アマツガミ

佐久間

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伏魔師養成機関・入学編

サンブレイク

 とある日の午前中、晴馬は自身の職員室でPCと共にとある映像を真剣に見ていた。

 それは、養成機関生の陽鋒ひさきアリサが戦闘を行っている時の映像。

 陽練ひれん舞姫まいひめと称される力強く美しい舞のような剣術が映像越しに披露される。

「………」

 その映像を真剣に見つつ、PCで何かの作業をしていく晴馬。

 その脳内にはどうにも違和感が残っていた。

 違和感の要因はいくつかあるが、一つ目はアリサがなんとなく迷っているように見えることだ。恐らくは、自身の剣術を失うことを恐れるあまり、晴馬の提案したフィジカルトレーニングを受け入れられないことが関わっている。

 正確には、晴馬のフィジカルトレーニングを含めた新たな鍛え方ができずに、新たな戦術などが生み出せないことだろう。言い換えれば明確に成長できないのである。

 ある意味、伏魔師として成長することが仕事の養成生にとって最も避けるべき状態かもしれない。

 アリサは授業に対して好奇心旺盛で熱心。また、本人が意識しているかどうかは分からないが、特進科という伏魔師を背負って立つ金の卵という肩書きもある。性格だけを考えても、今の状態では余計に焦ったり迷ったりするのも道理。

 もう一つの違和感は現時点では晴馬の憶測に過ぎない。本人に聞いてみるとして、仮に憶測が当たっていた場合の対応を考えている最中でもある。

 このような分かりやすい課題を担任として放置するほど、晴馬は不真面目でも無情でもない。むしろ真面目寄りだ。

 その証拠に、本来なら授業のない休日に一休みする暇も作らず、ブルーライトカット用の眼鏡をつけてPCと映像に向き合っているのだから。

 これを真面目というにはいささかワーカホリック寄りではあるが。

 ふとデバイスの時刻表示を見ると、PCなどでの作業開始から4時間近く経過していた。

 背伸びをして凝り固まった身体をほぐす晴馬。疲労は感じていたが、やるべきことの進展ゆえ時間を忘れて没頭していた結果だ。望まぬ状況で変に時間を意識して過ごすよりずっと有意義だ。ちょうどPCでの作業も終えていた為、問題ない。

 自室の印刷機からとある書面の束を取り出す。

 (さて、あとは彼女次第ですね…)

 心の中で独り言を呟き、書面の束を丁寧に鍵付きの引き出しへしまった。


 --------------------------------------


 本部特進科のとある日の授業。普段の近接格闘訓練は晴馬vs生徒三名となるが、本日は生徒同士の対面となる。

 本日最終の対戦カードはアリサvs片桐。序盤はアリサが優勢で戦闘が進む。

 アリサの剣術の特徴は、フットワークの軽さと素早い突きを主体とした速効性にある。隙をついて先手必勝。その動きに慣れない相手ではまさしく翻弄される。

 しかし、今回はそううまくはいかない。相手の片桐は序盤こそアリサの素早い動きに苦戦を強いられたものの、着実に対処していく。これには流石のアリサにも焦りが生まれ始めていた。

 アリサの剣術にはとある弱点とも言える特徴があった。それは蓋を開ければ単純明解。動きを読みやすいのだ。

 決まった剣術があり、動きを組み合わせることで毎回違う剣術の流れを引き出すこと自体は可能。しかし、現存の剣術ではその引き出しが少なく、それでいて速さを主体とする性質は変わらない。

