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3章 働く魔術師、サボりたい冠名魔女
4話 魔術師は辟易する
しおりを挟むカレー。
正確な来歴は分からないが、とある国で生まれウィンブルガーには数百年前に伝わった料理らしい。
ちなみにこのカレーはウィンブルガーで独自に変化・発展した料理したらしく、他国では小麦を練って作ったナンと呼ばれる薄いパンのようなモノと一緒に食べるのに対し農耕が盛んなウィンブルガーでは米と一緒に食べる。
それがいつしかカレーライスと呼ばれ親しまれるようになったようで、現在ではウィンブルガーの国民食であり名物にもなっていたりする。
そして─────このカレーライスという食物の面白さは作る人によってアレンジが全然違うという所だ。
「あ、美味しい」
でもって。普段自分が作っているカレーと全然違う物になっていて、なおかつ美味しいと驚いてしまう訳で。
(あとでレインさんにレシピ聞こう)
コウェルはスパイスの良い香りと、それに混じって漂ってくる食欲をそそる香りを愉しみつつ再びスプーンでカレーを口に運ぶ。
丁度いい辛味に野菜や肉の旨味は良い意味で狂気的だ。これにはコーヒーがよく合いそうだ。食べる前に豆を挽いておけば良かった。
「あ、あのっ……私も頂いてしまってよろしいんでしょうか……?」
なんて感じでコウェルがコーヒーを用意し忘れた事を悔やみつつカレーを愉しんでいると、食卓テーブルを挟んで真向かいに座っているアミーティアがおずおずと訊ねてきた。
「二人を待ってたら冷めちゃいますからね。それに量もありますし。レインさんも食べてて良いって仰ってましたから」
「ええと、ユキノ様は……?」
「大丈夫です。多分、ナメクジみたいになって戻ってくるんで」
「な、ナメクジ……」
「怒られると溶けるんですよユキノ様。なので、気にしなくて平気ですよ」
言ってコウェルは、またカレーを口に運ぶ。
ちなみに今のコウェルはユキノの事を一切考慮していない。
そもそもアレはユキノが「水の魔道士なのに川も作れないのウケる」とか「年も身長も私の半分じゃん」等と大変に失礼なことを水の魔導師ことフラッドに言ったというか、彼を煽りに煽りに煽り散らかしたので湖畔の道が吹き飛んだ。つまりどう考えてもユキノが悪いのでレインに叱られて当然なのだ。
「そういえば、さっき聞くのを忘れてたんですけど。レインさんとハルト団長とはどこで出会ったんですか?」
「えーと。街で聖者?って人に声をかけられちゃいまして、困ってたらレインさんが来てくれたんです」
上品にカレーを口に運ぶアミーティアに問うと彼女は口元を隠しながら答えた後「わ、美味しい」と呟いた。
なるほど納得だ。そこから屯所に行ってハルト団長と会ったんだろう。
それはともかく────聖者。
奴らは魔術師、魔女、魔導師の存在を認めず己を世界を動かす事が出来る特別な存在で特殊な存在と思い込んでいる輩達だ。
魔術師事務所から破門された者や魔術師養成校を追い出された者達が徒党を組んでいるらしく、学院長の言葉を借りると「自分の不出来を認められずプライドばかりが高い厄介者の集まり」と表現するのが正しいかも知れない。
────それに。
「あのっコウェル所長、私お聞きしたい事があって」
「うん?」
「魔狩りの時って、コウェル所長まだ学生だったんですよね?あの事件どうやって解決したんだろうと思って!」
魔狩り。
久しぶりにその名を聞いてコウェルは「あー」と呆けた声を出してしまった。
『魔狩り』は過去に聖者が世界中で起こした大事件だ。
聖者が魔女や魔導師。更に魔術師を次々と襲い処刑し社会構造に大混乱を招いた。
皮肉にも魔女、魔導師は不老不死であるため擬態等を行い殺されたフリをして生き延びたのだが、あくまでも人間である魔術師達は次々と殺害されてしまい甚大な被害が出た。
そしてこの事件にはコウェルと友人達も巻き込まれ様々な方面から解決に導いた。それ故にコウェルと友人達は聖者と因縁がある。
なので学院が当時のコウェル達への様々な影響を考慮し、この件に関しては表向きには総組と騎士団の手柄という事にしているのだが。
(学院には記録されてるのかぁ……知らなかった……)
そもそもアミーティアが知ってるという事は、どうやら学院の書庫か資料室に自分達のそういう記録はきちんと残されているらしい。
というか解決に導いたのは自分というよりも。
「僕はほとんど何も出来なかったですよ。やったのはニアと────」
「………へ?ニア?
ニアってニア·ゲルハルト教授ですか?!」
「………教授??え、アイツ教授やってるの?!」
聞き返すとアミーティアは「社会科の先生ですっ!」と何故か嬉しそうに笑った。
コウェルはコウェルで驚き、いつもの敬語も吹き飛びスプーンを落としそうになった。ニアが教授になっているというのはコウェルにとってそれくらいの衝撃だ。
「あのニアが教授……しかも社会科って、ええ……」
「コウェル所長、ニア教授とお友達だったんですね!びっくりしました!」
いや、僕のほうが驚いたよ。と言いかけてコウェルは「まあ、ね」と苦笑いしつつ頭を掻いた。
ニア·ゲルハルトは同級生だ。
彼は当時から成績は良かったし物事を教えるのは上手だった。自分も彼には相当お世話になった。しかし、あの性格は教育者として色々と大丈夫───
「だじげで……ダジゲデ………うう、怒られた……わたし冠名魔女なのに……ぐひぃ……」
「全く……」
なんて事を考えていると。溶けてナメクジというか極度にデフォルメされたプラナリアのようになったユキノと明らかな疲れが見えるレインが奥の部屋こと説教部屋から出てきた。
「怒られて当然ですよ」
「あれはフラッドが悪いもん……ユキノ様悪くないもん………煽りに乗る奴が悪いもん……」
「煽るほうも悪いです」
「ゔわぁぁ………ぢぐじょ"ぉ゙ぉ゙………」
弟子に論破され心が折れたのかユキノは、べたーっと床に貼り付いた。毎度の事ながら一体この人の体はどうなっているのか。
「な、なんというか、本当に液体みたいになっちゃうんですねユキノ様……」
で、そんな状態のユキノを見て丸い目を更に真ん丸くするアミーティア。
当然と言えば当然だが、冠名魔女たる氷華の魔女がギャグ漫画の如く溶けるとは思わない訳で。
更に言うと。
「…………んお?お~?」
初対面の女の子───寝ながら横目で見ていたと思うが────可愛さでも評判が高い王立魔術師養成学院の制服を着た子を見たユキノがどういう行動を取るか。彼女を知らない者からすると想像もつかないので。
逆に言えば知ってる方からすると想像は容易いので。コウェルはひたすらに苦笑いするし、カレーをよそいながら見ているレインはユキノの表情に「うわ」とドン引き気味だ。
「な、なんですか……?……え?」
「ユキノ様、ステイ、ステイですよ」
無駄だと思いつつ師に自重を促してみるがユキノは、すっかり元の姿に戻っている。
切れ長の目は椅子に座っているアミーティアをしっかり捉え、彼女の視線は足先から頭のてっぺんまでジーッと舐め回すように動き。
「黒髪!くりくりおめめ!ちっちゃい!声かわいい!性格私好み!おっぱいデカい!採用!ヨシッ!!!」
絶対言うと思っていた事を────一部は除いて────全部言った。
そして紫色の瞳を輝かせ、コウェルに向かって天を貫くような勢いで親指を立てた。
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