時を遡る少女は繰り返さない為にも敵前逃亡を決めました

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時を遡る少女は繰り返さない為にも敵前逃亡を決めました

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知りすぎてる天井にわたしは長いため息を吐いた。

これで七度目の「十二歳」である。





正気を疑われそうなことを言うけれど、わたし、レナリア・グランは十七歳の春先に落命した。

今が十二歳だとか七度目だとか言ったのに未来の話までして益々わけがわからないと思うけれど、死んだはずが十二歳のこの日に戻ってきていたのだ。



もちろん死んで戻ってきた初回――二度目のわたしはパニック状態に陥った。

そして死ぬ際に感じた痛みやおぞましさ、その他諸々の生々しい記憶に衝撃を受けすぎたのだろう。ぷつん、と頭の中で何かが切れたようになって死んだ。

その次、三度目もまだ残る余韻で起床して即死んだ。





四度目でようやっと落ち着いて考えることが出来て、日課で書いている日記を確認したところ十二歳の夏に戻っていると知った。

わたしは時が遡っていることを隠し、周囲を観察した。

しかし周囲の人たち、使用人たちや家族が記憶を持って時を遡っている様子は確認できなかった。

目覚めた当日などには、ちょっとしたミスで弟が少しお高い茶器を割ってしまうのだけれど、それは一切阻止されなかった。

中々いいお値段のする茶器なので、覚えていたら誰かが必ず阻止するはずだ。その日はその茶器を使わないだとか、出来たはず。

それが為されない。

他にも馬車の脱輪だとか、急な雷雨で色々ビシャビシャになるだとか、回避できるし回避したほうが楽なことを誰も何も対策していない。

なのでこの事態に気付いているのは私だけだという結論に至ったわけだ。





死因は明確である。

先輩方を送り出す卒業パーティーで、婚約者に斬殺されるのだ。





十二歳の春先に決まった婚約者、ルーカス様は、貴族の令嬢令息が通う義務のある学園に入学して早々、何某だかいう子爵令嬢と恋に落ちる。

わたしは別に政略結婚だし気にしていなかった。

それよりも友人を作って交流するほうが大事だったし、最終的に収まるところに収まれば問題ないと思ったから。



しかしルーカス様の恋人になった令嬢は、なぜだかわたしにイジメられているだなどと泣きついていたそうで。

周囲は「いや、そんな時間一切ないが?」とわたしをかばい、結果ルーカス様とその恋人は孤立した。

妄想は大概にしておけと諫めた人たちに噛みついて敵対したなと怒って追い返したからで、わたしは何もしていない。



そうこうして障害らしいわたしの目をかいくぐって?愛を育まれた二人は二年生の学年末にある卒業パーティーで婚約破棄だこの悪女めと声高に宣言し、わたしを斬り殺すというわけだ。

これでルーカス様が剣技に秀でているなら即死できたのだけれど、悲しいかな五歳の子供のほうが剣技がマシなような有様で。



一撃目で倒れ伏した後に、何度も何度もえいえいと斬られ、刺され、抉られ。出血死するのだ。



その間、周囲からは悲鳴こそ聞こえてきたけれど、ルーカス様を止めた人はいなかった。

いや、王族も参加しているパーティーなのだけれど。

近衛は何をやっていたのだろう。







そういうわけで、婚約の解消に持ち込むべくあれこれやってみたりもした。

いっそ休学していればと病気を装ったりもした。

けれどどれもうまくいかずに学園に叩き込まれるし、婚約は続行になるし、最終的にえいえい斬殺される。

いっそ子爵家だしなくなってもいいだろうから暗殺させようかな、と思ったけれど、浮気程度で暗殺させたいとねだっても親は頷かなかった。結果娘は死ぬんですけれどね。ケッ。