 確かに最初は翻弄されるかもしれないが、焦らず着実に観察して対処していけば道は見える。

 少しづつ、ほんの少しづつ片桐が押し始める。そしてついに、片桐に反撃の目がやってきた。

 それはずっと待っていたアリサの大きな隙。一定の剣術を行った後に、必ず後退して呼吸を整える場面がある。いかに授業といえど、そんな隙を見逃す義理もない。

 片桐の狙い通り、アリサは後退して呼吸を整える行動に移る。同時に肉薄する片桐。

 アリサも体制は十分ではないが、考えはあった。片桐の目線と動きを観察し、片桐の拳がアリサの剣に向かって放たれた瞬間、アリサは剣を手放す。

「うぇっ!?」

 思わず声が上ずる片桐。空振りの拳と想定外の事態に動きが固まる。そのまま片桐の喉元に向けられた、アリサの手刀による寸止め。

「そこまで!」

 晴馬の号令が響き、対戦終了となる。

「かー!もうちょっとだったのにー!」

「目線とか動きが分かりやすかったからねー。もっと精進せよ若者!なんちゃって」

 対戦終了後に互いに評価をしあう両者。片桐の敗因はアリサの指摘の通りだ。

 片桐はまず、アリサの獲物である剣を手元から離させるなどして弱体化を図ろうとした。それ自体は悪くはないが、片桐がアリサの動きを読んだように、アリサも片桐の目線や動きから狙いを読んで対応したのだった。片桐の狙いが分かりやすすぎたこともあるが。

 だが、確かにアリサは勝ちはしたものの素直に喜ぶ内容でもない。

 まずは片桐のとてつもない成長速度。一応、アリサの剣術とは以前に一度授業で相対している。だが、その上でもここまで追い詰められるのはアリサにも想定外。

 笑顔で片桐へ評価を述べるものの、冷や汗をかかされたことは事実。

「…凄いですね、片桐さん。僕もアリサに勝てるようになったのはもう少し後なのに…。これで練術使わずに汎用戦式と体術だけだなんて…」

「ええ。要領の良さや飲み込みの速度に非凡なものがあります。あんまりこういう言い方はしたくないですが、流石は魔属の受肉の器ですね」

 片桐の成長速度に関しては、出会って間もない統や担任の晴馬も実感していた。

 魔属の受肉の器になれる人間は、伏魔師として何かしら非凡なものを持っていることが多い。その片鱗を感じ取る三名であった。

 片桐の成長速度も目を見張るが、アリサ自身にも課題はある。それは、自分の剣術が徐々に通じなくなっていくという焦りだった。

 ここ最近で感じていたその焦りは、片桐との今回の戦闘でアリサの心に広く濃く広がっていた。

 決して片桐を初心者として舐めていたわけではない。しかし、あまり自分の剣術に相対してない人間に対処されるような剣術でもない。

 いや、本当はそう思いたいだけだ。自分の剣術は通用する。そのハズだ、と。

 その考えを不安が侵食するような今回の内容。他の3名からは見えない角度で、自分の右手に持っていた剣を強く握りしめる。

「アリサさん、少しよろしいですか?」

 そんなアリサに晴馬から声がかかる。

「んー?なにー?」

 なんとかいつも通りの笑顔を作り、応じる。

「剣術について少しお話したいことがございますので、本日のどこかのタイミングでお時間をいただけないでしょうか。アリサさんのご予定に合わせますので」

「はいはい、ちょっとまってねー」

 思わぬ話に、デバイスの内のスケジュールを確認するアリサ。

「そしたら、16時くらいとかどう?」

「大丈夫です。それではお手数ですが、私の職員室にお越しいただきたいのです。少し見ていただきたいものなどもございますので」

「うん、わかったー」

「では、後ほど」

 端的にやり取りを終え、晴馬は校庭を後にした。




「何のお話だったんですか?」

 アリサと晴馬のやり取りを遠目で見ていた統。

「ちょっと剣術について話があるってさ。16時くらいに来てって」

「ほう、それは興味深いですね」

「一緒に来る?」

「いやいや、さすがにこの場合、他者が同席するのは品位にかけますよ」

「そういうもん?」

「そういうもんです」

 実際、アリサの剣術に関する話と聞いて大変に興味をそそられる統。恐らく晴馬がOKを出せば、遠慮がちにでも付いて行ったと思われる。

「では、まだ明日。よろしければ、先生とのお話の内容を教えてください」

「オッケー!おつかれー!」

 アリサと長居すればするほど、同席の誘惑に負けそうになる統。ここは潔く解散となった。


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 アリサは晴馬との約束の時間が迫る中、職員室に向かうため廊下を歩いていた。ただ、アリサにしては珍しく快活さが感じられない。

