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伏魔師養成機関編
晩餐
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「…498!…499!…500!」
相応の回数まで腕立て伏せを終えた男性が、運動場の人工芝の上に仰向けで転がる。伏魔師養成機関・本部特進科に所属する鴉間統は、達成感と疲労感を全身に感じていた。
「…500!」
その横で、同じように相応の回数をこなして、芝に仰向けで転がる男性。同じく本部特進科の片桐招也。こちらも同様に疲労と達成感に浸かる。
「お見事。お疲れ様でした」
「おつかれー!」
その男性2人に対し、両手で喝采を送る男女が2人。現在、本部特進科の担任教師である天津晴馬。そして、統と片桐の同級生である、本部特進科の陽鋒アリサも精一杯の労いを送る。
今回、伏魔師養成機関の授業として、晴馬考案のフィジカルトレーニングを行っていたのだった。アリサに関しては、訳あって今回はトレーニングはせず、見学となっていた。
「やはり、かなり品位のあるメニューでしたね…!」
「同感…!品位ある鬼だね…!鬼…!」
統も片桐もメニューに対してキツさを口にはするが、嫌悪感よりも達成感の方が強いようだ。その証拠に、2人とも少し笑顔だった。もちろん、マゾヒストなどではなく達成感が適切だ。
そんな一行に、昼を告げるチャイムが施設の建物から鳴り響く。
「ちょうどいいので、今日の授業はここまでとしましょう。統さんと片桐さんはストレッチをお忘れなく」
フィジカルトレーニングを終えた2人にアフターケアを促しつつ、タブレットを操作して動画撮影環境を整え始める晴馬。
「いやはや…。流石はかの天津晴馬が作ったフィジカルトレーニングと言ったところですか…」
かたや、ひとまず水分補給しつつ雑談に花を咲かせる統と片桐。
「晴馬ってそんなに有名なの?」
「ええ、それはもう。伏魔師なら彼のことを知らない人はほぼいません。よっぽどの素人やモグリですら、名前を聞いたことはあるぐらいですから」
「そんなに…」
「中にはやや黒い噂もありますが、大抵は根も葉もない与太話です。それに、それらを凌ぐ実績と武勇が凄まじいんですよ。特に魔徒関連は圧巻の一言です。第一支部の成宮様の実績も凄まじいですが、同等の実績を残されていますから」
「へぇ…、思ったより凄い人で驚いたよ…」
「まぁ、有名なのはあくまで伏魔師に関わりのある人に限るでしょう。片桐さんはつい数ヶ月前まで一般人とのことですから、知らなくても無理ありません。それでいうと、片桐さんはこの間まで一般人でしたのに、なぜこんなキツいフィジカルトレーニングをこなせるのでしょう。なにかスポーツのご経験でも?」
晴馬の凄さの表面をなぞった気でいた片桐に、今度は片桐自身のことについて話が回る。
「まぁ、かなり前から多少なりとも鍛えたりしてたけど、実はここに来る1週間前から、同じメニューのフィジカルトレーニングをやってたんだ。晴馬が養成機関の生活についていけるように、ってね」
「それはそれは…。納得というか、むしろこのメニューを我々より1週間近くこなしていることに驚きました…」
「お陰で色々と死にかけたけど」
「色々とお察しいたします」
そんな統と片桐の会話を、遠くから横目で見ていた晴馬。会話の詳細は分からないが、自分の名前が出てきたことはなんとなく分かっていた。だからと言って、どうこうしようとする晴馬ではない。正確には、どうでもいいのだ。いわゆるヒソヒソ話や怪訝な目で見られることも含めて、自分に関する話をされることには、もうかなり慣れている。精々、気になることと言えば、2人が雑談に花を咲かせすぎて、ストレッチという名の水を自身の身体にやり忘れないようにしていないかどうか。結果で言えば、2人に問題なかったわけだが。
それより、晴馬には別の目的があった。それは、今回フィジカルトレーニングに参加できなかったアリサに向けられる。
「アリサさん。1つお願いがあるのですが」
「んー?なにー?」
「よろしければ、一度アリサさんの剣術を見せていただけないでしょうか。それと、動画も撮らせていただきたいのです」
「私の剣術を?」
「先ほどの事情は理解しましたが、やはり実際に見て色々と授業に役立てたいと思いまして。勿論、撮った動画は厳重に取り扱いますので」
アリサの剣術は非常に繊細な身体遣いが必要となる。よって、晴馬が今日持ってきたフィジカルトレーニングをいきなりこなしても、剣術に必要な筋肉のバランスを崩してしまうリスクがある、というものだった。
「あ、俺も見てみたーい。かなり綺麗な剣術なんでしょ?」
手が挙がったのが、芝の上であぐらをかきながら水分補給をしている片桐。無論、片桐はアリサの剣術は見たことがない。というか、そもそも伏魔師の世界に来るまで、アリサに限らず剣術というそのものを見たことがない。興味を惹かれるのも当然。
「私も久々に見てみたいですね。あの品位ある剣術は、何度見てもいいですから」
同様に水分補給をしている統も賛同する。統は見たことがある為か、ことさらハードルを上げる。
「あらら、結構なギャラリーが集まりそうだねー。まぁ、別にいいよ。減るもんじゃないし」
「感謝します」
晴馬は撮影準備、統と片桐が心のワクワク、アリサは自前の剣を持ち準備に取り掛かった。
剣を持ったアリサは、軽く息を吐きつつその場で2回ほどジャンプをし、身体を整えていく。そして、剣を構えた。その瞬間、男性陣が感じ取ったアリサが放つ、これまでのアリサとは違う雰囲気。まるで芝を神聖な場へと変えるが如く、荘厳かつ温かな雰囲気が辺りを包む。
「準備OKだよ」
声も先ほどとは打って変わって、快活さの影は持ちつつも、どこか上品さと色気を纏う声色となっていた。
「お願いします」
晴馬の返答に少し頷き、身体と剣を連動させ、《陽練の舞姫》と呼ばれる剣術を披露していくアリサ。
流麗でいて力強く、剣の鋒を主軸とした動き。陽練の舞姫の二つ名に恥じぬ、まさしく舞のような剣術。
(ふむ……)
動画を撮りつつ、アリサの動きを見つめる晴馬。右手を顎に当て、何か考えに耽るようだった。
まるで時間が止まったかのような美しい剣術を終え、軽く息を吐くアリサの耳に届く片桐の喝采。
「スッゲェ…!」
片桐の後に続いて、晴馬と統の喝采も響く。
「お見事です」
「相変わらず、極上の品位ある剣術ですねぇ…!」
男性陣からの大絶賛に、流石に照れくさそうに笑うアリサ。
「今のを見て、より下手に筋肉をつけてはならないことを理解しました。素晴らしい剣術でしたよ」
「ありがとう!でも、ホントごめんね…。せっかくフィジカルトレーニングのメニュー考えてくれただろうに…」
「大丈夫です。変にこなして本来の力を発揮できなくなるのは、教師として最も避けるべき事態です。むしろ、言ってくれて助かりました」
事情は互いにあれど、やはりどこか申し訳なさが勝るアリサ。無論、晴馬は建前や慰めの為に言っているわけではないが、それを分かってるからと言ってアリサの曇りが晴れるわけでもない。ただ、晴馬もノープランで撮影をしたわけでもないようだ。
「先ほど言った通り、この映像データは授業の為に使いますのでご理解を」
「うん。どうぞどうぞ」
晴馬は改めてアリサからの許可をとり、一同は授業から解散となった。
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あらかたの授業を終え、伏魔師協会・本部の寮に赴いていた片桐。外見からエントランス、廊下、部屋に至るまで、まるでホテルと見間違うような設備の寮に、流石に息を呑む片桐。フィジカルトレーニングは勿論、座学も気力とそれなりに体力を削られたが、むしろこのゴージャスな寮を使うことのほうが心身を削りそうな心持ちだった。
部屋に着くなり、早速荷解きを始める片桐。と、言っても、事前に支給された伏魔師関連のテキストや、一般座学のテキスト、フィジカルトレーニング用具などが大半。反面、ゲームを始めとした娯楽用具はほぼない。
これは片桐にとっては割と普通なことであり、例えば伏魔師になる為の奮起の類で娯楽を遮断しているわけでもない。同年代の青年が惹かれるようなゲームを始めとした娯楽は、片桐にとってさほど惹かれるものではなかった。付き合いでゲームをしたり、遊びに出かけることは少なくはない。ただ、心の底から笑って楽しめるような娯楽はなかった。
