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二章 甘味の恨み
一目連の藍(2)
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真緒は彼の文句は歯牙にもかけず、今度は京香と向き合った。
「〈大蛇〉の原因は龍だった。蛇と龍は似ていると言えば似ているね。…さてそんなことより、逢坂さんには藍の妖力が宿ってしまって、しかも相性が良かったのか強大化したわけだけど…」
「…こんなのと相性が良いって言われても嬉しくない」
「一体どうしてこうなったんだろう? 俺への当たりを見るに、人間に妖力を与えて何か企む性格には見えない」
「それは…たぶん……」
京香は妖怪が見えるようになったタイミング、冷蔵庫の荒し、藍の発言をかいつまんで、藍のプリンを食べたからではないかという推測を述べた。
聞き終えた真緒は腹を抱えて大笑いするが、京香自身呆れた話だと思うので不快にはならない。
「なるほど、日本神話のヨモツヘグヒを済ませて黄泉の国の住民になってしまったイザナミのように、妖怪の触ったプリンを食べて妖怪の力を得てしまったということか」
死者の国で調理した食べ物を口にして地上に帰れなかった女神の例を引き合いにだし、真緒は納得している。
が、妖怪が身近でなかった京香はそうあっさりと認められない。
「たったそれだけで妖力が手に入ってしまうの? それじゃ、世の中には同じような人がたくさんいることに…」
怪訝な顔をすると、真緒は軽く首を横に振った。
「いや、とっても珍しいよ。俺は妖力持ちの人間に会ったのは逢坂さんが初めてだ。妖怪が触った食べ物を口にしたくらいで、普通妖力は得られない。要するにそれほど…」
彼は少し眉尻を下げて、駄々をこねる子どものように「ほどけ」と喚く妖怪を横目に見下ろす。
「藍のプリンへの執念が深かったということだな。無意識に妖力が流れ出てしまうくらい」
「なんて迷惑な…」
京香は力なくそう呟くしかなかった。
藍の家の鏡と、京香の家の鏡が繋がっていなければ冷蔵庫にプリンは入れられなかった。
京香がプリンに気づかず食べていなければ、謎の幻と雛真緒の妖力に怯えることもなかった。
ほんの些細なきっかけで、不可思議な力と世界に引き込まれてしまったのだ。
藍、と真緒はやや低い声で強く言う。
聞き流されていたのに不意に話しかけられ、文句をぶつけていた藍はぴたと口を閉じた。
「君の罪状は、不法侵入が三回に殺人未遂…なかなかに盛り沢山だ」
「何でそんなことがわかるんだよ。その女からはプリンの話しか聞いてねえだろ」
「『お前の命もいただく』とか俺に言っていたじゃないか。それに、彼女のつけていた妖具から大体のことは見ていた」
言いながら、真緒は京香の左手をそっと引っ張って藍にブレスレットを見せつける。
ひび割れていようとも、玉は月光を反射して白く光っていた。
「俺の仲間には月と視界を共有できる人がいる。空に月が出ている間は、妖具をつけた人の居場所も状況もわかるんだ。音声までは届かないけど、手を振り上げた時の君は明らかに逢坂さんの首を搔っ切ろうとしていたらしいね」
ちっ、と藍は舌打ちをしたが、見られていたと知って反論はしない。
真緒の言う仲間は茜のことだと京香は悟った。
妖力を抑えるためにと渡された妖具は、それ以外にも京香を守る力が複数備わっていたのである。
襲われる直前の閃光も、おそらく茜が生み出したもので、その代償に妖具は壊れたのだろう。
真緒は京香の手を離し、珍しく笑みの薄い顔をする。横顔は冷たい月光の白に映えていた。
「そんな君に与えられる罰は…」
「罰⁉ ありえねえ! 妖怪なんて不法侵入だらけだろ! 人間の命を奪った回数だって数えきれない! 今さら取り締まろうとするな!」
「時代が変わったんだよ。というより、桜葉街の長が妖怪が人間に危害を与えることを望んでない。龍の村に住んでいるなら、従ってもらう」
「くっ…!」
真緒の言葉で藍は悔しそうに引き下がった。妖怪とて、偉い人に報告されるのは不都合だと感じるらしい。
桜の舞う夜空の下、藍と京香は緊張した面持ちで真緒の告げる判断を待った。