 少し重い足取りで向かった先は「天津晴馬」のネームプレートがある職員室。その扉に二回ノックをする。

「はい」

 中から聞き覚えのある低めの声が返ってきた。

「陽鋒アリサです」

「どうぞ」

「失礼しまーす」

 非常に端的な問答にて、本人確認と入室許可が下り入室する。
 その部屋の上座に。やや大きめのPCとモニターが設置してあるデスクが一つ。そこに座すのは部屋の主である晴馬だ。

 部屋に入るなり「ほぇー…」と、口を半開きにし、部屋の中を少し見渡すアリサ。

「何か?」

「あー、いや、難しそうな本とか札ばっかりだなーって思ってさ。コレ、全部先生の?」

 晴馬の部屋には、中央の来客用スペースをメインとして両側の棚に蔵書やショーケースのような棚には札が何枚か収納されいる。札は大半が練術や戦式関係の物のようだった。

「ええ。ただ、今ではこの部屋にある本の内容も札に内蔵されてる練術や戦式も、全部頭の中に入ってますからあんまり必要ありませんけどね。それは置いておいて、本題といきましょう」

「はーい」

 晴馬に促されるまま、アリサは座り心地の良い回転式の椅子に座り晴馬と対面する形となった。

 晴馬は備え付けのディスプレイを操作し、アリサの剣術の映像を眼前に出す。

「さて、改めてですが、アリサさんの剣術は確かに素晴らしいです。変に筋肉のバランスを崩したくないという事情も、十分に理解できました」

「…どーもです」

「今は素直に受け取れませんよね」

「…ごめん。顔に出てた?」

「少しだけね。それに片桐さんとの戦闘以降、少し元気さが欠けた気がしたもので」

 アリサにしてみれば気取られるつもりはなかったが、流石はよく見ているという評価を自分の中で晴馬に付けた。

「なんというか、勝つには勝ったけど現実を突きつけられたような感じだね。このままでじゃダメだって。もちろんカタギーは悪くないよ?しっかり強かったし」

「現実をしっかり受け止める姿勢は素晴らしいです。大人でもできる人間は少ないですから」

「16歳がそういうこと言う?」

「経験則ですので悪しからず。さて、では本題といきましょう。授業終わりでも言いましたが、剣術に関することです」

 アイスブレイクを兼ねたつもりはないが、それっぽい雰囲気の雑談もほどほどに本題に移る。

「その前に、少しお伺いしたいことがございまして。とても突拍子もない、あくまで私の推測にはなるのですが」

「?」

「この剣術に、があったりしますでしょうか?」

「……!」

 晴馬の問いに対し、思わず驚きの表情をしたまま固まってしまう。

「アリサさん?」

「ああ…、ゴメンゴメン…。ちょっとビックリしちゃって…」

 アリサの固まった思考と表情を解かしたのは、晴馬の覗き込むような顔と声。恐らく淑女とは言い難い呆け顔を披露していたと自覚するアリサは、恥ずかしそうに後頭部をかく。元々、美少女寄りの美人であるアリサが呆けたところで、それも味のある美少女顔であったが。

