アマツガミ

佐久間

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間章

祝福

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 時刻は19時30分の私立間立高校。流石に陽は落ちているが、校舎は多少の明かりが付いており、部活を引き上げる生徒や、業務を行っている教師がチラホラ。

 間立高校の校舎、その裏口に到着した車から降りた晴馬と成宮、同伴した伏魔師2名の一行は、学校側から指定されていた裏口より校舎に入った。有数の進学校とだけあって、裏口もある程度は清潔感が見られる。流石に校内の生徒や教師、客人が多く目につくエリアよりは整備しきれていないが、校舎の広大さを考えるとむしろ行き届いていると考えるべきだろう。

 今回、一行が間立高校の校舎へ赴いた理由は、今回晴馬が担当した案件にについての事後報告が主となる話し合いの為だ。その裏口に入った一行の目の前に、1人のスーツ姿の女性が立っていた。無論、生きている人間である。

「伏魔師のご一行様ですね。お待ちしておりました。お約束の場所までご案内します」

 丁寧に一行へ頭を下げる、若い女性。顔立ちはかなり整っており、スタイルの良さと上品さが見て分かる美しい女性。彼女はこの学校の理事長、その秘書である。上品さがありながら、どこか緊張した様子なのが垣間見える。相対してるのが伏魔師という、社会的に得体の知れないメンツを前にすれば、緊張しても無理はない。

「やぁやぁ、秘書さん。ご無沙汰ですねー。わざわざお出迎えどうも。早速ご案内をお願いしまーす」

 右手をヒラヒラと振りながら、フランクに接する成宮。彼女の緊張をほぐす目的もあるだろうが、一応面識があるようだ。恐らく、今回の晴馬もそうだが、前任者がこの校舎での仕事に当たる際に、挨拶の類で面識があってもおかしくはない。

 そのまま一行は、秘書の案内に従って校舎内を歩く。時刻は20時手前。流石に多くの生徒や教師が出払った校舎内、出会う学校関係者はいなかった。だが、まだそれなりに灯りは付いているため、さほど視覚環境的に不自由はしていない。程なくして、秘書の案内でとある場所に辿り着く。そこは理事長。扉の隙間より灯りが漏れ出ており、既に誰かが中にいることを匂わせる。

 秘書はその扉を軽くノックする。中から男性の声で「はい」と、返事が返ってきた。

「理事長、伏魔師のご一行様をご案内しました」

 秘書の言葉に、中で襟を正しているのだろうか、少し遅れて「…どうぞ」と、少し緊張気味な入室許可が下りる。

 秘書が静かに扉を開け、同行した伏魔師に「どうぞ」と、入室を促す。それに倣って、成宮、晴馬、伏魔師2名の順で中に入る。

「どうも、どうもー!ご無沙汰ですー!」

 これまたフランクな成宮の挨拶に対し、部屋のソファに腰掛ける、やや初老の男性から「どうも…」と、緊張気味の挨拶が返ってくる。この学校の理事長である。隣には、同い年くらいの男性。校長である。

「どうぞ、おかけください」

「んじゃ、遠慮なくー」

 緊張しつつも、さすがは進学校の理事長。来客への対応は怠らない。理事長の誘導に従い、来客用ソファに座る成宮。それに倣って晴馬も来客用のソファに腰をかけ、同伴した伏魔師2名はソファの後ろに立つ形となる。これまた進学校だけあって、ソファの質も相応。成宮もアイスブレイクもかねて「さすが、良いソファですねー。このまま寝たいくらいだ」と、設備に感嘆と賞賛を示す。もっとも理事長は「はは…、恐れ入ります…」と、緊張を隠せない。アイスブレイクはさほど意味がないと判断した成宮は「さて」と、本題を持ち出す。反面、心中の「つまんねぇな」というセリフは、成宮と付き合いの長い晴馬のみが察することができた。無論、表には出さないが。