確かに、間立高校の件に首を突っ込んだ流れで伏魔師への道が開けたことは間違いではない。しかし、精神性などを考慮すると、なるべくして伏魔師の世界に来たことも否定しきれないだろう。
尤も、片桐はとある目的もあって伏魔師の世界に近づいたこともあるが。
持ってきた荷物の少なさもあって、荷解きは早々に済んだ。新生活をしょっぱなから何かに躓くことはなかったが、俗に言う「暇」な時間を謳歌せざるを得ない状況になったのは、小さな誤算だっただろう。ただ、フィジカルトレーニングや伏魔師としての勉強など、マストではなくとも積極的に取り組むべきことは、意外と探すの苦労はしない。
さっそく座学のためにテキストを開こうと思った瞬間、片桐のデバイスが着信を告げる。画面には「天津晴馬」の名前。
「もしもし?」
「片桐さん。今、お時間よろしいですか?」
「うん。問題ないよ。どうしたの?」
晴馬の声色を聞く限り、特に緊急は非常事態の類でないことは片桐に理解できた。
「本日の18:00前後なのですが、何かご予定があったりしますでしょうか」
「18:00?えーっと…、特にないハズだと思うけど。それが?」
脳内のスケジュール表を確認するが、記憶上は予定なしのページが表示される。
「成宮様は分かりますよね?」
「成宮様って、あの紫色のメッシュの偉い人でしょ?」
「…まぁ、その認識で結構です」
アバウトな覚え方の片桐に思うところがあったのか、少し言いよどむ晴馬。無論、今回はその議論のために電話をかけたわけではない。
「本日の18:00前後に、私と片桐さんへ成宮様から夕食の晩餐会への招待を受けましてね。急な話ではありますので、成宮様からは「無理せずに」とのことでしたが、評議会員からのお誘いです。特に要件が無ければ最優先に受けられることをお勧めします。その上でどうでしょう」
成宮が評議会員など相応の地位にいる人物だということは、片桐にも十分に理解できている。各地位の細かいことは置いておいて、一般社会で言えば「付き合い」の定義のなかでも最上位に優先するべき事態であることも、想像に難くはない。成宮は、自身の地位を利用して実質的に晩餐会への参加を強制するような男ではない。ただ、成宮の「無理せずに」という言葉を真に受けるには、それを阻害する成宮の肩書が多すぎる。
「勿論行くよ。特に用事もないしね」
「了解しました。場所の移動が伴いますので、17:00前後にお迎えにあがります。それまでは、寮の部屋でお待ちください」
「了解っす」
幸い、片桐には用事もなければ、「付き合い」の理解もあった。その甲斐もあり、話の内容に反比例して割と早く片がついた片桐。時刻は16:00前後。そこそこ余裕がある為、片桐はシャワーや身支度など、相応の階級の人物に合う準備に取り掛かった。
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時刻は17:00手前。既に身支度を終え、机に向かって座学の予習復習をしている片桐。暇という事実は否定しきれないが、伏魔師としては初心者もいいところ。有意義に時間を使う手段は非常に多い。
そんな中、片桐の自室のチャイムが鳴り部屋の中に響く。玄関を開けた先には、片桐が想像していた訪問者である晴馬が立っていた。
「どうも。急にすいませんでした。準備はいかがですか?」
「大体大丈夫なんだけどさ、ドレスコードとかの服持ってないから制服にしてみたんだけど、問題ないかな…?」
成宮という相応の階級からのお誘いだ。カジュアルな服装はどうなのかと素人ながらに考えてみた片桐。かといって、高級店に着ていくような服は持ち合わせてはいない。よって、現時点で適していると言えるのは伏魔師の軍服のような服だ。
「ええ、問題ないと思いますよ。というか多分、成宮様はその辺の服装に関して無頓着寄りですから、よほどカジュアル過ぎる服でない限りは大丈夫かと。それにホラ、私がそもそもこの服ですから」
そう言って披露した晴馬の服装は、片桐と同じく伏魔師の制服だった。晴馬にはドレスコードの選択肢があったが、晴馬の談の通り晩餐会の主催である成宮はドレスコードに無頓着寄りだ。目の前に晴馬という正解がいるという事実は、片桐にとって最大の安心材料となった。
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片桐と晴馬は、成宮が手配した迎えの車との待ち合わせ場所である、伏魔師協会・本部の駐車場に向かっていた。その道中は、当然と言えば当然だが、伏魔師本部の建物内を歩くわけである。
片桐にとってはなんてことない道中ではあるが、晴馬にとっては建物内を歩かざるを得ないという心情へと変化していた。片桐はなんとなく晴馬の嫌悪感にも似た雰囲気を感じ取っていたが、特に指摘せずに晴馬の後に続いた。
駐車場に続くとある長い廊下に差し掛かった際、晴馬達から見て廊下の左側に、2人の人物が話しているのを見つける。その瞬間、晴馬からため息とことさら嫌悪感を纏った雰囲気が発されたのを感じる片桐。
すると、廊下左側で話す2人の内、1人が晴馬達に気がついて向かってくる。明らかに晴馬達を目標にして歩みを進める人物。
「…なんか、知り合い?」
流石に気になって、晴馬へ小声で問いかける片桐。
「……ええ、まぁ。やや偉い方ですので、少し襟を正してください」
「わ、分かった…!」
晴馬の嫌悪感にも似た雰囲気の原因は置いておいて、晴馬の忠告に素直にした従い、心理的に襟を正す片桐。
「よぉ、晴馬!最近よく会うなぁ!」
「お疲れ様でございます」
意気揚々と晴馬へ近づいてきた、金髪オールバックの男性。至印将の一角である双越将を担う如更己拓海。片桐から見た限り、晴馬や片桐と同年代に見える。
「ケッ、つめてーつめてー。そういや聞いたぜ?お前、養成機関の教師になったんだって?」
「…ええ」
「そりゃ、前よりよく会うのも道理か。古巣に恩返しってか?殊勝な心がけじゃねぇの」
「…キョウシュクデス」
「おい。もうちょっと建前頑張れよ」
晴馬は初っ端から塩対応だったが、教師の話に立った途端に更に目が死んだことは、外野の片桐にもすぐに察せた。晴馬とのやりとりがひと段落(?)した如更己の目線が、今度は晴馬の隣である片桐に向けられる。
「ん?アンタは?見ない顔だが」
「今日から伏魔師養成機関に来ました、片桐招也です!」
片桐から見た如更己は、ややヤンチャそうに見えるも同い年という評価はすぐに出てきた。しかし、晴馬から相応の階級の人物であることを聞き、どうしたって固くなる片桐。
「片桐…?あー!例の一般から来たって噂の!確か、魔属の一部が身体に封印されてるとかなんとか?晴馬と一緒のところを見ると、晴馬の生徒になるってとこか」
「ええ、まぁ。色々ありまして…」
「そうかそうか!俺は如更己拓海!至印将の一角をやってる者だ!よろしく!それはそれとして…、ふーむ…、なるほどなるほど…」
元気に挨拶をしつつ、片桐の肩をバシバシ叩く如更己。と、思ったら突如として片桐の身体を360度、いや、もはや720度の方向から見渡す。
「な、何か…?」
「あー、すまんすまん!どうにも初対面の伏魔師の鍛え方が気になっちまうんだ!安心しろ!女性にはやらねぇから!」
豪快に笑う如更己。倫理的なラインを守っていることを豪語しているが、晴馬と片桐にしてみれば、
(男性でもやらないほうがいいんじゃ…)
と、いった心境。勿論、それを口外する晴馬と片桐ではない。
「片桐の身体をなんとなく見てみたが、なかなかに鍛えられてんじゃねぇか。この間まで一般人ってこと考えたら尚更だが、二等師連中と比較しても、負けず劣らずの仕上がりだ。常日頃からキツい鍛え方してる証拠だな」
如更己の評価を受け、改めて自身の身体を見渡す片桐。確かに相応の鍛錬はしているが、どうにも客観視して自己評価する機会もなかった。ゆえに、如更己からの言葉は素直に嬉しいものがあった。
「まぁ、一般から来たってなると色々と大変だろうけどよ、なんかあったら晴馬に丸投げしろ!大抵はなんとかするだろうから」
「……善処はします」
「ケッ、テメェのこの場合の善処は、ほぼ100%だろうがよ」
晴馬と温度差のあるやりとりを挟みつつ、自身の腕時計をチラッと見る如更己。