そんなわけで、六度目の人生では七度目への布石として、異国語を学んだ。

この国でも学ぶ機会があって、日常会話までいけるのは一つ国を挟んだ帝国語がメジャーになる。

他は遠すぎたり、逆に隣国だけれど少数民族の言語だったりといまいちだけれど、帝国は専門大学まである学術が盛んな国である。

なので、わたしが帝国語を自在に操れるなら、留学が許可される可能性が高い。

実際、前回でお父様に頼み込んだ時――十六歳の誕生日――に、「きちんと帝国で生活できるほど上手に喋れるようなら」と言われたのだ。

なので十七歳の時点でわたしは本場帝国から語学教師としてやってきた教師と議論を重ねられる程度にまで習得しておいた。

試しに今ちょっと話してみたけれど完璧に残っている。



じゃ、帝国いきますか。



わたしは呼び鈴を鳴らしてメイドを呼んだ。









父は渋った。

けれど、わたしが帝国語を完璧に扱えるのが分かると、一度あちらにいる叔母夫婦の家に向かい、そこで暮らしてみて大丈夫そうなら、という形に落ち着いた。

確認のために呼ばれた教師は頭が柔らかい時期は早く過ぎてしまうとお父様を急かしたし、お母様たちにも帝国で学ぶメリットを説明してくれた。





「レナリアお嬢様は大変頭がいい。

 場合によっては専門大学へも行けましょう。

 得意分野はわたくしには分かりかねますが、これだけ異国語を操れる下地があるのならばどの学科でも容易く扱うでしょうね」





それはね、七度目だからなのよ。

あいまいに微笑んで教師の誉め言葉を受け流し、わたしは出立の支度を整えた。

叔母夫婦は伝書鳥で「大歓迎。大至急来て」とおおらかに言ってくれたし、帝国はそもそも文明が進んでいて大変住みやすいと有名だ。

魔道具で部屋を涼しくしたり温めたりが容易だから暖炉がなくて、厨房でも火を出す魔道具を使って薪は庶民のものだとか。

色んなものが魔道具によって便利になったり楽になったりしているし、それを生活に直結させる発明が盛ん。

あらゆる分野の発明家を国が支援して成長させていくから発展がとどまるところを知らないのだ。

かつては軍事大国として名を馳せながらも、今はその広い領土の隅々まで進んだ文明を行き届かせつつ国内を整えている帝国は、わたしにとっては書物上の場所だ。

そこへ行けば必ず助かるのかはわからない。



わからないけど。





「レナリアは思い詰めた顔をしていることもあったから、ちょうどいいわね。

 もしダメでも学園に通えばいいだけなのだから気楽にやってきなさい」





お母様にハグされて、そんな風に励まされた。





「はい、お母様。でも学べることは学んでまいります。

 わたしもグラン伯爵家の娘ですもの」

「うふふ。調子が戻ってきているわね。

 月に一度は手紙をちょうだい、待っているから」





そうして馬車に揺られることひと月、私は帝国の帝都にいた。

専門性のある学府や学校関係は街の中央、皇宮を囲むようにしてあって、その外側に点々と貴族街がある。

全部を囲んでしまうと学び舎に向かう平民が通れないからだそう。



このひと月ですっかり慣れた馬車の振動に身を委ねているうちに、馬車が止まった。





「お嬢様、アイラ様のお屋敷に到着いたしました」

「そう、思ったより近かったのね」





扉を開けてもらい、手を借りて馬車を降りる。

お屋敷というけれど、爵位――侯爵のはずがなんというか慎ましい。

帝国はみんなこんな感じなのかしら?

使用人も十人いれば十分回りそうな規模で、なんというか。





「隅々まで手が届きそうでいいお屋敷だわ」





広すぎる家はなんというか寒々しいと感じるから、このくらいの大きさは好ましい。

特に叔母様たちは夫婦と子供二人の四人家族だ。

客人だって領地にいて実質統治している当主ご夫妻が訪ねて泊まるくらいだというし、本当にちょうどいいのだろう。

ノッカーを御者が使う間に乱れたドレスの裾をちょちょいと直す。

さして待つこともなく執事らしい壮年の男性がドアを開いて招き入れてくれた。





「ああ、レナリア!久しぶりね、もう五年は前になるかしら?

 こっちに来る前に一度顔を合わせたこと覚えているかしら?」

「はい、アイラおばさま。お元気でしたか?

 このお屋敷、とても素敵ですね」





ぎゅっと抱きしめてくれたアイラ叔母様は母方の妹になる。

母より十歳年下なので全然若いのにもう二人もお子様がいるなんてすごい。





「素敵と言ってもらえて嬉しいわ。シャルティエ王国と違って、こちらは貴族の屋敷でも空き部屋がたくさんあるようには作らないから。狭苦しくない?」

「いいえ。どこにいても必要なものが手元にありそうな感じがして、いいなって思います。

 ……廊下をいっぱい歩くの、慣れてても大変ですから」

「そうよねえ。特に冬場の朝なんて廊下は寒いもの。

 さすがに暖房を廊下につけるわけにはいかないし。

 ああ、こちら夫のローガン。不愛想な人だけど悪い人じゃないわ」





ん、と、小さく声を上げて、手を差し出された。

きょとんとしたけれど、握手を求められているのだとなんとなく分かって握ると、そっと握り返された。





「帝国の飯はうまい。たくさん食って、育ちなさい」

「はい!」











こうしてわたしの帝国暮らしは始まった。

質実剛健と言うべきか、貴族としては簡素な暮らし。

けれどそれは無駄に豪奢にしないというだけで、素材の一つひとつは高級品。

屋敷が小ぢんまりとしているから使用人も少なくても問題なくて、自分たちでできることは自分でする。

何より驚いたのはコルセットではなく特殊なつくりをした胸を覆うだけの下着が主で、それだって一人でつけられる上に、日々纏うドレスも自分一人で着られるように作られていること。