「この度は我々へのご協力、感謝しますー。おかげさまで、どうにかなりましたー」

「い、いえ、とんでもありません…」

 少し微妙な空気が流れそうになる前に、成宮が今回の件について感謝から切り出す。

「さて、前任の不手際もございましたが、今回この天津晴馬が、この学校に蔓延していた怪異の爆弾を処理しました。天津君、詳細な説明を」

 成宮の説明要請に、晴馬は「はい」と、端的に応じて、理事長と校長にそれぞれ、数枚の束にホチキス留めにしたA4サイズの紙束を差し出す。

 そこには、今回の件についての報告が記されており、非常に一般人向けに用語などが説明されていた。

「今、成宮からも説明があった通り、今回前任者からの、この学校に関する解決するべき案件の解決へと至りました。我々の世界で言う魔属、まぁ、悪霊とか妖怪の類とでも思ってください。これまでそういった存在から、生徒さんや先生達への危害の報告はありませんでしたが、これから爆発的に増加する可能性がございました。そういう意味での爆弾を処理したとご想像していただければ。後始末も完遂し、これから数年は我々が出張るような事態にはならないかと思いますので、安心してお過ごしください」

 一般人にしてみれば、この説明でも情報量の雨あられであり、理事長と校長は少し呆け気味だった。一応、かなり要約かつ一般人向けの説明をした晴馬。成宮からも文句はなかった。

「ま、兎にも角にも、警察などが対応しきれないような、怪事件みたいなことが起こる可能性は低いかと思われますので、ご安心くださいな」

 成宮からの追撃説明に、呆け気味の心情を強制的に打ち砕かれる理事長と校長。もちろん、仕事への協力をしてくれた学校側へ納得のいく説明は必要だが、この説明で呆けられては話が進まないからだ。今回はもっと別に話がある。

「さて、次の話なんですが、事前に軽くお伝えはしましたが、そちらの学校に通う片桐さんについてです」

 学校側にとっても、そっちの方が疑問に思うことが多いだろう。事前になんとなく聞いてはいたが、あまり得体の知れない者達から、一介の生徒の名前が出てきたのだから。

「この片桐さんですが、今回の我々の仕事に対して、多大なご協力をしてくださいまして。彼がいなければ、解決は難しいところでした」

 驚きと呆けが半々の理事長、校長。

「我々の世界は正直、危険と隣合わせです。しかし、我々も今回の件については当初、八方塞がりでした。そこに現れた片桐さんは、まさしく救世主!そちらの生徒さんと言うことで、思うところはあるかもしれませんが、今回は未来の危険を取り除いたということで、手打ちにしてはいただけないでしょうか?もちろん、お望みならば、相応のもさせていただきますので」

 大君級の封印に命をかけたことや、未成年が深夜に学校で危険なことに協力するなど、学校側からすれば激怒案件だ。しかし、そこの具体的な説明はあえてせずに、あくまで協力してもらったことと、片桐の功績の大きさ、そして、今回の案件解決をダシに、さらには金銭を匂わせることで理事長などからお咎めなしの言質を取ることが成宮の目的だ。

 この学校の理事長も聞き分けは良い、というのはいささか色が付き過ぎだ。正確には、まだよく全貌を理解していないというのが正しい。それに、目の前で説明をする、一般人とは思えないオーラを放つ青年に押されているということもあり、

「そ、そうでしたか。いやはや、無事に戻ってきてくれれば、我々としては十分です」

 成宮に言われるがまま、手打ちを承諾した。あまりよく知らない世界の出来事、言葉を選ばずに言い換えれば、厄介事だろう。それを早く断ち切りたかったこともある。仮にゴネるようなら、はいくらでもあったが。

「ありがとうございます!その上でなのですが、今後、片桐さんは我々の監視下、もしくは類似する対応をすることとなります。今回の我々の仕事に関わった結果、必要になったことですので、どうぞご理解を。もちろん、本人のご意志を尊重しますが、もしかしたら、彼の進退を大きく左右するかもしれません。なので、そのあたりの対応も、我々に一任させていただけないでしょうか」

 畳み掛ける成宮。要は、伏魔師側から何かしら片桐に対してコンタクトしていくが、余計なマネはするなということだ。

 学校側もこれはなんとなく勘づいた。だからといって、答えは変わらない。

「分かりました…。そちらにお任せします…」

「イエス」一択だ。前述の通り、得体の知れない世界と離れたい心理と、その世界の使者からの畳み掛けに対して「ノー」とは言えない。それを分かって、成宮も畳み掛ける構図を作ったのだから。