「おっと、これから別件の用事が入っててな。ま、なんかあったら俺にも相談しろや。これから伏魔師として一緒に頑張ろうぜ!じゃあな!」
如更己は快活に、晴馬と片桐の元を去っていった。如更己の明るさもあり、まるで太陽が通り過ぎたかのようなような感覚を覚えた片桐。晴馬と少し温度差があったことを感じていたが、差し引いても意地悪だったり性格が悪いようには思えない。非常に漠然とするが片桐から形容するに、
「……なんか、いい人だね」
という評価は妥当だろう。温度差のあった晴馬だったが、片桐の評価に少し微笑んでいた。
「ええ。真っ直ぐで情熱的。まさしく、これからの伏魔師を背負って立つ方です」
片桐にとって、如更己は先ほどが初対面。ゆえに、正直あまり知らない。しかし、晴馬の意見には素直に納得できる初対面となった。ただ、片桐がどうにも気になったことがあった。
「なんか、晴馬と昔からの知り合いっぽかったし、仲良い感じもしたけど…」
「……まぁ、それなりに」
如更己のフランクさに対し、晴馬は少し塩対応というかよそよそしさを感じさせた。こういったことはデリケートなところではあるため、ストレートに突っ込めなかった片桐。やや遠回しに探りを入れた結果、知り合いの年季は否定しないが、2人の間に何かあったことも否定しきれない晴馬の反応が垣間見えた。
「そんなことより、待ち合わせ場所に向かいましょう。時間が少し迫ってきましたので」
「ああ、うん…」
ギリギリ流れをぶった斬ったようにも見えなくはない晴馬の仕切り直しに、片桐は抵抗なく応じた。
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晴馬と片桐は、駐車場にて待機していた車に乗り込み成宮の邸宅に向かっていた。成宮は第一支部の支部長ゆえ、邸宅は職場である第一支部の近くにある。当然、本部からそこそこ離れた立地にあるわけである。
一般人が多く利用する市街地や住宅街から少し離れた森の中、その建物は車の窓から見えてきた。まさしく「洋館」という言葉が似合う建物が、晴馬と片桐の前に姿を現す。
「おお…!スッゲェ…!」
これまた片桐の人生において見たことのない、まさしく金持ちがの住みそうな邸宅だった。
その邸宅の前、燕尾服を着た初老の男性が待っていた。
「天津様と片桐様でございますね。お待ちしておりました。旦那様がお待ちですのでご案内いたします」
「お世話になります」
「っす!」
丁寧に頭を下げて案内を申し出る初老の男性に、晴馬と片桐はそれぞれ挨拶をしてついていくことに。
建物の中も、外見の期待値に違わぬ高級感溢れ出る内装だった。様々な絵画や動物の剥製など、まさしく金持ちの邸宅だ。
「……伏魔師の偉い人って、みんなこんな感じの家持ってんの?」
「んー、人によりけりですかね。成宮様の邸宅と同じような物件を持っている方もいれば、一般的な自宅を持っている方もいますし、地下住まいの方もいれば、そもそも持ち家がない方もいます。別に規約や制約があるわけでもありませんし、伏魔師としての規範をでなければ問題ありませんからね」
「へぇ…。世界は広いなぁ…」
晴馬との世界の広さについての授業をした片桐の前に、少し大きな扉が現れる。初老の男性がその扉をノックした。
「旦那様。天津様と片桐様がお越しになられました」
「はーい。どうぞどうぞー」
初老の男性の報告に、扉の向こうから晴馬と片桐にとって聞き覚えのある声が返ってくる。その声を聞き、初老の男性はゆっくりと扉を開け、晴馬と片桐へ部屋への道を譲る。
部屋の中は、大きなテーブルが1つを中心に、荘厳かつ高級感あふれる内装が広がっていた。その上座に座す1人の男性。
「やぁやぁ!ご足労どうもー!」
至印将の一角にして評議会員の1人、そして第一支部の支部長でもある成宮紫無介。荘厳な部屋の内装とは打って変わって、まるで友人を迎えるようにはつらつとしている成宮。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
対照的に、あくまで上司を相手にする体制の晴馬。片桐はひとまず晴馬に倣い、丁寧に挨拶をしていく。
「ちょっと!せっかくの晩餐会なのに、その堅苦しいのはやめてよね!肩の力を抜いて、ボクを上司ではなく同年代の友人だと思って接すること!コレ、主催者ルール!いい!?」
そんな2人に対し、成宮はある意味の職権乱用をもってフランクを強制させる。そんな成宮を見て、晴馬と片桐は互いに顔を見合わせて少し微笑む。
「と、いうわけみたいなので、体裁はほどほどにしましょうか」
「了解っす!」
成宮の命令を職権乱用のハラスメントと捉えることなく、晩餐を楽しむべく食席に着く2人。
程なくして、先ほどの初老の男性を筆頭に、同じく燕尾服姿の男女2名前後が部屋に入ってきて、テーブルの上に料理を並べて始めた。和洋中問わず、非常に煌びやかでいい匂いのする料理が満載。片桐もここまでの食卓は初めてだった。
「スゲェ…!やっぱり偉い人って金持ちみたいな感じするなぁ…。なぁ、晴馬!…って、うぉっ!?」
自身の感想を晴馬に伝えようとした刹那、片桐は思わず驚きの声を漏らす。驚きの対象は、片桐と同じく料理に見惚れていた時の晴馬の顔にあった。
まるで宝物を目にした子供のように爛々と目を輝かせ、その口元には晴馬の食欲と空腹を表すヨダレが流れ出ていた。
「…晴馬。ヨダレが…」
片桐の指摘にハッとなり、自身の口元に流れていたヨダレを拭う晴馬。
「…失礼しました」
珍しく頬を少し赤くし、失礼を謝罪する。尤も、片桐や主催の成宮はそれに叱咤するような人間ではない。むしろ、歳不相応な同年代の人間が見せた、数少ない人間らしい様子を見て微笑んでいた。
「ま、積もる話は後にして、食べよっか!おかわり用意してもらったから、たくさんどうぞー!」
「うっす!」
食卓の総意が決まり、3名は丁寧に「いただきます」と、料理に礼を示す。
片桐の前に置かれた料理は、改めて見て非常に食欲をそそり、それでいて食べるのが勿体無いほど見た目も煌びやかであった。しかし、ここで止まっていては礼に欠ける。
ひとまず、目の前にある肉料理を箸で掴み、自身の口に運ぶ。噛んだ瞬間、片桐が経験したことのない凄まじい旨みが口の中を暴れ回る。こんな美味しい料理がこの世界に存在するのかと、片桐の脳内に新たな文化を叩き込む料理達。
「美味しい…!なぁ、晴馬!…って、は…?」
自身が感じた旨みを晴馬へ共有するべく晴馬の方を見た片桐は、思考停止を余儀なくされた。
「すいません。先ほどのコレとコレとコレ、あと、コレとコレとコレ、あとは、コレとコレとコレとコレとコレのお料理のおかわりをお願いします」
晴馬の目の前にあった料理がいつの間にか消え、空の皿が邸宅のスタッフ達に運ばれていく。下げられた皿を合計して10枚前後はあったであろう数と、それぞれにそれなりの量の食事が乗っていたが、こと5分前後にして全て空となっていた。挙句、おかわりをご所望のようだった。
人外のような光景を見て、思考停止する片桐。そして満足げに笑う成宮。
「やっぱり、たくさん作っおいてもらってよかったねー。ハルちゃん大食いだから」
思えば、合計3名食卓にしては料理の数が多いように思っていた片桐。偉い人の料理はこういうものかと勝手に納得していた片桐だったが、答えは目の前にいた。
「伏魔師たるもの、資本は身体です。それに、こんなに素晴らしい料理の数々を前に食欲を抑えるなど、むしろ失礼というものでしょう」
品性とはかけ離れた食事スピードとは裏腹に、丁寧に自身の口元をついている料理の残骸を拭く晴馬。しかし、片桐には別の疑問が湧き出ていた。
「でも晴馬って、学校だとむしろお昼とか少なめじゃなかった?パン1個とか、お弁当1つとか。あんな量で大丈夫だったの?」
その疑問が口にされた瞬間、晴馬の目が赤い眼光を帯びて片桐へ襲いかかる。
「大丈夫なわけないでしょう大体なんですか最近の若いやつってのはどうしてあんな程度の食事で満足しているんですか成長期というものを知らないのですか人間で生まれた身でありながらなぜ食事という実質的な義務を怠るのか理解できないダイエットとかなんですか運動していりゃそのうち痩せるでしょうお米の単位がそもそも足りないんですよキログラムじゃないんです升です升大体なんで私があんな現代の一般人の食事感覚に合わせなくてはいけないんですかまったくもって理解し難い弁当1つで死ぬかと思った魔属でも食ってやろうかと思ってくらいd
