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19.バレてしまったお人好し
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美智瑠、早菜、晶の三人がトータルメディア開発部丸の内オフィスへと去ってから、数日が過ぎた頃。
源蔵は会社帰りにリロードへ寄り道しようと足を向けた。
ところが店舗のドアを開ける直前、操が源蔵の知らない男性と随分親しげに話しているのが窓ガラス越しに見えてしまった。
中々のイケメンで、穏やかな笑みが如何にも紳士的だった。
常連客相手にも見せたことが無い様な操の朗らかな笑みに何かを察した源蔵は、ドアにかけた手をそっと放した。
このまま足を踏み入れたら、申し訳無い様な気がしたからだ。
(今日は、やめとこか)
源蔵は窓越しに再度、店内へと視線を走らせた。
その視界の中に、ひとりの青年が手慣れた様子で客から注文を取ったり、お冷とおしぼりを出すなどして精力的に働いている姿が在った。
彼の名は、由良徹平。
源蔵が通うムエタイジムの練習生のひとりで、大学二年生の若者だ。この徹平を、源蔵はリロードのウェイターとして雇い入れた。
徹平は以前、ファミリーレストランのホール担当としてアルバイトしていた時期があり、その経験を買った訳である。
実際徹平は、カウンター裏の仕事に専念し始めた冴愛に代わって、客席担当として大車輪の活躍を見せる様になっていた。
現在リロードは厨房担当の操、カウンター裏担当の冴愛、そして客席担当の徹平の三人体制で上手く廻っている。この分なら、土日のランチタイムもこの三人に十分任せることが出来るだろう。
(僕もそろそろ引退かな)
源蔵は再び、操に視線を向けた。彼女は依然として、見知らぬイケメンと本当に嬉しそうな笑顔を交えて会話を楽しんでいる。
操もまた、自分の生きる道を見つけたのかも知れない。
源蔵は心の中で僅かに会釈してから、リロードの店舗前から去っていった。
◆ ◇ ◆
その翌日の午後、源蔵は玲央に呼び出された。
勤務時間中に声がかかるなど珍しい話だが、いい換えればそれだけ急ぎの用件だということなのだろう。
源蔵は僅かに歩く速度を上げながら、玲央が待つ室長室へと向かった。
そうして源蔵が足を踏み入れると、先客が二名。
いずれも相当なイケメンだったのだが、そのうちのひとりには見覚えがあった。昨晩、リロード店内で操が楽しげに言葉を交わしていた、あの美麗な顔立ちの青年だった。
「貴方が楠灘さんですね。私はトータルメディア開発部の部長を務めております、白藤佑磨と申します」
もう一方のイケメンが、驚くべき名を口にした。
白藤の姓を持つということは、彼もまた経営一家の血筋だということだろうか。そういわれてみれば、玲央と幾分顔立ちが似ている。
「彼は私の従兄でしてね。キャリアでもお互い切磋琢磨している仲です」
玲央が軽く言葉を添えてきたが、その声には余り親しげな響きが感じられない。ということは、佑磨は同じ白藤家の中でも玲央の敵に位置する人物なのだろうか。
だがそれよりも、問題はもうひとりのイケメンだ。彼は何者で、操とはどの様な関係なのだろう。
「御紹介します。彼は藤浪隆輔君。我がトータルメディア開発部グルメインフォメーション課の企画主任をして貰っています」
「藤浪です。楠灘さんのお噂はかねがねお聞きしています。どうぞ宜しくお願い致します」
穏やかな笑みを湛えて静かに一礼するその姿には、気品すら感じられる。
歳は源蔵より幾つか下らしいが、その落ち着きぶりは同年代、或いは年上の世代だといわれても決して不思議ではなかっただろう。
それにしても、何故この両名がわざわざ玲央の室長室に訪れ、更には源蔵までをも呼び出す事態になったのだろうか。
その謎は、すぐに解き明かされた。
四人がそれぞれ自己紹介を終えて応接テーブルを挟んだソファーに腰を下ろすと、隆輔が早速訪問の趣旨を説明し始めた。
「実は我がグルメインフォメーション課では、新たに地元密着型のグルメ情報配信企画が持ち上がりつつありまして、そのうちの対象店舗に、リロードというカフェが候補に挙がっているのです」
隆輔が何枚かの企画資料を応接テーブル上に広げながら、朗々とした声音で説明を重ねてゆく。
ここで源蔵はピンと来た。
(あぁ成程、そういうことね……)
この後の展開を何となく予想しつつ、源蔵は尚も神妙な面持ちで隆輔の言葉に耳を傾け続けた。
「そこで昨晩、実際に足を運んでみたのですが、そこでとても驚きました……リロードさんのオーナーさんは、楠灘さんだったのですね」
「はい、確かにその通りです」
源蔵は努めて淡々と応じた。対する隆輔は幾分興奮気味だが、その表情にはこの偶然を喜んでいるという以上の何かが含まれている様な気がした。
「そんな訳で、これは是非御挨拶させて頂かなければという話になりまして、本日この様にお邪魔させて頂いた次第です」