「いやぁ、ホントビックリだよ…!あまり話してないところからそこまで辿り着く人、初めてだから…。ていうか、なんで分かったの?」

「結論から言えば、ほぼ勘ですね。言語化できる範囲ですと、今の剣術がなんとなく準備運動に近い感覚を覚えまして。仮に続きがあれば、かなりしっくり来るのですが」

「準備運動…?考えたこともなかったな…」

 晴馬が事前にアリサの剣術の映像を見ていた際の、違和感の一つがこれだった。

 確かに力強く美しい剣術。
 というのが大方の伏魔師から見た評価であり、晴馬がアリサの剣術に対する建前的な褒め言葉だ。

 だが、正直な晴馬の本音としては、

「思ったより地味」

 というのが正直なところ。具体的にはいささか火力と迫力に欠ける印象であった。無論、本人に直接は言わないが。

 晴馬の中での憶測の一つとして、既存の剣術が準備運動。そして、続きとなるメインの剣術があると仮定すれば違和感は解消される。

 結果、準備運動かどうかは分からないがニアピンのようだ。

「まぁ、あくまで勘ですから。それよりも、私の見解は正解ということで?」

「うーん…。半分正解って言っておこうかな」

「ふむ…?」

「その説明をする為には、剣術の元になったモデルとかを説明する必要があるんだけど…、聞いてもらってもいい?」

「もちろんです。教えてください」

 元々、何かしらのカラクリはあると踏んでいた晴馬。口外できない特殊な事情なら別のアプローチを考えるが、本人から積極的に話してもらう流れなら願ったり叶ったり。

「私の剣術はね、とある《神楽かぐら》がモデルなんだ」

「ふむ…、神に捧げる舞ですよね」

「そうそう。私の実家がいわゆる神社みたいなところでね。そこでとある神様を祀っていて、その神様に捧げる独自の神楽があるの。その神楽をモデルに私が剣術に応用したってわけ」

 伏魔師の歴史を辿れば類似するような事例があるかも分からない。しかし、少なくとも晴馬は初めて耳にする事例だ。

「本当なら、神楽は全部で3つの構成らしいんだよね。で、私の剣術は一番目だけがモデルなの」

…、とは?」

 少しアリサの言い方に引っ掛かりを持った晴馬。アリサもあえてそういう言い方をしていた。その証拠に、少し苦笑いで複雑そうな表情をしている。

「その神楽を全部知ってるのが、私のおじいちゃんだけなんだ。でも、おじいちゃんから剣術に応用することに大反対されてさ。「神聖な神楽を戦いの道具にするとは何事だー!」ってさ。だから、剣術にできているのは1番目だけ。後は、そもそも神楽自体を教えてくれなくなっちゃって」

 (ふむ…。戦いの道具に…ね)

 アリサ経由で、アリサの祖父の言葉を脳内で復唱する晴馬。

 確かに事前の違和感は解消された。しかし、脳内でアリサの剣術と祖父のセリフを重ね合わせると、が発生していた。ただ、ここでその違和感を発するには、これまたあくまで晴馬の憶測の域を出ないし本題とはずれる。

「まぁ、お祖父様の言うことも一理ありますね」

 ここは当たり障りのない客観的意見を述べることにした。

「……今となっては、おじいちゃんの言うことも分かる。でも、もう遅いんだよね」

「遅い…?」

「殺されたの。おじいちゃんも含めて、私以外の家族全員」

「……!」

 思わぬバックボーンがあったことに、流石に動揺と驚愕を隠せない晴馬。

「それは…、お気の毒に…」

「……ありがとう。でも、結構前の話だから、流石にもう慣れちゃった」

 そうは言うが、少し無理して苦笑いを浮かべていることは目に見えている。

「一応、その時に保安官とか伏魔師とかが、現場検証とか捜査とかしたみたいなんだ。結果、犯人はやっぱり魔徒だろうって」

 この結果は、晴馬も容易に想像できていた。この世で人間による犯罪はそれなりにあるが、魔徒と認定されるような、術式を始めとする伏魔師と同様の手段で犯罪に手を染める者達も少なくない。練気や術式関連はある程度のノウハウがなければ運用できないため、誰彼構わずとはいかないが。

「動機は多分、金目の物目的だろうってさ。ホラ、ウチって神社って言ったじゃん?だから、歴史的に価値のある物とかありそうだから、それを狙ったんじゃないかなって。笑っちゃうよね。ウチは特段、高価な仏像とか置いてるわけじゃないのにさ」

「そういった場合、人伝の噂が独り歩きする間に尾びれがついて、変な連中の興味を引いてしまうものですから」

 嘲笑気味のアリサに対し、あくまで客観的に応対する晴馬。最低限の弔意は示すとして、下手な慰めをするにはアリサはもうある程度の悲しみの段階は乗り越えていると踏んでのことだった。

