禿げブサメン、その正体が超優良物件だったという話

革酎

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59.バレてしまった場当たり主義

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 まだまだ寒さが厳しい一月の平日、夜。
 暖房が効いたキッチンで源蔵が夕食後の洗い物を手早く片付けようとしていると、部屋着姿の美月が妙にもじもじとした気恥ずかしそうな仕草でリビングに下りてきた。

「コーヒー飲む?」
「あ、うん……飲む」

 微妙に顔を赤らめて頷き返す美月に小首を傾げながらも、源蔵はドリップ式のコーヒーパックをカップに引っ掛けて、ゆっくりと湯を注いだ。
 独特の香りが室内に漂い始めたところで、源蔵は美月の分と自身のカップを両手に携えてリビングテーブルへと歩を寄せてゆく。
 その傍らのソファー上で美月は依然として頬を赤く染めたまま、手にした文書で口元を隠す様な格好で腰を落ち着けていた。

「どないしたん?」
「えっと……コレ、行ってきたよ……」

 物凄くいい辛そうに、視線を横に逸らせた美月。そして手にしていた文書をリビングテーブル上に差し出してきた。
 何事かと手に取った源蔵は、それがどこかの医療機関の検査結果であることに気付いた。

「あぁ~、これ行ってきたんや」

 それは性病検査の結果票だった。
 二十歳前の娘が成人男性にこの様なものを見せるのは相当に恥ずかしいだろうし、勇気が要っただろう。
 源蔵は多くを語らずにざっと目を通し、異常無しという所見だけを確認したところで二度三度、頷いた。

「まぁ、良かったわ。これでいつでもカレシ作れるやんか」

 いいながら、美月に結果票を返した源蔵。
 流石に、自分の娘が性病罹患者だから付き合うなとはいえない。そういう意味では、ちゃんと自分の体のことをいたわってくれた娘にも心からの感謝を伝えなければならないだろう。

「よう決心して、行ってくれたな。恥ずかしいのはしゃあないやろうけど、これやっとくのとやっとらんのとでは大違いやからな」
「……別に、要らない、から」

 ところが美月は、全く見当違いのひと言を返してきた。彼女が何をいわんとしているのか、源蔵にはよく分からない。

「要らんて、何が?」
「だから……うち、別にカレシとか、そんなの、要らないって」

 少し怒った様な表情で、視線を逸らせたまま顔を赤くしている美月。
 そんな彼女に対して源蔵は、それはちょっと困るなと内心で渋い表情を浮かべながら太い腕を組んだ。
 とはいえ、美月の当分の目標は調理師学校に通って、料理人として一人前の技量を身につけることだから、今は恋愛にうつつを抜かしている場合ではないという理論も、分からなくはなかった。

「まぁ今は調理師学校の入試とかもあるから、遊んでる場合とちゃうやろしな……あ、願書は貰った?」
「あ、うん……それはもう、準備出来てる」

 話題が変わったことで少しほっとした様な表情を浮かべた美月。
 源蔵としても、年頃の娘の性病検査結果ばかりを話題に置き続けるのは、流石に少し憚られる気分だった。

「分かってると思うけど、一応高校卒業程度の学力は求められるしね。卒業してからまぁまぁ時間経ってしもとるけど、まだ頭ん中に残ってる?」
「う~ん、どうかな……ちょっと自信無い、かも」

 これは少し、拙いかも知れない。
 美月の年齢と立場となると、通常の入試を受ける必要がある。つまり、しっかり勉強しておかなければならないという訳だ。
 何の対策もせずに成り行きのまま受験させるのは、少し危ない気がした。

「ほんなら、ちょっとこれから毎日、一緒に勉強していこか。僕が大学出た後に入った調理師学校やったら一回受験したことあるから、どんな内容が出てきたんかも大体分かるしね」

 源蔵の言葉に、美月は小さく頷き返してきた。
 と、ここで源蔵は他のことを思い出した。
 美智瑠と晶、早菜、詩穂の四人が、新たに別の資格試験を受験しようとしており、毎週末に再び、源蔵宅を勉強会の会場として使いたい旨を申し入れてきていたのである。
 そこに美月を加えるというのは、どうだろうかと考えた。

「勉強する内容は全然違うけど、まぁ一種の合宿みたいなモンやな。美月もやる?」
「うん、やりたい」

 美月が妙に期待の籠もった表情で頷き返してきた。

「遊ぶ訳やないからね。勉強はちゃんとやって貰うよ」

 苦笑を滲ませながら、源蔵は美智瑠達と作っている勉強会用チャットに美月も加わる旨を伝えた。
 すると、ほとんど秒の速さで晶、早菜、美智瑠、詩穂の順でOKの返事が飛んできた。まさか待ち構えていた訳ではないのだろうが、この反応速度は少し異様にも思えた。
 ともあれ、美月も無事に勉強会のメンバーとして名を連ねる運びとなった。
 やるからにはベストを尽くして貰う。源蔵は少しばかり表情を引き締めた。

「先にいうとくけど、僕は勉強には妥協せぇへんからね。厳しい時はホンマに厳しくやるよ」
「それでイイよ。うちだってマジで入学したいから」

 機嫌良く頷き返した美月。その直後、彼女は不意に人差し指を顎先に当てて、不思議そうに小首を傾げた。

「そいやぁお父さん……そもそも何で大学出た後に、調理師学校通おうって思ったの?」
「あー、それは、アレや。人生の保険ってやつや」

 当時源蔵は、己の不細工さが原因で三度目の手酷い失恋を喫したばかりだった。あの時はあらゆることに対して自信を失っており、まともな仕事など出来ないと考えていた。
 結果、既に決まっていた就職先に内定辞退を申し入れ、もう一年かけて、別の職種にも手を広げようと考えた次第である。それが調理師への道だった。

「結局、白富士への就職には何の武器にもならんかったけど、でも調理師免許取れたのはやっぱ大きかったよ。お陰でリロードの土日限定メニューとかに手ぇ付けられた訳やしな」
「堅実なんだか、場当たり的なんだか、よく分かんない話だね」

 可笑しそうに肩を揺する美月。
 返す言葉も無い源蔵は、剃り上げた頭を掻きながら、御尤もですと苦笑するしか無かった。
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