「ハルちゃん、ストップ」
思わぬ地雷を踏んだ片桐に襲いかかった、晴馬の愚痴の雨霰。どこで息継ぎをしているんだと問いたくなるような、凄まじいノンストップマシンガンの弾丸を止めたのは、成宮の一声。
「……たびたび失礼しました」
「なんか、すまん…。思った以上に苦労してたんだな…。爆速でパンが消えていったのも納得だわ…」
「余計な詮索や干渉をされたくないだけです。ただでさえ変に人の目を引くものでね」
「ハルちゃんは真面目だからねー」
確かに、あまり大々的に扱えない内容の仕事をしている晴馬にとっては、一般人の干渉は厄介極まりない。晴馬という人間の性質上、余計に。ただ、晴馬のこの場合の干渉とは、一般的に当てはめれば「モテる」というものだった。
「学校と言えば、養成機関の初日はどうだったかな?」
成宮の先導で、話題はそのまま養成機関の話へ。本日、片桐は養成機関生として、晴馬は教師としての初日を終えたのだった。そもそも、本日の晩餐会はその労いを含めたものであったが。
「んー、思ったより普通というかなんというか」
「ほうほう。それは頼もしいねぇ」
片桐の感想に感心する成宮。実際、やったことはフィジカルトレーニングや軽い座学。元一般人の片桐からしても、伏魔師特有の授業を行った実感はない。
と、いうこともあるが、別の要因もあった。
「なんなら、入学前にやった晴馬との特訓の方がキツかったかも……」
そう、養成機関の授業がある意味で苦痛でなかっあのは、晴馬との特訓が凄まじかった反動とも言える。
「当然です。ここに来る時も言ったでしょう?私の特訓についてこれれば、大抵のことは乗り切れると」
「おかげで入学前に死にかけるかと思ったぜ…。まぁ、感謝もしてますが」
人によっては恨みの1つや2つでも買いそうな晴馬の特訓だったが、幸いなことに片桐は、それを必要苦と捉えられる器を持っていた。
「ですが、ここで変に安心するのはやめた方がいいです。これから、実際に魔属や魔徒の案件にも行くこととなりますから。あくまでも今は、その前に伏魔師の世界に慣れる期間とでも思ってください」
「へぇ…。学生と言えど、やっぱり魔属とかと戦うんだ」
「ええ。座学や訓練も必要ですが、実践に勝る経験もそうそうないものです」
「その代わり、ちゃんとお金とかの報酬も出るから、頑張ってねー。学生と言えど、タダ働きはさせられないから。どっか他の業界とかだと「研修」なんていう便利な言葉を使って、タダ働きで若者をこき使うところもあるみたいだけど、しっかりと働いて成果を出した者には相応の報酬を、っていうのが伏魔師協会のスタンスだからね。そこに若者も中年も新人もベテランも、ましてや学生だとしても関係ないからさ」
ただ、普通というのはあくまでも現時点での評価。これから実践に赴けば、その評価も変わってくるだろう。成宮の言うように相応の報酬も望める為、授業や研修と言うより任務に近い。
そんな話をしつつ、食卓は一休みを迎える。晴馬はかれこれ合計30枚前後の皿を平らげ、少し満足そうだった。無論、片桐と成宮は一般的な量で満足した。
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「だぁ~いたいぃぃー、みーんなへんにびくびくしすぎてなんだってぇ!ボクだっていまのちぃをひけちらかしたいわけじゃないんだってぇnひgvjそむゆneの!」
「えっと…、成宮様、酔ってる…?もしかして、アルコール摂取しちゃった…?」
「まさか、雰囲気酔いですね」
食卓の上座にて、顔を赤くしながらグラスを片手に、呂律の回っていない愚痴を披露する成宮。グラスの中で泡立つ飲み物は、もちろんノンアルコールシャンパンである。一般常識からやや離れた世界にある伏魔師の世界とて、さすがに16歳でアルコールは摂取できない。
そんな光景に対し、流石に心配が勝る片桐と冷静な晴馬。
「雰囲気酔いにしたって、限度ってもんが…」
「……個人差ありますから」
片桐の感想がもっともだということは、晴馬も理解している。晴馬にとってはもう慣れっこだが、ノンアルコールシャンパンと雰囲気のセットでここまでの酩酊感を引き起こすのは、初見では困惑必須。もちろん、保安官などの公的人物の前では晒したくないし関わりたくない。
「ちょっとぉぉ!?ふたりともきぃてるぅ!?」
「あ、はい」
「…うっす」
今や忘れ去られた、なんとかハラスメントに十分に抵触しそうな成宮。晴馬はいたって冷静に受け流し、片桐も同じ温度感で続く。
「このあいだのやつだってぇ!ボクがなんどもなんどもハルちゃんにまかせようっていったのにさぁぁ!あのがんくびどもがへんにしぶるからぁ!しいんしょうがしっぱいしたってのわかるけどさぁ!」
「なんの話…?」
「恐らく、間立高校の件です。あの案件は、本当に色々とありましたから」
成宮がとてつもない呂律と滑舌で放つのは、かの間立高校の件。晴馬と片桐が出会った始まりの地。
忘れてたわけではないが、少し遠い記憶のように感じていた片桐。ここで、それに関して片桐が薄々感じていた疑問が、濃い色を帯びて記憶の扉から漏れ出る。
「そう言えばあの案件て、前任者が実質的に失敗したって聞いたような…。アレってどんな失敗というか、事態だったんです?やっぱり亡くなったり…?」
その疑問を片桐が口にした瞬間、食卓の空気が変わったことを片桐は感じ取った。
「……なんか、触れちゃいけなかったです…?」
「いやいや、そういうわけじゃないよ」
興味本位だったが、周りの空気の変わりように恐る恐る自己反省する片桐。突如として先ほどの酩酊感は消え去り、少し苦笑いでフォローする成宮。
「別に隠す必要もないし、片桐君は知っておいてもいいかもね」
「…ええ」
成宮の示唆に、晴馬も同意する。それを感じ取り、襟を正す片桐。
「結論から言うとね、前任者が任務の途中で行方不明になったの」
「行方不明…?やっぱりそれだけ危険だったとか…?」
「だったらまだ説明はつくんだけどね。実際はもっと厄介な事態なんだ。行方が分からなくなったとほぼ同時に、伏魔師協会に辞表とかバッチとかが届いたんだ。多分、本人の意思で」
バッチはいわば、伏魔師協会の人間であることを示す身分証。そして、術式などの技術を使用する際の実質的な許可証として機能している。それに加えて辞表とくれば無論、伏魔師協会の一員としての任と地位を捨てると言うこと。これが正規の手続きを終えた後なら問題ないだろう。しかし、これだけの特殊な状況が出揃ってしまえば、誰しもがとある想像へと辿り着く。
「それってまさか…失踪とか…?」
「まさしくその線が濃厚。一応、行方不明による退職で公表はしてるけど、失踪ってことに勘付いてる人は勘付いているんじゃないかな。もちろん、間立高校の件は未解決での行方不明により、実質的に失敗ってワケ」
「行方不明とか失踪とかって、それなりにあったり?」
「いや、あんまりないね。殉職とかはどうしたってあるけど、行方不明とか、それこそ今回の失踪疑惑なんかはハッキリ言って前代未聞。本人の地位も含めてね。なんで失踪したのかも、もちろんサッパリ」
肩をすくめてため息をはく成宮。自身が関わった件の裏で、思わぬ事情が隠れていたことに驚く片桐。
「流石に今回のはレアケースもいいところだけどね。というか、最初で最後のレアケースにしないと、組織としては面目丸潰れだ」
片桐のまだ肥えていない素人目からしても、異常事態であったことは想像に難くない。
「まぁでも、ずっとこのことについて考え込むわけにもいかないし、今はやれることやるしかない。ね、ハルちゃん」
「ええ。難しいことは成宮様をはじめとした評議会員や至印将に丸投g……っと、失礼。お任せするとして、我々にできることは日々の授業や訓練をこなすことです。それがいずれ、大きな実を結ぶこともありますから」
「そーそー。丸投げって意外と大事よー」
気になる話を聞いたものの、だからと言って今の片桐にどうこうすることはできない。
評議会員たる成宮と、教師の晴馬。片桐が現時点で最も信頼を寄せることのできる内の2人の言葉に、いつの間にか躍動していた好奇心と鼓動が、すでに片桐の明日のエネルギーを作り出していた。
「と、いうわけでおかわりをお願いします」
「「いや、どういうわけで?」」