 それに、伏魔師から片桐に対しての、具体的なコンタクトにも言及はしなかった。言ったところで素人である学校側ができることもさほどないし、あったとしても余計なことが大半だ。

「ありがとうございます!それでは後日、片桐さんと話し合いをして決めていきますので、よろしくお願いします」

 オーバーリアクションで感謝を示す成宮。隣に座っていた晴馬は、心の中で密かに白い目で成宮を見ていた。知ってか知らずか、はたまたどうでも良いのか、成宮は「さて」と、転換点を持ち出す。

「次なんですがね…。こちらの天津が今回の仕事に当たっていた時、少し不可解なアクシデントに見舞われましてね…」

 成宮のやや不快感を露わにした雰囲気に、理事長と校長は顔を見合わせる。2人の様子を一瞥し、成宮はわざとらしく、右人差し指をこめかみに置き、規則的に叩く。

「まず今回、天津が校舎で仕事をする期間、警備員の方々には校舎内への立ち入りをご遠慮していただく算段となっていたハズ、ですよね?」

「え、ええ…」

 成宮からの質疑に、困惑気味に答える理事長。

「それがどうしたことでしょう!天津が仕事を始める初日に、警備員のお二方が校舎内にきてしまったらしいのです!」

 少し声を張り上げた成宮に、思わず全身に驚きの信号を出した理事長と校長。

「え、ええ、そうでしょうとも…。警備依頼を出しましたから…」

 冷や汗をかきながらも、警備員に警備依頼を出したことを自白する理事長。それもそのハズ、

「我々も驚きました…。警備員を動員しないようそちらから連絡を受けていましたが、前日になって、むしろ警備をしてほしい旨のご依頼がありましたから…。「校内の安全の為に是非」と…」

 (やはり、か…)
 
 理事長からの告白に、成宮と晴馬は怪訝な表情を浮かべる。

「なるほど…。しかしですね、我々からはそのような連絡はしていないハズなんですよ」

「は…!?いや、そんな…!」

 成宮からの非情な言葉に、理事長は思わず取り乱す。

 伏魔師が学校側に使用していたのは、伏魔師が使用している秘匿回線。これはもちろん、他の同業者や、魔徒などからの横槍を防ぐ為だ。つまり、学校側からすれば、秘匿回線=伏魔師からの連絡と言うこととなる。今回、学校側が受け取った警備依頼に使用された回線は、まさしく秘匿回線だった。ゆえに、今回も伏魔師側からの連絡だと判断したようだ。

 要は、誰かが独断で伏魔師として学校側へ連絡し、警備員を動かしたということになる。ただ、少なくとも成宮は認知しておらず、一応、評議会員や至印将へも探りを入れているが、明確なボロは出てきていない。

「成宮様、そろそろいいでしょう」

「そうだね。違うっぽいね」

 晴馬からの指摘に、成宮も同調する。

「すいません、ちょっと意地悪でしたね。人命やコチラの面子も関わってくる事態でしたので、確認ですよ、確認」

 成宮の笑顔と弁明に、一旦落ち着きを取り戻す理事長と校長。というより、混乱している。

「今回の仕事を始めるに際して、我々以外の不明瞭な組織からのコンタクトを禁止する契約を交わしたと思います。その上で、我々へのご報告もですね。今回、もしかしたらその契約違反で、どこかの組織と繋がりができ、我々の仕事に横槍を入れる可能性もゼロではありませんでしたので、少し試させてもらいました。今のご様子を見る限り、嘘をついているようには見えませんでしたので、どうぞご安心を」

 成宮の説明に、滝汗を流しつつも安堵する理事長と校長。

「ですが、根幹が解決したわけじゃありません。何者かが、下手に我々を騙って横槍を入れようとしたことは事実です。なので、これから不明瞭な連中がコンタクトをしてきた場合、無視の上、我々へのご報告をお願いします」

