マサキくん、詰みですよ!〜僕のノートは、君の勝ちで埋まっている〜

みすてー

文字の大きさ
30 / 35
3章 道場編

25.マサキくん、白星ですよ

しおりを挟む

 気づけば黒星が4つになっていた。
 負けるのは慣れている。
 遥に負け続けているのは事実としてある。
 しかし、対外試合で連敗が続くのはわけが違う。
 
 ――申し訳なさすぎる。
 
 部活の遠征で一人だけボコボコにされるのは不甲斐なさすぎる。
 どよーん、と暗い雰囲気を醸し出しているところで、新しい対局者が現れた。
 
 また小学生だった。
 今度は少年。
 
 落ち着いた高学年で野球帽をかぶっていた。
 
 ――落ち着け。
 
 将輝は何度も自分にいい聞かせて、時にはわざと時間をかけて自分らしい手を進めた。
 
 居飛車からの棒銀。矢倉で王様を囲み、がっちりガード。
 相手も居飛車で似たような棒銀が飛んでくる。
 しかし、攻めは続かない。
 ――攻め方がぬるい。
 お互いに王様の守りを重視する駒組が進む。
 
 特に、彼は王様を盤の隅っこでガチガチに守る穴熊という囲いを選んだ。
 ただ、少年の手数が増えたせいで将輝の前線が上がっていた。
 部長が穴熊をよく使う。
 崩したことは一度もない。
 部長と対局した棋譜を再現させて、遥に解説してもらったことがある。
 ポイントはどこか。
 
 ――思い出せ。記憶力には自信があるんだろ!
 
 自分自身を叱咤激励する。
 穴熊の奥にいる王様に角の睨みを効かせつつ、駒台の歩を手にとった。
 二枚あった。
 1五歩として、端の歩をぶつけた。
 
 端攻めは歩が何枚あるかで攻め方変わるから。
 
 遥の言葉を思い出す。
 必ず崩せるわけじゃない。
 でも、攻めのアクセントには十分だった。
 
 歩をぶつけて、駒台の歩を使い、端から攻めを展開する。
 少年は将輝の攻めに反応した。
 
 逆に反応しない方がやりにくいと思っただけに、端攻めで陣形にちょっかいをかけたことが局面を先に進めた。
 
 ちょっとずつ見えた綻び。
 
 そして、少年は駒を取られるのを嫌がるような慎重さを見せた。
 将輝の銀が歩の後ろ盾を得ながら、少年の銀の目の前に出た。お互いに銀を取り合って、駒台に置く。取り合った銀を相手の陣地にバチンと打ち込んで停滞した局面を動かそうという魂胆だ。もちろん相手も同じことが出来るから、リスクもある。
 しかし、銀交換の誘いには乗ってこなかった。
 銀同士がぶつかる直前で下がった。
 
 ――勝てる。
 
 将輝は机の下で拳を握った。
 局面はまだ互角だ。
 いや、将輝が押していた。
 
 ――君は、ぼくだ。
 
 ぶつかることに躊躇し、リスクを回避して、安全策を考える。
 だが、どんどん攻めてくる相手に安全策はない。
 
 将棋は相手からの攻めに対抗する言葉に、受けという考え方がある。
 守ると似た意味だが、受けはもっと具体的な戦術だ。
 
 相手の攻め駒に対する一手。
 
 どんな手を指すのか。
 その手は何を守るための受けなのか。
 
 将輝は相手の逃げるような受けに、罠という可能性も捨てずに、周囲の駒の配置を確認した。
 
 緊張の糸を緩めず、攻めの手を続ける判断を下す。
 時には駒を犠牲にしながら、相手の陣地に風穴を開ける。
 
 ――銀を捨てたのはもったいないけど、龍に成れた。
 
 相手陣の奥深くに飛車が切り込み、最強の駒である龍として7一の位置に君臨している。
 
 盤面の右隅にいる相手の王様に対して横から睨む。
 金や銀が王様を守っているため、まだ今のままでは受け切られてしまう。
 しかし、歩の端攻め、角の斜め利きも間接的に攻めていることを、考えれば三方向からの包み込むような攻撃だ。
 将輝の読み通りに相手が動いていた。
 生唾を飲み込む。
 逃げ道を包み込むように駒を配置し、確実に王様を追い詰めた。
 
 ――たぶん、これで大丈夫……のはず。
 
 それでも実際に動いてみなければわからない。
 相手の受けの自信のなさが逆に将輝を勢いづかせた。
 
 ――そんな手を指したら、相手に勝ってくださいと言っているようなもの。
 
 いつも言われる側だった。
 でも、今はそれを言う側に立っていた。
 手が震えて、まるで負けているみたいだった。
 
 ――もっと堂々と受ければいいのに。
 
 アドバイスを送りたい気持ちを抑えながら、淡々と確実に王手を繰り返す。
 敗色濃厚と言えど、必死に少年は受けてくる。
 急に適切な受けになった。
 
 ――それでいい。
 
 逆に将輝が何度もぬるい手を指そうとする。
 その度に時間をかけて、張りつめた緊張に負けないように、マイペースを保つ。
 そして、詰将棋のように王手をかけ続けた。
 相手の受けが未熟なら、勝つためには容赦なく攻めるしかない。
 