「それでね、その神楽なんだけど、書物にも詳細が残っていたらしいの。でも、それすらも持ってかれたみたい。だから、ウチに伝わる神楽の続きを知る手段はどこにもないってわけ。そういう意味での半分正解ってこと」

 肩をすくめるアリサ。ここまで聞いて、アリサへの見方が変わる晴馬。根が真面目でポジティブ、それでいて好奇心もあり戦闘面の強さもしっかりある。

 それらの素晴らしい素質を持ちつつも、それらを半減させてしまう事態が目の前にあった。それを証明する資料が晴馬の手元にある。

「事情は理解しました。お辛かったでしょうに、詳細なことを教えてくださりありがとうございます」

「いえいえー」

 流石に快活とはいかない返事のアリサ。

「ここから先は、少々現実的な話となります。もし聞くのが辛かったら、遠慮なくおっしゃってください」

「大丈夫だよ。私だって、自分語りするためだけにここにきたわけじゃないしね」

「では、お言葉に甘えて。まずはこちらをどうぞ」

「これは?」

 晴馬からアリサに差し出されたのは、とあるデータが載っている紙面。

「それは、アリサさんの去年の戦闘データ、そして現在のデータとを比較したものです」

 紙面には詳細なデータが載っていた。細かい数値は、正直アリサにはサッパリだったが分かりやすい表が1つ。2つのデータをグラフにして重ねたものだ。

 そのグラフに記されている二つのデータは、ほぼほぼ一致を示していた。それが示すこととは、

「結論から言いますと、去年とほぼ変化がない。良く言えば現状維持。ですが、現実は「成長していない」と捉えるべきかと」

「そう…、みたいだね」

 自身でも自覚があるのか、複雑そうに深く頷くアリサ。

「ですが、アリサさんにさほど非はないかと思います。現状を表するなら、八方塞がりと言ったところでしょう。さらなる強化のツテであった神楽を知る手段はない。かと言って下手に模索すれば、アリサさんの強みである元々の剣術すら失いかねないという懸念がおありかと」

「あっはは…。すごいね、先生。まさかここまでズバズバ言い当てられるとは…」

「誤解しないでください。私の見解を突きつけるためだけに、わざわざお呼びしたわけではありません。むしろ、ここからが本命です。これはプランの一つに過ぎないのでここでご提案するつもりはありませんでしたが、お話を聞く限り使えそうなのでこのままご提案を」

 晴馬は机の上にあった、もう一部の書類をアリサに差し出す。その紙面には、とあるタイトルが印字されてあった。

『陽鋒アリサ。剣術開発計画(仮)』

「どうでしょう。剣術の元であった神楽の続きを知る術がないのなら、新しい剣術を生み出すというのは」

「新しい剣術を…、生み出す…!?」

 想像だにしなかった提案を受け、事態を咀嚼しきれないアリサ。

「もちろん、神楽をベースにしている今の剣術の持ち味を消したり、刷新するというわけではありません。あくまで現在をベースに、新たな剣術の続きを生み出すというご提案です」

「そんなこと…、できるものなの…?」

 晴馬の言っていることはアリサにも理解できる。しかし、実行できるかは別問題。机上の空論。その言葉がアリサの好奇心の前に立ちはだかる。

「できるかどうかは分かりません。ですが、アリサさんには実現できるだけの熱意も好奇心も、そして実力もポテンシャルもあると思っています。そして、理論は私が持ってきました。あとはアリサさんが実行するか否かです」

 晴馬の論を聞き、自身と向き合うアリサ。

 祖父とは喧嘩したとしても、元々は仲良しだ。喧嘩したまま、今生の別となってしまったことを後悔するくらいに。

 下手をすれば、そんな祖父から教えてもらった神楽を元にした剣術すら消えてしまうかもしれない。そう思うほど、この神楽は大事なもの。

 祖父亡き今、後悔の残る別れをした今、言い換えれば唯一の祖父との絆や繋がりなのだ。

 だが、晴馬がデータで示したように伏魔師としてこのままではダメなことも理解している。剣術に対処されそうになってもアドリブで対応することもあるが、正直騙し騙しな面も否めない。世界はいつだって進んでいる。いつかは壁に当たってしまうかもしれない。