隆輔はいう。
今後もちょくちょくリロードにお邪魔させて頂くことになるだろうから、是非ともオーナーたる源蔵には諸々ご協力をお願いしたい、と。
「私は確かにオーナーではありますが、経営責任を担っている店主はあくまでも神崎さんです。今後のお話は神崎さんとお進め頂ければ宜しいかと」
「ありがとうございます。では、その様にさせて頂きます」
源蔵と玲央に深々と頭を下げた隆輔。
どこまでも紳士で、誠実な人物だった。
そうしてひと通りの挨拶と簡単な情報交換を終えてから、佑磨と隆輔は玲央の室長室を辞していった。
ところがふたりの姿が廊下の向こうへと消えたところで、玲央はまたしても先手を取られたと、軽い舌打ちを漏らした。
「どういうことですか?」
「楠灘さんは御存知なかったかと思いますが、あの藤浪さん、実は神崎さんの元カレのライバルだったひとなんですよ」
中々に衝撃的なひと言だった。
隆輔は操の元カレ――かつて白富士インテリジェンスの社員だった岸田健一という青年と、操を巡って恋の火花を散らしていたらしい。
結果的には健一が操を勝ち取った訳だが、その健一も今や操から金を奪って逃げ去った駄目男と化しており、隆輔を選んでおけばこんなことにはならなかっただろうにという残念な感想が湧く始末だった。
その隆輔が、地元密着型グルメ情報配信企画の主担当のひとりとして、リロードを受け持つということだろうか。
隆輔は恐らく健一が操の前から去ったことを知って、今度こそ自分がという思いを強く抱いたのだろう。
だから昨晩、操は隆輔との再会をあんなに喜んでいたのだろうし、先程の隆輔が妙に張り切っていたのも、操を漸く自分のものにすることが出来るという予感を抱いていたからに違いない。
「とんでもない強敵ですよ。そんな切り札を送り込んでくるとは、向こうも本気ですね」
玲央は苦虫を噛み潰した様な表情で小さくかぶりを振った。
「社内で親しかった女性三人だけでなく、リロードの神崎さんをも切り崩そうという訳ですよ。楠灘さんを徹底して孤立させようという思惑をここまで隠そうともしないなんて、余裕があるのか焦っているのか……」
しかし源蔵は、それならそれで構わないと薄い笑みを漏らした。
「神崎さんにもやっと、本当の春が訪れようというなら、それはお祝いして差し上げませんと」
「……楠灘さん、貴方は本当に、優しいというかお人好しというか……」
玲央は幾分呆れた様に苦笑を浮かべた。
「今度、一緒に飲みに行きましょう。楠灘さんのお人柄をもっと知りたくなりました」
「私で良ければ、是非お供させて下さい」
頭を下げる源蔵に、玲央もこちらこそと同じ様に頭を下げていた。
源蔵は会社帰りにリロードへ寄り道しようと足を向けた。
ところが店舗のドアを開ける直前、操が源蔵の知らない男性と随分親しげに話しているのが窓ガラス越しに見えてしまった。
中々のイケメンで、穏やかな笑みが如何にも紳士的だった。
常連客相手にも見せたことが無い様な操の朗らかな笑みに何かを察した源蔵は、ドアにかけた手をそっと放した。
このまま足を踏み入れたら、申し訳無い様な気がしたからだ。
(今日は、やめとこか)
源蔵は窓越しに再度、店内へと視線を走らせた。
その視界の中に、ひとりの青年が手慣れた様子で客から注文を取ったり、お冷とおしぼりを出すなどして精力的に働いている姿が在った。
彼の名は、由良徹平。
源蔵が通うムエタイジムの練習生のひとりで、大学二年生の若者だ。この徹平を、源蔵はリロードのウェイターとして雇い入れた。
徹平は以前、ファミリーレストランのホール担当としてアルバイトしていた時期があり、その経験を買った訳である。
実際徹平は、カウンター裏の仕事に専念し始めた冴愛に代わって、客席担当として大車輪の活躍を見せる様になっていた。
現在リロードは厨房担当の操、カウンター裏担当の冴愛、そして客席担当の徹平の三人体制で上手く廻っている。この分なら、土日のランチタイムもこの三人に十分任せることが出来るだろう。
(僕もそろそろ引退かな)
源蔵は再び、操に視線を向けた。彼女は依然として、見知らぬイケメンと本当に嬉しそうな笑顔を交えて会話を楽しんでいる。
操もまた、自分の生きる道を見つけたのかも知れない。
源蔵は心の中で僅かに会釈してから、リロードの店舗前から去っていった。
◆ ◇ ◆
その翌日の午後、源蔵は玲央に呼び出された。
勤務時間中に声がかかるなど珍しい話だが、いい換えればそれだけ急ぎの用件だということなのだろう。
源蔵は僅かに歩く速度を上げながら、玲央が待つ室長室へと向かった。
そうして源蔵が足を踏み入れると、先客が二名。
いずれも相当なイケメンだったのだが、そのうちのひとりには見覚えがあった。昨晩、リロード店内で操が楽しげに言葉を交わしていた、あの美麗な顔立ちの青年だった。
「貴方が楠灘さんですね。私はトータルメディア開発部の部長を務めております、白藤佑磨と申します」