「も、もちろんです…」

 一転、真剣な成宮に、気圧される理事長と校長。

「さて、これで我々からの説明などは以上です。そちらから、何かご質問などはおありでしょうか?」

 成宮からの問いかけに、理事長と校長は顔を見合わせるが、

「い、いえ…、特には…」

 なさそうだった。というより、早くこの場を終わらせたい、というのが本音だった。それを察せぬ成宮や晴馬でもない。

「では、改めまして、今回のご協力のほど、誠にありがとうございました!今後、何かございましたら、遠慮なくご連絡ください!」

 ソファから席を立ち、笑顔で右手を差し出す成宮。理事長は慌てて、同じく右手を差し出して、両者握手をする。

 かたや「今後も下手な動きをしないよう見てるからな」と言わんばかりの冷たく若い右手と、かたや「金輪際関わらないでくれ」の、冷や汗と嫌な熱のこもった初老の右手だった。


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「うーん、やっぱり白かー」

「まぁ、一般人にそこまでするメリットはないですからね」

 校舎を後にし、車の中でパソコンを使用して報告書作成に手をつける成宮。晴馬は成宮の、ギリギリ独り言に聞こえなくもない言葉に対応し、対面に座った。話題はそのまま先ほどの学校側とのやり取りへ。

 今回の件で、望まぬ横槍が入ったことは事実。幸い、晴馬の想像通り、あれ以上の妨害行為はなかった。あれ以上やれば、犯人が誰でもあれ足がつく可能性が高いからだ。正直、学校側になにか匂うところがあれば、それはそれでやりようはあったが、どうにもそうではないらしい。

 ちなみに、秘匿回線を詳しく調べたが、案の定、足取りは捉えられなかった。そのことを報告書に明記していく成宮。本来ならば、水面下で扱うべき繊細な案件だが、逆に成宮は大々的に扱うつもりだ。

 そこには2つの理由がある。

 1つ目は、犯人を炙り出すこと。1回だけとは言え、水面下で好き放題やってくれた挙句に足取りが掴めなかったのだ。水面下で泳がせても恐らく尻尾は出ない。であれば、餌を蒔いて尻尾を見せたところで、陽の元に引きずり出そうという魂胆だ。

 2つ目は、再犯防止だ。水面下で泳がせると言うことは、明確なクロとなるまで潜むこと。つまり、再犯を仕掛けるような事態になるまで動かないことと同義。成宮は逆に大々的に扱うことで、もし動こうものなら陽の下で焼き殺すというメッセージを、まだ見ぬ犯人へ示すとことで再犯防止へ繋がる考えだ。

「そういえば、別にご報告したいことが」

「なに?」

 改まって、晴馬から成宮へ報告許可の申請が入り、晴馬から報告が始まる。

「……黒いローブの者?」

「はい。昨日、校舎で事後処理を行っていたところ、私の行動をコソコソと監視するような者がおりまして。一時的に結界術で捕らえたはずでしたが、逃げられてしまいまして」

「ハルちゃんが捕まえたのに、逃げられた…?」

「結界術が壊された様子はなく、その姿そのものが消えたように逃亡という形となりました。結界を壊すことに特化した術式の仕業であれば理解はできますが、不可解なことに、術式を使用した気配も見られませんでした」

 晴馬からの報告を聞き、やや険しい表情で右手を顎に当てて考え込む成宮。晴馬は成宮の知る限り、仕事に対する実績は確かなものと認識している。その証拠に、晴馬が担当した仕事はほとんど滞りなく完遂を迎えている。仕事の正確さや手際、アフターケアの丁寧さなど、合理性そのもの。そして、合理性と付随する冷酷さともとれる冷静さも持ち味の一つだ。無論、その実績の裏にあるのは、晴馬の現在の階級にいい意味でそぐわない、伏魔師としての実力である。合理性と相まって、よっぽどのことがない限り失敗はない。そして、その黒いローブの者が誰であれ、晴馬の結界術から逃げるなど、成宮からすれば想定外である。