 など、ここまで少しネガティブな方面で考えていたアリサ。しかし、ある意味では無駄だったようだ。祖父との繋がりの懸念は頭から消えないが、それ以上に好奇心が脈々と身体へ鳴動していることも理解していた。

 それに、ここで下手に後退した時こそ、むしろアリサの真骨頂は失われて祖父に顔向できない。

 アリサの中で止まっていた時間が、鳴動する好奇心と共に動き出す。

「一意専心!気炎万丈!」

 突如として自身の両頬を叩きつつ、四字熟語を勢いよく口にするアリサ。流石に少し驚き言葉を失う晴馬。

「ああ、ごめん。おじいちゃんがよく、神楽を舞う前に言ってた言葉でね。早い話「気合い入れて集中!」ってことなんだって」

 四字熟語の細かな意味合いについて気になる部分は置いておいて、アリサの熱を確かに感じ取る晴馬。

「では?」

「うん!その提案、乗った!改めてよろしく、先生!」

 アリサから笑顔で差し出された、ハイタッチ用の右手。晴馬も微笑みつつ、自身の右手をアリサと同じ座標まで上げる。

「そう来なくては…!」

 部屋の中に、両者の右手による新たなスタートを切る空砲が響いた。

「では、早速、運動場へ向かいましょう」

 意気込みの余韻冷めやらぬまま、晴馬は自身の腕時計を見つつ運動用の準備を始めた。

「え!?今からやるの!?」

「ええ。時間は17時ですので、仮に今から1時間やったとしてもまだ18時。夕飯や入浴の時間には間に合うはずです」

「いや、そういう問題じゃ…」

「おや?先ほどのそれらしい四字熟語はどこへ?それとも、その程度の意気込みなんですか?」

「分かったー!分かったよー!ハルちゃん先生の非常識ジェットコースターに乗ってやるよー!」

「ジェットコースターはともかく、非常識はやめてもらえます?」

 晴馬のフットワークに振り回されながらも、好奇心と熱が生み出した笑みはアリサ自身も否定しきれぬものだった。


 --------------------------------------


「おはよー」

「おはようございます、片桐さん」

「おh♪¥|〆(-_-)zzzー」

「……なんて?」

「おはよー、だそうですよ」

「ああ、そう…、おはよう…」

 教室に入った片桐を出迎えたのは、机の上にテキストを広げて勉強している統と、机の上に顔面を伏せて項垂れているようなアリサ。

 統の通訳により、机に口が埋もれた状態のアリサの挨拶をなんとか聞き取れた。挨拶も大切だが、やはり片桐が知りたいのはいつも快活なアリサが項垂れている原因である。

「……アリサどうしたの?元気なさげ?珍しいじゃん」

「きn@'w.tー(´-`).。oO」

「……なんて?」

「筋肉痛ー、だそうですよ」

「筋肉痛?昨日、そんな激しい授業したっけ?」

「んー、記憶にないですね」

「だよなぁ…」

 片桐の脳内には、晴馬との戦闘訓練が浮かび上がる。無意識にその戦闘訓練を「激しい運動」に入れていないのは、中々に状態ともいえよう。その発言に違和感を抱かずに、片桐の見解に賛同する統も同じく大概である。