空の皿をスタッフに返還しつつ、新たな料理をご所望の晴馬。思わずハモってツッコむ成宮と片桐。そんな賑やかな晩餐会となった。
相応の回数まで腕立て伏せを終えた男性が、運動場の人工芝の上に仰向けで転がる。伏魔師養成機関・本部特進科に所属する鴉間統は、達成感と疲労感を全身に感じていた。
「…500!」
その横で、同じように相応の回数をこなして、芝に仰向けで転がる男性。同じく本部特進科の片桐招也。こちらも同様に疲労と達成感に浸かる。
「お見事。お疲れ様でした」
「おつかれー!」
その男性2人に対し、両手で喝采を送る男女が2人。現在、本部特進科の担任教師である天津晴馬。そして、統と片桐の同級生である、本部特進科の陽鋒アリサも精一杯の労いを送る。
今回、伏魔師養成機関の授業として、晴馬考案のフィジカルトレーニングを行っていたのだった。アリサに関しては、訳あって今回はトレーニングはせず、見学となっていた。
「やはり、かなり品位のあるメニューでしたね…!」
「同感…!品位ある鬼だね…!鬼…!」
統も片桐もメニューに対してキツさを口にはするが、嫌悪感よりも達成感の方が強いようだ。その証拠に、2人とも少し笑顔だった。もちろん、マゾヒストなどではなく達成感が適切だ。
そんな一行に、昼を告げるチャイムが施設の建物から鳴り響く。
「ちょうどいいので、今日の授業はここまでとしましょう。統さんと片桐さんはストレッチをお忘れなく」
フィジカルトレーニングを終えた2人にアフターケアを促しつつ、タブレットを操作して動画撮影環境を整え始める晴馬。
「いやはや…。流石はかの天津晴馬が作ったフィジカルトレーニングと言ったところですか…」
かたや、ひとまず水分補給しつつ雑談に花を咲かせる統と片桐。
「晴馬ってそんなに有名なの?」
「ええ、それはもう。伏魔師なら彼のことを知らない人はほぼいません。よっぽどの素人やモグリですら、名前を聞いたことはあるぐらいですから」
「そんなに…」
「中にはやや黒い噂もありますが、大抵は根も葉もない与太話です。それに、それらを凌ぐ実績と武勇が凄まじいんですよ。特に魔徒関連は圧巻の一言です。第一支部の成宮様の実績も凄まじいですが、同等の実績を残されていますから」
「へぇ…、思ったより凄い人で驚いたよ…」
「まぁ、有名なのはあくまで伏魔師に関わりのある人に限るでしょう。片桐さんはつい数ヶ月前まで一般人とのことですから、知らなくても無理ありません。それでいうと、片桐さんはこの間まで一般人でしたのに、なぜこんなキツいフィジカルトレーニングをこなせるのでしょう。なにかスポーツのご経験でも?」
晴馬の凄さの表面をなぞった気でいた片桐に、今度は片桐自身のことについて話が回る。
「まぁ、かなり前から多少なりとも鍛えたりしてたけど、実はここに来る1週間前から、同じメニューのフィジカルトレーニングをやってたんだ。晴馬が養成機関の生活についていけるように、ってね」
「それはそれは…。納得というか、むしろこのメニューを我々より1週間近くこなしていることに驚きました…」
「お陰で色々と死にかけたけど」
「色々とお察しいたします」
そんな統と片桐の会話を、遠くから横目で見ていた晴馬。会話の詳細は分からないが、自分の名前が出てきたことはなんとなく分かっていた。だからと言って、どうこうしようとする晴馬ではない。正確には、どうでもいいのだ。いわゆるヒソヒソ話や怪訝な目で見られることも含めて、自分に関する話をされることには、もうかなり慣れている。精々、気になることと言えば、2人が雑談に花を咲かせすぎて、ストレッチという名の水を自身の身体にやり忘れないようにしていないかどうか。結果で言えば、2人に問題なかったわけだが。
それより、晴馬には別の目的があった。それは、今回フィジカルトレーニングに参加できなかったアリサに向けられる。
「アリサさん。1つお願いがあるのですが」
「んー?なにー?」
「よろしければ、一度アリサさんの剣術を見せていただけないでしょうか。それと、動画も撮らせていただきたいのです」
「私の剣術を?」
「先ほどの事情は理解しましたが、やはり実際に見て色々と授業に役立てたいと思いまして。勿論、撮った動画は厳重に取り扱いますので」
アリサの剣術は非常に繊細な身体遣いが必要となる。よって、晴馬が今日持ってきたフィジカルトレーニングをいきなりこなしても、剣術に必要な筋肉のバランスを崩してしまうリスクがある、というものだった。
「あ、俺も見てみたーい。かなり綺麗な剣術なんでしょ?」
手が挙がったのが、芝の上であぐらをかきながら水分補給をしている片桐。無論、片桐はアリサの剣術は見たことがない。というか、そもそも伏魔師の世界に来るまで、アリサに限らず剣術というそのものを見たことがない。興味を惹かれるのも当然。
「私も久々に見てみたいですね。あの品位ある剣術は、何度見てもいいですから」
同様に水分補給をしている統も賛同する。統は見たことがある為か、ことさらハードルを上げる。
「あらら、結構なギャラリーが集まりそうだねー。まぁ、別にいいよ。減るもんじゃないし」
「感謝します」
晴馬は撮影準備、統と片桐が心のワクワク、アリサは自前の剣を持ち準備に取り掛かった。
剣を持ったアリサは、軽く息を吐きつつその場で2回ほどジャンプをし、身体を整えていく。そして、剣を構えた。その瞬間、男性陣が感じ取ったアリサが放つ、これまでのアリサとは違う雰囲気。まるで芝を神聖な場へと変えるが如く、荘厳かつ温かな雰囲気が辺りを包む。
「準備OKだよ」
声も先ほどとは打って変わって、快活さの影は持ちつつも、どこか上品さと色気を纏う声色となっていた。
「お願いします」
晴馬の返答に少し頷き、身体と剣を連動させ、《陽練の舞姫》と呼ばれる剣術を披露していくアリサ。
流麗でいて力強く、剣の鋒を主軸とした動き。陽練の舞姫の二つ名に恥じぬ、まさしく舞のような剣術。
(ふむ……)
動画を撮りつつ、アリサの動きを見つめる晴馬。右手を顎に当て、何か考えに耽るようだった。
まるで時間が止まったかのような美しい剣術を終え、軽く息を吐くアリサの耳に届く片桐の喝采。
「スッゲェ…!」
片桐の後に続いて、晴馬と統の喝采も響く。
「お見事です」
「相変わらず、極上の品位ある剣術ですねぇ…!」
男性陣からの大絶賛に、流石に照れくさそうに笑うアリサ。
「今のを見て、より下手に筋肉をつけてはならないことを理解しました。素晴らしい剣術でしたよ」
「ありがとう!でも、ホントごめんね…。せっかくフィジカルトレーニングのメニュー考えてくれただろうに…」
「大丈夫です。変にこなして本来の力を発揮できなくなるのは、教師として最も避けるべき事態です。むしろ、言ってくれて助かりました」
事情は互いにあれど、やはりどこか申し訳なさが勝るアリサ。無論、晴馬は建前や慰めの為に言っているわけではないが、それを分かってるからと言ってアリサの曇りが晴れるわけでもない。ただ、晴馬もノープランで撮影をしたわけでもないようだ。
「先ほど言った通り、この映像データは授業の為に使いますのでご理解を」
「うん。どうぞどうぞ」
晴馬は改めてアリサからの許可をとり、一同は授業から解散となった。
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あらかたの授業を終え、伏魔師協会・本部の寮に赴いていた片桐。外見からエントランス、廊下、部屋に至るまで、まるでホテルと見間違うような設備の寮に、流石に息を呑む片桐。フィジカルトレーニングは勿論、座学も気力とそれなりに体力を削られたが、むしろこのゴージャスな寮を使うことのほうが心身を削りそうな心持ちだった。
部屋に着くなり、早速荷解きを始める片桐。と、言っても、事前に支給された伏魔師関連のテキストや、一般座学のテキスト、フィジカルトレーニング用具などが大半。反面、ゲームを始めとした娯楽用具はほぼない。
これは片桐にとっては割と普通なことであり、例えば伏魔師になる為の奮起の類で娯楽を遮断しているわけでもない。同年代の青年が惹かれるようなゲームを始めとした娯楽は、片桐にとってさほど惹かれるものではなかった。付き合いでゲームをしたり、遊びに出かけることは少なくはない。ただ、心の底から笑って楽しめるような娯楽はなかった。
確かに、間立高校の件に首を突っ込んだ流れで伏魔師への道が開けたことは間違いではない。しかし、精神性などを考慮すると、なるべくして伏魔師の世界に来たことも否定しきれないだろう。