 だが、晴馬の報告は終わっていなかった。

「また、その者は私の名前を知っていました。しかも『晴馬』と、下の名前で呼ばれました」

「下の名前で?いつの間にか厄介なファンでもできた?」

「…んなわけないでしょう。仮にそうなら、ファンサとして地獄に送ってやりますよ」

「冗談、冗談。それはそれとして『晴馬』呼びする人物なら限られるてくるけど…。沙月に巧海、霜司…は『ハルさん』呼びか……」

 成宮は頭の中で候補を思い浮かべる。しかし、

「うーん。どの人も、そんな行動する理由がないなぁ」

「ええ。目的も分かりませんので、現時点ではこれ以上の詮索のしようがありませんけど」

 報告したものの、やや八方ふさがり。しかし、こういった件は、後々で重要になる可能性が高い。というか、黒いローブの者など、どう考えたってなにかしらきな臭い事情があるだろう。報告しないという選択肢はない。

「ま、あの校舎には秘密裏に監視を配置するし、なにかあったらその報告待ちでもいいかな」

 今回も晴馬が感じた気配とは別に、元々、校舎を監視する伏魔師を配置する予定だ。通常はあまりない配置だが、案件の大きさや、日中の学校の活動性を考慮して、なにかあったらすぐ対処できるような配置をとることとなった。ついでといってはなんだが、より監視の必要性が増した形だ。

「と、いうわけで、そこも含めて頼むね」

 成宮は、自身の座席の背後にある小窓を開け、運転席にいる今回同伴した男性の伏魔師2名に、仕事の依頼を行った。彼らが今回の監視の任に当たる予定だ。

「かしこまりました」

 異議を唱えることもなく、運転席の伏魔師は承諾の返事を返す。そのまま一行を乗せた車は、深夜の道を駆けていった。


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 とある平日、片桐は緊張の面持ちで、間立高校の校門付近の壁に背中を預けて立っていた。携帯デバイスを片手に操作するが、どうにも頭に入らない。

 単純に画面の内容が面白くないものばかりだったこともあるが、これから自分の人生を左右しかねない事態に直面するかもしれないからだ。

 しばらくすると、校舎から見覚えのある人物が片桐に近づく。

「待たせた。じゃ、行こうか」

 晴馬の高校生用の言葉遣いを受け、片桐はうなずいて晴馬の後を歩く。無論、いわゆる「デート」ではない。

 2人の行き着いた場所は、人通りの少ない路地。そこにはとある黒塗りの車が停めてあった。なんの車か、片桐は流石に想像がついていた。晴馬が先に車のドアを開け、車内に入る。片桐も続くと、そこには片桐や晴馬と同い年くらいの青年が座っていた。

「やぁやぁ!初めまして、かな?」

 青年の爽やかな挨拶に、片桐は「ど、どうも」と、警戒しつつも、答えながら晴馬の隣に座った。

「さてさて、自己紹介といきましょう。ボクは伏魔師の組織で評議会員をやってます、成宮紫無介と申します。ハルちゃん…、おっと失礼、晴馬と同じ組織の人間ですので、以後よろしく!」

 成宮から差し出された右手に対し、片桐も「片桐です…」と、応じて握手を交わす。

「学校、疲れたでしょー。お二人さん、何か飲むー?」

 成宮は後ろの冷蔵庫に手を伸ばし、ジュースやお茶、ノンアルコールシャンパンなどを取り出す。

「私はお茶で」

 真っ先に応える晴馬に、

「じゃあ、俺も…」

 と、同調を示す片桐。2人の前に出された冷たいお茶を眺める片桐。反対に、遠慮なく飲み干す晴馬。

「あ、あの…。今日はどういったご要件で…?」

 なんとなく想像はできるが、改めて要件を聞く片桐。成宮は自分に用意した、恐らくノンアルコールシャンパンを一口飲み、苦笑いを浮かべる。

「そんな緊張しなくても、って言いたいところだけど、そうはいかないよねー。んじゃ、本題」

 成宮の仕切りに、空気の変わる車内。

「この間、学校側と今回の件について、話し合いがありましてね。そこで、片桐さんの今後についても話が上がったんですよ」

「ついに来た」と言う言葉が脳裏を支配する片桐。

「結論から言うと、学校側は、片桐さんの対応をコチラ側に一任すると言うことで、合意となりましてね。そこで、我々から片桐さんへ、2つの選択肢を提示することになりました」