もう一方のイケメンが、驚くべき名を口にした。
白藤の姓を持つということは、彼もまた経営一家の血筋だということだろうか。そういわれてみれば、玲央と幾分顔立ちが似ている。
「彼は私の従兄でしてね。キャリアでもお互い切磋琢磨している仲です」
玲央が軽く言葉を添えてきたが、その声には余り親しげな響きが感じられない。ということは、佑磨は同じ白藤家の中でも玲央の敵に位置する人物なのだろうか。
だがそれよりも、問題はもうひとりのイケメンだ。彼は何者で、操とはどの様な関係なのだろう。
「御紹介します。彼は藤浪隆輔君。我がトータルメディア開発部グルメインフォメーション課の企画主任をして貰っています」
「藤浪です。楠灘さんのお噂はかねがねお聞きしています。どうぞ宜しくお願い致します」
穏やかな笑みを湛えて静かに一礼するその姿には、気品すら感じられる。
歳は源蔵より幾つか下らしいが、その落ち着きぶりは同年代、或いは年上の世代だといわれても決して不思議ではなかっただろう。
それにしても、何故この両名がわざわざ玲央の室長室に訪れ、更には源蔵までをも呼び出す事態になったのだろうか。
その謎は、すぐに解き明かされた。
四人がそれぞれ自己紹介を終えて応接テーブルを挟んだソファーに腰を下ろすと、隆輔が早速訪問の趣旨を説明し始めた。
「実は我がグルメインフォメーション課では、新たに地元密着型のグルメ情報配信企画が持ち上がりつつありまして、そのうちの対象店舗に、リロードというカフェが候補に挙がっているのです」
隆輔が何枚かの企画資料を応接テーブル上に広げながら、朗々とした声音で説明を重ねてゆく。
ここで源蔵はピンと来た。
(あぁ成程、そういうことね……)
この後の展開を何となく予想しつつ、源蔵は尚も神妙な面持ちで隆輔の言葉に耳を傾け続けた。
「そこで昨晩、実際に足を運んでみたのですが、そこでとても驚きました……リロードさんのオーナーさんは、楠灘さんだったのですね」
「はい、確かにその通りです」
源蔵は努めて淡々と応じた。対する隆輔は幾分興奮気味だが、その表情にはこの偶然を喜んでいるという以上の何かが含まれている様な気がした。
「そんな訳で、これは是非御挨拶させて頂かなければという話になりまして、本日この様にお邪魔させて頂いた次第です」
隆輔はいう。
今後もちょくちょくリロードにお邪魔させて頂くことになるだろうから、是非ともオーナーたる源蔵には諸々ご協力をお願いしたい、と。
「私は確かにオーナーではありますが、経営責任を担っている店主はあくまでも神崎さんです。今後のお話は神崎さんとお進め頂ければ宜しいかと」
「ありがとうございます。では、その様にさせて頂きます」
源蔵と玲央に深々と頭を下げた隆輔。
どこまでも紳士で、誠実な人物だった。
そうしてひと通りの挨拶と簡単な情報交換を終えてから、佑磨と隆輔は玲央の室長室を辞していった。
ところがふたりの姿が廊下の向こうへと消えたところで、玲央はまたしても先手を取られたと、軽い舌打ちを漏らした。
「どういうことですか?」
「楠灘さんは御存知なかったかと思いますが、あの藤浪さん、実は神崎さんの元カレのライバルだったひとなんですよ」
中々に衝撃的なひと言だった。
隆輔は操の元カレ――かつて白富士インテリジェンスの社員だった岸田健一という青年と、操を巡って恋の火花を散らしていたらしい。
結果的には健一が操を勝ち取った訳だが、その健一も今や操から金を奪って逃げ去った駄目男と化しており、隆輔を選んでおけばこんなことにはならなかっただろうにという残念な感想が湧く始末だった。
その隆輔が、地元密着型グルメ情報配信企画の主担当のひとりとして、リロードを受け持つということだろうか。
隆輔は恐らく健一が操の前から去ったことを知って、今度こそ自分がという思いを強く抱いたのだろう。
だから昨晩、操は隆輔との再会をあんなに喜んでいたのだろうし、先程の隆輔が妙に張り切っていたのも、操を漸く自分のものにすることが出来るという予感を抱いていたからに違いない。
「とんでもない強敵ですよ。そんな切り札を送り込んでくるとは、向こうも本気ですね」
玲央は苦虫を噛み潰した様な表情で小さくかぶりを振った。
「社内で親しかった女性三人だけでなく、リロードの神崎さんをも切り崩そうという訳ですよ。楠灘さんを徹底して孤立させようという思惑をここまで隠そうともしないなんて、余裕があるのか焦っているのか……」
しかし源蔵は、それならそれで構わないと薄い笑みを漏らした。
「神崎さんにもやっと、本当の春が訪れようというなら、それはお祝いして差し上げませんと」
「……楠灘さん、貴方は本当に、優しいというかお人好しというか……」
玲央は幾分呆れた様に苦笑を浮かべた。
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