尤も、片桐はとある目的もあって伏魔師の世界に近づいたこともあるが。
持ってきた荷物の少なさもあって、荷解きは早々に済んだ。新生活をしょっぱなから何かに躓くことはなかったが、俗に言う「暇」な時間を謳歌せざるを得ない状況になったのは、小さな誤算だっただろう。ただ、フィジカルトレーニングや伏魔師としての勉強など、マストではなくとも積極的に取り組むべきことは、意外と探すの苦労はしない。
さっそく座学のためにテキストを開こうと思った瞬間、片桐のデバイスが着信を告げる。画面には「天津晴馬」の名前。
「もしもし?」
「片桐さん。今、お時間よろしいですか?」
「うん。問題ないよ。どうしたの?」
晴馬の声色を聞く限り、特に緊急は非常事態の類でないことは片桐に理解できた。
「本日の18:00前後なのですが、何かご予定があったりしますでしょうか」
「18:00?えーっと…、特にないハズだと思うけど。それが?」
脳内のスケジュール表を確認するが、記憶上は予定なしのページが表示される。
「成宮様は分かりますよね?」
「成宮様って、あの紫色のメッシュの偉い人でしょ?」
「…まぁ、その認識で結構です」
アバウトな覚え方の片桐に思うところがあったのか、少し言いよどむ晴馬。無論、今回はその議論のために電話をかけたわけではない。
「本日の18:00前後に、私と片桐さんへ成宮様から夕食の晩餐会への招待を受けましてね。急な話ではありますので、成宮様からは「無理せずに」とのことでしたが、評議会員からのお誘いです。特に要件が無ければ最優先に受けられることをお勧めします。その上でどうでしょう」
成宮が評議会員など相応の地位にいる人物だということは、片桐にも十分に理解できている。各地位の細かいことは置いておいて、一般社会で言えば「付き合い」の定義のなかでも最上位に優先するべき事態であることも、想像に難くはない。成宮は、自身の地位を利用して実質的に晩餐会への参加を強制するような男ではない。ただ、成宮の「無理せずに」という言葉を真に受けるには、それを阻害する成宮の肩書が多すぎる。
「勿論行くよ。特に用事もないしね」
「了解しました。場所の移動が伴いますので、17:00前後にお迎えにあがります。それまでは、寮の部屋でお待ちください」
「了解っす」
幸い、片桐には用事もなければ、「付き合い」の理解もあった。その甲斐もあり、話の内容に反比例して割と早く片がついた片桐。時刻は16:00前後。そこそこ余裕がある為、片桐はシャワーや身支度など、相応の階級の人物に合う準備に取り掛かった。
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時刻は17:00手前。既に身支度を終え、机に向かって座学の予習復習をしている片桐。暇という事実は否定しきれないが、伏魔師としては初心者もいいところ。有意義に時間を使う手段は非常に多い。
そんな中、片桐の自室のチャイムが鳴り部屋の中に響く。玄関を開けた先には、片桐が想像していた訪問者である晴馬が立っていた。
「どうも。急にすいませんでした。準備はいかがですか?」
「大体大丈夫なんだけどさ、ドレスコードとかの服持ってないから制服にしてみたんだけど、問題ないかな…?」
成宮という相応の階級からのお誘いだ。カジュアルな服装はどうなのかと素人ながらに考えてみた片桐。かといって、高級店に着ていくような服は持ち合わせてはいない。よって、現時点で適していると言えるのは伏魔師の軍服のような服だ。
「ええ、問題ないと思いますよ。というか多分、成宮様はその辺の服装に関して無頓着寄りですから、よほどカジュアル過ぎる服でない限りは大丈夫かと。それにホラ、私がそもそもこの服ですから」
そう言って披露した晴馬の服装は、片桐と同じく伏魔師の制服だった。晴馬にはドレスコードの選択肢があったが、晴馬の談の通り晩餐会の主催である成宮はドレスコードに無頓着寄りだ。目の前に晴馬という正解がいるという事実は、片桐にとって最大の安心材料となった。
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片桐と晴馬は、成宮が手配した迎えの車との待ち合わせ場所である、伏魔師協会・本部の駐車場に向かっていた。その道中は、当然と言えば当然だが、伏魔師本部の建物内を歩くわけである。
片桐にとってはなんてことない道中ではあるが、晴馬にとっては建物内を歩かざるを得ないという心情へと変化していた。片桐はなんとなく晴馬の嫌悪感にも似た雰囲気を感じ取っていたが、特に指摘せずに晴馬の後に続いた。
駐車場に続くとある長い廊下に差し掛かった際、晴馬達から見て廊下の左側に、2人の人物が話しているのを見つける。その瞬間、晴馬からため息とことさら嫌悪感を纏った雰囲気が発されたのを感じる片桐。
すると、廊下左側で話す2人の内、1人が晴馬達に気がついて向かってくる。明らかに晴馬達を目標にして歩みを進める人物。
「…なんか、知り合い?」
流石に気になって、晴馬へ小声で問いかける片桐。
「……ええ、まぁ。やや偉い方ですので、少し襟を正してください」
「わ、分かった…!」
晴馬の嫌悪感にも似た雰囲気の原因は置いておいて、晴馬の忠告に素直にした従い、心理的に襟を正す片桐。
「よぉ、晴馬!最近よく会うなぁ!」
「お疲れ様でございます」
意気揚々と晴馬へ近づいてきた、金髪オールバックの男性。至印将の一角である双越将を担う如更己拓海。片桐から見た限り、晴馬や片桐と同年代に見える。
「ケッ、つめてーつめてー。そういや聞いたぜ?お前、養成機関の教師になったんだって?」
「…ええ」
「そりゃ、前よりよく会うのも道理か。古巣に恩返しってか?殊勝な心がけじゃねぇの」
「…キョウシュクデス」
「おい。もうちょっと建前頑張れよ」
晴馬は初っ端から塩対応だったが、教師の話に立った途端に更に目が死んだことは、外野の片桐にもすぐに察せた。晴馬とのやりとりがひと段落(?)した如更己の目線が、今度は晴馬の隣である片桐に向けられる。
「ん?アンタは?見ない顔だが」
「今日から伏魔師養成機関に来ました、片桐招也です!」
片桐から見た如更己は、ややヤンチャそうに見えるも同い年という評価はすぐに出てきた。しかし、晴馬から相応の階級の人物であることを聞き、どうしたって固くなる片桐。
「片桐…?あー!例の一般から来たって噂の!確か、魔属の一部が身体に封印されてるとかなんとか?晴馬と一緒のところを見ると、晴馬の生徒になるってとこか」
「ええ、まぁ。色々ありまして…」
「そうかそうか!俺は如更己拓海!至印将の一角をやってる者だ!よろしく!それはそれとして…、ふーむ…、なるほどなるほど…」
元気に挨拶をしつつ、片桐の肩をバシバシ叩く如更己。と、思ったら突如として片桐の身体を360度、いや、もはや720度の方向から見渡す。
「な、何か…?」
「あー、すまんすまん!どうにも初対面の伏魔師の鍛え方が気になっちまうんだ!安心しろ!女性にはやらねぇから!」
豪快に笑う如更己。倫理的なラインを守っていることを豪語しているが、晴馬と片桐にしてみれば、
(男性でもやらないほうがいいんじゃ…)
と、いった心境。勿論、それを口外する晴馬と片桐ではない。
「片桐の身体をなんとなく見てみたが、なかなかに鍛えられてんじゃねぇか。この間まで一般人ってこと考えたら尚更だが、二等師連中と比較しても、負けず劣らずの仕上がりだ。常日頃からキツい鍛え方してる証拠だな」
如更己の評価を受け、改めて自身の身体を見渡す片桐。確かに相応の鍛錬はしているが、どうにも客観視して自己評価する機会もなかった。ゆえに、如更己からの言葉は素直に嬉しいものがあった。
「まぁ、一般から来たってなると色々と大変だろうけどよ、なんかあったら晴馬に丸投げしろ!大抵はなんとかするだろうから」
「……善処はします」
「ケッ、テメェのこの場合の善処は、ほぼ100%だろうがよ」
晴馬と温度差のあるやりとりを挟みつつ、自身の腕時計をチラッと見る如更己。
「おっと、これから別件の用事が入っててな。ま、なんかあったら俺にも相談しろや。これから伏魔師として一緒に頑張ろうぜ!じゃあな!」