 唾を飲んで、喉を鳴らす片桐。同時に覚悟を決めてうなずく。

「1つ目。これから先、片桐さんには普通に生活を送ってもらいつつ、封印されている魔属の様子を我々が観察することです。片桐さんは基本的に、通常の学生生活を送っていただいて構いませんが、定期的な検診のようなことへのご協力をお願いすることとなります」

 恐らく片桐を始めとする一般人が、おおよそ予想できる範囲内だ。成宮も言葉には出さないが、要は監視対応だ。片桐も察せたが納得できる内容であった。

「そして、2つ目です。その前に話は変わりますが、まだ今回のをお支払いしていなかったようで」

「?」

「片桐さんにご協力していただく代わりに、伏魔師側の情報をお教えするというものですよー」

「あ、そういえば…」

 片桐の中で忘れていたわけではないが、優先順位がかなり下の方へ下がっていたのは事実。成宮はそれを咎めることなく、自身の横に置いてあった1つの茶封筒を片桐に差し出す。

「単純にお教えしてもいいのですが、先ほどの2つ目の選択肢と同時に、十分に報酬をお支払いできる提案がございましてね」

 右手を出しつつ「どうぞ」と、片桐に開封を促す。茶封筒の中に入っていたのはとある冊子1部と、A4サイズの紙が1枚。そこに記載されていたのは、

 《伏魔師養成機関 入学同意書》

「もしよければ、《伏魔師になる》という選択肢はいかがでしょう」

 思わぬ提案に、思考が止まりかける片桐。

「俺が…、伏魔師に…?晴馬とかと一緒の…?」

 絞り出したギリギリの思考結果である。一番身近、と言うか、晴馬以外の伏魔師を見たことがない為であるが。

「まぁ、初めはその書類に書いてある通り、養成機関からスタートとなります。そこで実力を認められれば、伏魔師としてスタートとなりますね。また、辿る道や階級などの扱いは晴馬とは異なりますが、同業ということは確かです」

 そう、今回、評議会が決めた片桐への対応の1つ。それは、片桐を伏魔師の道へ引き入れることだった。選択肢の1つ目である、基本的に一般人として過ごしつつ、監視対応も可能。だが、魂の半分とはいえ、大君級の魔属の一部を宿した存在を監視する体制にしては、少し不安が残る。であれば、いっそのこと魔属もろとも懐に抱えようという魂胆だ。

 書類を見つめ続ける片桐に、成宮はそのまま話を進める。

「先ほど提示した1つ目の選択肢も、今後と変わらぬ生活をお望みということなら、良いとは思います。が、伏魔師となれば、片桐さんに封印されている魔属に対して、より詳しくアプローチできます。また、知りたい情報がある場合も伏魔師となれば、一般人でいるよりかは遥かに効率的に調べられます。勿論、命の危険は伴う道ですので、よく考えていただいて構いません」

 じっと書類を見つめる片桐。その様子を横目で見つつ、いつの間にかおかわりしていたお茶をまったりと啜る晴馬。

「一応、結論を出す期限は1週間とさせてください。伏魔師の道へ進まれるのであれば、この同意書にサインして晴馬へ提出を。これまで通りの生活と、定期的な我々への協力体制を望まれるのであれば、その際も晴馬へ伝えてください」

 「……分かりました」

 書類に熱中している片桐だったが、成宮の言葉はしっかりと脳に記憶した。

「さて、我々からは以上です。片桐さんから何もなければ、解散としましょうか。ちょうど、着いたみたいですし」

 車がついたのは、片桐が住むマンションの駐車場。話しているうちに、送る形となっていたようだ。

「……俺からも、特にないです」

 晴馬と成宮に深いお辞儀で別れを告げ、自身のマンションに帰る片桐。去り際、成宮と晴馬の目に、葛藤と決意が入り混じった表情の片桐が映っていた。


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 晴馬や成宮とのやり取りの後、マンションの自室に戻った片桐。制服のままベッドに仰向けで身体を預ける。見上げた天井との間に、両手に持ったA4サイズの茶封筒が視界を支配する。中身を取り出すと、成宮から貰った書類が入っていた。内容は《伏魔師養成機関 入学案内》の冊子と入学同意書。

