが二つ、しばらく寄り添って並んでいた。
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