抱擁レインドロップ

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五話 冬の香りにあたたかな雨粒

02

「とおるさん、現代について本や雑誌で情報見て把握してたんじゃないですか? テレビやインターネットはあんまり見ない」
「……そうですね。テレビやインターネットはニュースを見るくらいです」

 当たりだ。
 染髪した人を知らないのは、それをまともに見たことがなかったから。
 加護下にある周囲を視覚的に把握できるとおるにとって、編集されて余計なものが加えられた映像情報を与えられるより文章のほうが入りやすく、そしてその分析に長けるのだろう。

「……同じく、私も泉さんについて気が付いたことがあります」
「? なんでしょう」
「自己評価が、低すぎではありませんか? 好かれない前提でずっと話してらっしゃいます。もちろん、人には相性があるものですが、泉さんのそれはどちらかといえば好かれやすい性質ではないかと思うんです。……私の主観なので色眼鏡は多少あるかもしれません」

 指摘されて考え込む。
 確かに、あまり自分を褒めたりしない。
 そもそも褒められるようなところが思い当たらないし、だからこそとおるからの好意も上手く飲み込めない。
 顎に手を遣った泉をじっと見つめ、さらに言うなら、と龍は言葉を続けた。

「周囲の空気を汲み取ったり、人間観察力には長ける。私が読書好きなのも、テレビを見ないことも当ててみせました。そうやって周囲を観察して尊重して泉さん自身は裏に隠してしまう……これは、私が以前から知っていたことでもありますね」
「あぁー……どういう人間に成長するか知っていた、ってやつですか」
「そうです。泉さんが当たり前のように行っているそれは当たり前ではないことのはずです。周囲の良いところを見つけるのが上手すぎた結果でしょうか……? では、泉さんについてまだ知らない良いところは私がどんどん見つけていきます」

 へにゃり、と浮かべられた笑顔にどくんと胸が跳ねる。
 これにも困ったものだ、美人に微笑まれたからなのか、とおるという個を好いているゆえなのか。
 とおるが美人すぎて判断がつかないだなんて、どうしたらいいのだろう。
 ただ顔が熱くなったことだけは確かだった。

 少し、気を緩める。
 この龍神が今、神としてどれだけの逸話や権能を持っているのかはよく解らない。
 調べることは可能だったがそれは何か違う気がして、きちんとコミュニケーションで歩み寄りたかった。
 ならば、こちらからも内側を晒すほうが自然だろう。

「……弱音みたいな話、してもいいですか」
「もちろん。むしろ、聞かせてください。強いあなたも弱いあなたも、全部受け入れたいしそばに居たい、居させて欲しいと思っています」

 頷けば、す、と立ち上がって。龍神は静かに泉の隣へと移動した。
 真正面で向き合って話すより、確かにこちらのほうがやりやすい。
 こうした細かい気遣いを、そっちこそどこで覚えたのやら。

「褒められるの、慣れてないのかもしれません。いや、褒められはするんですけど、わたしにとっては褒められるほどすごいことじゃないから……」

 ふと、頭を柔らかく撫でられた。
 細く長い指が、壊れ物を触るようにやさしく、ゆっくりと。

「なら、私がたくさん褒めます。泉さんにとってすごいことではなくても、私がすごいと思えば褒めます。すごいですと言います。それは私の感想です。泉さんは受け入れなくても構いませんし、嫌ならそうと言ってください」
「……っ」

 喉の奥が詰まる。
 顔がじんわりと熱くなって、その次に身体の中心からゆっくりと温かい何かが広がった。
 今まで抱いたことのない感覚はどこかむず痒くて、しかし心地悪いものではない。

「言い方が良くありませんでしたね、すみません。泉さんは謙虚な方でした」
「い、いや、別にそこを言葉狩りする気は無いです……」
「大丈夫、解っていますよ。私が、そう言いたくなかっただけです」

 ――狡い。
 そうやって、心のやわらかいところにするりと手を伸ばしてきて、撫でられたりなんかしたら。
 甘えても良いんじゃないかと思いそうになる。

 すぐ隣にある肩に、そっと頭を預けた。
 髪を静かに撫でる手はそのままに、向こうからも頬を寄せられたのが解る。
 どうしようもなくホッとして、どうしようもなくドキドキして。
 この感情にもうラベルを貼っても良いんじゃないか、全部受け入れてくれるなら、こちらも全部受け入れられそうなら、早く認めてしまえば――。

 目を閉じる。
 男性らしい少し骨ばった身体。
 体温は僅かばかり低くて、髪に触れる手もなんとなくひんやりしている。
 無防備に身を預けても怖いとは思わなかった。
 弱いところを本当に受け入れてくれているのだと、言葉の隅々から信じることが出来る気がする。
 ……面倒くさい奴ってうんざりするとか、そういうのないんだな、このひと。

「……解らないです」

 ぽつりと零れた言葉は疑問。あるいは、答えにならない呟き。
 泉の言葉を受けて、とおるの手が止まり泉のさらりとした黒髪から離れる。
 この屋敷で使われているシャンプーは実家で使っていたものより質が良くて、髪も随分柔らかくなった。

「とおるさんのことも、とおるさんを好きかどうかも、わたし自身のことも、解らない。だから混乱しちゃってるのかもしれません」
「……時間を、かけましょうか。お互いに上手く見えていなかったものを見つめる時間を作りましょう」

 とおるの穏やかな声が耳朶を心地よく打つ。
 『上手く見えていなかったもの』と表現されると、なんだか不思議な気分だ。
 34年前から泉のことを待ちわびていて、生まれた時からずっと見ていたと言っていたのに。
 ただ見つめていただけの龍神と、地元でなんとなくそういう伝承がある、程度の認識だった女子高生。
 もともと全く足並みの違うふたりなのだ。
 歩み寄るために、今は一度手を握る。
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