「おはようございます」

 そこに、教室の扉を開けて入ってくる教師の晴馬。

「おはようございます」

「おはざっす」

「…ございまぁす」

「お、今度は聞き取れた」

 統、片桐の挨拶に続き、流石に顔を上げて通訳不要の挨拶するアリサ。

「おや、昨日の反動が来てるみたいですね。ちゃんとこなした証拠です」

「鬼、悪魔、どS…」

「お褒めに預かり、光栄です」

 晴馬とアリサにしか分からない会話に、片桐と統は顔を見合わせて首を傾げる。

「ああ、お2人には午後の訓練で説明しますので、お待ちを。アリサさんもそれでよろしいですね?」

「うぃ…」

「では、午前中の座学を始めましょう」

 何やらそれぞれで変化のありそうな教室は、今日もいつも通りに授業が進んだ。


 --------------------------------------


「さて、では、アリサさんの事情についてですが、ご自分で説明されますか?」

「いや、せっかくだから先生に頼もうかな。我ながらうまく説明できるか不安だし」

 午前中の座学が終わり、いつも通りに午後から運動場での戦闘訓練となる特進科。だが、やはりアリサの筋肉痛云々が気になる統と片桐。約束通り、晴馬は「了解しました」と、承諾して説明を始める。

「これまでアリサさんは、とある事情によりフィジカルトレーニングは参加されませんでした。しかし、昨日その事情に片がつきまして、今日から本格的に参加となります」

「なるほど。昨日、そのフィジカルトレーニングをやってみた結果が、今日の筋肉痛とみた」

「大正解ー。鬼だよね、鬼」

「マジ解る」

 筋肉痛のカラクリで盛り上がる(?)片桐とアリサ。対して統は別の視点へ目を向けていた。

「やはり、剣術に関することですか?」

「察しがいいですね。そう、昨日から新たな剣術を開発することとなりました」

「本当に!?よかったじゃないですか、アリサ!」

 晴馬の説明に、自分のことのように喜ぶ統。統は一応、アリサの事情は知っていた。そして、アリサが笑顔の裏で八方塞がりで苦しんでいるのは、統もなんとなく感じ取っていた。だからと言って何かできるわけでもなし。アリサとは別の立場で苦しんでいたとも言えよう。

「ありがとう!まぁ、第一歩ってところだけどねー」

「それでいいじゃないですか!品位ある成果は、まず第一歩からですよ!」

「その通り。正確には昨日からですが、一歩一歩積み上げていきましょう。併せてになりますが、当然、訓練中にもその剣術を磨いていくこととなります。ですが、片桐さんと統さんは変に加減をしないように。手心を加えたくなるなら、それはそれで気持ちはわかります。ですが、それでは訓練の意味がありません」

