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 秀吉さんの屋敷に来てからは穏やかな日々が流れた。

 ただ一つ違うのは最近体の調子がおかしいのだ。

 気持ちが悪く胸がムカムカしたり、匂いの強いものを嗅ぐと吐き気を催しトイレに駆け込んだこともしばしばあった。

 「凛久大丈夫か?」

 「今日はまだいいほうです。昨日は本当にしんどかったですから」

 「後で医師をよこすからそれまで寝ていろ」

 「はい、ありがとうございます」

 「今日は早く帰るからな」

 「そんな顔しなくても大丈夫ですよ。秀吉さんのほうが倒れそうな顔してますよ」

 「お館様のところからこちらに移って早三月になるからな」

 「三月ですか……まさか……でも…あれがない…」

 「どうした?」

 あたしは一つの可能性に気づき震えた。

 「秀吉さんもし赤ちゃんができていたらどうなります」

 「信長さまの赤子なら世継ぎとなる」

 その可能性にあたしは青くなった。

 「まさか」

 「ないんです。どうすればいいんでしょう」

 「このままだとまた、御館様の所に逆戻りになってしまう」

 「できていたら安定期になった時点で、甲斐の信玄か越後の謙信の所に避難させるか」

 秀吉さんは一人ぶつぶつ言うとあたしの頭をなでると部屋をでていった。

 そのあと医師がみえ診察してもらったがやはり妊娠していることが分かり、医師に他言しないように頼むと秀吉さんの帰りを待った。

 それからほどなくして帰ってくると、診察の結果を報告した。

 秀吉さんのほうも話はついたらしく、謙信さんのところに行くことになった。

 「事情は話してある。お館様には養生のためと言っておくので、子を産んだら戻ってこい」

 「わかりました」

 あたしはそれしか言えなかった。

 できれば戻ってきたくない。

 子供を産まなければいけないならそのまま謙信さんのもとで子供を育てたいとは言えなかった。



 

 

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