如更己は快活に、晴馬と片桐の元を去っていった。如更己の明るさもあり、まるで太陽が通り過ぎたかのようなような感覚を覚えた片桐。晴馬と少し温度差があったことを感じていたが、差し引いても意地悪だったり性格が悪いようには思えない。非常に漠然とするが片桐から形容するに、
「……なんか、いい人だね」
という評価は妥当だろう。温度差のあった晴馬だったが、片桐の評価に少し微笑んでいた。
「ええ。真っ直ぐで情熱的。まさしく、これからの伏魔師を背負って立つ方です」
片桐にとって、如更己は先ほどが初対面。ゆえに、正直あまり知らない。しかし、晴馬の意見には素直に納得できる初対面となった。ただ、片桐がどうにも気になったことがあった。
「なんか、晴馬と昔からの知り合いっぽかったし、仲良い感じもしたけど…」
「……まぁ、それなりに」
如更己のフランクさに対し、晴馬は少し塩対応というかよそよそしさを感じさせた。こういったことはデリケートなところではあるため、ストレートに突っ込めなかった片桐。やや遠回しに探りを入れた結果、知り合いの年季は否定しないが、2人の間に何かあったことも否定しきれない晴馬の反応が垣間見えた。
「そんなことより、待ち合わせ場所に向かいましょう。時間が少し迫ってきましたので」
「ああ、うん…」
ギリギリ流れをぶった斬ったようにも見えなくはない晴馬の仕切り直しに、片桐は抵抗なく応じた。
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晴馬と片桐は、駐車場にて待機していた車に乗り込み成宮の邸宅に向かっていた。成宮は第一支部の支部長ゆえ、邸宅は職場である第一支部の近くにある。当然、本部からそこそこ離れた立地にあるわけである。
一般人が多く利用する市街地や住宅街から少し離れた森の中、その建物は車の窓から見えてきた。まさしく「洋館」という言葉が似合う建物が、晴馬と片桐の前に姿を現す。
「おお…!スッゲェ…!」
これまた片桐の人生において見たことのない、まさしく金持ちがの住みそうな邸宅だった。
その邸宅の前、燕尾服を着た初老の男性が待っていた。
「天津様と片桐様でございますね。お待ちしておりました。旦那様がお待ちですのでご案内いたします」
「お世話になります」
「っす!」
丁寧に頭を下げて案内を申し出る初老の男性に、晴馬と片桐はそれぞれ挨拶をしてついていくことに。
建物の中も、外見の期待値に違わぬ高級感溢れ出る内装だった。様々な絵画や動物の剥製など、まさしく金持ちの邸宅だ。
「……伏魔師の偉い人って、みんなこんな感じの家持ってんの?」
「んー、人によりけりですかね。成宮様の邸宅と同じような物件を持っている方もいれば、一般的な自宅を持っている方もいますし、地下住まいの方もいれば、そもそも持ち家がない方もいます。別に規約や制約があるわけでもありませんし、伏魔師としての規範をでなければ問題ありませんからね」
「へぇ…。世界は広いなぁ…」
晴馬との世界の広さについての授業をした片桐の前に、少し大きな扉が現れる。初老の男性がその扉をノックした。
「旦那様。天津様と片桐様がお越しになられました」
「はーい。どうぞどうぞー」
初老の男性の報告に、扉の向こうから晴馬と片桐にとって聞き覚えのある声が返ってくる。その声を聞き、初老の男性はゆっくりと扉を開け、晴馬と片桐へ部屋への道を譲る。
部屋の中は、大きなテーブルが1つを中心に、荘厳かつ高級感あふれる内装が広がっていた。その上座に座す1人の男性。
「やぁやぁ!ご足労どうもー!」
至印将の一角にして評議会員の1人、そして第一支部の支部長でもある成宮紫無介。荘厳な部屋の内装とは打って変わって、まるで友人を迎えるようにはつらつとしている成宮。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
対照的に、あくまで上司を相手にする体制の晴馬。片桐はひとまず晴馬に倣い、丁寧に挨拶をしていく。
「ちょっと!せっかくの晩餐会なのに、その堅苦しいのはやめてよね!肩の力を抜いて、ボクを上司ではなく同年代の友人だと思って接すること!コレ、主催者ルール!いい!?」
そんな2人に対し、成宮はある意味の職権乱用をもってフランクを強制させる。そんな成宮を見て、晴馬と片桐は互いに顔を見合わせて少し微笑む。
「と、いうわけみたいなので、体裁はほどほどにしましょうか」
「了解っす!」
成宮の命令を職権乱用のハラスメントと捉えることなく、晩餐を楽しむべく食席に着く2人。
程なくして、先ほどの初老の男性を筆頭に、同じく燕尾服姿の男女2名前後が部屋に入ってきて、テーブルの上に料理を並べて始めた。和洋中問わず、非常に煌びやかでいい匂いのする料理が満載。片桐もここまでの食卓は初めてだった。
「スゲェ…!やっぱり偉い人って金持ちみたいな感じするなぁ…。なぁ、晴馬!…って、うぉっ!?」
自身の感想を晴馬に伝えようとした刹那、片桐は思わず驚きの声を漏らす。驚きの対象は、片桐と同じく料理に見惚れていた時の晴馬の顔にあった。
まるで宝物を目にした子供のように爛々と目を輝かせ、その口元には晴馬の食欲と空腹を表すヨダレが流れ出ていた。
「…晴馬。ヨダレが…」
片桐の指摘にハッとなり、自身の口元に流れていたヨダレを拭う晴馬。
「…失礼しました」
珍しく頬を少し赤くし、失礼を謝罪する。尤も、片桐や主催の成宮はそれに叱咤するような人間ではない。むしろ、歳不相応な同年代の人間が見せた、数少ない人間らしい様子を見て微笑んでいた。
「ま、積もる話は後にして、食べよっか!おかわり用意してもらったから、たくさんどうぞー!」
「うっす!」
食卓の総意が決まり、3名は丁寧に「いただきます」と、料理に礼を示す。
片桐の前に置かれた料理は、改めて見て非常に食欲をそそり、それでいて食べるのが勿体無いほど見た目も煌びやかであった。しかし、ここで止まっていては礼に欠ける。
ひとまず、目の前にある肉料理を箸で掴み、自身の口に運ぶ。噛んだ瞬間、片桐が経験したことのない凄まじい旨みが口の中を暴れ回る。こんな美味しい料理がこの世界に存在するのかと、片桐の脳内に新たな文化を叩き込む料理達。
「美味しい…!なぁ、晴馬!…って、は…?」
自身が感じた旨みを晴馬へ共有するべく晴馬の方を見た片桐は、思考停止を余儀なくされた。
「すいません。先ほどのコレとコレとコレ、あと、コレとコレとコレ、あとは、コレとコレとコレとコレとコレのお料理のおかわりをお願いします」
晴馬の目の前にあった料理がいつの間にか消え、空の皿が邸宅のスタッフ達に運ばれていく。下げられた皿を合計して10枚前後はあったであろう数と、それぞれにそれなりの量の食事が乗っていたが、こと5分前後にして全て空となっていた。挙句、おかわりをご所望のようだった。
人外のような光景を見て、思考停止する片桐。そして満足げに笑う成宮。
「やっぱり、たくさん作っおいてもらってよかったねー。ハルちゃん大食いだから」
思えば、合計3名食卓にしては料理の数が多いように思っていた片桐。偉い人の料理はこういうものかと勝手に納得していた片桐だったが、答えは目の前にいた。
「伏魔師たるもの、資本は身体です。それに、こんなに素晴らしい料理の数々を前に食欲を抑えるなど、むしろ失礼というものでしょう」
品性とはかけ離れた食事スピードとは裏腹に、丁寧に自身の口元をついている料理の残骸を拭く晴馬。しかし、片桐には別の疑問が湧き出ていた。
「でも晴馬って、学校だとむしろお昼とか少なめじゃなかった?パン1個とか、お弁当1つとか。あんな量で大丈夫だったの?」
その疑問が口にされた瞬間、晴馬の目が赤い眼光を帯びて片桐へ襲いかかる。
「大丈夫なわけないでしょう大体なんですか最近の若いやつってのはどうしてあんな程度の食事で満足しているんですか成長期というものを知らないのですか人間で生まれた身でありながらなぜ食事という実質的な義務を怠るのか理解できないダイエットとかなんですか運動していりゃそのうち痩せるでしょうお米の単位がそもそも足りないんですよキログラムじゃないんです升です升大体なんで私があんな現代の一般人の食事感覚に合わせなくてはいけないんですかまったくもって理解し難い弁当1つで死ぬかと思った魔属でも食ってやろうかと思ってくらいd
「ハルちゃん、ストップ」
思わぬ地雷を踏んだ片桐に襲いかかった、晴馬の愚痴の雨霰。どこで息継ぎをしているんだと問いたくなるような、凄まじいノンストップマシンガンの弾丸を止めたのは、成宮の一声。