 晴馬がわざわざ説明したのは、片桐と統の訓練に際するアリサへの接し方だった。一歩一歩とは言ったものの、痛みや苦労を知っているのとそうでないのとでは成長に差が出る。

「もちろん、アリサさんもその心つもりで」

「……もち、リョーカイ!」

 流石は特進科生と言うべきか、アリサもとっくに覚悟はできていた。

「さて、来月には《新星祭しんせいさい》も控えていますので、そこに向けて訓練に身を入れていきましょう」

 晴馬からの連絡を受け、ことさら身を引き締めて訓練に臨む3人。そして今日も、晴馬に一撃も入れられずに汗だくで芝の上に転がる。

 ただ、アリサはそれでも笑顔で「おにー!」と困難を愉しんですらいた。雲が晴れたように鮮やかで清々しい笑顔。

 剣術を習得すること含めて困難な道となるかもしれない。そんな困難に対して苦しむことは誰にでもできる。

 アリサの笑顔も新たな道が開けた瞬間ゆえの笑顔。これから歪むだろう。

 と、外から断じられるかもしれない。

 それでもアリサは、道さえあれば自分の困難を愉しみながら征くだろう。それこそアリサが持つ天賦の才覚の1つだ。


 --------------------------------------


 伏魔師協会・第一支部。養成機関校舎。

「さて、もうすぐ新星祭だねぇ!」

 談話室で楽しそうに回転式の椅子をクルクルと回す男、伏魔師協会第一支部支部長兼養成機関第一支部学長、成宮なるみや紫無介しのすけ

「学長が出るわけじゃ無いのに、な~んでそんなに張り切ってるんです~?」
 
 机を挟んで対面する男子生徒。標準と比較して、かなりゆったりとした口調。

 伏魔師養成機関第二支部・特進科、《宙良そら大河たいが》。

 6月も後半に差し掛かるというのに首元には白いマフラーを巻いており、そのマフラーを触る両手の爪は真っ白なネイルがされている。

「だって祭りだよ!祭り!盛り上がらきゃ損だぜ!」

「学長って冷静そうに見えて、意外とやかましいですよね~」

「君は相変わらず、おっとり優しそうなのに言葉を選ばないねぇ。ま、せっかくの祭りなんだから、どうせなら優勝しちゃいなよ!」

「ええ~。クソだるいですね~。でも、統君には会いたいな~」

「本部の?仲良かったっけ?」

「う~ん、特別仲が良いわけじゃないですけど、前回は互いに不完全燃焼みたいなところがありましたから~。せっかくなら今一度相対したいですね~」

「ほう。君にしては珍しいね」

「我ながら僕もそう思います~。熱いのは苦手なんですけどね~」

「いいんじゃないかい?下手に熱に嘘をつくと、歳をとってから後悔するからねー」

「僕と同い年でおじさんみたいなこと言いますね~」

「ボクみたいにならないように、熱があるうちに楽しみたまえってことさ」


 -------------------------------------- 


 伏魔師協会・第二支部。トレーニングルーム。とある女子生徒が機器を使ってトレーニングに励んでいた。

「いつにも増して精が出るな、《れん》」

 そこに近づく男性。第二支部特進科の担任教師、《宝生ほうしょう親弥しんや》。伏魔師の軍服を着ているものの、少し着崩した装い。全体的に覇気に欠けるも、着崩した服の下に眠る鍛え上げた肉体は凡人の成せるものではない。

「お!親弥君、おっつー!」

「おう」

 トレーニングを終えて、担任教師の来訪に応じる女子生徒。

 伏魔師養成機関第二支部・特進科、《あつむれん》。

 かなり砕けた言い方と快活な声。金髪かつ長髪で両耳にはピアス。

 トレーニングとは言え裾の短いトレーニングパンツと、胸部周辺を最低限覆いつつ、腹部全般は一切身に纏わない装い。

 適度に引き締まった腹部と豊かな胸部と臀部を兼ね備え、早瀬に負けず劣らずスタイルの良さを誇る。腹部には運動後の汗が滴るが、本人は気にしない。

 いわゆる『ギャル』に当てはまる女子生徒だ。

「教師がいうのもなんだが、そんなに新星祭って楽しみなモンか?」

「だって、《ハルさま》が来るんだよ!?私の戦い見てくれるんだよ!?もう、犯罪的にアガるじゃん!」

 《ハルさま》とはお察しの通り晴馬のことである。

「アガってもいいが、犯罪は起こすんじゃねぇぞ。つーか、晴馬は自分の生徒を見るだろうし、他の生徒まで見てるヒマあるか?」

「もー!そういう細かいことはいいのー!きっと見てれるって信じて戦うのが大切だなんだよ、きっと!そんなんじゃ犯罪的にモテないぞー!」

「バーカ。有象無象にモテなくても、愛する女一人魅了できればそれでいいんだよ。ガキにゃ分からんだろうけど」

「私だってハル様一筋だもーん!」

「ま、頑張れる理由があるのはいいことだ。ただ、やりすぎは厳禁な。オーバーワークで本領発揮できなきゃ、惹ける目も惹けねぇからよ」

「あーい」


 --------------------------------------


 とある郊外の土地。そこには無数の人間が横たわっていた。いや、正確には横たわる魔徒の山が築かれている。

 山の頂点に座すのは、その山を築いた犯人の男性。

 伏魔師養成機関第二支部・特進科、《三神みかみ新波しんば》。

 上背は190cm前後と大柄で、頭部には黒い手拭いを覆い被せるように巻いている。

 鋭く、圧を醸し出す眼光が見据えるのは手元のデバイス。今回の任務の報告もそうだが、とある画面を見つめていた。それは、新星祭に関する画面だった。

「……天征」

 三神は一人呟き、任務の時にいつも持参しているラムネを一粒口にした。





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