なので最初のうちは戸惑ったけれど、毎朝起きたら自分で身支度することが当たり前になった。



こちらのお屋敷で頂く食事は毎食おいしくて、舌に馴染む。

王国の料理は香辛料をたっぷり使うのが高貴の証なので味は濃いし刺激的過ぎてあまり好きではなかった。

パンでこまめに舌を休ませないと食事が辛かったのだけれど、帝国は素材の旨味を増幅させて優しい味わいだ。

好みは人それぞれなので王国の味が好きな人も多いだろうけどわたしは帝国の料理の方が好き。





それで、学業に関して。

さすがに何度も五年間をやり直しているので、基礎はもう染み付いている。

なので苦労はしなかった。

新しく覚えることは新鮮なこともあって辛いと思わない。

帝国の基準は高めではあるけれど、理不尽ではないし。

どちらかというと実利が重要で、虚礼は求められない。







叔母様は七日に一度の安息日には必ず家族全員で過ごすように差配している。

使用人たちにも半日の休暇を与えて昼間の間は遊んできていいとしていて、なのでその日はサンドイッチと作り置きのスープなどで昼食をとる。

まだ四歳と二歳の甥たちは可愛い。

天真爛漫という言葉がよく似合う感じで、唐突に家にやってきたわたしにもよく懐いてくれる。

ねーさまねーさまとドレスに纏わりついて、あれこれ話をねだってくるので王国の話をよく聞かせる。



叔父様も安息日に少しずつ交流を重ねて、案外柔らかい趣味を持っていることを知った。

刺繍が趣味で、家族のハンカチにはイメージする花と名前を刺しているとか。

わたしも家族だろうと言って、こちらに来てから二月後には百合の花と名前が刺されたハンカチ一式をいただいた。

お礼にキレイな刺繍糸をお返ししたら、ちょうど欲しい色だったと喜んでもらえた。







実家と同じか、それ以上に過ごしやすい家で過ごすうちに、叔母様はこちらで入学してもよさそうだと返事をしてくれていたようで、いくつかある学園のパンフレットをくれた。





「レナリアは割となんでもできるから、基礎の学園にはいかなくてよさそうだから省いたわ。

 専門大学へはどの学園からもいけるから、好きなものを選びなさいね」

「はい、叔母様。……淑女向けの学園もあるのですね」

「ええ。こちらは家の奥向きのことを専門的に学びながら、選択制の授業を受ける学園ね。

 二年目で選択授業を選ぶから、一年目は満遍なく全ての講義を受けるから実は忙しいそうよ」





男女で学園が別れているのは、単純に色恋のトラブル回避のためだそう。

勉学に勤しむ影響で真面目な人間の多い帝国において、恋愛というものは抑圧された結果弾ける事が多々あったのだという。

特に学園に通う前後の時期に爆発することが多いという調査結果もあって、それならいっそ男女で学園を分けて管理しようという形に落ち着いたそう。

……実際その被害にあって時を遡っている身としては、分かる分かると深く何度も頷いてしまうわね。



勿論男女どちらも通う学園はある。

けれどこちらはどちらかというと平民が多くて、貴族が多い学園と比べると教育のレベルは落ちるそう。

技術者だとかの土台になる人間を育てるための学園らしいのでしょうがない。





そういうわけで、私は一番無難そうな学園を選んだ。

あまりレベルが高い学園を選んでも途中で追いつけなくなったら困るし、かといってあまりレベルが低いと逆に浮く。

中間からやや上位に居られるくらいの学園がちょうどいい。



学園への入学手続きを叔母様に教えてもらいながらやって、学生用の送迎馬車も利用することにする。

同じ学園に通うだいたい同じ区域の学生をまとめて拾い上げてくれるのだとか。



そんなわけで、学生生活が始まる。

毎朝少し早めに起きて、送迎の馬車に乗り込んで三十分ほどで学園に着く。

教室についたら午前は二時間分授業を受ける。午前は奥向き教育が基本で、入学前に習ったことの確認とそこからの応用例を学ぶ。

昼食を挟んで三時間は二年生から選択する講義の前準備。

魔道具の考案、研究、作成。農法の研究。語学に医学、その他様々な講義があって、私はなんとなく魔道具の研究に惹かれている。もし取れるなら魔道具の研究と考案を選びたいなと思ってる。