ゆっくりと、艶のある薄紅色の唇が開かれる。
「藍の罰は——一週間、髪結い床『麻桶』でタダ働き!」
「〈大蛇〉の原因は龍だった。蛇と龍は似ていると言えば似ているね。…さてそんなことより、逢坂さんには藍の妖力が宿ってしまって、しかも相性が良かったのか強大化したわけだけど…」
「…こんなのと相性が良いって言われても嬉しくない」
「一体どうしてこうなったんだろう? 俺への当たりを見るに、人間に妖力を与えて何か企む性格には見えない」
「それは…たぶん……」
京香は妖怪が見えるようになったタイミング、冷蔵庫の荒し、藍の発言をかいつまんで、藍のプリンを食べたからではないかという推測を述べた。
聞き終えた真緒は腹を抱えて大笑いするが、京香自身呆れた話だと思うので不快にはならない。
「なるほど、日本神話のヨモツヘグヒを済ませて黄泉の国の住民になってしまったイザナミのように、妖怪の触ったプリンを食べて妖怪の力を得てしまったということか」
死者の国で調理した食べ物を口にして地上に帰れなかった女神の例を引き合いにだし、真緒は納得している。
が、妖怪が身近でなかった京香はそうあっさりと認められない。
「たったそれだけで妖力が手に入ってしまうの? それじゃ、世の中には同じような人がたくさんいることに…」
怪訝な顔をすると、真緒は軽く首を横に振った。
「いや、とっても珍しいよ。俺は妖力持ちの人間に会ったのは逢坂さんが初めてだ。妖怪が触った食べ物を口にしたくらいで、普通妖力は得られない。要するにそれほど…」
彼は少し眉尻を下げて、駄々をこねる子どものように「ほどけ」と喚く妖怪を横目に見下ろす。
「藍のプリンへの執念が深かったということだな。無意識に妖力が流れ出てしまうくらい」
「なんて迷惑な…」
京香は力なくそう呟くしかなかった。
藍の家の鏡と、京香の家の鏡が繋がっていなければ冷蔵庫にプリンは入れられなかった。
京香がプリンに気づかず食べていなければ、謎の幻と雛真緒の妖力に怯えることもなかった。
ほんの些細なきっかけで、不可思議な力と世界に引き込まれてしまったのだ。
藍、と真緒はやや低い声で強く言う。
聞き流されていたのに不意に話しかけられ、文句をぶつけていた藍はぴたと口を閉じた。
「君の罪状は、不法侵入が三回に殺人未遂…なかなかに盛り沢山だ」
「何でそんなことがわかるんだよ。その女からはプリンの話しか聞いてねえだろ」
「『お前の命もいただく』とか俺に言っていたじゃないか。それに、彼女のつけていた妖具から大体のことは見ていた」
言いながら、真緒は京香の左手をそっと引っ張って藍にブレスレットを見せつける。
ひび割れていようとも、玉は月光を反射して白く光っていた。
「俺の仲間には月と視界を共有できる人がいる。空に月が出ている間は、妖具をつけた人の居場所も状況もわかるんだ。音声までは届かないけど、手を振り上げた時の君は明らかに逢坂さんの首を搔っ切ろうとしていたらしいね」
ちっ、と藍は舌打ちをしたが、見られていたと知って反論はしない。
真緒の言う仲間は茜のことだと京香は悟った。
妖力を抑えるためにと渡された妖具は、それ以外にも京香を守る力が複数備わっていたのである。
襲われる直前の閃光も、おそらく茜が生み出したもので、その代償に妖具は壊れたのだろう。
真緒は京香の手を離し、珍しく笑みの薄い顔をする。横顔は冷たい月光の白に映えていた。
「そんな君に与えられる罰は…」
「罰⁉ ありえねえ! 妖怪なんて不法侵入だらけだろ! 人間の命を奪った回数だって数えきれない! 今さら取り締まろうとするな!」
「時代が変わったんだよ。というより、桜葉街の長が妖怪が人間に危害を与えることを望んでない。龍の村に住んでいるなら、従ってもらう」
「くっ…!」
真緒の言葉で藍は悔しそうに引き下がった。妖怪とて、偉い人に報告されるのは不都合だと感じるらしい。
桜の舞う夜空の下、藍と京香は緊張した面持ちで真緒の告げる判断を待った。
ゆっくりと、艶のある薄紅色の唇が開かれる。
「藍の罰は——一週間、髪結い床『麻桶』でタダ働き!」
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