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1章 ジュリアス界層魔術師事務所
9話 魔術師はすれ違う
しおりを挟むウィンブルガー王国。
首都ガーベラ。
通称『王都』には様々な施設がある。
お洒落なカフェ。
露店や新鮮な食料を取り扱う市場。
娯楽施設に大型商業施設。
書店や雑貨店なども充実しており、とにかく人も物もよく動く場所だ。
そしてここには
ウィンブルガー王立魔術師養成学院もある。
国ぐるみで魔術師の育成に力を注ぎ、国を育てる様々な知識を持った魔術師を輩出する名門校。
どの国の養成学院よりも質の高い教育を受けられる学院。
競争率は高く入学も困難で卒業も困難な名門校。
仮に卒業出来ても、
「明日面接なんだけどすっげえ不安なんだよな……」
「どこの事務所受けんの?やっぱりフェザー?」
「ランブル。フェザーは俺じゃ無理だよ界層魔術師事務所だし……。お前は?」
「俺は第一希望フェザーにした。
第二希望はウェイスト」
「マジかよ!さすがにフェザーは落とされんじゃね?」
「試しに受けるのも良いじゃねえかよ。採用されたらラッキーだし」
彼らには就職という試練が待っている。
就職先としても当然ながら界層魔術師事務所は人気がある。
界層魔術師事務所所属の組合魔術師と
公認魔術師事務所所属の組合魔術師では魔術師としてのスタート地点も違うし賃金も全然違うからだ。
特に界層魔術師事務所フェザー、アルマ。
この二つの事務所は質が高く
働いている魔術師にも有名人が多い。
そして定着率も安定しており人気がある。
次点でブランハイム、そしてアーマライトだ。
歴史が浅く新興の事務所であるジュリアスは、まあ、その下あたりだろう。
いずれの事務所も───ジュリアス以外───王都にあるので立地が物凄く良い。
なので、この時期に魔術師事務所の近くを歩くと、
「お、面接待ち」
「今年も多いですね」
緊張した面持ちで事務所の外に並んでいる学生達の列をよく見かける。
書店からの帰り道。
ユキノとコウェルは制服姿の学院生達と何度もすれ違った。
王立魔術師養成学院の制服を身に纏い
事務所の前でひたすらに資料に目を通している者。
不安そうにしている者。
イキイキと目を輝かせている者と三者三様でその時を待っている。
ちなみに。
「で、ウチは?」
「え?」
「新卒ちゃんをゲットするご予定は?」
「人を雇うにはお金が必要なんですよ………」
「あっ……はい………」
ジュリアス界層魔術師事務所にはその予定と余裕が無い。
本屋からの帰り道。
コウェル·ジュリアス界層魔術師は光の宿らない黒い瞳と死んだ魚の様な顔で師を見つめた。
ジュリアス界層魔術師事務所はフェザー、アルマ、ブランハイム、アーマライトと同じ界層魔術師事務所である。
そして近代で初めて魔女に承認された界層魔術師事務所。
話題性もあり、耳の早い学生達がそれを知らない訳も無いがジュリアス界層魔術師事務所は現在人材を募集していない。
でも問い合わせは非常に多い。
毎日何通も面接希望の手紙が来るのはありがたい話ではあるが、残念ながら今は人を雇えない。
「でも、アレよ、ほら、なんとか雇えなくは無いじゃん!」
それでも氷華の魔女こと冠名魔女。
ユキノ·フローズは人を雇おうとする。
理由は簡単だ。
自分は働きたくないから人を雇おうと顔に書いてある。
長い事一緒に暮らしていればその魂胆も透けて見える。
「駄目です。仮に雇ったとしても給料払えなかったらどうするんですか」
それこそ総組に呼び出されますよ。と付け加えるとユキノは「あー」とか「うー」と唸りながら、ジトーっとコウェルを見つめた。
「ち、ちゃんと面倒見るから!」
「ペットじゃないんですから。無理ですホントに」
ユキノが絞り出したであろう一言を一蹴すると彼女は肩を落として「ケチィ~」とボヤいた。
こうなった時だけはどっちが師匠でどっちが弟子なのか分からなくなる。
───とは言ったものの。
実を言えば一人か二人なら雇えなくは無い。
界層魔術師事務所である以上。
仕事の対価として、かなりの額の報酬は貰っている。
ただ、新興の界層魔術師事務所故に多額の支払い等が発生する事が度々あるのだ。
例えば。
有力者のパーティーに呼ばれれば、それなりの準備も必要だ。
そして依頼の関係でどうしても用意しなくてはならない物が出てきたり────と。
そういう事もあって無理に人を雇う事が出来ないのだ。
前者に関しては断れば良いのだが、古くから存在する界層魔術師事務所なんかと違って人脈を新たに作る必要もある。だから無下に断れない。
安定すればその辺はクリアになるが
現実は中々に厳しい訳で。
「仕方ないかぁ……」
「この前の支払い残ってるんですよ……あと二回も……」
魔術鉱石採掘場の件で仕方なく購入した道具の代金を思い出しコウェルは項垂れた。
家一軒買える位の価格だった事を思い出しユキノも情けない声を出し天を仰ぐ。
「あっはあ………忘れて……たぁ……」
「ははは………はぁ………」
王都の片隅。
賑やかな通りで現実を思い出した師弟は揃って乾いた笑い声を上げた。
界層魔術師事務所は高給取りだが安定するまで厳しいのはどんな仕事でも一緒。
この状況で人を雇うのは夢のまた夢だ。
夢だが、間違いようのない現実もある。
「───コール、気づいてる?」
「はい、総組を出てからずっと」
乾いた笑い声をあげて
この世の終わりを見るような目をしていた二人の表情が変わる。
「1人かな」
「だと思います。
離れてはいますけど、ついてきてますね」
振り向かず前を見たまま歩き師弟は言葉を交わす。
総組を出てからずっと気配を感じていた。
その気配はカフェに寄った時も書店で本を探していた時も途切れていない。
一定の距離を保ってついてくる。
「アサシンにしてはド素人感あるね。
でも私の目を欺くって事は腕は良いのかな。
面白いね、探して捕まえてみる?」
「───いえ、このまま帰りましょう。
面倒ごとは避けたいです」
コウェルがそう言うとユキノは「オッケー」とにっこり笑って立ち止まり、チラッと後ろを見た。
「まだ居るね」
気配は消えてない。
人混みに紛れてこちらの様子を伺っているのだろう。その姿は捉えきれない。
腕の立つアサシンなら完全に気配を消して尾行するだろうが魔女の目を欺く事は出来ない。
それを分かっているのか
この気配の主は気配を消さずに【ここに居る事だけ】を知らせているようにも思える。
理由が分からないだけに不気味だ。
「とりあえず帰ろうか」
「はい」
ユキノが静かに
ちょっと面倒そうに宙に術式を描く。
転移魔法。
そこに素早く書き込まれるのは向かうべき場所。つまり事務所の座標と自分達の名前。
それが書き込み終わると同時に二人の姿は虹色の軌跡と共に王都の道端から消えた。
そして
「あ!」
人混みから飛び出た少女は
転移魔法の軌跡を見上げ呆けた声を上げ、
「帰ったか」
気配の主は誰に言うでもなく呟いて頭を掻いた。
4
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