そうこうする内に、友人が少しずつじわじわと増えていく。

異国からやってきた熱心な生徒という風に見られていて、シャルティエ王国の言葉を実戦で学びたいという人たちとお茶会をすることもある。

またシャルティエ王国は牧畜が盛んなので、その方面での質問もされる。

わたしに分かる範囲であれこれ教えて差し上げると喜ばれることが多い。





半年が過ぎた頃、魔道具の基礎知識を学び終わり、ある程度本格的な応用などを学び始めた頃。

叔母様からこんな提案を受けた。





「学園の講師の方に言われて思ったのだけど、レナリアはあちらに婚約者がいるでしょう?」

「? はい」

「レナリアが専門大学にまでいくことを考えているなら一度白紙撤回したほうがいいのじゃないかしら。

 別にあちらでの婚姻にこだわる必要もないでしょう?

 専門大学に行くくらい勉学や研究に思い入れがあるのなら、こちらで婚約を結び直した方がいいわ。

 あちらに置いてきた婚約者に思い入れがあるのならしょうがないけれど」



「いえ、特に何もありません。

 専門大学にはいけるならいきたいですし、それなら確かにこちらで婚約者を考えた方がいいですよね。

 お気遣いありがとうございます、叔母様」

「いいのよ。じゃあ、あちらにはそのように手紙を送っておくわ。

 お姉さまとは私のほうがやり取りが早いし、メリットの伝え方も分かっているから」





それからひと月と半分が過ぎた頃、婚約の白紙撤回が成立したという手紙があった。

これでもうルーカス様に妙な因縁をつけられて殺される可能性はずいぶん低くなったと思うとほっとする。



随分前からわたしはシャルティエ王国から離れていて、学園に通っているからルーカス様たちのためだけに帰国してどうこうということもしていないと分かるし、おまけに婚約者でもなくなった。

ここまで前回までと違っているのに引きずり戻されて殺されるなら、もう何をしてもわたしは死ぬだろう。



気が楽になると勉学に余計に力が入って、積極的に魔道具関係の勉強が進んでしまった。

おかげで学年末の試験では首位になれて、保護者になるローガンおじさま同席の面談では「魔道具関係に進まないのはもったいない!」と泣きそうな顔で言われてしまって。

もちろんそちらを専攻しますと伝えたらものすごく安心した顔をされたわ。







二年目。

怒涛の勢いで日々が過ぎていく。

本格的な魔道具の講義が始まって、奥向きの授業は午前一時間のみになった。

それ以外は全て魔道具関係の時間で、実際に一つ簡単なものを作ってみたりもしたわ。

光属性の魔道具で、軽く魔力を通せば一晩くらいなら光り続けるというランタン。

きちんとした技師が作ったものは、一度魔力を補充したら最長一年くらいは毎晩使えるとのこと。

軍では使うみたい。夜間の見回りとか、魔物討伐任務のお供だそう。



そうこうしている間に二年目が終わろうとしていて、気が付けばあちらでの卒業パーティーの日付も過ぎていた。

……生きている。

じわじわと喜びが溢れてきて、その日はちょっと浮ついてしまった。







三年目になり専門大学への進学を決めた辺りで叔母様から、元婚約者が精神病院に入ったと聞いた。

なんでも、既に婚約を白紙撤回しているのに、わたしに何かよからぬ疑いをかけて断罪しようとしたとか。

数年前からこちらに来ていて、しかももう婚約者でないわたしが何をどうするのかと周囲に言われてもまだ何か言っていたので気が違ってしまったと判断されたそう。

……白紙撤回って二年くらい前の話なのだけど。

あの時点でも一年は経過していたし、知らない方がおかしいと思うのだけど。



よしんばご両親が伝えたはずが本人が聞き流していたとしても、お見合いくらいはしていたと思うのよね。

なのにわたしがまだ婚約者だと思い込めるってなかなかすごいし、一度も学園でわたしを見ていないはずなのに言いがかりをつけられるのもすごいわ。

そもそもわたしが帝国に行ったのはルーカス様が恋に狂うより前。

それ以前からも特に付き合いが深かったわけでもないから、手紙や贈り物がないのも気にしていなかったのだけど、叔母様にそれを言ってみたら





「あのね、レナリア。普通は婚約者でいる間も贈り物をしあったり手紙を書いたりするものよ。

 わたしたちだって帝国と王国で離れていたけれど、文通していたし、誕生日には贈り物をしていたわよ?」





なるほど?

