あやかし担当、検非違使部!

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二章 甘味の恨み

甘味の恨み(5)

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札が燃えた瞬間、シュルシュルと黒雲ごと二人はねずみのように小さくなった。
雲はその後も縮み続けて消えてしまう。

小さくなった二人はそのままわずかな距離を風に飛ばされて、京香は何が起こってるのか理解が追いつかないまま、湖のような鏡面が眼前に迫る。
とにかく目を見開いて渡された札を握りしめるしかなかった。

そして音なく水面に飛び込んで——
「卯の札!」

全力で叫ぶと京香の手元に幻想的な藍色の炎が燃え上がる。
それに思わず見とれた直後、元の大きさに戻った身体がぽーんと宙で跳ねた。
そのまま硬そうな地面へと真っ逆さま—

「未の札!」

と思いきや、真緒の一声でむくむくと今度は白い雲が現れた。
そこへぼふっと墜落し、柔らかい感触が身体を包む。彼も横で突っ伏していた。

混乱したまま京香は身体を起こして振り向き、「あっ」と声をあげた。

そこでは散った桜が地面を彩っている。そして右にも左にも桜の木が続いて、永遠に春を閉じ込めているように、はらはらと花びらは舞い続けていた。
月光が照明となり、神々しく降る様を演出している。

それは先ほど茜の髪を照らしていたような薄い光ではない。
見上げれば普段見るものよりも数倍直径のある、太陽のように主張の強い白い月が暗闇に染まった空で一人光っていた。
また木の枝や陰に混じってちらほらと、大小色とりどりの火の玉が宙に浮かんでいる。

(ここが、妖怪の住む場所…?)

広がる光景に魅せられていると——急に正面の桜の枝の下からぬっと苛立った少年の顔が現れた。
追いかけてきたあの妖怪だ。

よく見れば枝に丸い鏡が括り付けられている。
妖怪はそこから顔だけを出していて、彼がきょろきょろした時に、京香は視線がぶつかってしまった。

「あ、いたな!」

対象を捉えた彼は右腕、左腕…と順番に部位を通してい出てくる。現世のほうではカーブミラーに上半身だけ突っ込んでいるように見えるのだろう。

京香が立って距離をとろうとすると、真緒が左手首を引っ張って止める。
見上げる顔は、いかにも何か企んでいそうに片方の口角を上げていた。

「逃げても無駄だからな! …よし、あと少し…!」

妖怪は脅して牽制けんせいしながら順調に抜け出てきた。とうとう、両の足が枝に乗る。

「…よっと! 手間かけさせやがって。お前ら、二人まとめて——」

言いながら地面にトンと着地した時だった。

卯の札により京香たちが踏まなかったそこに足が着いた瞬間、ズボンと勢いよく穴があいて妖怪が地面の下へ呑まれる。

「うわあっ⁉」

叫び声がしたのとほぼ同時に、ドシン!と聞くだけでお尻が痛くなりそうな震動が京香の足に伝った。

急な展開に口を丸く開けていると、京香の隣からはけらけらした笑い声がして、発生源である真緒はスキップに近い足取りで穴に近づき覗き込む。

「はっはっは! 特性落とし穴~とりもちを添えて~だ! 容易には出られまい」
「くっ…こんなのすぐに…くうっ…!」

京香も慎重に穴を見下ろすと、穴の底にはべっとりと粘着力の強い物質が塗られて、尻餅をついた妖怪の身体はもがいてももがいても離れられそうにない。

苦戦するうなり声と快活な笑い声が一緒になって響き合い、どちらが勝利したかは聞けば明らかであった。
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