 ――ごめん、勝たせてもらう。
 
 次の一手で確実に詰む手を将輝が指していた。
 受け無しの必至。
 少年の手番だが、守りの駒をどこをどう受けても詰みがかかってしまう。
 
 将輝の王様に王手を連続して、詰ますしかない。
 
 しかし、将輝の王様はまだまだ矢倉囲いにがっちりガードされて、守りは硬い。
 少年には受けどころか、攻める一手もない。
 
 完勝だ。
 
 少年は駒台に手をつけて、頭を下げた。
 投了を身体で表現していた。
 
 勝利を確信していたはずなのに、いざ頭を下げられることにえっ、と不意をつかれ、慌てて将輝も頭を下げる。
 
「ありがとうございました」
「……ありがとうございました」
 
 無言だった少年は小さな声で礼だけ言って、手合いカードを差し出してきた。
 
 勝った人が受付に申告しにいくルール。
 そうだった、と少年から手合いカードを賞状のように両手で受け取る。
 
 小さな手だった。
 対局していた時に何度も見ていたはずなのに。
 
「ありがとう」
 
 自然に礼を口にした。
 今さら胸の鼓動が高まってきた。
 少年相手に勝ちに興奮してはいけないと、急に冷静に頭が働く。
 
「いい将棋だったね」
 
 なぜか笑顔で口にしていた。
 少年はきょとんとしていた。
 途中から一方的だったな、と言ってから気づく。
 
「片付けしようか」
 
 気持ちをごまかすように片付けをうながす。
 少年は立ち上がらずに、黙って一緒に駒をしまう。
 それが終わると少年は一礼して立ち去った。
 将輝は我慢していたように、深く息を吐いた。
 
 ――勝った!
 
 たとえ相手が少年でも関係ない。
 4つ負けた末に掴んだ勝利。
 ぐっ、と拳を握る。ぶるぶると震えた。
 じわりと手汗がにじみ、手合いカードが湿り気を帯びてきた。
 
「やば」
 
 慌ててシャツに擦って拭きとる。
 受付までが近いような遠いような不思議な感覚。
 はい、勝ちました、と受付にカードを渡すと白いハンコを押してもらえた。
 
「汗すごいよ、大丈夫?」
 
 受付のおじさんに指摘された。
 まったく気づかずにいた。
 
「休憩にしますか?」
「は、はい。お願いします」
「再開するときは言ってね」
 
 高揚した気持ちで冷静に対局できる自信がなかった。
 ここで終わりにしたい気分だ。
 受付のおじさんに一礼してその場から離れて、汗を拭きながら併設のグッズショップに足を運んだ。

 
 将棋盤に駒、木彫りの高級品がガラスケースに入っていた。部室にある盤と駒は劣らず立派だ、などと考えていたら、文房具コーナーで棋譜ノートが目に入った。
 
 先手、後手と一手一手指し手を書き込める専門的なノートだ。無地のノートに線を引けば安上がりだが、やはり本物は気分が違う。
 
 遥との対局で書き留めたい棋譜が多すぎて、今使っているノートはもう終わりだ。ちょうど新しいノートを買いたいと思っていたところだ。棋譜ノートを手にして、すぐにレジに持っていく。
 
 お金を払い、レジの隣に置かれていた女流棋士のカレンダーに目が留まった。
 
 着物姿の女流棋士……。
 また姿が重なる。
 文化祭の公開対局。
 袴姿で真剣な眼差しで将棋を指す遥の姿。
 タイトル戦を争う女流棋士の着物姿。
 
「なに見惚れてるの?」
 
 不意をつかれて思わずのけぞった。
 
「そんなにびっくりしなくてもいいのに」
 
 遥が面白がってからかう。
 
「……女流棋士さん、好きなの?」
 
 視線の先にあったものがバレてることに顔を赤くして首を振る。
 
「そういうんじゃなくて……」
「別に誤魔化さなくてもいいよ、推しは誰にだっているでしょ」
「そうじゃなくて、文化祭のことを思い出しちゃって」
「文化祭……」
 
 将輝の言葉に今度は遥が、俯いていた。
 表情は窺いしれない。
 
「ちょっと、外行こうか」
 
 ――あれ、怒らせた?
 いつもより低い声で誘いながら、遥は将輝の腕をつかんでいた。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

俺は陰キャだったはずなのに……なぜか学園内でモテ期が到来した件

こうたろ
青春
友人も恋人も居ないボッチ学生だった山田拓海が何故かモテだしてしまう。 ・学園一の美人で、男女問わず憧れの的。 ・陸上部のエースで、明るく活発なスポーツ女子。 ・物静かで儚げな美術部員。 ・アメリカから来た金髪碧眼でハイテンションな留学生。 ・幼稚園から中学まで毎朝一緒に登校していた幼馴染。 拓海の生活はどうなるのか!?

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...