 無言で冊子と同意書を見つめる片桐。思わぬ展開に、混乱気味というのは紛れもない事実。左手で冊子を空中に留めつつ、自身の心臓付近を右手でさする。

 片桐は迷っているわけではなかった。不安でもなかった。

 右手で感じている、徐々に高まる鼓動。そして、無意識に上がっている口角。

 片桐は上半身を起こし、タンスの上に置いてある1枚の写真を見据える。その写真へ無言の決意を示し、自身の携帯電話を取り出した。電話帳からとある連絡先を見つけ、電子上での通話申請を行う。

「あ、もしもし?招也だけど。うん、久しぶり。元気にやってるよ。それでさ、叔父さん。ちょっと話があるんだけど…」

 電話越しの人物と、フランクかつ内密な相談を行う片桐。その表情は、不気味な希望に満ちていた。


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「彼、伏魔師になるかなぁ……」

「どうでしょうね」

 黒塗りの車内で、テーブル越しに向き合う成宮と晴馬。成宮はノンアルコールシャンパンを口にしながら、景色を見てつぶやく。評議会員の一員として片桐へ伏魔師の道を提示したものの、内心では迷いのある成宮。理由はもちろん、一般人をこの世界へ誘い込む道を作ったことだ。片桐の今の事情を考えると、一般人の呼べるかどうかは怪しいところではある。しかし、成宮からすれば、伏魔師にならずに普通の人生を歩むことができたかもしれない人を誘った感覚である。

 また、成宮の16歳ということを考えると、本来なら他者の人生を背負う決断と、その責任を感じるには年齢尚早だろう。ただ、その価値観を振りかざすには、すでに歳不相応な実力、実績、そして地位を確立している。成宮のつぶやきは、自身の決断と行動が、正しい道に続いていることに対する願いなのかもしれない。

 対する晴馬は、本日の学校からの課題を取り組みながら、成宮の呟きに対応していた。本来、数時間はかかる量だが、晴馬は5分前後で、全体の8割をすでに終わらせていた。難易度は進学生にとって骨のある問題だが、晴馬にとっては児戯に等しい。暇つぶしにはなる程度だ。それこそ、課題をやりながら、成宮とのやりとりができるくらいには造作もない。成宮の心中も察しているが、ここでその心の揺らぎをどうこうできる言葉も見当たらない。

「そういえば、一応だけど、片桐さんから答えを受け取った時はもよろしくね」

「心得ています」

 成宮とのやり取りの終了と同時に、晴馬は片付いた課題を鞄に戻す。数時間をかけて熟す難易度の課題を、実に20分前後で終了させた晴馬。「退屈」というのはまた違うだろうが、既に答えが決まっている問題など、晴馬にとってはなんてことはない。せいぜい、暇つぶしにはなったようだった。

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 片桐が成宮から書類を受け取った数日後、片桐は間立高校の校舎内を、とある場所を目指して歩いていた。場所は、大君が封印されていた地下室のある裏庭。

 これから、とある人物との要件を内密に済ませるには、うってつけの場所でもあった。その場所にたどりついた片桐。その木のふもとに人影。待っていたのは晴馬だった。

「すまん。待たせた、晴馬」

「気にするな」

 社交辞令を感じさせることなく、淡々と答える晴馬。そして、念の為に視覚誤認と音漏れ防止の結界を展開する。

「それより、要件はやはりですか?」

 いつもの口調に戻した晴馬が目線を移した先にあったのは、片桐が右手に持っていた茶封筒。晴馬からの切り出しに、片桐は持っていた茶封筒をしっかし視認しつつ、大事に両手に持ち替えゆっくりと晴馬に差し出す。