よく分からないけれどそういうものらしい。

はーっと叔母様はため息を吐き、わたしの頭を撫でた。





「レナリアも年頃だし、新しい婚約者を見つけるべきだと思っていたのだけど。

 前の人が恋しかったらどうしようと考えていたのだけど、大丈夫そうね」

「はい。特に思い入れがないので!」





叔母様はわたしが専門大学に通って、その後ももしかすると研究者になるかもしれないということを相手方に伝えた上で婚約者を選んでくれた。

実家と同じ爵位の伯爵家のリドリー様というお方で、ご自身は軍属で将来的には第二師団の長となることがほぼ確定しているとか。なので屋敷では好きに研究していいし、奥向きのことも完全にお任せするそう。

時間を作ってもらって一度会ったけれど、私より七つ年上の二十五歳ということでがっしりした体格で精悍な顔立ちの、見るからに軍人ですってお方だった。

だけど乱暴なお方ということもなく、むしろ大層紳士的だった。

男社会で生きてるから……と申し訳なさそうだったけれど、実利的でいいと思う。



リドリー様が良ければこのお話進めてください、と叔母様に言うと、本当にいいのね?と確認された。解せぬ。

なんでも、王都貴族の令嬢たちは、厳つい男は嫌だと拒否したのだとか。

少年時代から鍛えておいでだったから同世代よりもがっしりしておられたのが敗因……普通に健康体でよいのでは?家に引きこもっていて体が弱いよりは随分いいし、お顔だって整ってらっしゃると思ったけれど。



首を捻るわたしに、叔母様は、まあレナリアがいいのならと話を進めてくださった。

あちらは「もう二度と無いチャンスだ行け!」という感じだったそう。

いえ、逃げるつもりはないのできちんと婚約のための書類はお読みになって……わたしや叔母様があくどい条件をつけていたらどうなさるの……。







それからわたしは、結果として叔母様の義理の娘となって嫁ぐことになった。

帝国貴族同士の婚姻のほうが話が早いし、叔母様とお母様の間で養子のやり取りをするのは異国間でも簡単な手続きで済むので。

合間合間にあちらでの元婚約者の話が差し挟まれるので聞くのだけれど、ろくな話を聞かない。



どうにも病状が良くなる気配がないので廃嫡となり、生涯入院となりそうだとか、交際していたご令嬢も追いかけるようにして入院してからは院内で罵りあっていただとか、色々。

今はお二人とも院内にある監獄に近い病棟に移されて、軟禁状態にあるそう。



卒業パーティーを台無しにされかけた第一王女殿下のお怒りもあるからご実家も病院も緩い対応はしないだろうというのがお母様の意見。

なのでそちらに病人が押しかけてどうこうはないから安心して過ごすようにと言うことだから、安心できる。



……だって、ねえ。



ここまできちんと逃亡出来たのに、帝国に押しかけてきて斬殺されるのはちょっと、ね。

いえ、結婚した後で夫が家にいたら助けてくれるとは思うけれど。

でも痛い思いはするかもと思うと身が竦む。

あのへっぽこぶりなら、夫となる人がいる限り大丈夫だとは思うけれど。

抜刀した瞬間、夫も抜刀して先手を打つくらいはするだろうし。





ともかく、わたしはなんとか生き残ることが出来た。

それになんとなくだけれど、もう時を遡ることはないと確信出来ている。

なんというか、体に纏わりついていた薄っすらとした妙な感覚を感じないのだ。

時を遡る前の一度目にはなかったその感覚が抜け落ちた時になって初めてあったと分かる程度の感覚ではあった。

けれど、あるとないとでは大違いだ。



これからの未来は不透明で未確定。

だけれど、悪いように進まないよう警戒することをいくらか学んだわたしなら、致命的な事態は招かないと思いたい。



叔母家族と、夫となる人と、その家族と。

学園時代の友人と、研究仲間と。

これだけの人に見守られるのだから、わたしが少し誤っても周囲が教えてくれるんじゃないか。

甘い考えかもしれないけれど、そう思う。



遡らない最後となる人生を、悔いなく生きよう。

そう思いながらわたしは専門大学の門をくぐった。



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