鮫嶋くんの甘い水槽

蜂賀三月

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10月15日(土)おばあちゃんのお見舞い

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「愛奈ー! お待たせー!」

 駅の改札口を通ったお母さんは、私を見つけるや否やすぐに大きな声で私を呼んだ。
 声だけでなく、手の振り方も大きい。そんなに目立つことしなくても、気づいているのに。

 トランクケースを引きながらこちらに向かうお母さんを出迎える。
 目の前までくると、人目なんて気にせず私を抱きしめた。

「ごめんねー、寂しかったでしょ?」

「ううん、大丈夫だよ」

 そんなことを言いながらも、本当は嬉しい。あと、ちょっと寂しかった。
 お母さんの香りってなんでこんなに落ち着くんだろう。
 シャンプー? 化粧品? 香水? わからないけれど、なんだか包まれるような安心感があるのだ。

 今日は久しぶりにお母さんがこっちに帰ってくる日。
 そして、色々と用事を済ませたあとに私も一緒におばあちゃんのお見舞いに行く予定なのだ。
 おばあちゃんの住むところは、私たちの住む花鳥市かちょうしから新幹線で二時間以上かかる。
 気軽に行き来できる距離ではなかった。

 お母さんは私のほっぺたを触る。

「一ヶ月半会わないだけで、なんだか大人になった気がするわねぇ。なにかあった?」

「べ、別になにもないよ」

 嘘。本当はちょっとあった。

「うーん、『男子、三日会わざれば刮目して見よ』って言うけど、女子もそうね」

 お母さんは複雑な顔をしながら首を傾げている。

「ま、とにかく今日は忙しくなるからね。さっさと雑用を済ませて、おばあちゃんのところに行きましょ。愛奈もいい子で頑張ってるから、お買い物にも行きたいし、美味しいご飯も食べたいし」

「えー、そんなの大丈夫なの!?」

「お母さんが愛奈にしてあげたいの」
 
 そう言うとお母さんは私の手を掴んで歩き始めた。

 ……私も寂しかったけど、お母さんも寂しかったのかな?

 久しぶりの再会ですぐにゆっくり……というわけにもいかないけど、今日は土曜日だから、向こうに一泊するつもりだ。おばあちゃんに会うのも、楽しみだなぁ。


      ***


 家の用事を済ませ、朋子さん達に挨拶をしてから、私たちは新幹線に乗った。
 お母さんからしたら、移動を繰り返しているわけだし疲れていないかと心配だったけど、表情はずっと嬉しそうだった。
 お母さんからしたら体力よりも精神的に辛いことがあるのかもしれない。
 新幹線のなかでは他愛ない話もしていたけれど、たびたびおばあちゃんの愚痴も出てしまっていた。

「だからね、おばあちゃんったら頑固なところがあって大変なのよ。家から持ってきたパジャマに『これはまだおろすつもりじゃないやつや』とか『本当に気がきかない娘や』とか平気で言うんだから! 骨折して気が滅入るのもわかるけどさぁ、ほんと嫌になっちゃう」

「ふふ……大変だったね」

 愚痴っていても、お母さんがおばあちゃんのを大好きなのも知っている。
 お父さんが亡くなったとき、お母さんを支えてくれたのはおばあちゃんだった。
 そして、おばあちゃんもおじいちゃんを早くに亡くしている。
 そんな私たち家族だからこそ、お母さんはおばあちゃんが困ったときにどうしても助けに行きたかったはずなのだ。

「退院はもうできそうなの?」

「うーん、このまま順調にリハビリが進めば、あと一ヶ月もしたら退院できるんじゃないかな。だからと言って、前と同じようには暮らせないかもしれないけれど……」

 お母さんの表情が陰る。

「一緒に暮らしたりはできないの?」

「――やっぱり愛奈もそう思うよね!? だからお母さんもおばあちゃんに提案したのよ。そしたらなんて言ったと思う!? 『嫌やわ』ってそっぽ向いたんだから!! こっちが心配してるってのにぃぃ!」

「お母さん、ここ新幹線だから!」

 ヒートアップしたお母さんをなだめる。
 好きだからこそ、怒れてくることがあるんだよね。

 
 久々にお母さんと話していると、新幹線での時間はあっという間に過ぎた。
 おばあちゃんの病院は駅から向かった方が近いので、コインロッカーに荷物を預けて、そのまま病院に向かうことになった。

「――わぁ、けっこう大きな病院だね」

「最近できた市民病院みたい。きれいで安心できると思うんだけど、おばあちゃんったら『うちは近所にある若森医院さんが一番ええんや』とか最初うるさくって」

 おばあちゃんは、関西の田舎に住んでいて、喋り方にちょっとクセがある。テレビで見るような典型的なお年寄りの話し方。お母さんが時々おばあちゃんの喋り方を真似するんだけど、それがあまりにも似ていて笑えるんだよね。

 病院に入り、5階にあるナースステーションで挨拶をしてから、おばあちゃんの病室を探す。
 
 病室の前には「近江おうみまい」と書かれていたから、すぐにわかった。
 近江はお母さんの旧姓。そういえば、前に『近江より今の名字が好きだ』ってお母さんが話してたっけ。近江瑞希みずきより白魚瑞希……私はどっちもいいと思うけどな。
 
 四人部屋に入院しているらしく、ベッドとベッドの間はカーテンで仕切られていた。

「あそこ、奥の右側のベッドがおばあちゃん」

 小声で喋るお母さんの声に頷き、おばあちゃんのベッドへと向かう。カーテンを引いて、声をかけた。

「――おばあちゃん」

「あれ、愛奈ちゃん!? 急にどうしたんよー!」

 お母さん、私が来ること言ってなかったのか。

「ふふふ、サプライズよ。おばあちゃんも愛奈に会いたかったでしょ?」

「瑞希はまーた、いらん気きかして! 愛奈ちゃんが来るなら売店でジュースなりお菓子なり買ってきたのに……あんた、ちゃんとそういうことは言ってから行動してっていつも言うてるやろ!」

「はいはい、わかりました。看護師さんに呼ばれてるから、ちょっとゆっくりしてて」

 そう言うと、お母さんは病室から出ていってしまった。

「愛奈ちゃんごめんねぇ。ばあちゃん何も用意できてへんわ」

「なにもいらないよ。ていうか、お菓子とかジュースとかお見舞いにくる人が持ってくるものじゃないの? おばあちゃんが用意してたらおかしいよ」

「それはそうかも知れんけどさ、愛奈ちゃんは特別やから。ちょっと売店行こうか。ここでお喋りしてると他の患者さんにも迷惑やし」

 そう言うとおばあちゃんはベッドのリモコンを使って体を起こすと、器用にベッドの端に座った。

「ちょっと、おばあちゃん! 無理しないでね」

「大丈夫。看護師さんからも『もう少し歩く時間増やしてもいい』って言われてるんよ」

 そういうとおばあちゃんは近くに置いてあったリハビリ用の歩行器を持ち「どっこいしょ」と言いながら立ち上がった。

「愛奈ちゃん、悪いけどそこにある小さいカバン持ってきてくれるか?」

 なんだか退院も近そうな気がする。おばあちゃんの言動に、正直ほっとしていた。
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