「……たびたび失礼しました」
「なんか、すまん…。思った以上に苦労してたんだな…。爆速でパンが消えていったのも納得だわ…」
「余計な詮索や干渉をされたくないだけです。ただでさえ変に人の目を引くものでね」
「ハルちゃんは真面目だからねー」
確かに、あまり大々的に扱えない内容の仕事をしている晴馬にとっては、一般人の干渉は厄介極まりない。晴馬という人間の性質上、余計に。ただ、晴馬のこの場合の干渉とは、一般的に当てはめれば「モテる」というものだった。
「学校と言えば、養成機関の初日はどうだったかな?」
成宮の先導で、話題はそのまま養成機関の話へ。本日、片桐は養成機関生として、晴馬は教師としての初日を終えたのだった。そもそも、本日の晩餐会はその労いを含めたものであったが。
「んー、思ったより普通というかなんというか」
「ほうほう。それは頼もしいねぇ」
片桐の感想に感心する成宮。実際、やったことはフィジカルトレーニングや軽い座学。元一般人の片桐からしても、伏魔師特有の授業を行った実感はない。
と、いうこともあるが、別の要因もあった。
「なんなら、入学前にやった晴馬との特訓の方がキツかったかも……」
そう、養成機関の授業がある意味で苦痛でなかっあのは、晴馬との特訓が凄まじかった反動とも言える。
「当然です。ここに来る時も言ったでしょう?私の特訓についてこれれば、大抵のことは乗り切れると」
「おかげで入学前に死にかけるかと思ったぜ…。まぁ、感謝もしてますが」
人によっては恨みの1つや2つでも買いそうな晴馬の特訓だったが、幸いなことに片桐は、それを必要苦と捉えられる器を持っていた。
「ですが、ここで変に安心するのはやめた方がいいです。これから、実際に魔属や魔徒の案件にも行くこととなりますから。あくまでも今は、その前に伏魔師の世界に慣れる期間とでも思ってください」
「へぇ…。学生と言えど、やっぱり魔属とかと戦うんだ」
「ええ。座学や訓練も必要ですが、実践に勝る経験もそうそうないものです」
「その代わり、ちゃんとお金とかの報酬も出るから、頑張ってねー。学生と言えど、タダ働きはさせられないから。どっか他の業界とかだと「研修」なんていう便利な言葉を使って、タダ働きで若者をこき使うところもあるみたいだけど、しっかりと働いて成果を出した者には相応の報酬を、っていうのが伏魔師協会のスタンスだからね。そこに若者も中年も新人もベテランも、ましてや学生だとしても関係ないからさ」
ただ、普通というのはあくまでも現時点での評価。これから実践に赴けば、その評価も変わってくるだろう。成宮の言うように相応の報酬も望める為、授業や研修と言うより任務に近い。
そんな話をしつつ、食卓は一休みを迎える。晴馬はかれこれ合計30枚前後の皿を平らげ、少し満足そうだった。無論、片桐と成宮は一般的な量で満足した。
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「だぁ~いたいぃぃー、みーんなへんにびくびくしすぎてなんだってぇ!ボクだっていまのちぃをひけちらかしたいわけじゃないんだってぇnひgvjそむゆneの!」
「えっと…、成宮様、酔ってる…?もしかして、アルコール摂取しちゃった…?」
「まさか、雰囲気酔いですね」
食卓の上座にて、顔を赤くしながらグラスを片手に、呂律の回っていない愚痴を披露する成宮。グラスの中で泡立つ飲み物は、もちろんノンアルコールシャンパンである。一般常識からやや離れた世界にある伏魔師の世界とて、さすがに16歳でアルコールは摂取できない。
そんな光景に対し、流石に心配が勝る片桐と冷静な晴馬。
「雰囲気酔いにしたって、限度ってもんが…」
「……個人差ありますから」
片桐の感想がもっともだということは、晴馬も理解している。晴馬にとってはもう慣れっこだが、ノンアルコールシャンパンと雰囲気のセットでここまでの酩酊感を引き起こすのは、初見では困惑必須。もちろん、保安官などの公的人物の前では晒したくないし関わりたくない。
「ちょっとぉぉ!?ふたりともきぃてるぅ!?」
「あ、はい」
「…うっす」
今や忘れ去られた、なんとかハラスメントに十分に抵触しそうな成宮。晴馬はいたって冷静に受け流し、片桐も同じ温度感で続く。
「このあいだのやつだってぇ!ボクがなんどもなんどもハルちゃんにまかせようっていったのにさぁぁ!あのがんくびどもがへんにしぶるからぁ!しいんしょうがしっぱいしたってのわかるけどさぁ!」
「なんの話…?」
「恐らく、間立高校の件です。あの案件は、本当に色々とありましたから」
成宮がとてつもない呂律と滑舌で放つのは、かの間立高校の件。晴馬と片桐が出会った始まりの地。
忘れてたわけではないが、少し遠い記憶のように感じていた片桐。ここで、それに関して片桐が薄々感じていた疑問が、濃い色を帯びて記憶の扉から漏れ出る。
「そう言えばあの案件て、前任者が実質的に失敗したって聞いたような…。アレってどんな失敗というか、事態だったんです?やっぱり亡くなったり…?」
その疑問を片桐が口にした瞬間、食卓の空気が変わったことを片桐は感じ取った。
「……なんか、触れちゃいけなかったです…?」
「いやいや、そういうわけじゃないよ」
興味本位だったが、周りの空気の変わりように恐る恐る自己反省する片桐。突如として先ほどの酩酊感は消え去り、少し苦笑いでフォローする成宮。
「別に隠す必要もないし、片桐君は知っておいてもいいかもね」
「…ええ」
成宮の示唆に、晴馬も同意する。それを感じ取り、襟を正す片桐。
「結論から言うとね、前任者が任務の途中で行方不明になったの」
「行方不明…?やっぱりそれだけ危険だったとか…?」
「だったらまだ説明はつくんだけどね。実際はもっと厄介な事態なんだ。行方が分からなくなったとほぼ同時に、伏魔師協会に辞表とかバッチとかが届いたんだ。多分、本人の意思で」
バッチはいわば、伏魔師協会の人間であることを示す身分証。そして、術式などの技術を使用する際の実質的な許可証として機能している。それに加えて辞表とくれば無論、伏魔師協会の一員としての任と地位を捨てると言うこと。これが正規の手続きを終えた後なら問題ないだろう。しかし、これだけの特殊な状況が出揃ってしまえば、誰しもがとある想像へと辿り着く。
「それってまさか…失踪とか…?」
「まさしくその線が濃厚。一応、行方不明による退職で公表はしてるけど、失踪ってことに勘付いてる人は勘付いているんじゃないかな。もちろん、間立高校の件は未解決での行方不明により、実質的に失敗ってワケ」
「行方不明とか失踪とかって、それなりにあったり?」
「いや、あんまりないね。殉職とかはどうしたってあるけど、行方不明とか、それこそ今回の失踪疑惑なんかはハッキリ言って前代未聞。本人の地位も含めてね。なんで失踪したのかも、もちろんサッパリ」
肩をすくめてため息をはく成宮。自身が関わった件の裏で、思わぬ事情が隠れていたことに驚く片桐。
「流石に今回のはレアケースもいいところだけどね。というか、最初で最後のレアケースにしないと、組織としては面目丸潰れだ」
片桐のまだ肥えていない素人目からしても、異常事態であったことは想像に難くない。
「まぁでも、ずっとこのことについて考え込むわけにもいかないし、今はやれることやるしかない。ね、ハルちゃん」
「ええ。難しいことは成宮様をはじめとした評議会員や至印将に丸投g……っと、失礼。お任せするとして、我々にできることは日々の授業や訓練をこなすことです。それがいずれ、大きな実を結ぶこともありますから」
「そーそー。丸投げって意外と大事よー」
気になる話を聞いたものの、だからと言って今の片桐にどうこうすることはできない。
評議会員たる成宮と、教師の晴馬。片桐が現時点で最も信頼を寄せることのできる内の2人の言葉に、いつの間にか躍動していた好奇心と鼓動が、すでに片桐の明日のエネルギーを作り出していた。
「と、いうわけでおかわりをお願いします」
「「いや、どういうわけで?」」
空の皿をスタッフに返還しつつ、新たな料理をご所望の晴馬。思わずハモってツッコむ成宮と片桐。そんな賑やかな晩餐会となった。
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