「一応、中身を確認しても?」

「ああ、もちろん」

 片桐から差し出された茶封筒を受け取り、茶封筒の中から1枚の用紙を取り出す。その用紙に書かれた文言と、サインされていた名前など、書類の不備が無いかを確認する。この約5秒間、片桐は変に緊張していた。

「差し支えなければ、決断の決め手をお伺いしてもいいですか?一応ですが、よっぽど伏魔師が不利になるような回答でもない限り、片桐さんの進退に影響はないので安心してください」

 晴馬の問いを受け、片桐は自身を見つめなおす。伏魔師の世界は、これまで見た世界とは別物。そして危険と隣り合わせ。そんなことは分かっている。

 晴馬にも口外できないを別にしても、明確にもう1つの理由が、その危険な世界へ飛び込むきっかけとなっていた。

 片桐の内面にあるのは、伏魔師の世界への不安すら燃やし尽くす『熱』。高鳴る鼓動、無意識に上がった口角。そう、ワクワクしたからだった。

 あの前途有望な学舎での、光り輝く学生生活。それのもたらす未来。誰もが羨む道の1つが、片桐にはくすんで見えた。それほどに、伏魔師の世界が光り輝いて見えた。その光は淀んだ灰色かもしれない。どんなに危険か。どんなに修羅の道か。それらを含めて、片桐の心は伏魔師の世界へ惹かれていた。

 青く、若く、無鉄砲、無謀、それでいて、実に淡く輝かしい。

 その名は『衝動』

 理性と好奇心とが両立する、愛すべき馬鹿な若者に許された特権。

 様々な懸念や不安を生み出す理性を薪にくべ、自分を動かす燃料を生み出す心情。

 今回の選択に対し、母がなんと言うかは分からない。天寿を全うした先の世界で説教が待っているかもしれない。

 それでも、

 それでも、

 手を伸ばさずにはいられない。言語化できぬ、片桐の本音の一つだった。

「……分からない。でも、今はこうするのが正しい気がして」

 正しいのかどうなのか、分からない。分かるわけがない。多くの同年代の若者は通らない道だし、少なくとも、片桐の周りに前例はない。ゆえに、他者の通ったルートという意味でのマニュアルはない。それでも飛び込む価値はある。その意図を汲み取ったかは分からないが、晴馬は丁寧に書類を茶封筒に戻す。

「確かにお預かりしました。私から成宮様にお渡ししますので、追ってお達しをお待ちください」

 晴馬はしっかり右手に茶封筒を持ち、片桐の横を通り過ぎる。去り際、片桐の肩に手を置いた。

「……覚悟と判断に敬意を」

 力強く、それでいて、なんの他意や曇りもない晴馬の言葉。実際、晴馬自身も少し責任を感じていた。理由は無論、片桐をこの世界に引き込む状況を作ってしまったこと。例え片桐に確固たる伏魔師への希望があったとして、晴馬が一線を引いて遠ざければ、現在の状況は違っていたかもしれない。そして、片桐の目の前には、伏魔師にはならないという選択肢もあった。逆の立場ならば、恐らく晴馬は伏魔師にならなかっただろう。なぜなら、その方が安全だからだ。進学校で優秀な成績を修め、相応の企業などに就職し、所帯を持って幸せに暮らす。そんな選択肢も、片桐ならば可能だろう。

 様々な伏魔師とは違う選択肢がありながら、その上で片桐は伏魔師としての世界を選んだ。事情や経緯がどうあれ、その選択に対して敬意を示すことは、晴馬にとって自然なことだった。

 晴馬が去った後、片桐は1人、裏庭で自分の鼓動と向き合っていた。晴馬にバレていたかはどうかはともかく、自分では冷静な立ち振る舞いはできていたつもりだった。しかし、自分はごまかせないものである。

 脈打つ鼓動。自分の鼓膜まで振動させてくる勢いで、全身に血潮と興奮を与えてくる。

 裏庭の空を見上げる片桐。脈打つ鼓動に呼応するように、それまで快晴だった空が曇天に包まれていく。

「……降りそうだな」

 1人呟き、裏庭を後にする片桐。その数分後、片桐の予想通り、裏庭を含めた学校全体が冷たい雫の祝福に包まれた。

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